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SkyrimとFallout4・76の二次創作メインブログです。 たまにMODの紹介も。
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04.26.04:57

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  • 04/26/04:57

10.05.17:41

あとがきに変わるあれこれどれそれ



 はい。長々とお疲れ様でございました。
 賞味一ヵ月半ってところか。第七章構成とはいえ短いチャプターもあったりしたので賞味5~6チャプターあたりだろうか。
 後半につれてどんどんどんどん文章量が過多になっていったため、相当読んでる人は苦労をかけたと思います。ご迷惑をおかけし・・といっても読む気がないならそれでもOKなので最後まで読んでくださった方のみ、ありがとうございました<(_ _)>

 いやーでもほんとここまで長くなるか? と思いましたよ、ええ。かなり後悔しました。なんでここまで話が広がっちゃったかなぁ・・と。
 でもまぁ、スカイリムというゲーム上では恋愛感情もクソもないままケコーンできるというシステムなので、長きにわたり旅を一緒に続けてるセラーナたんに意味を持たせたかったのかもあったので良かったのかなぁ、と思います。

 しかし第七だけで2週間ちょいかかってしまったorz
 でもやっと終わったのでほっとしてます。とりあえずコンセプトとか色々書いて見ましょうかね。

第一章を書いたとき、「これはミラークのミエナイチカラの話だ」と言ったのを覚えてますでしょうか。まさしく見えない力──夢のなかで襲われるドヴァーキンには抵抗するすべもなく、考えついた挙句行動にうつしたのは岩を浄化すれば彼の力も半減するだろう、という点。
 ミラークさん、実体がなくてハルメアス・モラのオブリビオン領域にいるだけの存在だけど人には見えない力で操ったりしてるのを見て、単に聖堂や岩を復興や改造(?)したりするだけの力じゃもったいないな、と思ったのがきっかけですな。時々自分もその改造チームに入っちゃったりしますけど、同じドヴァーキンなのにこれだけしか(自分に対して)攻撃を仕掛けてこないミラークさんにもう少し意味を持たせたくて、じゃあどばきんさんに攻撃を仕掛けるようにしよう、だけどどうやって? と話が膨らんでいってこうなりましたとさ(笑)

同じ道云々は完全にその伏線で、岩にルーカーが憑いているだけじゃつまらんからそれによってジュリアンさんに憑依みたいなことさせちゃえば岩を段階的に開放していくうちに繋がりが強固になるかもね、みたいなこじつけです(笑)。ほら、岩に服従のシャウトを当てると出てきたのと同じように、ミラークさんは服従のシャウトを使うと同時にそういうのを入れてるんだよ、みたいな・・うまく説明が出来んorz
最もしっかり伏線回収できたかどうか分かってるようで分かってないかもです。もしフラグ回収してなかったらこっそり指摘してやって下さいorz

あと、全創造主の力ってよく分かってません(笑)
ただストルンとフリアにはセラーナの援助をしてもらうため、スコール村で見せていたような力でジュリアンを探しにいってもらいたかった感じですかね。
この話は完全にセラーナとストルンとフリア(フリアはちょっとしかないかな)にスポットが当たっている話ですな、あとミラークさんも。
ジュリアンさんは悪夢にうなされてうぉぉ状態にしたのはそういう意味もあったりなかったり。

で、最後のあのハズカシイ話は何だというご指摘(笑)
あれは元々のプロットにはなかったんですが(セラーナが船に乗るお金がないというのはプロットに入れてはあった)、それだけじゃなんか物足りない、ドヴァー×セラが好きな俺としては実においしくない(笑)、という感じで考えていたら、ならセラーナがソルスセイム出て行くフリをさせれば面白い絵が描けるんじゃないか、と頭の中で考えて追加した話です。完全に某アニメを意識してますけど、でもまぁこういう感じで終わってよかった話じゃないかなと思います。うん、きっとそうだ。

全章あわせると一冊の薄い本ができそーなくらいの話になっちゃいましたね。こういうめためた長い話はずいぶん久しぶりだったので大変でした(-_-;)暫くはお休みしますが、短い話はちょろちょろ書くつもりです(コミケに受かればそれもまた休みますが)。
次はネッチとかリークリングが出てくるのを書きたいなー。。とぼんやり考えてます。まぁどうなるかはご愛嬌。

ああそうだ、手前に載せてある落書き、第七チャプター最終部分で出てくるシーンを描いてみました。挿絵に使おうかと思いましたが挿絵を入れるのが嫌だったのでここに載せておきます(笑)

それでは長々書くのもあれなのでこれにて失礼。
読んで頂きありがとうございました。感想叱咤激励その他コメントなりメールなりどうぞ。涙流してフスロダします(笑)

参考にしたサイト一覧
スカイリム攻略情報様
http://skyrim360.blog.fc2.com/
クエスト関連で色々参考になりました~ありがとうございます。

楽曲作品一覧(中の人が執筆中に聞いてた音源の作品名一覧)

ギャルゲー「CLANNAD」オリジナルサウンドトラック
TVアニメ「宇宙船サジタリウス」オリジナルサウンドトラック
OVA「覇王大系リューナイト アデューレジェンド」オリジナルサウンドトラック
MMORPG「The Elder Scrolls Online」オリジナルゲームサウンドトラック
PC専用カードRPG「Card Wirth」よりシナリオ内サウンド(MP3、MIDI音源)
TVゲーム「The Elder ScrollsV:Skyrim」よりアドオン「Dragonborn」内音源(曲名不明)
その他(忘れたorz)

かなり幅広いって? まぁ中の人の年齢がアレなのでそうなりますね(笑)

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10.05.17:03

Concord.(2/2)

※Skyrim二次創作小説第7チャプター(の2/2)です。その手のモノが苦手な方はブラウザバックでお帰りを。

※2:後半ですがめっちゃくっちゃくそ長いですorz
    なので読む方は途中休みながら読む事をオススメします。長くてごめんなさい<(_ _)>

これは第7話(の後半)です。1話から読みたい方は「Taken.」からお読み下さい。(二次創作カテゴリから楽に飛べます)




「何故、それが岩の浄化と関係あるんですの?」
 長い時を黙って話を聞いていただけだったセラーナが問いかけた。
 ……何時間が経っただろうか、窓に目を移すとすっかり夜を迎えているらしく、黒く塗りつぶされたその先には雪景色も映っていない。
 室内に居るストルンとフリアは、互いの精神力をすり減らしながら詠唱を続けていたが、数時間後にはその詠唱は止まっており、彼らと談話などが出来る状態になっていた。
「全創造主に力をお借りさえ出来れば、あとはある程度精神集中を維持するだけで
いい」らしい。いわゆる神に力を借りる状態だ。祈りを神に届け、それを神が奇跡と呼ばれる叡智を具現化させたものを“借りる”事が出来る者。
 それが私が呪術師と呼ばれる所以なのだとストルンは誇らしげに言っていた。……そして会話が出来るようになった彼にセラーナは問いただしたのだ。今回の原因は何なのかと。
「……ジュリアンが悪夢を見始めたのはミラークが攻撃手段を変えたから、と先刻話したな? 民を操ってきた見えない力をジュリアンに刃向かわせたのだろう、と。
 それが岩を浄化する作業を始めた頃から、というのをセラーナから聞いて私はおや、と思ったのだ。ミラークの妨害かと思いきや、悪夢は毎晩続き、逆にそれがジュリアンを岩へと駆り立てる材料になった。セラーナと別れる道を選んでもなお、浄化を続けるように仕向けたのだとしたら、何故そのようなわざと泳がせるように仕向けたのだろうか、と。
 村を出るときにはもしかしたら、と思うことはあった。セラーナとフリアにも話さなかったのは、あくまで憶測の域を出なかった為だ。もしかしたらジュリアンの身体を、ミラークは何かに利用しようとしているのかもしれない……程度にしか思っていなかったからな」
 コォォ……と、静かな音を立てながら、ストルンの翳している両手から放たれる白い光は、開かれっぱなしの黒い本の中へと吸い込まれている。だが本の身から漏れる毒々しい緑色の光と、ジュリアンの身体を覆うドラゴン・アスペクトの光──以前ジュリアンが見せてくれたそれとは似ても似つかないほど禍々しく色を変えて光っている──は、ジュリアンが倒れた直後よりも一層輝きを増していき、それが彼を苦しめているのはセラーナにも分かった。
 渦巻く光の内側に、守られるようにしてあるジュリアンは表情がじわじわと苦痛で歪んでいき、光によって装備品すら外せない。……心なしか、顔色がどす黒く変化し始めている気がする。
「……その憶測は間違ってなかったんですのね」
 ストルンは無言で頷く。
「あの時──血に“触れた”事ですべてが分かった。この本の力が血に残っていたからな。
 岩を浄化する際、ジュリアンは服従のシャウトを放つ。それによってミラークの呪縛は解け、浄化は完了する──それはつまり、ミラークの服従の力がジュリアンのシャウトによって相殺された、というわけだ。浄化と言ったが、結局のところミラークの力をジュリアンの力によって上書きされたに過ぎない。シャウトは相殺され、人々はミラークの呪縛から解放される。岩も勿論だ。
 しかしジュリアンはドヴァーキンだ。ミラークに最も近い者。この世界で唯一、ミラークと道が繋がった者なのだ。
黒い本──アポクリファで、ドラゴン・アスペクトのシャウトを見つけたと聞いた時から疑ってかかるべきだった。ミラークはジュリアンが自らの辿った道を辿れる者と認識したとき、その道を通じてジュリアンに接触できる事を知ったのだろう。そして彼の肉体を、魂を使って自らをこの世に復活できる力に変えられるのではと考えた。……だから毎晩悪夢を見させ、岩を浄化させようとした──相殺させる事によって、ジュリアンのシャウトの力をミラーク自身に取り込むことにしたのだろう」
 え、とセラーナは口から声が漏れた。話についていけないのだ。「取り込む? 取り込むとはどういうことですの?」
 ストルンはそれに答えず、視線でそれを差した──黒い本を。
「道は繋がったと……言ったが、それはかくも脆いモノだ。ミラーク自身もこの本の──デイドラの王子の領域に守られている身であるのと、しかも岩を浄化されることによってこの世界に影響を持てるのは、無防備になる眠りの中へ落ちた時のみとなってしまう。
 だからこそミラークは賭けに出たのかもしれん。自らの手をもぎ取られるのと引き換えに、ジュリアンのシャウトを相殺させ、相殺した力の反動を彼の身体を通して本に吸収させ、それをミラーク自身が取り込んだ。勿論一つの岩だけでは何の意味もなさないだろう。しかし……五つ全ての岩を浄化し終えれば、その力は幾重にも増す筈」
 想像を超えた状況に、ぎゅっと唇を強く噛み、何かに耐える仕草をするセラーナに変わってフリアが父親に問いかけた。「つまり、岩を浄化されてもジュリアンの身体を使えば復活は遂げられるんじゃないかと考えたって事なの? 父さん」
「そうだ。力と力の反動は凄まじいものがあるだろう。我々には想像も出来ない力が、岩を浄化する際に起きても不思議はない。現世で力を発揮できない代わりに、反動で得たジュリアンのシャウトの力を辿れば、ミラークはこの黒い本を通じてジュリアンの肉体を乗っ取る事は出来る筈だ。──“服従”のシャウトを使えば。
 だからこそ、ジュリアンを衰弱させ、且つ、岩を浄化させないとと駆り出させる必要があった。ミラークはその賭けに勝った訳だ……忌々しい事にな」
 悔しそうに顔を歪ませるストルン。その表情は自分が岩を浄化しろとジュリアンに言った事を後悔してのことだろうか? それともソルスセイムを守ろうとして尽力してきた者へ対する哀悼か? そのどちらも、セラーナは認めたくなかった。認めたら負ける気さえした。だから、
「なら今、あなたがやってるのは何ですの? ジュリアンを助けようとしての事でしょう?」
 気丈に振舞おうとしても、声が震える。唇をさらにぎゅっと噛み、押し寄せてくる感情に流されまいと必死で耐える。
 そんなセラーナに気圧されたのか、ストルンは何度か頭を縦に振って、
「……ああ、そうだ。ジュリアンの魂は恐らく本の中に取り込まれた筈だ、ミラークによって。それを探しているのだが……時間はそう残されてはいない。彼の体力が尽きてしまえば、このドラゴン・アスペクトの光──いや、ミラークの服従のシャウトと言ったほうがいいか、によって魂が燃え尽き、身体ごと消えうせてしまうだろう。
 後は彼自身の生命力、ドヴァーキンとしての器に頼る他、無い。…・・・たとえ私が彼を見つけ、助けようとしても彼自身の力が無ければミラークに取り込まれるのは必至だろうからな……そして、セラーナ?」
 ふいに呼ばれ、セラーナは思わず顔を上げた先には、真剣な表情のストルンが彼女をじっと見つめていた。
「ジュリアンを助けたいんだろう? 彼を救いたいなら祈れ。祈ることは魔法の詠唱や祈祷とは違う概念を持つものだ。しかしその祈りが真に強く願うものなら、神は願う者に奇跡という名の御手をかけてくださる。どの神だとか選ぶ必要はない、ただ“祈る”だけだ」
 じっとセラーナの目を見据えて言ったストルンだったが、その瞳に映ったものは戸惑い、躊躇、困惑が交互に浮かんでいた。まっすぐ見つめるストルンの視線に耐え切れず、セラーナはそれから逃れるようにジュリアンの方へ向け、伏目がちに顔を俯かせてしまう。
「……それは、出来ませんわ」
「出来ない?」なぜだ。「あんたはジュリアンを助けたい一心で私のところにやって来たのだろう? さっきの威勢はどうした? 彼を助けたいんじゃなかったのか?」
 唇をぎゅっと強く噛むセラーナ。その後ろで結界を張っているフリアが父と彼女の話に割って入る雰囲気すら持てず二人を交互に見ながらただ黙っていた。
 しばし、沈黙の時が流れた──後、
「……分からないんですの。何故あの時ジュリアンは私が駄目と何度も言ったのにも関わらず、服従のシャウトを岩に向かって放ってしまったのかが。
 振り返って、私の方をしっかり見たのに、それなのに──彼は私の言う事を振り切ってシャウトを放った。その時は動転して気がつきませんでしたけど、後になって考えれば合点がつきましたわ。……最早私の言う事なぞ彼の耳には届いていなかったんですのよ。だから結果こうなってしまった。
 私に対してなんて所詮そんな扱いなんですもの、私が祈った所でジュリアンが助かっても、彼はきっと嬉しくないですわ」
 淡々と話すセラーナだったが、ぽん、とストルンが彼女の肩に手を乗せてきた。それでも顔を合わせまいと俯いたままだった彼女に、諭すような口調で、
「……私はその場面を見てないのでな。ジュリアンがセラーナの静止を振り切ってシャウトを放ったのがどういう状況だったかは分からん。
 しかし一つだけはっきりしている事がある。それは彼が、君を守ろうとしての事だということだ。
 思い出せ、ジュリアンが毎晩見せられていた悪夢の中で、見ていたのはセラーナが見るも耐えない状況に陥れられるものだったというのを。彼は眠らない君に対してミラークの魔手が及ぶ事に考えが及ばなかった、と言ったな? 冷静に考えれば分かりそうな事が、満足に眠れず頭が働かなくなったジュリアンにはそれが思いつかなかった、と。
 本当のことは彼にしか分からん。だが確実なのはセラーナ、彼が別れを告げたのも岩の前で君の制止を振り切ってシャウトを放った事も、全ては君を守るため唯一つの思いの元、行われた事だということだけは理解して欲しい。彼はミラークの事を聞こうと度々ここを訪れてくれていたが、その時君の事も知った。君と一緒に旅をしている理由も聞いた。だからこそ分かる。彼は最後まで君を守ろうとしていたんだという事を。
 ここで死なれては困るんだ。彼は我々ソルスセイムの民にとっても、そしてタムリエルに生きる者達にとっても必要なんだ。セラーナ、彼は君を必要としてきたからこそ長い間共に行動をしてきたんだ、セラーナだってそうだろう?」
 閃光のように煌く記憶が瞼の裏に映し出された。──港の前で、スカイリム行きの船に乗ろうとした刹那、思い出したこと。
 ──母ヴァレリカの傍に居たときもそうだった。いつも母の隣に居た。それは私が──自分の居場所だと思ったから。母の隣が常に私の居場所だった。ずっとそうしてきた。──遺跡に眠らされる前までは。
 そして数紀後、ジュリアンよって目覚めさせられた後──いつしか彼の隣が、私の居場所になっていった。ヴォルキハル城でもドーンガードの砦でもない、ヴァレリカの隣でもない。唯一人の男の隣が──私の居場所だと思っていた。だから別れを告げられた時、自分を否定された気さえしたのだ。
 ジュリアンを見る。ぎらぎらと緑や青、赤色に色を変えては渦巻くように光続けるミラークの“服従”の光の内側に、苦痛に顔をゆがめ、どんどん顔色が黒く変色している彼が居る。時間はもうあまり残されていないようだった。ジュリアンの魂が完全にミラークに乗っ取られてしまえば、彼はこの世界から影響を何一つ及ぼす事の出来ない存在になってしまう。それはつまり──また、一人ぼっちになってしまう。遺跡で長い長い時を一人で眠り続けた時のように。
 光か、闇か──どちらでもよかった。手を伸ばして私を目覚めさせた彼は居場所を作ってくれた。守ると誓ってくれた。ずっと傍に居た。吸血鬼にしてはヒトの一生なぞ取るに足らない時間枠の中で、彼は私を変えたのだ。母の傍から離れ、一人で歩けるように──
 セラーナは頷いた。無言のまま、俯いたままではあったがしっかりと首を縦に振ってくれた。それを見てストルンはほっとした表情を浮かべ、
「よし! フリア、お前は私の援護をするんだ。何としてもジュリアンの魂を見つけてみせる。ミラークに奪わせてたまるか」
 彼の意気に反応したのか、全創造主の与えし白く輝く光がふわっと煌いた。ストルンはセラーナの肩から手を離し、再び詠唱を続けながら緑色に輝く黒い本に向けて手を翳した。フリアも続けて詠唱を始める。
 セラーナはジュリアンの右手を掴み、その手を自分の両手に重ねるようにして絡ませた。手袋越しでも彼の体温が伝わってくる。誰とはなしに彼女は祈っていた。吸血鬼が祈りをささげるなぞ滑稽ではあるかもしれない。しかしそれ以上に突き動かす感情があった。彼が居なくなればまた居場所は無くなる。あの時ヴォルキハル城の窓から、去っていくジュリアンを見た時感じた胸の痛みが永遠に残り続ける。
 二度とあんな思いはしたくなかった。居場所を失われるのは二度とごめんだった──だからお願い、“ジュリアン、起きて。”

