「……くしゅんっ!」
本日、何度目かのくしゃみ。
盛大にくしゃみを放った俺は、ほっとくと垂れてくる鼻腔から出てくるモノをすすりつつ、本日何度目かの溜息をこぼしつつ、前を見た。
前といっても、数時間前からおなじものをずっと見ているだけだ──些末な板や板金を重ねてこしらえた天井。そしてその天井から垂れている裸電球。それは煌々と明かりを灯してはいるが、俺の頭上と僅かばかりの周りしか照射範囲がないため、徐々に日が傾き始めている今の時間帯から先では、やや心もとなさを感じさせる。
そう、俺はベッドの上に居た。そして、今俺がやるべきことはベッドの上で身体を休ませながら無味乾燥な天井を眺めるだけになっている。
「はぁ……」
またしても口から洩れる溜息。──まさかこんな年になってまで風邪をひくなんて思ってもいなかった。放射線障害や感染症等で苦しんだことはあるものの、抗生物質を使えばある程度そういった症状は解消できた。本来ならば風邪だって抗生物質を飲めばよくなる筈なのに、今の俺はこうしてくしゃみを放ち、鼻水をすすりながら風邪と戦っている。
「あったかくして寝てろ、だと? 今の俺はそれが仕事だなんて言ってたけど、おかしいだろ……ネイト」
俺の様子がおかしい事に気付いたあいつはそう言っていた。
今から遡る事、数時間前──
いつもの如く、近場の廃墟で物資を探す俺とネイト。
使える物を漁り、それを持ち帰って廃材を組み立てて居住地を立て直す──そうやって少しずつサンクチュアリや他の居住地を発展させてきた。そしてその日もまた、俺達はとある廃墟に忍び込み、巣食っていたガンナー連中を悉く倒してから物資を漁る。
……いつもと同じ光景だった。
が──その日の俺は確かにおかしかった。朝からずっと頭がぼーっとするし、やたら寒気も感じていた。……けど、具合が悪いなんて言える状況じゃないだろ? あいつはいつも俺を連れて歩いてたし、俺もそれが嫌じゃなかった。だから具合が悪いから今日はパス、なんて言えるはずもなかったんだ。
でもそんな様子のおかしい俺にネイトはすぐ気づいた。俺に近づき、有無を言わさず帽子に隠れた俺の額に彼は手を触れてきたのだ。瞬間、眼前が彼の掌だけが写る形になり、思わず一歩後退りしようとしたが、彼の手は俺の額から離さず、
「……熱があるな? 何で言わなかったんだ、マクレディ」
落ち着いた声だったが、その口調には僅かに怒りが滲み出ていた。何で、って……と言い訳すら言う余地を与えず、彼は俺の事をひょい、といとも容易く俺の身体を両手で抱えるようにして持ち上げたのだ。
うわっ、と変な声が口から漏れる。生涯生きてきた中で、自分が女性のように男性から持ち抱えられるなんて想像したことすらなかった。突然の状況に頭が呑み込めず、思わず両手をばたばたさせてしまう。
「暴れるな。お前が自分の加減を無視してやってくるからこうなるんだ。手間をかけさせるんじゃない」
ネイトはそういって、手で抱えている俺の方へ目線を向けた。顔を下げてこちらを見なかったため、思わず見下げられてるように思ってしまう。その態度にむっとして反論しようかと思ったが、止めておいた。……確かに彼の言う通りだった。ネイトに迷惑をかけている事は事実なのだ。
「……ごめん」
「分かればいい。……俺も言い過ぎた」
ぽつりとそう言って、ネイトは俺を抱えたまま廃墟を出た。先程までがらくたを集めて入れていた荷袋は背負っていない。俺を居住地まで連れて行ったあと一人でまたここに戻るんだろうな、と思うと少し胸が痛む。
いいよ、歩くくらいなら出来る……と言って彼の手を振り払ってもよかった。……でもネイトに抱きかかえられている今の状況は正直有難かったのも事実だ。
ぼうっとしていた頭がさらに加速している気もするし、心なしか顔が熱い。前を見て歩く彼の顔はこちらを一瞥もせず進行方向しか見ていないのだが、その顔に俺は少しばかり見惚れていた。
女が惚れる、というならわかる。端正できりりとした顔を持つ彼は、まあ色男と言っても差し支えないだろう。──でも俺は男だ。ネイトと同じ。
ネイトと俺が突っ立ってると、俺の貧相な体格に反して彼は筋骨隆々。16年、日差しの殆どない世界で生きていただけあって身体は成長していてもネイトとは雲泥の差だ。だからこそ彼は俺をこうして抱えながら、息も乱さず歩いていられるのだろう。
「……重くないか?」
不意に声をかけると、ネイトはこちらを見もせず、
「お前は痩せっぽちだから重いなんて感じないな。もっと肉を食えって言ってるだろう」
間髪入れず返事を出してくる。ついでとばかり小言付きで。嫌味だな、と思いつつ俺は心の中で思った事を、
「肉食って体重増えてたら、今みたいにしてもらえないだろう」
つい口に出してしまっていた。ネイトはおや、と思ったのか、おもむろに歩みを止めて俺を見やった。
自分でもおかしなことを言っていると思う。これじゃまるで──
「………」
「………」
ネイトは俺を、俺は明後日の方向を見ていた。本音を口走ってしまった以上、目線を重ねるなんてできやしなかった。顔はさらに熱く感じ、紅潮しているのが嫌でもわかる。
「……そうだな」
