忍者ブログ QLOOKアクセス解析

スカイリムの攻略とかあまり役に立たない日々のプレイ日記をだらだらかいていくつもりです。

雪と氷とドラゴンと。

   
カテゴリー「スカイリム 二次創作」の記事一覧

Knight

※スカイリム二次創作小説第四チャプターですが、実を言うと二次創作カテゴリの話からほぼ全て繋がる感じで続いています。苦手な方はブラウザバックでお戻りを。
※もし最初から読みたい方は二次創作カテゴリからどうぞ。一連の流れがつかめるはずです。たぶん。
※2.これは第四話です。最初から読みたい方は前々回の記事「Rude Awakening」からお読みください。(今回も相当長いと思います。途中休みながら読んでみて下さいませ)
※3.一応ラストということで本邦初公開の挿絵ならぬ挿SSを入れてます(フォトショップで加工済)画像と照らし合わせて読んでみてくださいね。


しばらくの間とめどなく涙を流していたセラーナだったが、母親に肩を抱かれ、時折背中を擦ってもらっているうちに次第に落ち着いていった。時折洟をすすりながらも目をこすり、やがて彼女が完全に泣くのを止めた時、彼女の心の中にあった壁は最早跡形も残ってはいなかった。
「……もう大丈夫?」
 セラーナ自身が泣き止むまで黙って背中を摩っていたヴァレリカだったが、娘の顔を覗き込むようにして声をかけてくる。セラーナは黙ったまま首を縦に振った。瞼が少し腫れぼったくなっているのは、大粒の涙を流したからだろう。
「……ええ。大丈夫ですわ。目が少し重いですけど」
「それは仕方ないわね。──ジュリアンを呼んでらっしゃいな。そして素直な気持ちを彼に話すのよ。……ふふ、いよいよ私も親としての務めを果たすときがきたのかしら」
 どこか嬉しそうな口調で話すヴァレリカだった。親の務めって何のことだろう、とセラーナは訝しんだが、とりあえず母親の言う通りにしようと、椅子から立ち上がってジュリアンが去った方の扉──中庭へ通じる方の扉に近づき、ドアノブに手を掛けた所で動作が僅かに止まる。
 ジュリアンは私の顔を見たらどう思うだろう? ……思えば数日前、城に戻りたいと思い切って彼に話した夜、彼の顔は今の私に似ていたような気がした。瞼が腫れてるような……まさか彼も泣いていたのか?
 などと心の中で思案しつつ、セラーナはえいっとばかりに扉を開いてみせた。ぎぃぃ……と軋んだ音を立てて開くと、薄暗い廊下が書斎の明かりでぼんやりと照らされた形になった。
 ジュリアンは、とセラーナは目で彼を探した……が、何処にもいない。隣の部屋にいるから、と彼は間違いなく言ったのに。
 闇の一党のようにどこか暗がりに潜んでいるのでは、などと馬鹿らしい考えも頭の中に浮かんだ。──が、たとえそうだったとしても──自分の姿が見えたら彼は近寄ってくる筈だ、それなのに。
「ジュリアン……?」
 返事は返ってこない。──直後、セラーナの胸がずしっ、と重たい錘が乗っかったような衝撃を感じた。姿が見えない不安、いつも見ていた背中が何処にもない。
 そんな筈ないと思いたいのに、錘は自分の胸にぐいぐい食い込んでくる。……そう、私はまた置いていかれた、彼に裏切られたのだ。と言いながら彼女の胸を押し潰そうとしていた。
 違うと言うかわりに、再び瞼が熱くなった。薄暗い、開けた廊下にただ一人突っ立っているのが辛くなり、セラーナは扉を開けっ放しのまま書斎へ戻った。
「どうしたの? セラーナ? ジュリアンは?」
 疑問符だらけで聞き返すヴァレリカだったが、セラーナの頬に再び涙が尾を引いて伝っているのを見て、すぐに状況を悟った様子だった。
「……いませんわ。隣の部屋に居るって言ってたのに。何処にも姿がないんですの! ……私を置いて行ってしまったんですわ」
 声を震わせて言うセラーナに、ヴァレリカはまさか、と思いながら周辺を見渡すような仕草で顔を動かし始めた。吸血鬼特有の赤い目の中心が黄色く輝き、何かを見つけるように周囲を見渡している。
「……あら」
 何かを見つけたのか、ヴァレリカは笑って──目の輝きが収まったと同時に立ち尽くしたまま泣いているセラーナの肩にぽん、と両手を置いた。
「大丈夫よ。ジュリアンはまだここに居るわ。……あなただって吸血鬼なんだから、生命ありし者が近くにいるか判別できる生命探知位はできるでしょう? ……それとも、そんな事も忘れるくらい動揺していたのかしら?」
 いたずらっぽく言ってヴァレリカだったが、次にセラーナの双肩に置いた手を離し、
「ほら、行きなさい。彼はヴォルキハル城の聖堂にいるみたい。……でも何であんな所に行ったのかしらねぇ? 吸血鬼でもないのにあそこに用があるとは思えないんだけれど」
 にっこり笑ってセラーナを見送った。ついでに後から行くかもしれないから、と付け足して。