 ふ、と何かが耳に入ってきた気がして、首だけを動かして背後を見やるも勿論誰の姿もない。……気のせいか。振り向けばいつも傍に居た彼女は、もう俺の手の届かない所に居るのが分かっているのに……
“貴様、恐怖を感じてないのか? 我の力によってじわじわと消え逝く事が恐ろしくはないのか?”
 既に俺の四肢は輪郭のみぼんやり映る程度で、今なおじわじわと目に見えない何かが俺の身体を浸食し、無き者にしようとしていた。消えていくのは俺の実体も同様で、意識が全て消えれば実体も消えてしまう──と、ミラークは嬉々とした様子で、さっきまで俺に概要を話してくれていた。
 一通り自分に起きた事は理解できた。情けない事に俺はミラークの手の中で踊らされてきたのだ。……それには苦笑せざるを得なかったが、俺は最早生きる事をこの時点で放棄していた。毎晩、セラーナが蹂躙されたり自分の身体が消えたりする悪夢を見せられ続けていたせいか、どこか他人事みたいに思えてしまい恐怖すら感じられない。
 だからミラークが何度も恐怖がないのか、怖がれ! 怯えろ! とはやし立てていても、感覚が麻痺しているのか全然恐怖は感じなかった。毎晩夢を見ていた時はあんなに怯えていたのに……
 ──でもたった一つだけ後悔しているんだ。こんな、死ぬ間際の土壇場でようやく自分の気持ちに気づくなんてさ。……もっと早く気づいておくべきだったな。
“怖くはないさ。ただ──後悔してるよ。ソルスセイムの人たちを守れなかった事を”
 嘘つけ。心の中で自分に突っ込みを入れる。
“ふん、今更嘆いても仕方あるまい。貴様と我は何度も言ってきたが、出来が違うのだ。同じドラゴンボーンとしてもな。力の差も技量も全てにおいて我のが上……”
 と、不意にミラークの声が変なところで途切れたが、考える事すら煩わしくなってきた俺にとっては然程気にする事ではなかった。
 消えるならじわじわ消えるよりさっさと消してくれとでも言おうか……と思った時だった。
“………ン、…………ァン!”
 声だ。ミラークではない。ミラークの声は肉体から発せられる肉声ではないのは何度も聞いて分かっていたが、今俺の耳に届いたのは、紛れも無く誰かの肉声だった。男の野太い声……
“よもやここまで……嗅ぎ付けるとはな、ストルンめ”
 ミラークが毒づくように声を吐き出した。……ストルン? ……ストルンって誰だ? 聞いた事がある筈なのに、俺の頭は既に考える事も放棄していたせいで名前を聞いてもいまひとつぴんとこなかった。
“ドヴァーキン……ジュリアン、貴様を助けに来たようだな。あやつは全創造主の力の恩恵を借りることが出来るソルスセイムの呪術師だが、……黒い本に触れたりでもしたのか? あやつは黒い本に触れられぬと言っていた。だから岩の浄化を敢えて許してこの手を使ったというのに……”
 ミラークの独白におや、と思った。俺の脳は考える事を放棄しているのにおや、と思ったのだ。今ミラークが言った事、聞いた事がある気がしたのだ。
 誰だったか……確か、どこかの小屋で……
“……ュリアン! ジュリアン! 何処にいる!!”
 先程よりもはっきりとした“声”が俺の耳に届いた。ミラークも同様だろう。ちっと舌打ちをしている。
“あと少しで貴様の思念も我に取り込まれるというのに……”
 なんだ、ミラークだって早く取り込みたいんじゃないか、
“ならさっさと終わらせてくれよ。俺だってこんなじわじわ消えていくやり方されたくないんだ、一瞬で……”
 言い終わるより先に、考える事を放棄した頭に直接声が響いてきたせいで俺は不意に口をつぐんだ。
『ジュリアン!』
 ──瞬間、俺は思い出した。声の主はストルンで──ストルンが誰だったかということも。

「見つけたぞ!」
 歓喜を含ませた声を発したストルンに、目を瞑りながらジュリアンの右手を握り締めていたセラーナはすっと目を開けて彼を見やる。
 ストルンはしっかりと首を縦に振ってみせるが、それ以上言葉は出さず、再び精神を集中し始める。
 ジュリアンの肌はドラゴン・アスペクト──いや、ミラークの服従のシャウトのせいか更にどす黒くなり、表情は相変わらず苦悶に満ちたままだった。セラーナは再び目を瞑り、誰とはなしに祈りを捧げ続けた。彼の目が醒める事をただひたすら、願いながら。