ネイトはそうごちると、再びすたすた歩き始めた。何も反応を返せないまま、俺は頭の中で自分を詰っていた。ああもう、恥ずかしい。
──かくして俺は手近な居住地につくとこしらえたベッドに眠らされ、ネイトは再び廃墟へと戻っていった。ベッドの脇に置かれているサイドテーブルには、彼が置いていった抗生物質ときれいな水が入ったボトルが一本、置かれている。
ネイトが俺をここに一人置いて行って数時間が経つ。……一人で大きな荷物抱えて帰るのは大変だろうな、と半ば思いつつ、俺はボロ布を継ぎ合わせて作った毛布を体にかけなおした。不思議と薬が効いてきたのか、瞼が重くなってくる。
妙な事に、自分の視界に彼が居ない事が少しばかり俺の心をざわつかせていた。いつも……いつも傍に居たから。俺とネイトの気持ちが互いに思う事と一致していると確かめ合った時から、ずっと傍にいたから。
情けない。そう思う事もできたけど、一人で待つってのは案外寂しいものなんだなと改めて思う。風邪なんて引いてる場合じゃない。……近くに居たい。
「ネイト……早く帰って来いよ、馬鹿野郎……」
悪態をつきながらごちていると、ふっと意識が遠のいていった。
……早く元気にならないと。
「……熱、下がってるな。額も平熱に下がってる」
声が聞こえたと同時に意識が戻る。……額に温かいものが触れている感触がした。ネイトの手だ、と気づいた時、俺は目を開けた。
「あ、起きたか、マクレディ」
寝起きでぼうっとしているが、ネイトは俺の横たわるベッドの脇に腰を掛けて、片手を俺の額へ、もう片方は膝の上に置いていた。額からゆっくりと手を離すと、にこ、と笑みを浮かべる。どきっとした。
いつの間にか外は真っ暗だった。裸電球がぽつんとネイトと、俺の寝るベッド周辺を照らすだけの空間。周りからこの場所だけが切り取りされたような感覚さえ覚える。何時間寝ていたのだろうか。
「……ありがとう。大分楽になった」
そう言って起き上がろうとするのをネイトはやんわりと制する。「今日一日はゆっくり寝てろ。明日元気になったらまたよろしくな」
あぁ、とため息にも似つかぬ声を漏らして、俺は起き上がろうとした体を再びベッドに横たえた。……少し寝てたおかげで、頭もすっきりしている。熱っぽくて寒気がした身体も大分落ち着いたようだ。
ネイトは立ち上がり、建物の一室に引っ込むとすぐ戻ってきた。……何かいい匂いがすると思ったら彼は何か作っていたらしく、湯気が立つボウルを両手に抱えて持ってきた。そのまま再び同じベッド脇に腰を下ろし、
「野菜スープ作ってきたぞ」
と言ってやや朽ちた木製のスプーンで掬って俺の口に運ぼうとしてくる。おいおい!
「待てよ、そのままじゃ俺の顔にかかっちまうだろ! 起き上がるから」
そう言うとネイトはきょとんとして、それもそうか、と言ってのけた。何も考えてなかったのかよ……と呆れながら身を起そうとすると、ネイトはサイドテーブルにボウルを置いた。何だ? と思うより前に彼が倒れ込むようにして俺の身体に覆いかぶさり、俺と彼の唇は自然と重なっていた。
びっくりする余裕もなければそんな考えも思いつかなかった。けど……知らず内に俺は彼の背中に手を回していた。……また熱が出そう、とさえ思ってしまう。
一分にも思える間重ねていた唇を離す。ネイトはにやにや笑いながら言ってきた。
「……寝ている間、お前、俺を呼んでたんだ。何度も何度も。……熱に浮かされてたのかと思って額に手を当てたら下がってたから安心したんだ。
そんなに俺が居なくて寂しかったのか? ロバート?」
寝てる間まであんたを呼んでたなんて知る訳ねえだろ。……でも。
背中に回した腕を首のあたりまでずらす。……意識がなくなる前、俺はネイトの傍に居たい、近くに居たいと思った。それは本心だから。
ぐっ、と両手に力を入れ、俺は身を起こすようにして再びネイトの口にキスをした。
「……言ってたよ」
口を離すと、ネイトは頬を赤らめていた。そんな顔を見てお互い笑いあう。
「ったく。……またあっためなおさないとな」
ネイトは俺が首に手をまわしたまま、ゆっくりベッドから身を起こす。
サイドテーブルに置いたままの、口を付けていないスープはすっかり温くなっていた。
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これは……酷いなぁ。。。
年明け一発目がこれでいいのかなぁ・・・
とりあえず新年あけましておめでとうございます。
本年も当ブログと当サァクルをどうぞ宜しく。
なんだこの散文詩もどきの三文小説は、と笑ってください。
俺も笑ってます。こりゃ酷い。
はてさて今年もこんな調子で一年続くのでしょうか。
とりあえず、今年も変なのかいたり変なの作っていきますが気長に見てやってくださいませ。
PS
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中の人は冊子版で買ってもらいたいので無告知してますが、ここくらいは書いてもいいだろう(リンクも貼ってるしな)という事で書いておく。
買わなくてもいいけどどんな本か気になる方はチェケラ。
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