 聖堂の中は、中心部の天井付近に細長い天窓がいくつかあるだけで、それだけが光源となっている為日中でも薄暗く、がらんどうとしていた。室内のあちこちに吸血鬼の犠牲者となったであろうヒトの骸骨が散らばっており、一角には無造作に集められ捨て置かれている。マトモな思考の持ち主なら一分足らずで居られなくなって逃げ出すのがおちだろう。
 その聖堂の中心部──普通の聖堂なら、御神体や祭壇が置かれてあったりする場所だ──にはもちろん、そのような物はなく、その代わり、数段上がった床の上に血の池が止め処なく流れ続ける泉──恐らくこれが吸血鬼にとっては御神体なのだろう──がぽつんと置かれてあるだけのものだった。
 俺はその泉の傍らに突っ立って、床を見ていた。床の上には赤黒く変色した灰が時折、風もないのに舞い上がっては光を発している。誰にも埋葬される事無く、誰にも気づかれないまま、あれから数年経っちまったのに、それはまだここに残されていた。
 ……最後の最後まであんたは自分に正直だったな。正直過ぎて対立を招いちまったのかもしれない。……今の俺のように。
 寒々しい室内なのに、何故かそこだけは温かみを感じた。自分が殺した奴に話を聞きにきたなんて──下手な吟遊詩人でもそのような叙事詩は考え付くまい。
 などど自虐めいた事を心の中で独白していると、かつっ、と僅かな音が部屋の隅から響いてきた。
「……誰だ?」
 僅かながらでも照らされている光源の近くに居るため、自分の居る位置からその足音を立てた者が誰なのか判別することが出来ない。
 返事はないまま、足音は微かな音を立てながらこちらに近づいてくる。……やがて足元が薄暗い光に照らされた時──俺はそこに誰が居るのかやっと分かった。ヴァレリカとの話は済んだのだろうか。それにしては早いような気もするのだが。
「……何でこんな所にいるんですの」
 やや躊躇いがちに声を掛けてくるセラーナ。久しぶりだった、彼女の方から声を掛けてくるのは。天窓から漏れる光が完全に彼女を捉えると、彼女はやはりまだ俯き加減ではあったが。
「………話してたんだ、君の父親と」
 え、とセラーナが顔を上げた。当然の反応だったが、セラーナの顔を見ておや、と俺は内心首を傾げていた。瞼がやや腫れているのだ。……母親と何を話していたのだろう? 気になったが今は詮索しないほうがよさそうだ。俺は話を続けることにした。
「俺さ、……君をディムホロウ墓地で目覚めさせなかったら、今ここに居る筈は無かった。いや、ドーンガードに入ってなかったらって言った方がいいのか。
 ……それも、俺が墓地に行けって言われたのだって、同じ時期にドーンガードに入隊した仲間が居たんだけど、もしそいつが──俺の変わりに墓地に行けって言われてたら、そいつが君を目覚めさせていたのかもしれないんだよ。
 イスランがあの時俺に行け、と決めてくれたから、セラーナを目覚めさせたのが俺になったんだ。──特別でも何でもない、偶然の出会いだったんだ、俺達は」
 何が言いたいのだろう、とセラーナは怪訝そうだった。顔は以前よりはこちらを見るようにしているものの、やはりどこか落ち着かない様子。
「──けど、俺は特別だと思っていた。いや……思いたかった、かな」
 俺は敢えて顔を逸らしながら言った。そうすればセラーナはこちらを見てくれるんじゃないかと思ったからだ。ソルスセイムで息の詰まる一週間の間に何度かそういうのを感じていたから。
「……偶然だとは思いたくなかった。君と一度、この城で別れた時こそ、これで会うのは終わりかな、程度で思っていた。……君が自分の命を賭してまで、砦にやって来るまではそう思ってたよ。
 イスランは顔にこそ出さなかったけど、君を疎ましく思っていたのは事実だったし、ドーンガードの連中も心のどこかでセラーナの存在を訝しむ奴も居たと思う。だから俺は君に言ったんだ──一緒に来ないか、と。ヴァレリカにソウル・ケルンで初めて会った時、俺は彼女にセラーナを守ってくれと頼まれたが、そんな事を言われるまでもなく、俺は君を……目に映る場所から離したくなかったのかもしれない。……最も当時、あの状況で色恋なんぞに目を向ける余裕はなかったけどさ。
 ──覚えてるか? ハルコンとここで対峙した時、セラーナに向かって言ってただろう、定命の者を受け入れた時に娘は死んでいたのだ、と。でもそれは違う。受け入れたのは俺の方なんだ。君は好奇心旺盛で、俺と行動する度に色んな物に目を奪われ、幾度となく俺に説明を求めていた。そんな態度に、ハルコンは俺によってセラーナは感化されちまったと思ってたようだけど、実際の所、俺が変わったんだ。君は何一つ変わっちゃいない。
 変わったのは俺だ──君を好きになってしまった。守るべき相手に好意を持ってしまったのは俺の方なんだ、と──ハルコンに話してたのさ」
 顔は天窓のほうを向いたまま、ちら、と眼だけを動かしてセラーナを見やると、彼女は口に手を当て、もう片方の手を支えにして俯いていた。心なしかその手が震えているようにも見える。
「……でも、今までそんな事考えも──いや、少しずつ意識はしていったかな。
 ホワイトランのバナード・メアでフルダや常連客に俺達の関係を冷やかされたり、君を収穫祭に連れて行って首長が俺にいつ娶ったんだ? なんて聞いてきた事もあったけど、俺が表立って意識するようになったのは、いつだったか……セラーナが俺に黒い本の中に行くな、と言ってくれた時から辺りかな。
 嬉しかったんだ、俺の身を気遣ってくれる人が居る事が。今までずっと一人で行動して、一人で戦ってきて──そんな奴が長年、君と連れ立って旅を続けていられるのは何でだ、と第三者から指摘されたこともあった。
 自分でもそれは薄々気づいてはいたんだけど、蓋を開けてみたら何てことない。俺が君に惚れていたんだ。それにやっと気づいた。意識はしてたけど、はっきりと自分の気持ちがわかったのは、先月……君が俺の手を握りながら祈ってくれていたミラークの一件の時だ」
 え、と声を上げずとも口を開いてセラーナは顔をほんの少し上げ、こちらを見据えてきた。てっきりストルンから話を聞いていたもんだと思っていたが、どうやら知らないようだ。
「……ストルンが何かそうさせたんだろうな。アポクリファの世界で消え行く自分の身体をぼんやり見ていた時、ストルンが俺に言ったんだ──手を見てみろ、って。……君が俺の手を握っていたのをはっきり見たよ。
 嬉しさよりも、悲しくなった。……君には言ってなかったが、あの時俺はミラークによって、自分が生きることに絶望していたんだ。それなのに俺を生きていてほしいと思う君の姿をまざまざと見せられて、こんなにも俺を思ってくれる人を俺は無視して消えようとしていた事が情けなくて……気がつけば、自然と涙が溢れていた。ごめんって何度も呟きながら俺は泣いてたんだ。
 諦めてはいけないと思い、俺は生きようと決心し、ミラークの呪縛から逃れることが出来た。目覚めたら、君にもう一度会って、謝りたい。
 そして……好きだと言いたかった。やっと自分の気持ちがわかったから。君が好きだと分かったから。
 セラーナ、俺と君が出会った時から、目覚めた時君が初めて俺を見た時から──全てはこうなる事になってたのかもしれない、……そう信じていたかった。全ては偶然ではなく、必然だったと。
 だから──もう一度だけ言わせてくれないか」
 長々喋ってきたので一旦区切り、セラーナの方へまっすぐ顔を向けた。セラーナは相変わらず黙ったまま、相変わらず同じポーズで突っ立っている。俺はほんの少し、彼女のほうへ近づき、やんわりと言った。
「セラーナ、君を愛している。……結婚してほしい」
 あの時と同様に彼女の肩がぴくりと動いた。しかし俯いたまま、一向に顔を上げてくれない。
 ……しばし、時が止まる。その間もセラーナは相変わらず黙ったまま、今にも逃げ出しそうな感じさえした。──何か言ってくれ。
「……セラーナ」
 名前を呼ぶも、彼女は頑なに黙ったままである。その姿を見ているのは辛く、心にずきん、と疼痛が走った。
 彼女がもし、辛いのなら。……俺は自分の感情だけを押し付けているだけかもしれないのだとしたら。
「辛いなら──無理に答えを言わなくてもいいんだ」
 セラーナは再びぴくりと肩を震わせる。神経質そうに見えるその仕草に心はさらに痛みを訴える。
「無理に言わなくてもいい。君を苦しませるために言ったつもりじゃないんだ。
 辛いなら──振ってくれてもいい」
 そう言ったとほぼ同時に、彼女ははっとした様子で顔を上げてこちらを見てきた──その顔に俺は思わず目を疑った。セラーナの頬には天窓からこぼれる光がきらめいていたのだ。……涙を瞼いっぱいに溜め、こらえきれずに落ちてしまったようだった。
「……違う、違うんですの。私は──」
 声が詰まったようで、何度かしゃくりあげるセラーナ。そんな姿を見ているだけで胸が締め付けられる。やはり、俺が泣かせているのか、君を悲しませているのか──心がぎゅっと掴まれたように息苦しい。
「……私は、自分のことだけしか考えられない女ですのよ。今も、そしてここ数日間も、私はあなたに辛い態度をしていたせいで、ジュリアンを困らせるような、自分勝手な女なんですのよ? 今だって、あなたに……誤解を招くような事を……」
 今? セラーナが泣いているのは……何か別の理由があるってのか? 先程までずっと押し黙っていたセラーナだったが、今度は彼女が喋る番のようだった。
「怖いんですの。私はずっと──恐怖を心の中に秘めてましたわ。ジュリアンは覚えていないでしょうけど、一度……いつだったか、何かの依頼で、セヴェリン邸を報酬として頂いた際、その夜私と晩酌したのを覚えておりまして?
 あの夜、酔ったあなたは私に結婚してくれないか、と言ったんですのよ。次の日になったら全然覚えてない様子でしたので私から言うことは……なかったですけど。」
 セラーナの言葉に思わず俺は目を丸くした。……何だって? 半年以上前の話だったか──まったく身に覚えがなかったが、それ以上に俺は自分が酔った時に彼女にそんな事を漏らしていた事に驚いていた。
 セラーナの言葉は俺の驚きを無視して続いていく。
「……その時から私はいつか──いつか、ジュリアンが面と向かって私に求婚してくるのではないかと思ってましたわ。……でもそれは怖かった。それによって変わる事が……」
「……俺は、何も変わらないよ、セラーナ」思わず声が漏れた。
「分かってますわ。頭では分かってますのよ。でも……」瞼から絶えず落ちる涙を時折手で拭いながら、セラーナは俺から目を逸らして放し続けた。赤い瞳がいつも以上に煌いていて、素直に綺麗だと思った。
「──長い間、といっても私にとってはあっという間でしたわ。でもそのあっという間の中でも、ジュリアンと過ごした時間は楽しかった。楽しかったからこそ、私はこの関係を続けたかった。変化を怖れたんですの。変わる事で、人が変わる事も──私は見てきたからこそ、良からぬ事が起きやしまいか、と…」
 それは……ハルコンのことを言っているのか。「大丈夫だ、セラーナ。……何も変わらない。今まで通りさ。ずっと君の傍にいる。君を守り続ける」
 しかしセラーナは頭を横に振った。
「そう……何度も思いましたわ。何度も何度も……でも、私はあなたに言えなくて、言えないままずっと──ジュリアンを苦しませてしまって……
 どう伝えたらいいのか分からなかった。ジュリアンが求める答えを私はどう言えばいいのか分からなくなって、私は──」
 それが怖かったのだろうか。答えを求め彷徨いながら、セラーナが出した結論はこの城に戻る、ということ。──俺ではなく、母親を選んだ。
「……セラーナ、どちらか答えを見つけられないなら──」
「はいはい、さっきから話が堂々巡りじゃないの。お互いを気遣いすぎよ。そんなに他人行儀な関係だったのかしら?」
 突然割り込んできた声に、俺は思わず声が響いてきた方を見やると、聖堂の入り口、柱にもたれ掛っている──ヴァレリカだった。いつの間にこの聖堂に入ってきたのだろう。
「……ヴァレリカ」
 入り口のほうに顔を向ける俺とは他所に、セラーナは見たくなさそうに顔を背けた。──さっきまで一緒に居た筈なのに何故顔を背けるのだろう? 彼女の話方からして、自分はどうみても母親と一緒に居たいといわんばかりだったのに。
「ジュリアン、ごめんなさいね。……娘が苦労かけてるみたいで、不肖の娘に代わって謝るわ」
 と、こちらに歩きしな、ぺこりと頭を下げてくるので俺は慌てた。何故ヴァレリカが謝る必要があるのか分からなかったから。
「あ、えっと……」
 突然頭を下げられてしまい、こちらもどういう態度をしたらいいのか分からず俺はまごついていた。
 セラーナは近づいてくる母親から距離をあけようと数歩後ろ手に下がった。……なんなんだろう、さっきまで一緒に居た筈の親子なのに子供の方は反抗期を迎えた子供みたいに距離を開けようとしているではないか。本当に先程まで親子水入らずで過ごしていたのだろうか、と俺は内心不安になった。
「セラーナ、逃げるんじゃないの。……ジュリアン、娘から話は聞いたわ。あなたなら、いつかそう言ってくるんじゃないかって心待ちにしていたのよ。
 それなのにセラーナはジュリアンに酷い態度をとってたみたいで、本当に申し訳ないわ。娘を赦してやってちょうだい」
 聖堂の中心、祭壇の手前にある段の前で立ち止まり、ヴァレリカは再び頭を深々と下げてみせた。つられて俺も頭を下げてしまう。かつて吸血鬼の王の妻であったヴァレリカの方から二度も頭を下げるなんて思いもよらなかった。
「い、いや……セラーナは悪くないんだ、俺が無茶な事を言ってしまったから──」
 親に言われちゃセラーナも嫌だろう、と思ってフォローしてみせたが、ヴァレリカはとんでもない、と頭を上げて笑ってみせ、
「……さっきも言ったけど、いつかこういう日が来ると思ってたのよ。ジュリアンはハルコンや他の吸血鬼、そしてヴィルスールと対峙した時も娘を守ってくれた。ハルコンが死んだ後も。……そうそう、娘に忠誠を誓ったんですってね」
「あ、あぁ……」
 すっかりヴァレリカのペースにはまっていた自分だったが、正直なところ気落ちしていてあまりいい返事が出来なかった。そんなものも過去の話になるんだろうな、と思っていた節もあったため。
 セラーナの母親もそれを悟ったのかどうかは分からないが、急に声のトーンを落としてぽつりと言った。
「……だから、あなたに謝らなくてはならないの、ジュリアン。
 セラーナは──私達夫婦がどういう関係だったかは知ってるでしょう? ──それ故に愛されるという事を知らないの。知ってるだろうけど、かつて一緒に住んでいた頃、セラーナが私の傍から離れなかった時はもう既にハルコンとは関係が悪化していたし、娘をそれを知ってか知らずか、いつも傍についていた。母親の庇護の元にはいたけど、それは愛情ではなく娘を父親の狂気から引き離すだけの手段でしかなかった。
 愛される喜びを知らないまま、セラーナはコールドハーバーの娘になってしまった。自分の意思や自分の気持ちも押し通せないまま娘は私の手によって墓地に眠らされて──ジュリアンが目覚めさせたの。あなたによって娘は随分変わったわ。
 だから、あなたの今抱えている大事なもの──今ジュリアンが娘に持つ感情、セラーナに与えてやってちょうだい。私達夫婦が出来なかった事、あなたなら出来る。セラーナにはあなたが必要なの。
 どうしたら分からないなんてセラーナは言ってるけど、それは私達が与えてこれなかったものが、娘には分からないから。だからセラーナに教えてあげて。愛というものを。
 それが私からの、あなたに娘を嫁がせる唯一の条件よ」
 嫁がせるだって? と思わず耳を疑った。つまり──親に了解は得られたという事だろうか。けど──
「ヴァレリカ、有難い申し出だけど、セラーナは俺の事……」
 未だに答えを出さない理由は分かっても、セラーナは本当は俺の事なんてなんとも思ってないかもしれない。
 しかしヴァレリカは再びにこりと笑って、そんな事ないわ、と一言言ってから、
「私から言うのは野暮ってことね。セラーナの口から聞いて頂戴。……でもひとつだけ言っておくわ。娘をどうか、宜しくお願いね」
 ここで一旦区切ってから、今度はセラーナのほうを見て、
「セラーナも、ジュリアンは変わらないって言ってたでしょう? さっき彼が隣の部屋に居ないからって不安で堪らない表情を浮かべていたくせに。……焦らしてはだめよ。……もしここで言い逃して彼を失っても、私はあなたをここには置いてあげないから」
 随分辛辣な事を言ってのけるヴァレリカである。……それよりも、俺がヴァレリカの書斎の隣部屋──廊下ではあるのだが──に居なかったからって、セラーナが……? 
 話が長引くことを考慮して、半ば逃げるように聖堂に来ていたのが、セラーナを不安がらせていたなんて知らなかった。ちら、とセラーナのほうを見ると俯いたまま目はじっと床を見つめているようだった。母に目なんて合わせたくもない、といった態度に苦笑を浮かべてしまう。
「じゃ、老いぼれは出て行くわ。あとは若い二人でやり取りなさいな。
 また寄って頂戴。今度はジュリアンの話も聞きたいわ」
 ひらひらと手を振ってヴァレリカは踵を返して聖堂の扉へ歩いていく。
 ……駄目だ、俺はヴァレリカに言わせっぱなしで、何も自分の意思を伝えていないじゃないか。
 あの時──ソウル・ケルンでセラーナは俺が守ると誓った時のように、俺は──
「──ヴァレリカ!」
 気づけば叫んでいた。呼ばれたセラーナの母親はふい、とこちらを向いてくれた。俺ははっきりと頷いてみせる。
「ああ。……約束するよ」
 その声を聞いてヴァレリカは安心したように頷いて、何も言わずに聖堂から出て行った。ばたん、と扉が閉まる音が響いた後は、また静寂が辺りを包み込む。……そういや、ヴァレリカはここまでどうやって来たんだろうか? セラーナと話している最中も、扉の開く音はしなかった筈だが……?
 そんな事はどうだっていい、と俺はセラーナの方を向いた。彼女は泣き止んではいたが、瞼は重く、泣きはらしたように赤くなっている。
「セラーナ」
 びくっと肩を震わせる。……これはもう癖なのかもしれない。
「……わ、私は、吸血鬼でしてよ? 吸血鬼と一緒になりたいと言う殿方なんて居る筈ありませんわ。同じ吸血鬼ならいざ知らず」
 ここに居るのだが……
「前に言わなかったかな、俺は有りの侭の君でいていいと。吸血鬼のままでもいいし人間に戻ってもいいと。結果君は──吸血鬼のままで居る事を望んだ。
 俺は君の意思を尊重してきた。そして、これからも」
 ヴァレリカは言っていた。そんな事ない、と。……俺は聞きたい。セラーナの口から本心を聞きたい。
 セラーナは口に手を当て、思案に暮れていた。どう言えばいいのか考えあぐねている様子だった。……俺を試しているのだろうか?
「わた……私は、あなたに今後……どう接していったらいいのか分からないんですのよ?」
「今までと同じでいいんだけど。何がどう変わると思ってたんだ?」
 それを聞いて安心したのか、セラーナは再び顔をこちらに向けた。泣いていないのに頬は少し赤く染まっている気がする。
「──プロポーズしてきた人にそっけない態度を取るような者なんですのよ?
 ジュリアンを数日苦しませてきた事を、自分自身が許せませんわ」
「……さっきヴァレリカが言ってたな、セラーナは愛されることを知らないと。……分からないから俺に冷たくしてきたんだろう? だからこれから俺が教えてやるさ。もう俺にそっけない態度取らせない位に」
 取り様に拠っては卑猥な意味にも取れるだろうが……彼女には分かるまい。
「け、けどっ……ジュリアンがもし、もし私を裏切ったりしたら……父のように狂ったりしたら……」
 は? ──その意味が分かったとたん俺は噴出した。
「はは、ははは……俺が狂うって? ……そうだな、まぁ、今ならある意味狂ってはいるだろうな。
 けど、セラーナを裏切ったりはしないよ。ハルコンのようにもならない。セラーナを傷つけたりはしない。……最も今まで、そんな事した覚えはないけどな」
 笑い事じゃない、とセラーナはむくれた。いつもの彼女に戻りつつあるのが俺は嬉しかった。しかし彼女は納得しない様子で、
「何ですの、ある意味狂ってるって」
 耳ざとく聞いてくる。……言っていいのかな。
 ま、いいとしておこう。いい加減この茶番のような応酬も終わらせたい。俺は答えが聞きたいんだ。
 彼女の方へ一歩近づき、
「セラーナ、君にだよ」
 えっ、と彼女が言った時には俺はセラーナを抱きしめていた。……真正面から抱きしめるのは初めてだったのでどきどきする。
 セラーナの髪を撫でるようにすくって、頭にそっと手をあてがった所で、彼女は自分が今男に抱きしめられている事にようやく気づいたようだった。
 君の本心が聞きたい。俺は──もう、君なしでは生きていけないよ。
「……愛してる。結婚しよう」
 耳元で囁くように言うと、セラーナは俺の腕の中で再び肩をぴくりと奮わせた。そのまま黙っているのかと思いきや──こくり、と僅かに頭が頷いて。
「……よろしく……お願いします」
 消え入りそうな声が耳に入ったとたん、どくん、と心の中に一気に安堵の波が押し寄せてきた。なんともいえない感情の昂ぶりに、自然に涙ぐんでしまっていた。
 ──そうだ、俺はこれがずっと聞きたかった。ずっと君の答えを待っていたんだ。セラーナ、君と出会った日から。君を俺が目覚めさせた時から。
「ジュリアン……泣いてるんですの?」
 ぎくりとした。洟をすすった音で感づかれたらしい。しかしそれは当然のことだったから、照れも隠しもせずそうだよ、と言うとセラーナは申し訳なさそうに言った。
「……私がジュリアンを困らせていたからですわね、あなたが苦しむ顔を見ているのは辛かった。……でもどう答えればいいのか分からなくて……」
 違う。俺はセラーナを抱いたまま顔をずらして彼女の鼻先に近づけた。こんなに近くにセラーナの顔を見るのはなかったら心臓はどきどき鼓動を早めていたが、答えを聞いたんだ、もう何も怖くない。
「違うよ、セラーナ。……そんな事もうどうだっていい。でも──」
 セラーナはまっすぐ俺の目を見た。もう俯いたりはしない。「……でも、何ですの?」
 彼女の不安を払拭させようと、俺は無理に作った笑みではなく、心の底から沸いて出た笑顔を見せた。
「……好きって言ってくれないか」
 言った途端、セラーナの目が僅かに丸くなり──次には頬を更に赤く染めていた。何を言い出すのかと思ったら! とか言いながら照れくさそうに目を逸らす。
「宜しくだけじゃ物足りない。それじゃなんかお見合いみたいじゃないか。俺はセラーナの本気の気持ちが聞きたいんだ」
 いや、本当は宜しくだけでもすごく嬉しかった。けど人間は貪欲だ。それ以上のモノをほしがるものだ──
 セラーナは間近に俺の顔があるため、そして抱きしめられているため逃げることも出来ず、顔を更に真っ赤にしながら、
「……ジュリアンが、好き……ですわ」
 どきっとした──直後、俺はセラーナの頬に手を当て、ゆっくりと顔を傾けて──好きと言ってくれた彼女の唇を自分のそれに重ねていた。
 触れた途端、心臓が張り裂けるように鼓動が高鳴り、体中の血液が逆流したかのような感覚。すなわち──全身が発熱したような勢い。
 セラーナは拒むかと思いきや、何度か角度を変えて唇を重ねても従順に応じてくる。キスは初めてじゃないが、心の底から欲しかった女性と重ねている行為に俺は酔いしれてしまい──そのまま二分近く重ねていた。一旦離すと、彼女の唇が互いの唾液でべとべとになっている。てらてら光るそれは蟲惑的で、直視していると変な気を起こしそうな位だった。
 唇を奪えたのと、セラーナからの告白を聞いた事でにやにや笑いする俺を他所に、セラーナは顔を真っ赤にして力を緩めていた俺の腕から離れてしまう。……そのまま逃げたりするんじゃなかろうかと思ったが、彼女は一歩下がったあとジト目でこちらを睨み付け、
「……い、今のは反則ですわよ」
 俺をじっと見てくる。まだ瞼が若干腫れてはいるものの、涙の跡はほとんど残っていない。──今後はこの赤い瞳から涙を落とす事がないようにしなくちゃな。俺は心の中で決心した。
「そうか? ……俺はずっと欲しかったもんなんだけど」
 ふん、と鼻をならしてそっぽを向くセラーナ。どうやら顔を見ていられなくなっただけのようだ。そんな彼女を見て、かわいいな、と思い──ひとつ忘れていた事をふと思い出した。
「……そうだ。セラーナ、俺が渡した……あれ、持ってるか」
 そう言うと、セラーナもすぐに気づいた様子で、背中についてるポーチから再びあの箱を取り出した。──そう。今回のきっかけになった指輪の入った小さな箱。
「これですの?」あの時のように、箱を俺のほうへ差し出してくる。
「──開けてくれないか」
 黙ってセラーナは箱を開けた。中にはもちろん、あの青い石を湛えた金色の指輪が入っている。
 俺は彼女に再び近き、箱からその指輪を取り出してから、黙ったまま彼女の左手──箱を持ってない方だ──を手に取った。
 そのまま指に嵌めてもよかったのだが、ひとつだけ、どうしても気になることを聞いてみたかった。
「セラーナ、ひとつだけ、教えて欲しい」
「……何ですの?」
 俺に左手を握られたまま、彼女は相変わらず頬を染めた状態でまっすぐ俺を見つめてくる。何をされるかわかっての事からかもしれない。
「──あの寒空の海岸で、俺がプロポーズした時、こんな所でプロポーズしたりしてひどい、とか思ったりしなかったか?」
 クレシウスやドレイラ達が言ってた、“女性はプロポーズひとつだけでも大事にするものだ、場所をしっかりセッティングして云々”も同時に思い出したため、どうしても聞いてみたくなったのだ。セラーナもそういうのを大事にしていたのではないか、と。
「……あの時は、気が動転してしまって。場所とか気にする余裕もありませんでしたわ。……ジュリアンを放って一人で帰ったのは、申し訳なかったと思いますけど」
「ああ、いや、セラーナが悪いとかそういう話じゃないんだ。……ただ、女性はプロポーズを場所とかムードとか大事にするものだ、と伝手から聞いたからさ、セラーナもそれで気を悪くしたんじゃないか、って……」
 セラーナが申し訳なさそうに言ってきたのであわてて弁明すると、セラーナは納得した様子でそれはありませんわよ、と言った後。
「……でも、今日の事は忘れませんわ」
 ぽつりと小声で独白したのを聞き逃しはしなかった。
「俺も忘れないよ」
 と言ってやると、セラーナは「ひ、人の独白を聞くなんて失礼な殿方ですわねっ!」と慌てた様子で右手で俺の胸を叩く。指輪の入っていた箱がかたん、と床に落ちた。そんな態度が堪らなくいとおしい。
「はは、悪かった。……指輪を受け取ってくれるよな?」
 言いながら、彼女の左手の薬指に嵌めようとした時、「わ、私もジュリアンに聞きたいことがありますわ」と付け足すように言ってくるセラーナ。
 何だ? と促すように彼女を見やると、セラーナは頬を瞳と同じくらい真っ赤に染めて、「……結婚しても私を家に置いておくなんて事したら即離婚しますわよ。
あと……いつまでも今のようなあなたで居て下さって」
 ……一度セラーナをブリーズホームに置いて、俺は一人で首長の居るドラゴンズ・リーチに出向いた時のことを思い出した。あれから彼女を一人家に置いて出かけることはしなくなった。
 姫が望むなら、いくらでも。──俺ははっきりと頷いて見せた。俺は君を守る騎士だ、だから君を一人にはしない。
「もちろん。俺は変わらない。ただ……変わるとしたら一つだけかな」
 何ですの、と訊いてくるセラーナに俺は一言だけ言って──彼女の左手、薬指に指輪をするりと嵌めた。
 それは俺がずっと、痛い程求め続けてきたものがようやく手に入った時言おうと決めていた魔法の言葉だった──