“……ストルン?”
 頭に直接響いてくるため、目の前に居るミラークには、俺がストルンに話しかけていると気づかれていないようだ。頭の中で呼びかけると、そうだと答えが返ってきた。
“やっと見つけた。黒い本の中を探し回って、お前の声が聞こえた気がしたから呼びかけたんだ。やっと見つけたぞジュリアン。お前を助けにきたんだ”
 助けに来た、だって? その言葉は助けを求めていた者にとってはさぞかし甘美な響きに聞こえるだろう。だが今の俺にとってはどうでもよかった。助けて欲しいなぞ思いもよらなかった。
“……俺を助けに来たって? おあいにくさまだったな、俺はもうすぐ消えるんだ、今更助けてもらいたいなんて思っちゃいねぇよ”
 と心で言うと、予想外だったらしく──まぁ当たり前だろうが──何故だと問い返してきた。その理由を話す事すら面倒くさい。
“どうしてって……諦めたんだ。生きる事を。……っていうか、どちらかいうと事なかれ主義なスコールの民の代表であるあんたが、俺を助けにわざわざアポクリファまで意識飛ばしてやってくるってのが既に予想外なんだけど?
 ……誰に事の概要を聞いたのかは知らないけどさ、無駄足させて悪かったな。あんたに頼んだ誰かに代わって謝るよ”
 投げやりに言ってやったが、内心少し言い過ぎたかなと思っていた。けどもう俺の意識はミラークの中に取り込まれるんだ、後のことなんて知ったこっちゃない……
“ジュリアン、右手を見るんだ”
 と、ストルンから返ってきた返事は予想外の範疇を超えていた。右手? だらんと垂れ下がっている俺の右手を見ろ、って?
 力なく垂れ下がった自分の手を見て何になるんだ? と思いながらも、俺は頭を少し下げ、右手を見てみた。が、特に何も起きていない。相変わらず半透明で輪郭がうっすら見えているだけだ。
“……何もないじゃないか”
“何か見えてきやしないか? ……何かが”
 何かって……と思いながらじっ、と見ていると、あれ、と思える点が見えてきた。右手は力なく垂れ下がったままだったが、その右手が何か白い光に包まれているように思えたのだ。
 その光はやがて人の手の形になり、そこから光はすっと伸び、腕、身体を形成していき──輪郭、顔が映し出されたところで俺は目を丸くした。ありえない人物が俺の手を握り締めていた。
“……え、セラーナ……?”
 なんで彼女が、と口にする前にストルンの声が頭の中に響く。
“おまえが今さっき言った、頼んだ誰か、が彼女だ。……それでもジュリアン、お前は生きるのを放棄するのか? いや……放棄できるのか?!”
 俺の手を握り締めていたセラーナの光がふわっと四散し、消えていく。
 既に心というのがある場所は消えていた。胴体すら輪郭だけになってしまっているのに、今見た光景が俺の胸に突き刺さり、痛かった。胸が締め付けられるくらいに痛かった。痛くて、悲しくて、涙が溢れた。ミラークが目の前に居るのにそんな事関係なく涙がとめどなく溢れ出てきてしまった。
 分かっていた。自分だって分かっていたんだ。彼女に別れを告げることが自分にとっても首を絞めることと同然の事だと。別れを告げてもなお、彼女はソルスセイムに留まり続けた。俺を救おうと、俺を止めようと走ってきてくれた。俺はそれを幻覚だの守るためだの自分勝手な理屈を通して服従のシャウトを放ってしまって、こうなっちまって──全ては俺の独りよがりだった。守るために別れを告げるだって? 馬鹿じゃないか。自分から手放したんだ。自分で自分の居場所を手放したんだ。
 人は最後まで気づかない愚かな生き物だとよく謳われるが、この時ほど自分の愚かさに気づいた事は無かった。こんなにも自分を思っている人を置いて生きる事を放棄しようとしていたなんて。涙は頬をつたい、ぼろぼろとしずくとなって落ちていく。それがまた悲しくて、涙はどんどん溢れ続けた。嗚咽も時々漏らしていたかもしれない。
“今更になって命が惜しくなったか? 情けないほど泣くとは、さすが腰抜けのドヴァーキンだな”
 呆れた様子でミラークが声をかけてきたが、彼の声なぞ俺の耳に入ってはいなかった。ただひたすら心の中で思っていた。ごめん、セラーナ、ごめん、と。
“……ジュリアン、お前を必要としている人は沢山居る。セラーナだけではない、私も、フリアも、ソルスセイムの民も──いや、このタムリエル全体が、お前の力を必要としている。ミラークではなくお前のを、だ。
 生きたいなら願え。ドヴァーキンとしての力はミラークなぞ凌駕する力をお前は持っている事を忘れるな。お前は肉体がある。だがミラークには無い。
 肉体を持ちえるという事はそれだけで世界に影響を及ぼす事が出来るのだぞ? ミラークはどうだ、アポクリファでお前を操る程度しか能力が無いんだ。そんな奴を怖がる必要が何処にある?
 お前の肉体をミラークなんぞにくれてやる必要ぞ無い。強く願って──服従から逃れろ!”
 ストルンの叱咤に目が醒める感覚だった。そうだ。俺は──生きなくては。生きて再び、今度は俺の方から彼女の手を握り締めたい。
 手足が消えてるから、動かないからダメだ? そんな事ないじゃないか。だって俺にはまだ、“声”が残っている。叫ぶ力が残っている──!
“ミラーク。……気が変わった。俺は生きる道を選ぶ。お前なんぞに俺の身体を奪われてたまるか!”
 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、ぎらぎらとした目で睨み付けてやると、さすがにミラークの態度が急変した。……そりゃそうだ、さっきまで生きるのを放棄していたのに、泣き止んだ途端手のひら返すように様子が変わったのだから。
“何? まさか貴様──そうか、ストルンか!”
 ミラークが気づいたときには遅かった。俺は息を深く吸い込み、そのシャウトを声に出していた──Gol.
 放った瞬間、世界に何の変化も現れなかったが、その刹那、俺の身体に変化が現れた。
 どくん、と身体の中が脈を打つ。……身体から何かが引っ張り出されようとしている。あの時──意識を失う前に全身を食い破られるような痛みを発したモノだろうか?
“そうはさせぬわ! 我の服従は絶対っ……!”
 ミラークが俺に向かってシャウトを叫ぼうとした瞬間、ぼんやり輝く緑色の空を裂いて閃光が一筋、どん、と音を立ててミラークの全身に直撃した。あの光は──
“ぐぉぉおおおっ! 禍々しい全創造主の力か!! ストルンめ……岩を浄化させたのが仇となったか!!”
 閃光に貫かれ、ミラークは身動きが取れない様子だ。シャウトを打てる様子ではない。
 と、突然身体の中から──とはいえ、既に顔から下は輪郭のみで透き通っているのだが──緑色の煙が立ち上ってきた。何が出てくるんだと思うと、しゅうしゅうと瘴気を噴出しながら出てきたのは──幾重にも重なった触手が全身を覆っている、異形のイキモノ。……俺はこれを知っている。ミラークの手下なのか、はたまたハルメアス・モラのそれなのかは分からないが、この世界でもタムリエルでも具現化したのを何度も見て戦ってきた──シーカーだ。こんなものが俺の身体に入っていたのか?
 体から出てきた瞬間、ふわっと何かがまとわりつくような感覚がしたかみなかで、輪郭のみだった全身が元に戻り──といっても意識のみが飛んでる為何も身に着けてはいないのだが──身体が動かせるようになった。
“それを殺せ、ジュリアン!”
 頭の中でストルンが声をあげる。そうだった、ここで殺さないと俺の肉体はまだ呪縛で動けないはず。瘴気を出しながらふよふよ浮いている、俺の身体から出てきたシーカーをむんずと捕まえて、
“よくも俺を散々苦しめてくれたよなぁ……だが、これも最後だっ!”
 両手で触手のようなそれを掴み、引き裂くようにして腕を引っ張ると、ぶちぶちと音を立ててそれが左右に引き裂かれていった。ちっ、と光によって動けないミラークが舌打ちをする。
 完全にまっぷたつになったそれをぽい、と地面に落とすと、瘴気につつまれてふっと亡骸は消えた。それを見て、ミラークは再度舌打ちをする。
“……今回は逃れても、次また同じ事をするぞ、ジュリアン。我の服従から抜け出したとしても、貴様と我の道は繋がっているのだ”
“そうかもな。”でも、あんたは確実な事を分かっちゃいない。
“……一つだけ言っておいてやる。俺とあんたは確かに道が繋がっているんだろう、だけど俺はあんたじゃないし、あんたも俺じゃない。俺は俺の生き方があるし、あんたとは違う。たとえ道が繋がっていても、俺はあんたと同じ出口に辿り着かない。”
“ふん、貴様のような腰抜けのドヴァーキンに我と同じ道を辿り着く事が出来ると思うな。人に弱く、助けが無いと生きていけない腰抜けなぞに……”
“何とでも言えばいい。竜教団を裏切ったあんたにゃ絶対分からないさ。人を愛し、人を守ろうとする気持ちがどこから来ているのか”
 言いながら自然と右手を見た。彼女が居るからこそ、俺は生きる道を選んだ。もう二度と逃したりしないさ。大事なものを。大切な人を。
 閃光がふっと消え、ミラークは開放された。俺もそろそろ自分の身体の中に戻らなきゃいけないな。
 俺は再度“叫んだ”──お前と同じだよ、ミラーク。同じだけど似て非なる力だ。──Mul Quh Diiv.
 シャウトは輝き、全身に光の奔流をほとばしらせながら具現化した。ミラークのものとは違う、太陽のように輝くそれはミラークの目を焼き付けたようで、彼は思わず手で目を覆った。
“な、言っただろ? あんたと俺の辿り着く道は違うんだってな。……二度と俺の身体を手に入れようと思うなよ。最も、もうこんな事は起きないと思うがな”
 ドラゴンアスペクトの力は一層輝きを増しながら、光は翼と形を変えた。その翼はドラゴンのそれに似ていた。
 ばさっと羽を広げ、俺は地面を蹴って当たり一面緑色の空中へ飛び出す。閃光を追っていくうちに、いつしか白く輝く光が俺の全身を包み込んでいた。そのまま何か大きな手で持ち上げられるようにしていくうちに、安心しきったかのように俺は意識を失った。

「フリア、剣で斬れ!」
 ジュリアンの身体から、緑色の瘴気を纏って出てきたものをフリアが短剣を握りしめて一刀で仕留めた瞬間、それは煙のように消え、四散した。
 それと同時に黒い本の輝きは消え、ばさりと音を立てて本は閉じられた。ストルンがそれを掴み、本を開こうとしても開く事が出来ない。本の光が消えたと同時に、ジュリアンの身体を覆っていたミラークの“服従”のシャウトである光もまたふっと消えうせた。
「大丈夫だ。……ジュリアンの意識は戻った。成功だ」
 はぁはぁと肩で息をしながらではあったが、ストルンはにやりと笑って安心させるように何度も首を縦に振った。セラーナが見てみると、ジュリアンのどす黒く変色していた顔が、普通のそれに戻っている。血色も良くなって、表情も苦痛で歪ませておらず、穏やかに寝息を立てていた。
「……今の、フリアが斬ったのは何だったんですの?」
 ぽつりとセラーナが問いかける。斬った筈なのに霧のように消えてしまった事が解せないらしい。
「……恐らく、ジュリアンとミラークを繋げていたモノだな。
 ジュリアンとミラークの道は繋がっているのは確かな事だが、あれはその繋がりを強固にしていた原因だろう。恐らく、五つの岩に封印していたルーカーの一部をジュリアンに植え付けていたに違いない。攻撃を食らわせていた時とかにな。
 まぁ、あれが無くなった以上、今後ミラークがジュリアンに手を出す事はできんだろう。悪夢にうなされる日々ももうあるまい」
 そう聞いて、セラーナはようやく安心したようだった。ずっと握り締めていたせいで硬直状態になっていた両手を引き剥がすようにして離すと、彼の手にセラーナの手の痕が手袋で覆われていてもしっかり残っていた。汗をかいていたらしく、その部分だけじっとり濡れている気さえする。気を悪くしなければいいのだけど、とセラーナは思った。
 気づけば朝になっていた。鳥の鳴く声がようやく耳に入ってくる。フリアもストルンも疲れが顔にべっとりついていたが、二人とも嬉しそうだった。彼らを信じて頼みに来て本当に良かった、とセラーナは心から感謝した。

 それから三日後の──昼前。
 俺は灰交じりの雪原を無我夢中で走っていた。
 目覚めてすぐだったため、身体に力が入らず灰に足を取られて何度も転んでしまう。けど、それでも走るのを止めなかった。もう二度と失いたくないから。

 ことは数時間ほど前に遡る。
 数週間、満足に眠れなかった俺はまる三日眠り込み、目覚めた時、自分が一瞬何処に居るのか全く見当がつかなかった。
 見慣れない天井。薄暗い室内は心なしか冷えており、何処からか隙間風が入ってきているようにさえ感じられる。
 上体だけ起こして自分が居る場所を確かめようとしたが、起きてすぐ自分が何処に居るか見当がついた。ここはストルンの小屋だ。何度も訪ねていたから、部屋の構造は分かっていたのだ。さほど広い家でもないしな。
 ベッドから起き上がったところで、扉を開いて入ってきたのはストルンとフリアだった。二人とも俺の姿を見て目を丸くしている。
「ジュリアン、目が覚めたのか!」
 言いながら部屋をずんずん進み、俺の目前で止まるストルン。じっと全身を舐め回すように見てくるので、少し気恥ずかしい。
「何処もおかしくはないようだな? あれから悪夢も見る事はあるまい」
「ああ……あんたには大変世話になった。フリアも、ありがとう」
 ぺこりと頭を下げると、ははと笑いながら彼は手近の椅子に座った。フリアもうんうんと頷いている。
「わしらに礼は及ばん。スコールの民を助けてくれた者を見捨てる訳にはいかなかったからの事だ。礼ならセラーナに言うといい。彼女がジュリアンの事を話してくれなければ、今頃おまえは消えてなくなっていたかもしれぬのだからな」
「ああ、……で、セラーナは何処にいるんだ?」間髪入れずに聞き返すと、ストルンとフリアの表情が曇った。──何かあったのか?
 二人はどちらが言うのか、と互いに牽制しあってる様子ではあったがさすがに黙っておくわけにはいかないと判断したのか、ストルンが申し訳なさそうに口を開いた。
「止めたんだがな……その、わしらは、な。だが……言う事を聞かなくってな」
 言葉少なすぎて言いたい事が全く伝わってこない。止めた? この場合で言うと、セラーナを止めたということなのだろうが、何を止めたんだかが分からない。
「はっきり言ってくれ。セラーナを止めたって、どういうことだ?」
 少し強い口調で述べると、分かったといった様子でストルンが再び口を開き、出した言葉は信じられないことだった。
「セラーナは出て行った。自分のやる事は終わったと言ってな。
 これからどうするのかと聞いたら、先のことは分からないが、とりあえずソルスセイムを発つと言っていた。今日は確か定期舟航便が出てる日だ、と言ってたな」
 頭に金ダライを打ち付けられた位、衝撃があった。衝撃の後、俺は自分の装備品と荷袋を背負い、十数分後にはストルンの小屋を出ていた。
 そのまま走ってスコール村を出て、急勾配の山道を懸命に下った。三日も寝ていたせいで、何も補給をしていない俺の身体は体力が格段に落ち、何度も足を雪か灰に取られてみっともない格好で転げ落ちたりもしたが、それでも走る事を止めなかった。