「ふふっ、……うまくやれたみたいね。本当、今回ばかりはひやひやしたわ。
 セラーナ、幸せになるのよ。……私たちが成し得なかった事を成し遂げた、ジュリアンと一緒にね」
 ヴァレリカは書斎ではなく、雪吹き荒ぶヴォルキハル城の屋根に一人立ったまま、桟橋から二人がスカイリムへ戻る姿を見ていた。幸せそうに笑う二人はこれからリフテンに向かうのだろう。
 どことなく物悲しい気分でもあったが、それ以上に肩の荷が下りた気もしていた。これでこの先、娘に危機に及ぶ心配もないだろう。これからは──いや、今までも、そしてこれからも、ジュリアンがセラーナを守ってくれる。
 ……これからは夫としての意味もあるかしら? 少なくとも、彼は結婚しても姫を守る騎士として生きていくのかもしれないわね。
「次に会うのが楽しみだわ。……ねぇ、ハルコン。私たちの娘が成長して結婚する様を、オブリビオンから見届けて頂戴」
 そう言って──ヴァレリカは黒い煙に包まれたかと思うと、次の瞬間には無数の小さな蝙蝠の群れに変わっていた。
 屋根から飛び上がるとそれはばたばたと羽音を立てながら、一度ぐるりとセラーナとジュリアンの上空を飛び、再び──城の裏手、書斎のある方に飛び去っていった。





 あとがきは別の記事にて。長きに渡りお疲れ様でした。
PR

I...

※スカイリム二次創作小説第三チャプターですが、実を言うと二次創作カテゴリの話からほぼ全て繋がる感じで続いています。苦手な方はブラウザバックでお戻りを。
※もし最初から読みたい方は二次創作カテゴリからどうぞ。一連の流れがつかめるはずです。たぶん。
※これは第三話です。最初から読みたい方は前々回の記事「Rude Awakening」からお読みください。(今回、そして次回は相当長いと思います。途中休みながら読んでみて下さいませ)


  ソリチュードから更に北西──
 俗に亡霊の海と呼ばれている、ウインターホールドからソリチュード地方まで広がる広大なその海は、常に冷たい海水が海岸を打ちつけていた。海岸をなぞるように歩けば流氷を見ることは当たり前、天気がいい時には沖の方に氷山が連なった姿を拝むことができる。大抵は吹雪いているか雪がちらついているため、亡霊の仕業だと言う者もちらほら居たりするが、スカイリム地方はタムリエル大陸の北端に位置するのだから、雪が降っているのは当たり前といえば当たり前である。
 王都ソリチュードを出て北側に街道を歩いていけばすぐにその冷たい海を見下ろす事ができるが、常日頃寒さに覆われたスカイリムでわざわざ亡霊の海に行く者など居ないに等しく、点在する砦や灯台に勤める者以外は滅多に人の歩く姿を見ることは無い。そのため、ノースウォッチ砦の北側の海辺に、やや朽ちた小さな桟橋がある事を知る者なぞ、一部の漁師か渡し守位しか居なかった。
 その桟橋はアイスウォーター桟橋──名前からして寒々しい印象を受ける──と呼ばれ、その桟橋から行き着く場所は沖の先にある吸血鬼一族が住む根城──と、知る者の間ではまことしやかに囁かれていた。その為、桟橋に行ってくれと渡し守に頼んでも、彼らは頑なに拒むか、別の船を捜してくれという始末。せいぜい一部の渡し守が「桟橋までは行くが、その先は行かない」という条件付きで乗せてくれる有様だった。
 しかし彼らの言う事は間違っていなかった。現在は住む者が一人しか居ない──という点を除いては。