 はぁはぁと肩で息をしながらも、走り続けて三時間弱、ようやくレイブンロックの港町が見えてきた。
 レイブンロックの港は町を守る外壁の向こう側にあるため、港に船があるかは街道からは確認できない。急がなければとただ心は急いていた。もうあんな気持ちになるのは二度とごめんだった。
 足取りはふらふらになりながらも、レイブンロックの門をくぐるとすぐ、ブルワークと呼ばれるレドラン家の衛兵が詰め所として使っている建物がある、その先を左手に曲がれば桟橋が見えてくるのだ。
「はぁ、はぁ、……船はまだ出てないのか……」
 走る事すら覚束ず、よたよた片足をひきずるような格好で歩いているため、周りを歩く衛兵が訝しげにこちらを見ているが、そんな事はどうでもよかった。
 桟橋入り口までやってくると船に積荷を入れている船員が何人か見える。漁師が使う小さな小船も港に係留してあり、スカイリム行きの船が係留されている場所とは別の桟橋で忙しそうに積荷を下ろしているのが見て取れた。
 セラーナは、と辺りに目を配ると──いた! スカイリム行きの船が留めてある桟橋で海をぼんやり眺めていた。少し離れた場所には船員が突っ立っていて乗る客から船賃を戴いている様子が見える。
 よろよろと歩いて、セラーナが立つ桟橋に近づき、俺は彼女の名前を何日ぶりかに呼んだ。
「セラーナ」
 びくっとして、こちらを見る。驚くかと思いきや、彼女の表情はにこりともせず無表情のままだった。
「セラーナ、帰ろうぜ」
「何処へ?」間髪入れずに聞き返してくる。
 俺は桟橋の入り口付近、彼女は先端よりすこし手前に居るため、互いに距離がある。そのため声が自然と大きくなってしまう。
「何処へって……俺と」
 一緒に、と言おうとした時彼女の声が重なった。
「私はあなたに暇を告げられた者でしてよ。あなたと帰る場所なんてありませんわ。……だからこの島を出るんですの。ここを出たらどうするかはまだ決まってませんけど」
「いや、だから、それは俺が悪かったんだ。突然あんな事を言ってしまった事、申し訳ないと思ってる。だから、また俺と──」
「今回の事だって、ストルンに教えてもらってようやく分かったんですのよ、あなたは何一つ私に話さなかった。それでようやく分かりましたわ、私は必要とされていないんだ、と」
 違う。「そんな事思っちゃ居ない。俺はただ、……夢の事だって知ってるんだろう? だからあんな事に君がなりやしないかと気が気でなくて──」
 互いに口調が熱くなり声高に話すようになっていくため、港で荷降ろし作業をしていた漁師や船員達がおや、といった様子で俺とセラーナを交互に見ているのが分かったが、今は形振り構っていられなかった。
「……もういいんですの、言い訳なんて見苦しい。聞きたくありませんわ。私のことは忘れて別の方を連れて旅をすればよろしいんじゃなくて?」
 と、セラーナが言い終わったとほぼ同時に桟橋の端で乗客から金を受け取っていた船員の一人が、かん、かんと短剣を、何処から持ってきたのか金属製のお椀の底に打ち付けていた。
「え~~……スカイリム行きの船、まもなく出港ー、出港ー! お乗りの方はお急ぎくだせぇー!」
 その声を聞いて、セラーナはずっと同じ場所に突っ立っていた足を一歩、船の方へと歩き出した。
「じゃ、私は行きますわ。見送りは要りませんわよ。……さようなら」
 かつっ、とブーツの音を立ててセラーナが船賃を渡す船員の方へと歩いていく。
 一瞬、ほんの一瞬だけだったが──彼女がこのまま俺と別れればそれはそれでいいのかもしれない、と思った。今回のような事が本当に起こらないとは限らない。彼女の為にも母親の元で生きていくのはある意味、幸せなんじゃないか──と。
 ──けど。あんな思いは二度としたくない。居場所を二度も失うなんて俺は嫌だ、嫌なんだ!
「行かないでくれ、セラーナ!!」
 あんなにふらふらだった足が、気づけばまっすぐ彼女の元へ走り出していた。そのままぶつかるようにしてセラーナの小柄な身体を後ろから抱きしめる。
「俺の傍に居てくれ。お願いだ、俺には君が必要なんだ……」
 走ってぶつかるようにして抱きしめたため、彼女は数歩前のめりに歩く格好になったが、支えるようにして抱きしめたため、倒れる事はなかった……が、お椀を短剣で叩いて出港の合図を促していた船員の目前で止まる形になってしまった。
 船員が、半開きになった口を開けたままセラーナと俺を交互に見ている。あっけにとられているらしく、剣でお椀を叩く事すらどこかへ吹っ飛んだ様子だった。
「……ジュ、ジュリアン、苦しいですわ……」苦しいというより照れくさいといった感じでセラーナが訴えてきたが、俺は腕を緩める気は毛頭無かった。
「……離さない。もう二度と君に別れるなんて言わないさ。一緒に居たいんだ、セラーナ。何処にも行かないでくれ」
 抱きしめていると、セラーナの体温がほんのり感じられる。こうやって体温を感じられるようにまた、戻れたのも彼女が俺を救ってくれたからだった。
 生きるのを諦めかけた時、俺の右手を両手で握り締めていた彼女の姿を見た時、いかに自分が愚かだったかを知った。もう二度と後悔したくないんだ。こんなにも俺を思ってくれる人を離したくないんだ。
「……ジュリアン、分かりましたから腕を離していただけませんこと? 苦しくて息ができませんわ」
 さすがに窒息させるわけにもいかないので、大人しく手を離し彼女を解放すると、セラーナはくるりとこちらを向いて上目遣いでこちらを睨んできた。心なしか頬がピンク色に染まっている。
 しばらく互いに黙っていたが、セラーナがはぁ、と深くため息をついた所で沈黙が破られた。
「……ああもう、ストルンがあんな事言うからやってみただけですのに、こんなにまでされるなんて思ってもみなかったですわ」
 いきなりストルンの名前が出たため、何を言ってるのか理解に苦しむ。勿論それを知っての事でセラーナは口に出したのだろうが。俺の顔に疑問符が張り付いた状態なのを見て、再度ため息をひとつ吐いてから、セラーナはぽつりぽつりと話し出した。
「出て行けるわけないじゃありませんの。……分かりませんの? 私はあなたと旅をしている間、あなたに金銭を渡された事は一度もないんですのよ? 私が欲しいと言わずとも、あなたは私に数多のものを与えてきましたわ。だから私から金銭を要求する事も受け取った事もないんですの。つまり私は一文無し。船賃なんて持ってる筈ありませんわ。
 一人でここまで来たのは、ストルンが言ったからですわ。ジュリアンを試してみろって。何の事だかさっぱりでしたけど、あなたが私を追い出した事に対して後悔を感じるようなら追いかけてくるだろう、と。その……まさか、あんな事言われるなんて予想外でしたけど……」
 最後まで言葉が続かず、ぼそぼそとした口調で締めくくるセラーナ。
 ──図ったな、ストルン。
 内心舌打ちせざるを得なかった。アポクリファの中で自分が情けなくも嗚咽を漏らして泣いていた事を知っててこんな一芝居打つようにセラーナに言った訳か。余計な事しやがって。
 そんな事を言われたせいで、俺はどういう顔をしていいのか分からず、セラーナもまた、顔を俯かせて視線をわざと逸らしている。妙な雰囲気が俺たちを包んでいた時だった。
「おい、そこの兄ちゃん! 喧嘩もほどほどにしろよな、嬢ちゃんのこと泣かせるんじゃねぇよ!!」
「昼っぱらからお熱いの見せ付けてくれるじゃねぇか、お似合いだよ、お二人さん! 幸せになるんだぜ!!」
 などと港のそこかしこから、荷降ろしをしていた漁師や船員達から拍手と共に大量の野次が飛んできた。どうやら痴話喧嘩か何かをして彼氏がおっかけてきたもんだと勘違いしたらしい。
「ちょ、いや、これは、だな……」
 慌てて取り付こうとしたものの、気さくなダンマーの漁師や、ノルドの船員達、そして俺達の目前で突っ立っている船賃を戴いていた船員なんかは気を取り直した様子でかん、かんと短剣でお椀を叩いて鳴らしているせいで俺の反論なぞ聞こえやしない。勿論それは出港の合図ではなく、拍手の代わりだというのはすぐ分かった。
 元々こういう雰囲気に慣れてないせいで、顔がみるみる赤くなっていくのが自分でも分かった。耳まで真っ赤になっている気がする。この場は大人しく立ち去った方がよさそうだ。
 くるりと踵でターンし、町の方へ身体を向けたが、ふと思い立って、俺は右手をセラーナに差し出した。
「……行こうぜ、セラーナ」
 ずっと視線をずらしたまま彼女ではあったが、差し出された右手と、俺の顔を交互に見て、ふわりと穏やかな笑みを浮かべた。
「よ……、よろしくてよ」
 差し出した手を、セラーナは左手で握り返す。顔は相変わらず赤面したままではあったが、この瞬間だけは照れも気恥ずかしさもなかった。
 にかっと笑ってから、姿勢を戻して町の方へ歩く。歩きながら耳をすませば、セラーナの足音が規則正しく聞こえてくる。
 口笛や野良ったい声が響く港に、うみねこがミャア、ミャアとけたたましく鳴く。その声とほぼ同時に、久方振りに雲が消え、日差しが島を照らし出した。灰交じりの雪の大地が、日差しによってキラキラとまばゆく輝く。
 久しぶりの晴れ間に喜ぶ町の人々の喧騒に、俺は空を仰ぎ見た。手で庇を作ってみても太陽の光が透ける事は無い。
 生きているんだ。そしてこれからも。

 それは一つの事象が起こした、ほんの数週間の出来事。
 しかしそれはたった一つの言葉で締めくくられてしまうだろう。
 生きる者と、それを願う者──二つの奇跡が重なったからだよ、と。


 あとがきは次の記事で書きますorz 長々とお読みいただき、お疲れ様でした。

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10.03.00:08

Concord.(1/2)

※Skyrim二次創作小説第7チャプター(の1/2)です。その手のモノが苦手な方はブラウザバックでお帰りを。

これは第7話(の前半)です。1話から読みたい方は「Taken.」からお読み下さい。(二次創作カテゴリから楽に飛べます)

 ばん、と扉が一気に開け放たれた音によって、静寂は突き破られた。そのままがたがたと音を立ててこちらに近づいてくる。
 奥の部屋で調合を行っていたフリアははっと顔をあげて背後を見ると、ストルンと、その後ろに居るセラーナが何かを担いで室内に入ってきたところだった。担いでいるのは、ヒトの姿をしたもの。奇妙な事に全身が輝いている。
 二人とも肩ではぁはぁと息を喘がせながら、手近な長テーブルに担いできた人物──ジュリアンだ──を載せた。載せたといっても担いでいた腕から滑らせる感じだったため、再びがたがた音を立ててテーブルに落とし込まれた形になる。
「フリア、生体賦活剤は作っておいたか?!」
 休む間もなくストルンは家に残っていた娘にそう告げた。フリアは黙って頷き、いくつか薬瓶を手渡す。セラーナはというと、相当疲弊したらしく汗を垂らしながらテーブルに仰向け状態で横になっているジュリアンの顔を見ていた。
 ストルンはフリアから薬を受け取りしな、ジュリアンの寝ているテーブルに戻った。フリアも父親同様、ジュリアンの傍にやってくると、彼女はあまりの様相に顔をしかめた。発光しながら全身に纏わりつくその異様な輝きに圧倒されたのだろう。
「まずは体力を保たせないといかん。尽きれば彼の身体は消えてしまう」
 薬の入った瓶の栓を開け、そのままジュリアンの口に咥えさせる。意識はないため口の端から液体が何度かこぼれたが、咳き込む事なくいくらかは嚥下はしてくれた。
 飲み終わるのを確認しないまま、ストルンはジュリアンの姿を呆然と見ていたフリアの方を向く事無く、
「手伝え、フリア。ミラークの力を今は少しでも抑えなければいかん。彼の身体を贄として復活するのを止めるんだ」
 勿論とばかりにフリアは頷いてみせたが、ストルンはそれを確認する事無くぐるりとテーブルの外周、ジュリアンの頭頂部側にまわると、人差し指を彼の額にぐっ、と押し込むように当てた。
「彼の思念に直接、全創造主の力を送り込んでみる」何をするのか、としげしげとこちらを見ていたセラーナに対してぽつりと言うストルン。「セラーナは時々、ジュリアンに体力の薬を与えてくれないか。彼の体力が尽きれば私の力の及ぶ範囲ではなくなるのでな」
「……消えてしまう、ということですの?」
「そうだ」
 一方的に話を切ろうとストルンは短く答えた後、再び意識を集中させ始めた。娘のフリアはというと、なにやら両手をかざしてぶつぶつと唱えている。それに応じて両手がぼぅ、と光り始めたが、その光はどんどん大きくなり、室内全体を覆うように広がった。
 何が起きたかは見当がついた。この部屋に結界を張ったのだ。しかし、ミラークの意思はジュリアンの内部から起きている筈だ、なのに何故結界を張ったのだろう?
 しかしそれを聞けるような雰囲気ではない。先程さえ、手短に自分に用件のみを伝えただけだ。未だセラーナには分からない事が多すぎて自分がどう動けばいいのかすら分からないというのに──歯痒い思いでジュリアンを見ていた彼女であったが、ふいにストルンが声を上げたので何事かとストルンを見やる。
「……おかしい。あの時は確かに……」
 と、彼は呪文の詠唱を止め、押し当ててた指を離してしまった。フリアの方は詠唱を止めていない。
「あの時って何ですの?」
「ジュリアンの血に触れた時だ。あの時は確かにミラークの影響を感じた筈なのに、今は彼の体内にそれらしきものが感じられない。──つまり」
 言葉をふいに切り、ジュリアンの身体を覆うように光り続けるドラゴン・アスペクトのそれをストルンは黙って指差し、「これが、ミラークの力なのは間違いないのだが、彼の体内にそれらしき残留物もなければミラークの意思すら見つけられないと私には手も足も出せない。
 ミラークが何処からジュリアンを苦しめているのか、それを探らなければ、彼の命の炎はやがて燃え尽き、消えてしまうだろう。ミラークの力を感じ取るべく、雑念が入らないようフリアに結界を張らせたのだが……」
 考え込んでしまうストルン。……ジュリアンに対してミラークが攻撃をかけているのは別の所かららしい。しかしそれが何処からきているのかが分からないのだ。
 どうすればいい? セラーナは内心、焦っていた。目を瞑っていながらも、時折苦しむ表情になるジュリアンを見ていれば、あまり時間が残されていないのは明白だ。
 考えるんだ──そうだ、岩からきている可能性は? しかし、全ての岩は浄化が終わった。そう、浄化が全て済んだ瞬間にジュリアンは突如こうなってしまった。
 何故? 岩の浄化が済めばミラークの復活は遅らせられるはずだとストルンは言っていた。それなのにストルンは浄化を止めさせないとと言ったのだ。しかし止める事は出来なかった。……そもそも、岩の浄化が始まったのはミラーク聖堂で……そうだ、あの“黒い本”を見つけた時から──
「……黒い、本……」
 誰とはなしに呟くセラーナ。その時彼女は断片的ではあるが、数ヶ月前の事を思い返していた。