「よっ……と」
 おおよそ船とは呼びにくい、小船からひらりと桟橋に身を躍りだすと、船に予め括っておいたロープを桟橋の端に置かれてある係留柱に通し、ぎゅっと結んで固定させる。
 その様子を黙って見ていたセラーナが静かに船から桟橋に移動すると、ふわりと風が彼女の髪をなびかせた。互いにずっと黙ったまま移動してきたので、今更何かを口に出すこともない。
 久しぶりのヴォルキハル城だった。二年近く訪れていなかっただろうか。辺りは前とほとんど変わっていない。あちらこちらに手入れをしていないためか、橋に点在して置かれてあるガーゴイルの石像などが雪がしっかり積もっている程度の事が、時間の経過を物語っていた。
 ヴァレリカの書斎は城の裏手からぐるりと回っていかないと辿り着けない為まだ少し時間がかかるな。心の中でごちてから俺は船に置きっぱなしの荷袋を担いだ。
「……もう少しでヴァレリカに会えるぜ、セラーナ」
 そう言ってみたものの、セラーナは無反応だった。顔を逸らして今しがた渡ってきた亡霊の海をじっと見つめている。その表情はどこか沈痛さを滲ませており、気落ちしているというより全てがつまらなさそうな、そんな印象だった。
 もう少しでこの顔も見れなくなるのかな、などと不安が頭をよぎる。振り払うように僅かに頭を振ってから、俺は黙って歩き出した。進み始めたと知ったセラーナが黙って後をついてくる。
 俺は──俺じゃ、できない事を、セラーナは母親に頼るのだろう。
 それが何なのかはわからない。けど……どんな結果であれ、俺は自分の気持ちを諦めないさ、……彼女の口からその答えが出てくる迄はな。

「誰かと思ったら、珍しいお客人だわね。セラーナにジュリアン。ずいぶん久しぶりじゃない? 元気にしている様子だわね」
 書斎の扉をノックし、開いて見せた書斎の主──セラーナの唯一の肉親である母親、吸血鬼ヴァレリカは俺達二人の顔を交互に見ながら嬉しそうな声を上げてみせた。突然の来訪に対して驚いている様子ではあったが、驚きよりも訪れてくれた事への嬉しさの方が勝っていたようだった。
「ああ、元気そうで何よりだよ、ヴァレリカも」
 そう言いながら室内に入り、外から雪が入らないようにとすぐに扉を閉めた。
 セラーナは、というと落ち着かない様子で俺の傍らに突っ立ったままだ。ヴァレリカもそんな彼女の態度におや、と思った様子ではあったが、何も言わずに室内に通してくれる。
 室内はずいぶん様変わりしていた。真ん中にあったソウル・ケルンへの“扉”は閉じられており、その入り口であった床にはテーブルと椅子が数脚置かれてあった。脇には小さな火鉢と、その上には調理鍋が置かれてあるのが見える。
 以前は書斎というだけあって、本棚と錬金台や符呪器、調合する素材などしかなく殺風景で生活感の感じられない部屋だと思っていたが、しばらくぶりに来てみるとその変貌に少なからず驚いた。吸血鬼にとっては二年程度など長くも感じられないだろうが、これだけ変わっているとやはり時間の流れを嫌でも感じるようになる。
「……で、ヴァレリカ。今回ここに用があるのはセラーナの方なんだ。セラーナが城に帰りたいって言ってきたんで、こうして久しぶりにあんたの顔を拝めた訳さ」
 内心と裏腹にわざと軽快な口調で言って見せると、ヴァレリカの柳眉がわずかに持ち上がった。意外だったのだろう……無理も無い、セラーナは自分を遺跡に閉じ込めて自身はソウル・ケルンに逃げ込んだ、無責任な母親の事を今だ許しているとは思っていなかっただろうから。
「……そうなの? セラーナ?」
 セラーナは僅かに逡巡していた様子ではあったが、黙って頷いてみせた。──そうさ、俺は彼女の望みを叶えてやっただけ──だから。
「そういう事だから、セラーナはあんたに話があるみたいなんだ。セラーナ、親子水入らずで過ごしたいだろう? 俺は隣の空き部屋にいるから、二人で話し合ってくれよな」
 えっ、とセラーナが何か言いたそうな顔を俺に向けた。久しぶりに真正面からみた彼女の顔だった。
「どういうことなの? ジュリアン」
 ヴァレリカが説明をしろ、とばかりに言ってきたがそれ以上何も言う事はないため、セラーナが説明するから、とだけ言い残して俺は先程、室外の通路から入ってきたのとは逆の中庭へ通じる通路に繋がる扉の方へ近づき、黙って開けて書斎から立ち去った。
 室内、といってもここはヴァレリカの書斎に通じる城内の通路の一端であり、この先は中庭を経由して城の正面に戻れる道へと繋がっているだけのやや開けた廊下の一角だ。
 明かりも灯されていないため、薄暗くひんやりする室内をぐるりと見渡し、俺は一つため息をついた──ここ数日間、息を着く余裕もない程張り詰めた重苦しい空気から逃れた、安堵と落胆の混じったため息を。

「どういう風の吹き回しかしら、セラーナ。あなたから会いたいなんて言ったなんて、本当?」
 黙って立ち去ったジュリアンの後をしばし見ていたヴァレリカが、所在なさげに突っ立ったままのセラーナに対してぽつりと言う。──返事は返ってこない。
 ふぅ、とため息をこぼしてヴァレリカは火鉢の上で沸かしていたお湯を茶葉の入ったポットに入れ、端に置かれてあったカップに黙って二人分注ぎ、黙ったまま長テーブルの向かいに置くと、これまた黙ってセラーナが向かいの椅子に座った。
 ヴァレリカは久しぶりに訪れた自分の娘をじっと見た。うつむき加減で目を合わせようとしない彼女の態度に業を煮やす様子もなく、じっと見つめながら彼女の態度の裏に何が潜んでいるかを探っているようで、
「……ジュリアンの事でしょう? 今まで何度か一緒に訪れたことはあったけど、あんな風に気遣って辞すなんて見たことなかったわよね」
 神経質そうにセラーナの肩がぴくりと震えた。しかし相変わらず顔を上げてくれない……が、
「………分からなくなったんですの」
「分からないって? ジュリアンの事?」
 お茶が入ったカップを凝視したまま、セラーナは僅かに首肯してみせた。そのまままた黙ってしまうのかと思ったが、
「………言われたんですの」
 ぽつりぽつり言ってくるだけじゃ埒が明かない、と踏んだヴァレリカは少し声を高くして「人と話すときは顔を見て話しなさいって言わなかったかしら? もしかしてジュリアンともずっとそうしてきたとか言うんじゃないわよね?」
 再びぴくりと肩を震わせ、今度こそセラーナは黙ったまま顔を上げてみせた。やや頬は紅潮しており、目は潤んでいる。そんな表情を今まで一度も見たことが無かったヴァレリカは心の中で驚いた。これはまさか……
「……ジュリアンに、言われたんですの。好きだ、結婚してほしい、と……で、でも、私、どうしたら……」
 その事をを思い出したのか、さらに頬を赤く染めてセラーナは口をつぐんだ。ヴァレリカが何か言ってくるだろうと踏んでの事だったみたいだが、母親は敢えて何も言わず、黙ったまま話の続きを促していたため、仕方なく彼女は再び口を開いた。
「分からないんですの。……言われるまではいつもと同じで、いつもと同じように……彼と、旅を続けていて。それが当たり前だった。楽しかったし、……ジュリアンは優しかったですわ。私を大切にしてくれているのは分かっていましたし、私に忠誠も誓って下さったんですのよ。
 ──それなのに、ジュリアンが私を好きでいたなんて。結婚してくれなんて言うなんて。……今まで普通に接してきたのが、全てそれによって、おかしくなって。……ここ一週間足らず、私、ジュリアンにどういう顔で見たらいいのか分からなくなって……」
「分からなくなったってのは、どういうことなの?」
 途切れ途切れに告白するセラーナの言葉に、間髪いれずにヴァレリカが聞き返してくる。セラーナは言葉に詰まった様子ではあったが、
「どう彼と接したらいいのか分からなくなったんですの。だから──いつも目を逸らして表情も見られないようにうつむいたりしてましたわ。その日から一緒に行動することも出来なくなって、……でもそれが、彼を傷つけていることは分かっていた。けれど……」
 やはりそうか。ヴァレリカは心の中で納得した。
 よそよそしいジュリアンの態度。セラーナが話すから、と言って隣部屋へ立ち去ったのはセラーナの態度を見ていられないからだろう。声は明るかったが、相当無理をしていたのかもしれない。……しかしそれ以上に自分の娘が、初めて一人の男に求愛された事でこれほど狼狽するとは思っていなかった。
 けれど、とヴァレリカは思う。
 ──それは恐らく、自分達にも責任があるのだ。
 どう続ければいいのか困惑しているセラーナに、ヴァレリカは努めて穏やかに聞いて見た。
「そんなことがあったの。……それで? セラーナはどうしたいの?」
 え、とセラーナが再び顔を上げる。予想外の質問だったらしい。
「まさかそんな事も分からない、なんて言わないでよね、セラーナ。あなたがこの問題に対してどうしたいのか、それを考えなくちゃ始まらないでしょう?」
「だから……だから、どうしたらいいのか、それを聞きに私ははるばるソルスセイムからここまで戻ってきたのですわ。最初から分かればこんな苦労は──」
 ヴァレリカは耳を疑った。「セラーナ。まさか……本気で言ってるの? 自分がどうしてそういう態度を取ったりするのか、疑問に思わないの?」
 分かれば苦労はしない、と半ば愚痴っぽく言い放つセラーナ。──知らないのだ。その感情が何からくるものなのか。その気持ちが何によってもたらされているものなのか。
 セラーナは知らないのは無理もなかった。それは今まで──長い時の中で一度たりとも両親から与えてもらっていないモノなのだから。
 しかし今、セラーナはこの先大きく成長を遂げるかもしれない分岐点に立たされているのは間違いない。彼女がこの先、成長するか元通りになってしまうかのは、今この時を置いて他にはないのだ。
 そしてそれは、己自身で気づかなければ意味がない事。他人がどうこうできる問題ではない。──しかし、気付かせる事は出来る筈だ──不甲斐ない親でも、最低限の手助けはしなくては。それが親の務めなら。
「セラーナ、じゃあ聞くけど、あなたはジュリアンのことが好きなの?」
 娘の目をじっと見つめてヴァレリカが言うと、セラーナの顔が再び赤く染まった。胸に手をぎゅっとあてて感情を抑えているようにも見える。
「……好きって感情が私には……分かりませんわ。けど、……けど、居ないと不安にはなりますの。姿が見えないと……胸がざわつきますわ。けどこれが好きだという感情ではないんじゃ……?」
 セラーナの言葉が途中で途切れたのは、ヴァレリカがふふっと笑っていたからだった。人が真剣に話しているのになぜ笑うのか、とセラーナは憮然とした表情を浮かべる。
「ああ、ごめんなさいセラーナ。……でもね、そこまで言っているのに好きって感情が分からない、なんて真顔であなたが言うもんだからおかしくて。
 それってもう、ジュリアンが好きだって言ってるようなものよ。姿が見えないと不安になるなんて。片時も私の傍を離れなかった時と同じじゃないの」
「そ、それは……ジュリアンと肉親を一緒にしてはいけませんわ。彼は私の親ではありませんもの」
 我が意を得たりとばかりに言ってのけるセラーナだったが、答えはそこにあるというのに彼女自身が気づいていないのがヴァレリカにはおかしくてしょうがなかった。
「だから、それが他人を好きになるって事なのよ、セラーナ。肉親ではなく別の誰かを特別に意識するようになった時点で、その人のことが好きになってしまったって事よ」
 断言するように言うと、セラーナは奇妙なことに愕然とした表情を浮かべていた。にわかにカップを持つ手が震えている。
「……そんな。そんな訳ありませんわ。だって……好きなら、ジュリアンが好きなら、自分が分からなくなる意味が分かりませんわ。彼に対して冷たい態度を取ったりする理由もつきませんもの」
「そうね。……でも、それがもし、自己防衛反応として出てたら、どうする? 
 セラーナ、あなたは父親からの愛情はほとんど与えてもらえなかったわよね。……まぁ、私も母親としては失格な点も多くあるから、夫のことばかりを悪し様にはいえないけど。
 だから本来、父親を見て知るべきである男性性というのがどういうものなのか分からないまま成長してしまったせいで、あなたが異性に対して心に壁を作っていたのは気づいていた。ジュリアンも例外なくね。……けど彼は違ったわ。
 さっき言ってたわよね。彼と一緒に旅をするのは楽しいと。あなたの彼の間に立ち塞がっていた壁は時間とともに薄くなっていったんだろうけど、ジュリアンがあなたに告白した事で再び壁を分厚くさせたんじゃないかしら。……自分を守るために」
「自分を守るため? ……意味が分かりませんわ」
 と言いながらもセラーナの表情はどこか後ろめたさを感じるのは気のせいでは無い筈だった。ヴァレリカは畳み掛けるように言う。
「いいえ間違いないわ。自分を守るためよ。それとも言い方を変えた方がいいかしら──父親の影に、って」
 ぎくりとした様子でセラーナの表情が硬直する。
「自分では気付いてない様子だったけど、間違いないわね。セラーナ……私たちがもっと仲がよい夫婦だったらよかったんだろうけど、見ての通り冷え切った関係だったし、ハルコンは私やあなたを利用して太陽の専制を終わらせようなどという無謀な計画にとり憑かれたせいもあって、私はあなたをディムホロウ墓地に眠らせ、自分はソウル・ケルンに逃げ込むしか術はなかった。
 あなたは私にべったりだったわよね。一緒に過ごしていた時からずっと。でもそれは私が好きだからではなく、父親があんなだったから。そんな危うい親子関係だったのに、セラーナは私やハルコンに望まれて──」
「やめて下さる! その事を言うのは……今は関係ないじゃありませんの」
 叩きつけるように手にしたカップをテーブルに置いたため、中にあった茶が噴出し彼女の手と袖を汚したが、セラーナはそんな事意に介さない様子だった。ただ目はぎらぎらと赤く燃え、表情は今にも泣き出しそうだった。
「いいえ、あるわ。さっき言ったわよね、あなたは自分とジュリアンの壁を再び分厚くさせてしまった、と。それは何故かわかる? 
 セラーナ、あなたはジュリアンにハルコンの影を重ねているの。今まで築いてきた関係を拗らせてでも、あなたは自分に壁を作ってまで自分を守ろうとしている。だから私の元へ来たのでしょう? 本来ならば嫌われて良い筈の私の元へ来たのは、それしかあなたが頼る相手はいないから。一緒に過ごしていた時から片時も離れなかった……一番の理解者だった私の元へ。
 本当は彼が好きでしょうがないのに、自分の中の異性の対象は父親だけしか見ていなかったから。だから分からなくなったのね。分からないまま出た結論は、ジュリアンがハルコンと同じだったらという猜疑心。それが再び壁を作った原因なのよ。セラーナ」
 聞きたくないといった様子でセラーナは頭をぶんぶんと横に振った。振りながら涙を零していた。必死になって何かと抗おうとした様子で。
「……申し訳ないと思っているわ。あなたをコールドハーバーの娘に仕立てたのは私とハルコンだったから。けどそれがまさか、太陽を覆い隠すなんて無茶な計画から出た事だなんて知らなくて。知っていたら娘だけはやめてくれとハルコンに懇願も出来たでしょうに。
 でも忘れないで。ジュリアンだってそれは知っているのよ? 彼はそれでもあなたを守ると私に誓ったわ。──セラーナにだってでしょう? さっき言ってたわよね、“ジュリアンは私に忠誠を誓ってくれた”って。
 彼はハルコンじゃない。セラーナ。受け入れたい気持ちを素直に受け入れて。あなたにとって彼は必要な存在にもう成っているの。それを忘れないで」
 自分の娘は顔を真っ赤にして涙を零し続けていた。心が痛むのか、はたまた自己防護を図ろうとしたいのか、胸に両手をクロスして必死に耐えながら、ぽつりぽつりと心の内を吐露していく。
「……好きという気持ちは、こんなにも苦しいものなんですの? すごく胸が痛むし……とても息苦しいですわ。
 私は……どうすればいいんですの? これが彼を好きだという気持ちだとしても、私はどう彼に応えていいのか分からない。……初めて墓地で彼に目覚めさせてもらった時のように、まるっきり知らない赤の他人のようにここ数日、彼と接してきましたわ。本当は……それはいけないことだと分かっていた。気付かれないようにジュリアンの横顔をそっと見ては、答えを言わなければと思っていたのに、考えれば考えるほどどう接したらいいのか分からなくなって……ジュリアンが日に日に苦しむような表情を浮かべているのが辛かった。でもそうするしか手段が無かった。
 私は怖い。怖いんですの……お母さん。──あなたやハルコンが私にしてきたように、彼にまでも裏切られたらどうしようと。彼がハルコンのように狂気に憑かれて私に何かしてくるのではないかと。
 ……どうして私が好きだなんて言ってきたんですの、って聞きたかった。そんな事を言われたら今まで築いてきた関係が台無しになってしまうのは分かっていても、私には今までの関係のがよかった。彼が忠誠を誓って守ってくれていた時の方がよかった。
 けど──どうして? それなら離れて一人でここまで帰ってくればよかったのに、私はジュリアンから離れられない。傍にいないとこんなに不安になるなんて思ってなかった。これが好きだという気持ちなら──私はどうすればいいんですの?」
 どうすればいい、とセラーナは何度も言いながら涙を流し続けている。しかしヴァレリカはにっこり笑ってからすっ、と立ち上がり、テーブルを回ってセラーナの傍までやってくると彼女の肩をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫よ。何度も言うように、彼はハルコンではないの。彼はあなたを裏切らないし、ハルコンと同じようにもならない。それは今までずっと一緒に行動してきたセラーナが一番よく分かってる事じゃない?
 私とハルコンはあなたに幾重にも罪を与えてきてしまったけど、生きていく上で最も大切なこと──愛を享受する事を教えてあげていなかった。吸血鬼に愛なんて要らないに等しい感情だから、と言ったらあなたに申し訳が立たないけど。何度も言ってるように、私とハルコンの間に愛は無かったし。
 ……セラーナ。彼はあなたを必要としている。そしてセラーナも……彼が居なくなれば不安なんでしょう? 受け入れるのよ、自分の素直な感情を。愛を知らないまま育ってきたあなたが今受けているその苦しみが、好きだという気持ちから出ているのは間違いないわ。
 彼は優しい人よ。あなたをずっと守ってきたし、私に立てた約束もずっと守ってくれている。ハルコンの手から、抱腹を仕掛けてきた穢れた血である吸血鬼の手からも。あなたがコールドハーバーの娘だろうが、吸血鬼だろうが関係ない。そんな壁をいくつも乗り越えてまでして得たいものだから、彼はあなたに言ったんじゃないかしら。──結婚してほしい、って。
 ……それに、こんな母親失格な母親でも、一つは聞いてみたいわ。
 娘の我侭ってものを、ね」
 にっこり笑って見せるヴァレリカに、セラーナは何故か更に涙を零した。赤い瞳から流れ落ちる涙はルビーのようにきらめいて、地面にぱたっ、と落ちてはいくつもの染みを作っている。
 ヴァレリカはそんなセラーナを──彼女の心の壁が涙によって融解していくのをじっと見ていたのだった。