『……だから俺は力を得た。ミラークに抗する力を得る段階に来れたんだ。セラーナ、見ていてくれよ』

 アポクリファで見つけた力は、ミラークと対等に渡り合える力だ、彼はそう言っていた。しかしそれはミラークも同様。セラーナ自身は見ていないが、ミラークが同じシャウトを叫んでいたとジュリアンは以前話していた。それと同じ力を得られたんだ──ミラークの潜むその場所で!
「ストルン、分かりましたわ。……と、ジュリアンの荷袋は……」
 小屋に入った際、玄関前に置きっぱなしだったそれを拾い、荷袋を開いた途端、ぼぅ、と袋の中が緑色の光で満たされている。
 セラーナはその光放つものを躊躇う事無く取り出すと、奇妙な事に全面に開かれた黒い本が出てきた。開かれているページは何も書かれてはおらず、生きているかの如く脈打つように輝く様は異様にすら見えた。
「これに間違いありませんわ。恐らくミラークの力はここからきている筈」
 テーブルに横たわるジュリアンの傍らにそれを置くが、ストルンはそれに手を触れようとせず、恐る恐るといった様子で両手を翳し、再び呪文の詠唱に入った。詠唱に応じて両手がにわかに輝きだす。
 そういえばストルンはこの本をひどく畏れていたな、とセラーナはふと思い出した。邪悪で、自然に作られたものではないと──
「……居るな。間違いなく。……そうか、だからあの血に触れた時──」
 一人納得しているストルンに、セラーナは今日何回目かの気分を憤慨した様子で、
「お一人だけで納得しないでいただけます? 私はまだ蚊帳の外に居て概要も何も分かってないという事をお忘れではありませんでして?」
 まくしたてるセラーナに、ストルンは分かっている、とでも言うように両手を本に翳したまま首を縦に振った。
「……分かっている。暫し待ってくれんか。必ず全て話す」
 またお預けか……。はぁ、とセラーナは重いため息をつく。そんな態度を見てまずいとでも思ったのか、
「こんな事になったのは予想外ではあったが、幸いな事に岩の浄化は聖堂にあるもの以外は全て済んでいるからな、全創造主の力は島全体に戻りつつある。必ず話すから、暫し待っていてくれんか」
 黙って頷く彼女を見て、ストルンは再度詠唱に入った。手の輝きが黒い本の中へと吸い込まれるようにして入っていく。
 そんな様子をぼんやり見ながら、セラーナはつい数時間前、気づいた事を再び頭の中で思い返していた。港で思い出したあのときの事を──

『ジュリアン、起きて』

 はっ、と目が覚める。
 視線の先にあるのは、いつも見慣れたセヴェリン邸の天井──ではなかった。
 薄緑色の空で覆われているが、いつも見るタールような黒光した蠢く海の上ではなく、石畳の回廊が続く先に巨大な塔がぼんやり見える。
 この世界──知っている。ハルメアス・モラの“アポクリファ”だ。
 そしてあの塔も前に見た事があった。あれは初めて黒い本を開いた時に見た──
“目が覚めたか、ドヴァーキン。……いや、ジュリアンと呼んだほうが良いか”
 倒れている自分の頭上から声がした。何度も俺の夢に出てきたから忘れようにも忘れる訳が無い。
“ミラーク……”
 倒れたままでは分が悪いと思い、俺は立ち上がろうとしたが、うまくいかない。腕も足も動かそうとしている……そう、動かそうと頭の中で命令が飛んでいる筈なのにも関わらず、腕も足もばたばたとその場で力なく動くだけだった。なんだこれ、くそっ……一体何がどうなって……
“動かせまい。自分の手足を見てみろ……いや、見せてやろう、か”
 こちらを屈み込むようにして覗き込んでいたミラークだったが、ふいに自らの片手を自分の顔と俺の顔の真ん中辺りにまで伸ばしてくると、人差し指で何かを指差すようなポーズを取ってくい、とその指で円を描くようにして回して見せた。
“……何をす、”
 不可思議な動作に何をしでかすのか、と警戒心を持ったまま凝視していた俺の目前に突如右手が視界に割り込んできた。……え? 右手?
“な、何で……右手が、急に……っ?!”
 驚きを隠せないままだったが、更に驚いたのはその右手が最早輪郭のみをうっすら表示させているだけで、殆どが消えていた。だから、視界に割り込んできてもミラークの人差し指も、彼の仮面さえも遮らず見る事が出来たのだ。
“毎晩私が夢の中で言っていた事を忘れたのか? 岩を浄化するのを止めろと言っていたのに、貴様は島に点在する全ての岩を浄化した。その報いだ”
“報い、だと───?!”ぎりっ……と強く歯をくいしばりながら呻き声を上げるのが精一杯だった。
 何故だ? 何故、全ての岩を浄化したのに、ミラークは復活を遅らせる事が出来ないばかりか、毎晩見続けていた夢──セラーナが蹂躙され、俺自身が消えてしまう──その通りになって……?
“セラーナに手を出すんじゃねぇ! 彼女は無関係だぞ!”
 言ってからはっと気づいた。意識が途切れる瞬間、いや──岩を浄化する刹那、セラーナが俺を止めたんだった……駄目だ、と。
 彼女は知っていたのだろうか。俺がこうなる事を……だから駄目と言ったのか?
“ふん、貴様の弱点はそこだ、自分自身が窮地に立っているのに、ここまで来てまだ自らの弱点を曝け出しても守ろうとするのか?”
 仮面のせいで表情は窺い知ることは出来ないが、その口調は明らかに皮肉たっぷりだった。
“あんたには分からないだろうさ、ミラーク。守りたいものは最後の最後まで守り通す。それが俺のやり方だ。……竜教団を裏切ったあんたにゃ一生かかってもわからねぇだろうよ”
 嘲笑うように言ってやると、明らかに気分を害した様子でふん、と鼻で返してくるミラーク。
“それが愛というやつか。はっ、笑止。そのような愚かな感情、そんなものがあるせいでヒトは腑抜けになる。弱い者同士が傷を舐めあって慰めあうのと同じ事よ”
 ははっと嘲笑するミラークだったが、俺の表情を見ておや、と思ったらしくすぐ笑いを止めてしまう。
 この時の俺は、怒ってる表情でもなければ悲しいそれでもなかった。ただ目を丸くして驚いていただけだ。そう……俺は驚いていた。俺の、セラーナに対する感情をぶつけみたら、ミラークが返ってきた言葉が自分の想像していたものとはかけ離れすぎていたため──
 セラーナを守りたい、それだけだった。ヴァレリカにだって誓ったさ。でも……ヴァレリカはそれをなんか別のモノと勘違いしていたきらいはあった……気がする。今思えば。
 しかし、と思う。前にスコール村の少女、アエタに聞かれた時──セラーナと結婚するのかと──俺はそのあどけない少女にだけ耳打ちした。そうしたいとは思っている、と。
 けど、それは彼女を守るためにであって──くそっ! 今更自分の心に嘘ついたって仕方ないじゃねぇか! 俺は……俺は、セラーナの事が──
“なんだ、その腑抜けた顔は? ……そうか。ようやく気づいたようだな? 貴様のその、セラーナというのは貴様の弱点を探るエサだったということに?”
 何を勘違いしたのか、ミラークは俺の驚いた表情を勝手に解釈したようだった。
“我はソルスセイムにいる者全てに我の意識を植え付け、意のままに操る事が出来る。だから貴様も容易く我の手中に収まったという事。……しかし、貴様の弱点であるその女、我の術中に嵌る事が出来なかった。だが貴様の意識の中にいる残像を得て、貴様に悪夢を植え付けることが出来たわけ……ん?”
 途中から俺は堪えきれず、ぷっと吹き出して笑っていた。そうか、そういうことだったのか。
 笑う俺に腹が立ったのか、ミラークは両手を翳す格好をしたかみなかで、俺の身体が意思に反してぐい、と腰を上げ、そのまま立ち上がる格好にさせられた、が相変わらず両手両足の感覚は無い。
“何がおかしい、ドヴァーキン!”
 これが笑わずにいられるか? ……勿論それは自虐めいていた部分も中にはあった。もっと早くに気づいていればセラーナと別れる、なんて無駄な事しなくたって済んだのに、と思う自分至らなさへの。
“彼女は眠らないんでな──分かるだろ? 吸血鬼なんだよ。闇の眷属たるセラーナに、夢の中でヒトを操る能力の長けたお前の力なぞ効果が無かった訳さ。”
 面白くない様子で仮面の内側から呻き声を上げるミラーク。が、しかしすぐに平静を取り戻した様子。
“はっ。何言おうと、貴様はじきに消えるのだぞ、ジュリアン。消えている手足を見て怖くないのか? 恐れを感じないのか?”
 泣き叫べ、命乞いをしろとでも言いたいのだろうか、こいつは? ふつふつと怒りが沸いたが、自らの身が消えかかっている事、岩を浄化することによってむしろこうなった事の方が俺は知りたかった。セラーナが無事ならそれでいい。
“……消えたらどうなるんだ? あんたは何度も俺の夢の中で……いや、夢から醒めた後でも、何度か俺の手が消えたりする幻覚を見せ付けてくれたよな?”
 聞いて欲しかったとでも言わんばかりにミラークは俺の目前で深く頷いてみせる。
“いかにも。……貴様は我の聖堂から黒き本を取ったな? そして、その本に導かれ、貴様は我と同じ力──ドラゴン・アスペクト──を取得した。これにより、貴様と我の道は繋がったのだ。
 かつてドヴァーキン……いや、ジュリアンも通っただろう? 『声の道』を? そこで貴様は力を得た筈だ。ドラゴンシャウトの、限られた者にしか扱えない未知なる力。定命の者のみに与えられしドラゴンに仇名す力。それと同じ事をしたのだ。ジュリアンは黒き本を使い、今居るこの場所であり違う場所、デイドラの王子、ハルメアス・モラの領域『アポクリファ』に誘われ、そこで導かれるままシャウトを得た。
 シャウトは三段階で最大級の力を得る。即ちそれは我と同じ力を持つという事。そして我と同じ道を辿る事を許された力。ハルメアス・モラが知識の海からそのシャウトを拾い出してこなければ道は繋がる事はなかったやもしれぬ。
 それを知った時、もしやと思ったのだ。貴様を通せば、我の復活を岩や聖堂が復興せずとも出来る事ではないか、と。貴様は一つの命を持っているが、竜の魂を屠れる者だ。我と同じくな。貴様が今迄倒してきた竜の数、そして我と同じドヴァーキン。……これほど都合のいい贄はおるまい”
 聞いていてはらわたが煮えくり返る思いではあったが、心は努めて冷静だった。怒りで我を忘れてはならない。“──つまり、あんたは俺の身体を使って、俺の中にいるドラゴンの魂と、力を以ってすれば復活が楽に出来るというわけか”
“そうだ。だから我は貴様に岩を浄化するようにわざと仕向けるため、夜な夜な悪夢を見せ続けた。岩を浄化すれば貴様は消えるだの何だのと言う脅し文句をつけてな。
 ヒトは眠れなくなると正常な判断や思考能力が格段に落ちる。満足に眠りを得られぬ分苛立ちや焦りが生じ、貴様はこう思うはずだと我は確信していた。『岩を全て浄化すれば悪夢は見られなくなる筈だ』と。
 しかしそれは無理な話よ。貴様と我の道が繋がった以上、最早ジュリアン、貴様には消える道しか無くなった。我の後を追ってくるなど、どだい無理な事。──見ただろう? 意識がなくなる刹那に、自分の身体が二つに分身したかのような光景を?”
 覚えている。ぶん、という音がして──いや。その前にミラークの声が──そうだ、確か……

『──見つけたぞ!』

 見つけたぞ? その言葉が何を意味しているのかは分からないが、恐らく見つけたのは……俺だろう。岩の浄化が何故、俺を見つけた……になるんだ?





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ごめんなさい。
 いやーほんとはですね、まだまだまだまだ長いんです。これで半分いくかいかないかの所です(勿論この先も現在必死で書いてますが)。
第七チャプターは分けずにこれで終わらせるつもりだったんですが、あまりの文章量にちょっとこれは一つの日記で書くとダレてしまう人が続出するやもしれぬ、と思ってやむなく第七チャプターは7-1、7-2という形で取らせて頂くことになりましたorz
 後半の方は今あと少しというところですが、そのあと少しがまだまだ長いので実を言うと終わるのは恐らく今週末・・になりそうです。2週間ぶりのブログ更新となってしまった事、楽しみにしてた方(居るかどうか分からんが・・・)には待たせてしまったこととまだもう少し待ってもらう事に重ね重ねお詫び申し上げますorz

 大体の事はここで判明してますね(まだ分からん点もありますが)。
 岩を浄化してはいけんかった事とかの原因はこの後のセラーナ&ストルン(&フリア)パートで明らかになります。

 ・・・にしてもこの話、なんでここまでこんがらがったんだろう(-_-;)
 前にも言ったと思いますが、夏コミ原稿描いてたときにふと思いついたのが、Takenという言葉が襲われるという意味になるってので、ならこの言葉にちなんだ短い話でも、という感じで思ってました。その時は恐らくミラークの夢から醒めたら聖堂修復云々のところを書くつもりだったと思ってます、たぶん。
 でも原稿脱稿してこの話を書き始めた時、それじゃつまんねぇなと練り直して思いついたのが
「セラーナと別れさせてみよう」というところでした(笑)。中の人はご存知の通り、ドヴァー×セラが大好きです(笑)。なのでそこらへんを夢小説がらみ的にするのには別れてもなお、セラーナが活躍できるような話をということで、ジュリアン(どばきん)と別れてもセラーナに焦点を当てる感じに落ち着いたらこれがまたすさまじい難産でorz
 話はごじれるわおかしな伏線(一応全部回収しますので・・多分)出てくるわで風呂敷広げすぎたなぁとかなり後悔orz
 面白いなんて感想も聞かれないのでまぁ、100%俺の妄想垂れ流しになりますが、実を言うとこんくらいミラークさんは恐怖の対象だとほんとよかったなぁ。・・・でも俺の書くミラークさんなんだかおちゃらけた人みたいでこれまた表現不足が露呈(-_-;)

 長くなりました、後半も早めにUPしますのでお楽しみに。
 ではまた近いうちに^^

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09.19.00:19

reality.

※Skyrim二次創作小説第6チャプターです。その手のモノが苦手な方はブラウザバックでお帰りを。

これは第6話です。1話から読みたい方は「Taken.」からお読み下さい。(二次創作カテゴリから楽に飛べます)
 

 黙って後からついて歩くだけではあったが、セラーナは村から出て西側に山道を歩いている事に気づいていた。……最初は水の岩から向かうようだ。吹雪でよくは見えないが、ちらっとミラーク聖堂が右手に見える。
 あれからストルンに何度か話しかけようとするものの、吹雪の音で掻き消されて全然伝わらなかった。──最も、今話しかけたところで先程のように立ち止まって話してくれる状況ではなさそうだ。ジュリアンが岩の浄化を行う事を止めさせないといけないらしいが、何故止めなければいけないのか理由が分からずじまいのセラーナは置いてけぼりを食らった感が否めなく、ほんの少しではあったがストルンに対して憤慨していた。
「ここを抜ければすぐだ。西に向かうにはこの山道が一晩楽だからな」
 大声で先導を行くストルンが叫ぶ。ザッと吹雪の音で聞きづらい点も否めないが、何を言っているかは大体は予想がついた。
 水の岩はスコール村から見て真西に位置する。荒波押し寄せる海岸に置かれた岩ではあるのだが、スコール村からやや手近な太陽の岩より水の岩を優先させたのだろう。ジュリアンの体力面からいっても、水の岩から浄化させると踏むのは至極当然に思えた。
 もしかしたら水の岩を開放して今日は終わりにするかもしれない、躍起になっているとはいえ体力が持続しないのは明らかだし、今まで共に戦っていたセラーナは彼の傍にはおらずここにいる。──別れを告げられても尚。
「こんな雪の中進んで道に迷ったりしませんわよね? 凍死はご免ですわよ」
 辺りは真っ白で何の目印になるものすら見えないのにずんずん先へと進むストルンに、セラーナは愚痴っぽく言った。ジュリアンから借りた外套を被っているとはいえ、吹き込んでくる凍てつく風は容赦なく二人を攻め立てる。こんな状態で迷われたら一巻の終わりだ。
「大丈夫だ、この山を抜ければあとは下るだけだ。そうすれば水の岩は山の中腹あたりにある、すぐに着く」
 長年厳しい土地で生きているだけあって、土地勘は優れているようだ、どこをどう見ても変わり映えのない山岳地帯だが、ストルンには今何処を歩いているかはおおよそ分かっているのだろう、セラーナはひとまず彼を信じる事にした。
 辺りは白一色で自分が今歩いているのは山なのか丘なのかの区別もつかない。これだけ白い世界だと一歩踏み出したらそこは崖で転落してしまわないだろうか、と一抹の不安がよぎるが、ストルンはそんな事すら臆さない様子で歩いている。この道中がいつ終わるのか、とセラーナが半ばうんざりした時、吹雪が小止みになってきているのに気づいた。
「峠は越えたぞ、セラーナ。あと一ふん張りだ」
 ストルンがこちらを向きしな、彼女を励ますように言った。その顔はフードを被っていても雪でまみれている。伸びた髭にも細かな雪の結晶がくっついていた。
 セラーナが黙って頷くと、黙ってストルンは再び前に向き歩き始める。ぱらぱらと雪を降り散らす空を仰ぎ見ると、うっすら太陽の光が見えた。既に東の空からぐんぐん上がって真上手前まで来ているのが分かる。
 急がなければ、とセラーナが思うと同時に耳にざざ……と何かが押し寄せる音が微かにに聞こえてきた。……海?
 と、にわかにストルンがざっざっと雪積もる地面に音を立てて走り始めた。目的地が近いのだろうか、セラーナも走ろうと思った矢先、
「着いたぞセラーナ、水の岩だ!」
 着いたぞといっても目前に岩があるわけではない。見える範囲にあるという事だろうがセラーナも同じく走り出した。ストルンの隣までやってくると、彼の見てる方向に目を向ける。
 今まで歩いてきた山道が山を囲むようになだらかに下っている。それはソルスセイムの海岸まで伸びていた。海岸に出る手前、山道の中腹に分かれ道があり、その道の終点に岩はあった。……しかし。
「ジュリアンの姿は見えませんわ」
 岩の辺りには誰の姿もなかった。ミラークに操られているであろう人々の姿も見えない。──まさか。
「遅かったか……」
 先程と同じようにざくざくと雪を掻き分けてストルンが山道を下っていく。殆ど掻き分けるというより滑っている感覚だったが、無様に転げ落ちたりしないのにセラーナは感心した。どうやってあんな早歩きで雪道を歩けるのだろう?
 などと感心してる場合ではない。慌てて彼女も山道を下る。ストルンに追いついた頃には彼は地面に手を当てて何かを調べていた。
「足跡だ」ストルンは誰に聞かれるまでもなく言う。「我々スコールの民は、狩りを覚えないと生きていく事は出来ない。勿論生きていくために必要な分のみだ、我々は遊びで命を奪う行為はせんのでな。
 雪道は獲物の場所を教えてくれる手がかりだ、足跡を残すし、それがどの方向へ行ったかを示してくれる。……だが、ジュリアンはもうこの岩の浄化を済ませてしまったようだ。降った雪でうっすら見えなくなってるが、確かにここに足跡が残っている」
 ストルンが指差したそれは、山道から岩へまっすぐ伸びていた。岩の辺りは水が溜まっているため足跡は判別がつかないが、岩周辺に居たものが散り散りになってどこかへ去る足跡だった。
 岩へ近づくと、浄化する前に見える緑色の光は完全に消えてなくなっており、ルーカーの死体も見当たらず、数時間前にはここでの戦闘が終わったのを暗に示していた。地面に血痕がいくつか飛び散っており、戦闘の状況を想像してセラーナは思わず顔をしかめる。
「じゃあ、ジュリアンは……」
 ストルンは無言で頷いた。「太陽の岩だ、急がねば」言い捨てて彼は再び山道を下っていく。山道を降り海岸線に出る頃にはすっかり雪は止んでしまった。
「ジュリアンが岩を浄化すると何がまずいんですの?」
 ストルンの隣に歩きながらセラーナは彼に問いただす。先程から自分だけが置いてけぼりを食らった感じで気に食わない様子が口調から窺える。
 ストルンだって話したくない訳ではないのだろう、話す以上にジュリアンを止めなければいけない理由で動いているのだから。それはセラーナにだって分かってはいた。だけどそれ以上に彼女はジュリアンの今の立ち居地がどれだけ危ういそれに立っているかを知らないのだ。
「確かな事はいえない。けどもしや……と思う事がある。全創造主がそう呼びかけている気がする。兎に角、急ぐしかない。彼を止めなければ」
 今は不安が現実にならない事を願うばかりだ。そう思いながらストルンは海岸を南に向かって歩き出した。少しでも早く、太陽の岩に行かなければ。

 痛い。
 痛い。
 身体も、心も、痛い。
 身体の痛みはもうずっと慣れ親しんだものなのに。
 痛みなんてとうの昔になくした筈なのに。
 それなのに──痛む。心の奥がじんじん痛む。
「……っ、てぇ……」
 思わず呻く、その痛みは腕から来るもの。──見れば、右腕から血が滴っていた。
 数時間前にやられた、ルーカーの一撃が防具を貫通して斬られていたらしく、小手の裏側からじわりと血が滴り落ちている。背後を見やると、血が点々と砂と灰の大地に染みを作って足跡のようになっていた。痛みで麻痺しているらしく、ここまで全然気がつかなかった自分に呆れこそすれ、笑う余裕などない。
「さすがにこれじゃ、まずいな……」
 荷袋を肩から下ろし、生体賦活剤──俗に言う体力の薬だ──を一瓶、取り出す。中の液体は真っ赤で血のように思え、血が彼女を連想させた。
 ──セラーナ。
 貫くような、疼く痛み。腕の痛みだけなら耐えられるのに、この痛みだけは耐えられそうにない。……何故だ。傍らにいつも居た人がいないだけで、こんなにも胸が痛む事なんて、あったか……?
「くそっ……」
 思考を振り払うように栓を指で弾き飛ばし、ぐいっ、と瓶を呷る。そのまま一気に喉へ流し込んだ。息苦しさも今の自分には罪滅ぼしのような気さえあった。
 薬の効果は瞬時に表れ、傷口からの血は止まる。幾ばくかではあるが身体の疲れも取れた気がした。薬で散らしているせいとはいえ、この感じは今だけはありがたかった。
 太陽の岩は目前だ。あと少し、そうすれば全創造主の力も戻る。ミラークも俺には手を出せなくなる筈……
 今日中に片をつけたかった。そうすれば今夜から悪夢も見る筈がない。そう思いながら俺は小手を外し、血が流れていた右腕の傷に包帯を巻こうとした時だった。
「……っ!」
 気のせいか、自分の腕が透けて地面が見える。毎晩夢に見る光景……。
 慌てて頭を振って再度腕を見ると、透けてなどおらず、ちゃんと血の通った腕がそこにあった。
 疲れているんだ……俺は、酷く疲れている……

 海岸線に沿って歩いていくうちに開けた場所に出た。辺りは砂なのか灰なのかよく分からない砂地が続き、時折、穏やかな波が打ち付けている。
 砂浜をなぞるようにして先を見渡すと、やや遠くに巨大な茸の形が見えた。風変わりな魔術師ネロスの住むテル・ミスリン。そこから北に歩いていけば太陽の岩がある。恐らくジュリアンはそこに居る筈だ。
 セラーナは岩に向かう前に、居住となっているセヴェリン邸に入って中を確かめてみたが、やはり彼は居なかった。寝室の扉は開け放たれ、装備品一式と荷袋がなくなっていたのだ。
 やはりジュリアンは岩を両方とも浄化するつもりなのだ──そう思えば急がなければならないのに、セラーナは未だにストルンが急く理由が分からなかった。彼が話さない理由が果たして現実になるのか、そもそも岩を浄化しろとジュリアンに言っておいて、今更止めるとは一体どういうことなのか。
「セラーナ、待て」
 不安やストルンへの不満やらで考え事をしながら歩いていたせいか、最初彼女は自分に声をかけられている事に気がつかなかった。慌てて足を止める。
「……どうしたんですの?」声をかけたストルンの方を見やると、彼はすっと地面を指差した。
「あれを見ろ、血痕が点々と落ちてる」
 彼が指差す先に、灰色の砂地に映えるほどの血痕が点々と落ちていた。血は一定間隔で点々と落ちており、かなり先まで落ちているのが見て取れた。
「これは……ジュリアンの血痕ですの?」
 水の岩周辺に飛び散っていた血を思い出す。致命傷ほどではないにしろ、かなりの血が飛び散っていたのは事実だった。相当の痛手を負っていてもおかしくはないほどの。
 セラーナが血を調べてみようと血痕に手を伸ばした時だった。
「触るんじゃない!」
 突然ストルンが叫んだので、思わずセラーナは萎縮して手を引っ込めた。が、萎縮してしまった行為に気恥ずかしさを覚えたのか、憤慨した様子でストルンに向かって言い放った。
「触るなって、どういうことですの? さっきから何も教えようとしないばかりで、挙句怒鳴り散らされる筋合いなんてありませんわ!」
 眉を顰めて明らかに怒っているセラーナを余所に、ストルンは表情ひとつ変えないまま、黙って何かぶつぶつ唱え始めた。……呪文?
 怪訝そうに見るセラーナを余所に、ストルンはぶつぶつ何かを唱えていくと、ぼぅ……と両手がにわかに白く輝きだした。
 この光はセラーナも以前見た事があった。スコールの民がミラークの呪縛にかかっていた時、村を守ろうと結界を張っていた時、見た光と同じだ。
 両手が白く輝きだすと、ストルンは黙ったまま腰を落とし、片手を血痕に伸ばした。──触れるか触れないかで、伸ばした手が電気にでも触れたかのようにびくん、と揺れる。
「……やはりそうか。もしやと思ったのが本当になってしまうとは……」
 詠唱を止めると、輝いていた光がふっと消えた、と思いきや、
「急げセラーナ! ジュリアンがこのままではミラークに乗っ取られてしまうぞ!」
 突然走り出した。えっ、とセラーナは瞬間たじろいだ。乗っ取られる? ジュリアンが?
 理解する数秒の間の後、セラーナも走り出す。それでも砂交じりの灰に足を取られて思いの外うまく走る事が出来ない。
「乗っ取られるってどういうことですの?」
 走りながら喋るというのは苦労するものなのだな、とセラーナはこの時知った。そもそも思い切り走るなんて果たしていつぐらいぶりのことだろう?
「……血だ。血に触れた時、同じだと思った。あの本の事をネロスに訪ねられた時も、あの本を見た時も同じ感じがした。デイドラの王子が世界中にばら撒いたと云われる、おぞましき本──黒い本だ。
 ハルメアス・モラがばら撒いた黒い本の中には、庇護されし存在のミラークが居る。ミラークがジュリアンに毎晩悪夢を見せている時点でもしやとは思っていた。それが今、血に触れた時に感じた事で嫌な予感は間違っていなかったと知った」
 ふうふうと時折息を上げながらストルンは話してくれたが、それでもまだ全貌は見えてこない。とりあえずミラークが毎晩ジュリアンに悪夢を見せてきたのは彼の体を乗っ取る為──乗っ取る? どうやって?
 と、話しながら言ったせいか分からないが、ストルンの走るスピードがどんどん遅くなっていった。それでも彼ははぁはぁと息を喘がせながら、
「……セラーナ。彼を、ジュリアンを止めろ。岩の浄化を止めさせるんだ。止めないと、彼は彼を媒体にし……ゲホッ!」
 急に咳き込み、足を止めてしまうストルン。だがセラーナとて元々肉弾戦が得意でもなければ体力もずば抜けて高い訳ではない。彼女の息もとうに根を上げつつあったが、それでもジュリアンを止めろ、と言ったストルンの剣幕に圧倒され、彼女はストルンをその場に残し走り出した。
 彼女は懸命に走った。やがて山から下りてくる小川が見えてくる。あの川を渡れば岩は目前な筈だ。疲れた身体に鞭打って川を渡った。
 はぁ、はぁと息を弾ませてなだらかな斜面を駆け上がると、岩の先端部分が見えてきた。──まだ緑色の光を帯びている。浄化が済んでいない証だ。
「ジュ、ジュリアン……」
 叫ぼうにも声がかすれてうまく出せない。足は休ませろと訴えてきたが、セラーナは無視してよろめきながら走った。浄化を止めるまで休むなんて暇は与えられそうにない。
 山の麓の斜面を上がりきると、周辺はテル・ミスリン同様の巨大化した茸が点在する荒地だ。そのなだらかな斜面を下っていけば岩はもう目前にある。
 走りながらセラーナは見た。岩の前に誰かがいる。黒い巨大な何かと戦っている。辺りでミラークの呪縛に縛られていた人たちはばらばらに倒れていた。気を失っているだけだというのはセラーナも何度か同行していたため分かっていた。
「ジュリアン、だめですわ、岩を……」
 と、戦っていた黒い何かが地面に倒れた。“誰か”は肩で息をしながらも岩に向かって近づいていく。──まずい。
「駄目ですわ、ジュリアン!」
 セラーナが走りながら叫んだ。ここまできて、間に合わないなんて訳にはいかなかった。