-------------------------------


 長くてすいません。そして前回言った「次3,4チャプターは連続で」なんて言ってたのにもかかわらずこの続きはまだ書いてません(大爆死)
 相変わらず遅筆でごめんなさい・・そしてまぁ、次回はいよいよ大団円なるか? まぁなるんでしょうけど。
 こんなつまらん妄想だだ流しのブログをいつも読んでいただいて有難うございます<(_ _)>あと少しですが、まぁこれで終わりじゃないしこっからが始まりでもあるので、二次創作はまだまだ続けて行きますよ。
 これで二次創作オワリなのかと思われちゃまずいので言っときますがここはあくまでも通過点ですね。自分がスカイリムを楽しみ続ける限り、創作とかMODプレイを小説仕立てで書いたりはしていきますので、今後ともどうぞよろしくです。
 え? 終わらせるなんて思ってなかったって? ならよかった。

 やー、今回ほんと長いんですよ。この先もまた長いんですよ・・
 自分、頭に沸いたネタ(主にコミケ向けで出す同人誌のネタとか、当ブログで書く小説のプロットとか)は、とある手帳にびっしり頭の中のメモを文章化しておくんですけど、
 その手帳のページ数が10枚を軽く超えたので(おかげでペンで文字書きすぎて腕が痛くなった・・w)まぁ、長い訳ですな。
 小説は漫画原稿みたくネームを切ることはないため、プロットとして文章を書き残して後日それを見ながら文章化させていくのが俺のやり方です。

 セラーナもまた苦しんでいた、と前回言いましたけど、こういうことだったわけですな。
 最も俺のセラーナの場合であって、ほかの方の世界のセラーナはこんな事思ってないよ! っていうかもしれませんw だからあくまでアナザーストーリィのひとつなんですよねw二次創作小説と扉でことわってますし。

 で。
 次回第四チャプター「Knight」というタイトルだけw
 結婚フラグ無事立つか?!

 では申し訳ない。おそらく次の定期更新になっちゃいますが気長にお待ちください。
 仕上がって校正次第UPします^^

※おまけ※
今回使用したBGMのうちのひとつ。
気になる方は是非どうぞ。こういうのをシーン毎に変えて聞いてます。CWのおかげでいろんなシーン毎に音楽を取り込めるのが有難い。
タイトルはまんま今回のテーマに沿ってますが「あの日に帰れたら」ですw
http://amachamusic.chagasi.com/image_shimijimi2.htm

Sort things out

※スカイリム二次創作小説第二チャプターですが、実を言うと二次創作カテゴリの話からほぼ全て繋がる感じで続いています。苦手な方はブラウザバックでお戻りを。
大体の流れ的には一年前の話あたり「眠ることもあるのだと」辺りから読み始めると流れがわかるかもしれません。でも読まなくてもまぁ、大丈夫です。
※もし最初から読みたい方は二次創作カテゴリからどうぞ。一連の流れがつかめるはずです。たぶん。
※これは第二話です。最初から読みたい方は前回の記事「Rude Awakening」からお読みください。


 何を言われても大丈夫。そう思っていた。
 たとえ結婚を断られたって大丈夫。俺は大丈夫さ──そう自分の中だけで強がりを保っていた。……けれど。

「お願いが……ありますの。
 ヴォルキハル城に……帰らせていただけませんか?」
 セラーナの口からそう言われた瞬間、何を言ってるのか、全く理解できなかった。
 帰りたい? なぜ?
 頭の中が一方通行の矢印で埋め尽くされる。しかし、その矢印の最終はどういう疑問を投げかけてもたった一つの結論にぶち当たるのみだった。
“どうして?”
 ……一ヶ月と少し前、ミラークによる見えない力の攻撃を受けていた際、毎晩俺が夢の中でうなされていた際、俺はセラーナに危害が出ないよう、彼女にスカイリムへ帰れ、と言った。──しかし彼女は帰らなかった。だから今俺はここで生きている。
 なのに、どうして今、帰りたいと言うんだ。
 心の中で問いかけても、その答えは見つからない。
 俺の中では見つけられないものだから──

「……城、に?」
 ようやっと声が出せたのはそんなことだけかと、自分自身に呆れる。聞けばいいじゃないか。どうして城に戻りたいのか。
 しかし、心はその答えを聞く事を“恐れて”いた。ほとんど口を利こうとしない態度、プロポーズの返事すらせず、態度が急変したセラーナを一週間見せられてしまったせいか。こんなにも臆病になっている自分が酷く情けなかった。人を好きになるというのが、こんなにも己を弱くさせるものだとは──
「ええ。今はソルスセイムで可及的速やかに済ませなければならない要件もなさそうですし。……母に会ってみたくなりましたの。よろしいですの?」
 つまるところ、ヴァレリカに話すのだろう、俺にプロポーズされた事を。それは構わないし肉親に報告したい気持ちはわかる。
 彼女は今、こうして二人で話していてもその件について一切言及しようとする様子はない。いまだ宙ぶらりん状態の俺の決意は、彼女にとっては然程大事な事じゃないのかもしれない。……そう思うだけで再び胸がきりきりと苛むように痛み始めた。
「……あ、ああ。それは構わない。……ところで、」
 俺が行く必要はあるのか、と言い掛けて口をつぐむ。帰らせてくれと言ったのはセラーナだ。恐らく俺が一緒に戻る必要なんてない筈だ。彼女は俺に暇を告げに来ただけ──
「……ところで、なんですの?」
 先に続かない事に業を煮やした様子で聞いてくるセラーナだったが、相変わらず顔はこちらを向けようとせずうつむいたまま、上目遣いでこちらを伺っていた。……相変わらず顔を見せようともせず。
 こんな態度をずっと取られてると、不安になる。不安は恐れを生み出し、言いたい事を言えなくなる。言葉が喉に詰まってしまう。言ってしまったら全てが終わりそうな気がして。
 ……けど、確認しておく必要はある。たとえどう言われようとも。絶望するのはその後だ。前じゃない。
「俺も……、俺も一緒に行っていいのか?」
 えいっとばかりに思い切って尋ねたつもりだったが、セラーナの答えは予想以上にあっさりしたものだった。
「……は? 当たり前じゃありませんの。……ジュリアンが居なければ私は船賃もなければ金銭を一切持ってないということ、忘れないでいただきたいですわね」
 お前は何を言ってるんだ、とばかりに顔を上げて言い放ったセラーナだったが、慌てた様子ですぐさま頭を伏せてしまった。しかし内心慌てたのはこちらも同じで、泣き腫らした目を見られたんじゃないかと落ち着かない。
「……そうか。なら、よかった」
 ぽつりと本音を言い放つが、心の中はよかったなんて状況ではなかった。一つ障害を乗り越えただけで、結局のところ俺は返事をまだもらっていない。セラーナの態度もおかしいまま。
「じゃあ……明日、深夜に着いた定期便が午前中にスカイリムへ向けて出る筈だ。それに乗ってスカイリムに戻ろう。……準備しておけよ」
「……ええ、やっておきますわ。──じゃ。おやすみなさい」
 頼んでもいないのに、セラーナは言いたい事を言い終えると寝室の扉をばたんと閉めてしまった。まるで互いの間に壁を作ろうとするが如く。
 しばし扉の前でぽつんと突っ立っていた俺だったが、セラーナが扉の前から離れる足音を聞いて、無性に追いかけていきたくなった。扉を開けて、彼女を背中から──
 しかし思いを他所に体は動かなかった。──いや、動けなかった。その場から微動だにせず、手だけが何度か浮いたり沈んだりを繰り返しているだけだった。
「……くそっ」
 さっきまで港で泣いていたのに、またしても瞼が、熱くなる。俺ってこんなに泣き虫だったのか? と思うくらい胸の痛みは涙と姿を変えてぽたり、といくつか床に染みを作った。
 そうさ……胸が痛むから涙が出るんだ。じゃあ何故胸の痛みに涙は変わるのだろう? どんなに刀傷をつけられたって涙が落ちることはなかった。どんなに酷い怪我をしても、痛みに顔をしかめるだけで涙は出てこない。
 こんな痛みは初めてで、胸が苦しくて、切なかった。痛みを我慢すればするほど自分に偽りを課している気がして、それが己を苛み、苦しませた。人を好きになると幸せになるなんて誰が言った? 苦しいじゃないか。苦しくて、切なくて、つらすぎる。
 もう、戻れないのか。好きだと言う前の関係に。
 それどころか、もし、ヴォルキハル城でヴァレリカと話して、
「私はもうジュリアンと行きませんわ。一人でソルスセイムに戻ることですわね」
 なんて言われたら──
 頭は最悪の状況ばかりを訴えてくる。それに反論する術をもてない俺は、扉の前で突っ立ったまま、胸の抑えてうな垂れていた。