「………リァン」
 誰かが、俺を呼んだ気がした。
 えっ、と辺りを見回すも、誰の姿もない。先程何とか倒したルーカーも、こと切れて大地にその身を伏しているだけだった。
「また、疲れてるんだよな……でも、これで終わる」
 岩に近づく。一言叫べば済むだけだった。──しかし。
「駄目ですわ、ジュリアン!」
 今度ははっきり聞こえた。さほど遠くはない。……後ろから?
 ばっ、と上半身だけで背後を見やると、見紛うことなきセラーナが、やや離れた位置からこちらに向かって走ってこようとしているではないか。
「………セラーナ……?」
 はっとした。後ろにはセラーナ。前には岩。
 岩を開放させなければセラーナに危害が及ぶ。夢でみたあのおぞましい光景が頭の中をよぎる。
 しかし彼女が叫ぶ何が駄目なのかが、その時の俺には全く理解できなかった。──突如そこに居る筈の無い人が視界に入ってくれば、誰だってそうなる。思考と現実が切り離され、目の前に見える事象が幻覚ではないかとさえ思い始める。
 ……セラーナがここに居る訳ないだろ。疲れてるんだな、俺は。でも──これで終わる。
 俺は岩の方に向きしな、後ろを振り向かず“叫んだ”──Gol.

「ジュリアン、駄目ですわ!! 叫んでは駄目!!」
 殆ど悲鳴に近い声で叫んだのに。
 彼は自分に気づいているのに“叫んだ”のだ──岩に向かって、その言葉を。

 これで、ミラークの悪夢から開放される。
 俺は重い身体を引きずるようにして後ろを振り向くと、彼女はまだそこにいた。……幻覚じゃないのか?
「セラーナ……本当に、君なのか?」
 そう言った時だった。

『──見つけたぞ!』

 突如自分の体がぶん、と音を立てた。……何の音だと自分の手を見ると、目が疲れているのか、はたまたおかしくなったのか、今見ている自分の手が二重に重なっているように見える。重なっているのに、俺の身体は透けている──透けている、だと?
 え、と思う間も与えず、次の瞬間には猛烈な激痛が頭のてっぺんから足の爪先まで電流を食らったかのように全身に行き渡った。あまりの痛みに瞬間意識が遠のく。
「ぐぁ……ああああっ!」
 痛みに堪えきれず悲鳴を上げた。──体の奥から何かが出てくる。何かが俺の身体を破ろうとしている。腹を食い破ろうとするが如く体内で蠢くそれは、俺の意識を痛みと強烈な力で捻じ伏せようとしていた。
 振り払おうにも、それは全身から溢れ出てくる。その次には二重にぶれていた俺の体の片方がぶわっ、と光を帯び始めた。──光ではない。これはあれだ、ドラゴン・アスペクトを叫んだ時に自分の身体にまとわりつく“力”──
「セラーナ、逃……げ…」
 それが精一杯だった。自分の身に何が起きているのか自分自身すら分からないまま、痛みに意識を奪われ混沌へと落ちていく。
 意識を失う直前、セラーナの顔を見た。──泣きそうな顔の彼女を。

 彼女の名をジュリアンが再び呼んだ直後、彼の足元から夥しい触手が溢れ出てきた。それはまるで、ルーカーや、シーカーの攻撃時に見られる蠢く触手の群れ──
「いかん、遅かったか!」
 ふうふうとセラーナの背後から走ってきたストルンが、ジュリアンの居た方向を見ながら毒づいた。セラーナはどうすればいいのか分からず立ち尽くしている。
 彼の全身は光を帯びていた。あの光は見た事がある。ドラゴン・アスペクトのシャウトを放ったときに見られる半透明の光──それは形を変えながらジュリアンの身体を守るもの──だった。それなのに、今見るその光は毒々しいほど蠢いていて、まるでジュリアンの身体を縛り付けている鎖のようにも見える。
「このままでは彼の身体を寄り代としてミラークが復活してしまう。セラーナ、ジュリアンを助けたかったら手伝え。彼をミラークの術中から剥がさないといかん」
「何故……ジュリアンは叫んだんですの、私は駄目と言ったのに……」
 悔しさと、それ以上の感情をない交ぜにした表情を浮かべながら、セラーナがぽつりと言う。
 意識のないジュリアンの体が、力抜けたように血が飛び散る地面に倒れる。倒れてもなお、ドラゴンアスペクトの光は輝きを収めず、おぞましい輝きを放っている。
 ──それは、彼とミラークを繋ぐ楔。同じ道を往ける者──即ち、竜の魂を屠る者でしか現せない“鎖”だった── 



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 前回に引き続き長くお送りしております。
 大分佳境です。でも次で終わらせます。終わらせないと延々と続きそうで嫌だw

 まだ全貌が見えてませんが、大体はストルンさんの言った通りですな。まぁ、勿論このままジュリアン(どばきんさん)が死ぬ事にはならんので(お決まりですが)ご了承を。

 でもまぁ、まさかここまで長くなるとは当時(原稿執筆時7月あたり)の俺に予想が出来ただろうか…(~_~;)
 最初は短い話で終わらせようと思ったのに、気づけば大風呂敷敷いてしまってる状況になってしまって大わらわ。でもまぁ一応話としては完結できる終わりまでしっかり考えてはいるのでご安心を。
 まぁ次はラブラブキャッキャウフフあまあま1000%LOVE!!! なドヴァー×セラが拝めると思いますのでそのテが目当てで読んでる方、お楽しみに(多分いないと思うが)。

 でもまぁ話が佳境になってくると中の人はノリノリに(かけている音楽にもよるが)なるので若干楽に書けました。難産だった頃にくらべると。
 ただ、今回一人称(ジュリアン視点)と三人称(セラーナ・ストルン視点)がごっちゃまぜになってるので読みづらさ100%です。ごめんなさい。まだまだ文章力が下手糞な奴と思ってください<(_ _)>

 ゲームのほうのSSもぺたっと貼っておきます。ブログ限定の久々にやっちゃったよSS。

 話の中ではこんなのまだまだ出てきそうにないですが、ゲームの中ではよく中の人がムラムラしてこういうSS撮ってます(笑)
 元画像は相当暗い画像でしたが、フォトショで加工してなんということでしょうw
 ほんと、ゲームのSS画像もフォトショでがらりと変えられるのでフォトショ様様です・・w

 という今回もイミフなブログですいませんでした。
 次回で話は終わりになりますが、次回当社比1.5倍の文章量になると思うので少し時間がかかるかもしれません><; でも早めに上げますので気長にお待ち下さい。
 ではまた。

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09.14.02:12

Nightmare.

※Skyrim二次創作小説第5チャプターです。その手のモノが苦手な方はブラウザバックでお帰りを。

これは第5話です。1話から読みたい方は「Taken.」からお読み下さい。(二次創作カテゴリから楽に飛べます)

 ソルスセイムはモロウウィンドの北にあるレッドマウンテンを抱えた島、ヴァーデンフェルよりさらに北に位置する島なのは旧知に知る所だ。スカイリムよりやや北に位置するのと、島の北部は標高が高い地域が多く、雪と氷に閉ざされており島に住むダンマー達も滅多に訪れる事は無い。その代わり、比較的降雪量が少ない南側にスカイリムと島を繋ぐ玄関口があるレイブンロックや、そこから海岸線に沿って東に歩いていけば、気難しいダンマーの魔術師ネロスの住むテル・ミスリン等がある。
 しかし、ソルスセイムのノルドが住むスコール村は降雪量の少ない海岸線に位置してないばかりか、島中央部あたりの険しい山脈地帯にこぢんまりと居を構えていた。太陽が出る日が殆どなく、絶えず雪が降りしきる厳しい土地で逞しく生きる彼らの姿に興味を惹かれてやってくる旅の者も少なくない。
 だが、厳しい気候の中生きる彼らにとって、スコール村の住人はある意味、一つの共同体として生活をしているためか、ムラ社会として構築されている所に余所者が入る隙は無く、大概は受け入れられない場合が多い。それだけ、厳寒な場所での生活というのは皆生きるのに必死なのだ。この村では個々の生活を重んじる都市と違って、村が一つの家族同然だった。ある者は狩りをして得た獲物を村人に均等に与え、またある者は傷ついた防具の補修を買って出たりする。誰一人欠けては生きていけない。
 そういう社会で成り立っているスコール村には、村全体を治める顔役のファナリ、そして呪術師であり導き手であるストルンが主体となって動いていた。彼らが頷かない限り、スコールの民は余所者と口を利くこともしないほど。
 岩の浄化を行っただけでなく、ストルンの口利きがなければ、ジュリアンとセラーナはスコールの民に受け入れられないばかりか、村人が彼らに気さくに話しかけられてはこなかっただろう。それだけファナリとストルンの影響力は村人にとっても無くてはならないものなのだ。
 何度か村人の手助けや依頼された品を送り届けたりもしたおかげで、村人は次第にジュリアンとセラーナに対して打ち解けていった。ストルンやファナリにスコールの民と認められてからは、最初に村に来た時と違い立ち寄っても奇異の目でこちらを見られる事は無い。
 だから今、ふうふうと息を弾ませて村の入り口に立ったセラーナを見ても、民は驚くどころかにこやかに出迎えてくれたのだった。

 はぁ、はぁ、と肩で息をしていても彼女の足は止まらなかった。村からやや外れにある一軒家にまっすぐ向かう。……勿論その家はストルンの家だった。ノックするのももどかしく、セラーナは扉を開けた。
 何度かジュリアンと来ていたので部屋の構造は分かっていた。扉を開けてすぐ左側に長テーブルがあり、部屋の奥には錬金台が置かれてある。
 ストルンはそこにいた。傍らには彼の愛娘であるフリアが立っている。どうやら父親と錬金について話し合ってたらしい。新しい調合でも試しているのだろうか。
「おや……あんたは確か、ジュリアンの……」
 扉が開いたのに気づいたのか、ストルンは後方を見やった。フリアも同じようにこちらを見る。視界に入ったのがセラーナだけだったせいか、ストルンの声が意外そうに聞こえた。
 セラーナは息つく間も与えず、レイブンロックからスコールまで歩いてきたせいもあって、ストルンの家の扉を開けた途端、へなへなとへたりこみそうになった。が、持ち前の気性もあってそこは踏ん張ってみせる。
「はぁ、はぁ……ジュ、ジュリアンの事で聞きたい事があるんですの。彼の様子がおかしくて……」
 それでも肩で息をしているセラーナの口から発せられる言葉は息も絶え絶えの様子で、見かねたストルンは慌てて台所から水を一杯持ってきた。差し出された水を黙ってセラーナは口に運ぶ。寒い雪山を歩いてきたにもかかわらず汗が滲んでおり、冷たい水は火照った身体を落ち着かせてくれた。
「ずいぶん慌てた様子だな、ジュリアンに何かあったのか?」
 怪訝そうな表情を浮かべたまま、ストルンがセラーナに聞いてくる。水を飲んで人心地ついた彼女は、深呼吸をして──切り出した。
「何があったのか教えてくれないから、私がここに来たのですわ。ジュリアンが岩の浄化を始めた辺りから様子がおかしくなったんですの。……彼はその原因を聞いても教えてはくれなかったのですけど……どうやら、ミラークが関係しているらしくて」
「ミラークだと?」ストルンの声が甲高く室内に響いた。続けざまに、「しかし、岩の浄化をやれば、少なくともミラークの力がソルスセイムの民に影響を及ぼす事は幾ばくかは薄れる筈なのだが……?」
 それは間違っていない。「確かに、ソルスセイムの人達は岩を浄化することで解放されてはいますわ、けれどジュリアンがその代わり浄化を始めた時から毎晩悪夢にうなされるようになったんですのよ?
 いつも何か、夢の中で叫んでいるようで……それを聞かれると気まずそうにしていましたわ……何か隠しているのは間違いありませんでしてよ」
 ストルンの家はあまり大きくはない平屋なため、彼に話しているつもりでも同じ室内に居るフリアの耳に嫌でも入ってしまう。さすがに聞き捨てなら無いと感じたのか、父親の隣に座った。
「何があったのか話してくれないか。分かる範囲でいい。それがミラークの影響からくるものなのか、それを見定めないと──」
 戸惑いを隠せないストルンに、セラーナは内心言ってやりたかった。あんたが急かしたからじゃないのか、と。
 しかしそんな事を言ったところで何も変わりはしない。今はストルンの協力が必要なのは確かだった。今までの事を話さないと、ジュリアンはますます悪化の一途を辿る──いやもう手遅れかもしれない。
「……分かりましたわ。今まで──風の岩を浄化し、スコール村の人を解放させてからの経緯を──」

 毎晩悪夢を見ているのか、うなされていたこと。
 そのせいで眠れないのに岩の浄化に躍起になってきたこと。
 満足に休めていないため、身体はフラフラなのにも関わらずルーカーと戦って、傷ついているのにそれでも止めようとしなかったこと。
 そして何より──それがミラークの仕業かもしれない、ということ──

 今までの経緯を全て話し終えても、ストルンは黙ったままだった。
 フリアは父親の様子を窺いながらも同じく黙っている。二人とも、セラーナが話している間口を挟むようなことはしなかった。
「……それで、私は問いただしたんですけど、彼は──話すどころか私に暇を下さったのですわ。役立たずといわんばかりに」
 自虐めいた口調で言い放ち、呆れたといわんばかりにセラーナは肩をすくめてみせた。精一杯の強がりだった。
 しかしそれまで沈黙を守っていたストルンが突如、
「そう彼が言ったのかね? 君に、お前は役立たずだ、って?」
 食いつくように聞いてきたので、セラーナはやや面食らった。「……い、いえ、そうは言ってませんわ。私がそう思っただけで──」
 聞き返してきたのはそんな事か、とセラーナは内心がっかりした。案外この老人は思ったほど役には立たないのかもしれない。
「……暇をやると言われたんだったね? それはどんな感じで?」
 思い出したくもなかったが言わざるを得ない。
「急にですわ。何の前触れも無く。
 ……今日の夜中に目が覚めて、私が悪夢にうなされている事について、何があなたを苦しめているのか説明してくれません? と聞いたら脈絡もなく『別れよう』と」
 そんな事が何だというのだ? セラーナは地団駄を踏みたい気持ちを懸命にこらえていた。しかしストルンの表情は眉間にどんどん皺を刻み、険しい顔のそれになりつつある。
 セラーナとストルンの応酬が続いている中、フリアはずっと黙っていた。何かを心配するような表情さえ浮かべている。ジュリアンを心配しているのだろうか、と思うとセラーナは何故か面白くない気がした。何故かは分からないが。
「ジュリアンが悪夢から目覚めた時、どんな様子だったか分かる範囲で教えてもらえないか?」
 それが何だというのだろうか。セラーナはますます疑わしく思ったが、とりあえず思いつく範囲を全て述べてみた。
「……何かを思い出して怯えて叫んだりしていましたわ。瞳に怯えや恐怖を滲ませていたし、ああ、それと……自分の両手をじろじろ見てる事もありましたわね。ものすごく怪訝そうな目つきで」
「セラーナ、あんたの身体にジュリアンが異変に逢っていた間、何か起こったりはしてないか?」
 ストルンが、間髪を入れずに問い返してくる。「私ですの? 私は……何も。眠らな……」
 そこまで言ってから、セラーナはしまったと思った。自分が眠らなくても生きていける者──闇の眷属の首位たる位置に居る吸血鬼──だと知られたら、彼らがどいう態度を取るかなぞ容易に想像できる。ここで事を荒立てたくはない。
 しかしどう言えばいいのか、とセラーナが逡巡していると、ストルンがとんでもない事を口に出した。
「ジュリアンから聞いている。大丈夫だ。知っているのは私しかいない」
 えっ、と口から漏れたのを耳ざとく聞きつけ、ストルンは安心させようとでもいうのか、セラーナに向かってにやりと笑ってみせた。
「そうか、何も起きてはいないんだな? ……となると、まずいな」
 まずい? とセラーナが聞き返そうと思うより先にストルンが立ち上がった。どこへ行くのかと思えば部屋の奥へと行き、何かをごそごそ漁る音がする。
「まずい、って……何の事です? ジュリアンが何かまずい事に?」
 がたっ、と音を立てて椅子から立ち上がるセラーナ。ストルンが行った部屋の奥へ自分も行こうとしたが、ストルンが戻ってきた。彼は屋外で使う分厚いフードを目深に被り、帯剣をしていた。短い間で装備を整えていたようだった。
「フリア、お前は残っているんだ。生体賦活剤をいくつか作っておくんだ、いいな?」
 反論する間も与えずストルンはフリアにそういい残すと、セラーナの方を見やって、
「ジュリアンは今どこの岩を浄化しに行ってる? 急がないといかん」
 突然の事にセラーナは慌てたが、昨日まで同行していたので残りの岩が何かはすぐ見当がついた。「風と、獣と、大地は終わりましたから、残りは太陽と水ですわ、そのどちらかにジュリアンは向かっているはずですの」
 セラーナの返答にストルンは短く舌打ちをした。「正反対だな。しかしレイブン・ロックを拠点としていたのならそこから遠方から攻めていったのも理由がつく。……急ごう」
 言いながらストルンは玄関を開けた。ぶわっ、と雪が吹き込んでくる。どうやら外は吹雪いているようだ。
 慌ててセラーナもついてストルンの小屋から出ると、いつしか外は酷いくらいの吹雪となっていた。すぐそこまでの視界が白く覆われて見難くなっている。
「山を下りれば雪はおさまるはずだ。急ごう」
 ざっざっ、と雪を踏みしめる音を足早に立ててストルンが村を出て行く。セラーナは何がなんだか分からない様子でついていくしかなかったが、吹雪が身体にまとわりついて凍らせんばかりに体温を奪っていく。ストルンはスコールの民だ、相当分厚い防寒着を身に着けていたが彼女にはそれがない。
 と思ってふと彼女は立ち止まり、自分用の小さな荷袋を開けてそれを見つけた。袋から引っ張り出す。あの時(※)ジュリアンがくれた外套があった。寒いから、といって渡してくれたそれを返さずにずっと荷袋に入れっぱなしにしておいたのだ。

“君を守る事を忘れたりはしないさ。約束するよ、セラーナ”

 忘れてるじゃありませんの、とセラーナは内心ごちり、それを羽織る。今自分がこうして一人で行動してる事だって、彼は知る由も無いのは分かっているのに。
 分厚い外套は彼女の身体をすっぽり覆い、すっかり寒さは感じられなくなった。再び荷袋を持ち、セラーナは村を出る。入り口から少し山道を降りたところにストルンが彼女を待っててくれた。合流しすぐに歩き出す。
「まずいって先程言いましたけど、何がまずいんですの?」
「……ソルスセイムの民が、ミラークの術によって岩に縛り付けられていたのは知っているだろう」
 勿論だ。
「彼らは眠るとミラークの呪縛によって日夜問わず、ある者は聖堂の復興、またある者は岩をミラークの力を増幅させるものに塗り替えようとしていた。
 その力の出所はまだ分からんが、恐らくはジュリアンも見たと思われる黒い本──ハルメアス・モラが何らかの手助けをしていると踏んでいる。岩の浄化をした際にジュリアンが叫んだシャウトによって出てきた“モノ”が、デイドラの王子の影響力を帯びていたという報告は聞いているからな。
 私は黒い本の事については調べたくはない。しかしながら今回はそうも言っていられないだろう。ジュリアンが恐らく毎晩見ている悪夢というのは、ミラークがソルスセイムの民に対して行った事と同じだ。即ち“呪縛によって操る”事」
「……でもジュリアンは何度かミラークによって操られた事もありましてよ」
 朝気がつけばベッドに居ないことも何度かあった。
「それは岩の浄化をする前だろう? 浄化を始めた時から悪夢を見始めたと言った時点でミラークはジュリアンに対する攻撃手段を変えたのかもしれない。そうだとしたら、非常にまずいことになる」
 ざっざっと規則正しい足音を立てながら雪積もる山道を下っていくストルンの後を追うのは楽だった。彼が雪道を均すようにしてくれるおかげで滑らずに済んでいる。
「……だから先程から言ってるまずいことって一体何ですの?」
 さすがに山道降りながら喋るのは危険と判断したのか、ストルンの足が止まった。セラーナの方を振り向いた表情は相変わらず険しいままで。
「私はかつてミラークによって操られていたスコール村の民に、その時の状況を聞いた事がある。
 全員に聞いて回ったが、全員決まって同じ事を言っていた。『夢を見るんだ、毒々しいほど緑色の空に覆われた、禍々しい世界。何処だろう、と思う瞬間にその世界から離れるかのように意識は消える。その代わり何処からか声が聞こえるんだ、聖堂を復活させよ。汝の意識は我に在り──』そのような言葉をだ。そして意識を奪われた島民は日夜聖堂の復旧と岩の力を歪めるために明け暮れる。
 彼らは聖堂を復活させる為であり、攻撃対象にはならない。しかし、ジュリアンはミラーク同様ドヴァーキンだ。しかも我々ソルスセイムの民を守る側に与している。
 そこで一つの仮説が浮かぶ。ミラークはタムリエル復活を目論んで聖堂を復旧しようとしているのは分かるな? だがまだその時点には及んでいない。ジュリアンの話によれば、彼はまだハルメアス・モラのアポクリファに居座るだけに過ぎぬようだ。ソルスセイムの民を操ったりは出来るが、タムリエル全土の民を操る力は持ちえていない。
 そして、岩だ。全創造主の力を封じ込め、ミラークがタムリエルに復活する力を宿しものに変えたにも関わらず、それをジュリアンが浄化し、全創造主の力を戻すまでしている。これによってミラークはタムリエルに復活する事を少しでも遅らせる事は可能だ、だから私はジュリアンに岩の浄化を頼んだのだ。
 しかしそれが仇となった。復活の足がかりとなる支柱を折られて黙っている程ミラークは馬鹿じゃなかったようだ。……民を操ってきた見えない力を、ジュリアンに刃向かわせたのだろう、だから彼は毎晩悪夢を見てうなされていた」
「悪夢を見せられただけでジュリアンは浄化に躍起になったとおっしゃりたいんですの?」鼻白むようにセラーナが言った。そんな事はない、と言いたげなのは分かっているのでストルンはいいや、と首を横に振る。
「セラーナの話を聞くと、彼はひどく何かに怯えていると言ってたな、恐らく夢の中でミラークに弱みを突きつけられていたのかもしれん。ミラークはソルスセイムに住む大勢の者の心を操る力があるのだ、ジュリアンの心を夢の中で読む事なぞ造作もないだろう」
「弱み……?」ふと思った、あの時ジュリアンが言った言葉を。

“守るために別れを選んだと思って欲しい” 

 ………まさか。
 愕然とした表情を浮かべたセラーナに、ストルンは穏やかに言った。
「だからさっき言ったんだ、あんたの身体に何か起こったりはしてなかったか、と。……セラーナは無事だった。何故ならあんたは吸血鬼だから。闇の眷属たる者は眠るという行為を必要としない。だからミラークの影響が出なかった。
 しかしジュリアンはそんなこと理解できないだろう、落ち着いて考えれば分かりそうなものを……それほど、ミラークの悪夢は鮮明で、リアルなものだったのだろうな」
「じゃぁ……彼が、彼が毎晩見ていた悪夢は……」
 その先は言えなかったが、ストルンはうんうんと黙って頷き、
「ああそうだ、セラーナ、君の夢だよ。
 恐らく想像したくもない、むごたらしい悪夢を見せ付けられていたんだろう、時々自分の手を疑わしげに見ていた、という点も考えると、恐らく彼自身にも影響が出ていたに違いない……だから急がなければならんのだ。今岩の浄化を全てやり終えると、恐らくとんでもないことになる」
 一旦話を打ち切ったのか、再びストルンは先導で山道を下り始めた。
 浄化を止める? どうしてだろう。けどそれを教えてもらう暇はなさそうだった。先にジュリアンを止めないといけないのは確かなようだ。
 仕方なくセラーナも後を追うように山道を下っていく。しかし心の中はざわついたままだった。
 彼女とストルンに襲い掛かる、吹き荒ぶ白い礫のように──


※二次創作カテゴリ内過去ブログ「この道の向こう側で。」参照。


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 すいません、長くて本当にすいません。
 やはり前回短すぎたせいで今回異様に長すぎた・・というかこの次のファクターを入れるつもりだったのにそれすら無理というorz
 
 やはり7章あたりで終わりかな。まだまだまだまだ長いですがお付き合いしてやってください。涙流してフスロダします(ぁ

 相当難産な三人称視点での文章、まだまだジュリアン(どばきん)さんでてきませんね。
 次あたりで出てくるかな。まぁ出てきてもお察し状態ですがw

 セラーナ大活躍でNPCばっかりしか出てこないからこれぞ二次創作ですね(笑)
 しかし実際ゲーム内でここまでやらかしてきたらミラークさんも怖いんだけどなぁ、ゲームのミラークさん、今のところぜんっぜん怖くありません(ぁ

 どんどん佳境に入っていきますが、楽しんで頂ければ幸いです。
 夜中に打ってるのでそろそろ限界(汗)今日はここまで。また次回更新日に。

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