「……どうしたら、いいんですの」
 暖炉の火にあたりながら、彼女はぽつりと誰にともなく呟いた。
 答えを見つけようとしているのに、見つからない──だから、行くのだ。
 かつての道標に、会いに。

 ──朝。
 がちゃり、と音を立てて寝室の扉を開ける。
 装備を整え、片手に両手剣を持ち、もう片方には荷袋の紐を持ち、俺は部屋から出た。
 厨房の方を見ると、セラーナがうつむいたままテーブルに皿を並べていた。手近にあるテーブルに荷物と武器を置いてから、俺は食卓の椅子に座った。
「おはよう、セラーナ」
 セラーナの態度が変わっても挨拶だけはかかさず言ってきたため、今日も変わらず挨拶をかける。
「……おはようございます」
 これまたいつもと変わらない返事。相変わらず顔をこちらには向けず視線は足元へ向けられたままだ。
 そのまま黙って食事を済ませると、互いに荷物をまとめ、セヴェリン邸を出る。鍵を閉め、施錠確認をしてから、二人は黙って港へ歩き出した。
 一週間ぶりにセラーナが傍らを歩く姿を見るのは嬉しかったが、これも最後になるのかもしれない、などと余計なことまで考えてしまう。
 重苦しい空気が漂う中桟橋につくと、前に見たことがある船員が、船と桟橋を繋ぐ渡し板の前で気だるそうに突っ立っていた。目が閉じかけているからもしかしたら半分眠っているのかもしれない。
「二人なんだが、乗れるかな」
 話しかけると、びくりと体を震わせて目をぱちっと開いてみせた。やはり眠っていたらしい。
「えっ、あっ、はい……二人? ええと、セプティム金貨700枚ね」
 寝ぼけた様子だったが職務を思い出したらしく、しっかり請求してくるのがおかしかった。黙って金貨を支払うと、船員は一歩身を退いて俺達に渡し板を通れるようにしてくれたのだが、途中で何度か首を傾げていた。どっかで見たような顔だ、と思っているのかもしれない。
「ようこそ、ノーザンメイデン号へ。私は船長のグジャランド・ソルトセイジで……って、あんた達、あの時のカップルじゃないか」
 船長じきじきに挨拶しにきてくれたと思ったら、次には俺達の顔を交互に指指しながら笑みを浮かべてにやにや笑いを浮かべてきた。勿論あの時というのがいつを指しているのか嫌でも分かる。セラーナと桟橋で抱き合った一件だろう。その時の話をしたくはないのだが……
「あ、あぁ……船室を案内してくれないか」
 思い出さないでくれとばかりに話を逸らしたつもりだったが、
「ああ、二人同室でいいだろう?」
 などととんでもない事を言い出してきたので慌てて否定する。
「いや。……別々でいいんだ」
 一ヶ月前派手に抱き合ったのを見られた間柄だから、俺の態度に訝しんだりしないだろうかと一瞬思ったが、グジャランドという船長は全然そんなのを気にした素振りも見せず、そうかそうかと頷いて俺とセラーナに別々の部屋の鍵を手渡してくれた。たぶん彼の頭の中には、これから二人はリフテン聖堂で結婚式を挙げるのだろうとでも思っているのかもしれない。
「船長、そろそろ出航時間でさァ」
 船員の一人がグジャランドに報告したと同時に、船長は頷きながらすっ、と右手を仰ぐように伸ばした。それと同時に桟橋に居た船員がかん、かんと手に持ったお椀を短剣で叩き始めた。「えー……スカイリム行きの船、間もなく出港、出港ー!」かんかん叩く音とどら声に合わせて、空を泳ぐように飛ぶうみねこがミャァ、ミャァとけたままたしく鳴く。
 俺はというと、船べりにしつらえてあった椅子に座って出港準備を見ていた。が、セラーナの姿が見えないのに気づいて慌てて目を配る。
 彼女は俺から離れた船端で何処とはなしに海を見ていた。普段の俺だったらセラーナに近づいていたかもしれない。──けど、プロポーズが宙ぶらりんのまま、目も合わせようとしない彼女に近づく勇気は今の俺にはなかった。
 船長が再び手で何かしら合図を送ると、かんかん音を立てていた船員がひらりと船に飛び移り、渡し板を桟橋から引き上げたところで船長はほら貝を吹いた。重低音が響き渡る。出港の合図だ。
 やがて船がゆっくりと動き始め、桟橋から離れた。帆が風を受けて進み始めていく。ソルスセイムがどんどん遠くなっていく。
 次にここに帰るときは、俺一人かもしれない──
 心の中で何処か、何もかも諦めたような自分がぽつりと呟いた。そんなことはない、と反論する自分も居るはずなのに、セラーナの姿を見ると、反論する気持ちも萎えてしまう。
 重苦しい空気を漂わせながら、船は一路ウインドヘルムへ旅立った。
 答えを求め、答えを探して、──互いの道を見つけるために。




--------------------------------------
 長いよ。(ため息)
 終わりが見えなくてすいません・・まだ城向かってないじゃん! って言われたらほんとーーーーにごめんなさい。
 たぶん第4チャプターで終わらせたいです。で、第3,4は一気に載せます。じゃないといつまでも終わらないままになりそうだし、本来ならばこっから先区切るシーンがなかなかない(あるにはあるんだけどそこでまた次週! というのが自分で嫌なだけ)

 なんかどばきんさん(ジュリアン)がやたら女々しくて×3状態ですが(笑)
 人を好きになったことがない人ほど、その感情に戸惑うと思うんです。で、それを相手に伝えてみて、相手との関係に悩んだり不安になったり。
 これは多分男女関係ないんじゃないかな。文章として出てきてはまだいませんが、セラーナも裏では相当苦しんでるんですけど。

 ちなみに前回のタイトル。和名だと「突然のショック(な出来事)」
 今回のタイトル「物事を整理する、けりをつける」という意味ですな。
 まぁ、けりをつけるためにヴォルキハル城に向かうわけですけど。
 まだまだ続いてすいませんが、気長に見てやってください。いつも見に来てくださる方が居てほんとーに嬉しいです。ありがたや。

 さて、こっからは別の話です。前から言おうと思ってて忘れてました。
 前回のブログのキリ番(30000)ですが、ごめんなさい、忘れてました(爆死)
 なので今回のブログのキリ番は33333Hitでカウント発動するようにしてます。33333Hitを踏んだ方は是非キリ番ログに残してやってください。勿論前回の2万Hit同様、イラストのリクエストも可能です。
 踏みたい方は是非がんばってみてくださいw

 というだけの報告でした(笑)
 それではまた、次のブログ更新日でお会いしましょう^^

Rude Awakening

※スカイリム二次創作小説第一チャプターですが、実を言うと二次創作カテゴリの話からほぼ全て繋がる感じで続いています。苦手な方はブラウザバックでお戻りを。
大体の流れ的には一年前の話あたり「眠ることもあるのだと」辺りから読み始めると流れがわかるかもしれません。でも読まなくてもまぁ、大丈夫です。
※もし最初から読みたい方は二次創作カテゴリからどうぞ。一連の流れがつかめるはずです。たぶん。


「この……大ばか者っっ!!」
 店内に声が響き渡る。
 店内──そう、店内だ。ソルスセイム島の南側にある島唯一の玄関口である港町レイブンロック。その町のこれまた唯一の酒場兼宿屋である「レッチング・ネッチ・コーナークラブ」。
 今夜も馴染みの面々が各々散らばって酒を呑んでいる──のがいつも見かける光景なのに対し、今夜もし、初見の客が来たらこれがこの酒場の飲み方なのか、と疑うような光景だった。
 店内は他の酒場となんら変わった様子はなく、カウンターがあり、向かいにスツールが二脚。散らばるようにおかれてある丸テーブルが何台か置かれてあった。それはいい。
 おかしいのは、そのカウンターに座っている一人の男を取り囲むようにして客が集まっていたのだ。それも一人や二人ではなく、男も女も混ざっている。これまたおかしなことに、カウンターの向こう側にいる店主であろう者ですらカウンターに肘をついて話を聞いている様子だった。
 おかげで店内に置かれたテーブルの回りには椅子が一脚もおかれておらず、それは即ち、椅子が全てカウンターに集中しているという事だ。
 その輪の中心にいる者はさぞかし人気者か、何かいいことでもあった奴なのか──初見の客ならまずそう思うに違いない。しかし見れば、あなたはきっとこう思うだろう。
「何かよくない問題を抱えている顔だ」と。

 先ほど大ばか者、と怒鳴ったのはクレシウス・カエレリウスで、大ばか者と言われたのは勿論、俺。
 あれから何度も俺とセラーナの近況を聞きたがる世話好き──俺からすれば余計なお世話なのだが──のじいさんだ。そのじいさんが俺に向かって大声で怒鳴るもんだから、至近距離だったせいもあって耳が一瞬遠くなる。
 ……ってなんだよ、いきなり人を馬鹿呼ばわりしやがって……と心の中で悪態をつきながら、俺は辺りを見回したが、皆一様に険しい表情を浮かべていた。クレシウスの言い方にまぁまぁ、と取り成す様子の奴もいない。仕方なく俺は一人で反論することになる。
「……いきなり人を大ばか者呼ばわりしなくたっていいじゃねぇか」
「いいや、お前は大ばか者だ」
 えっ、と聞き返す間もなく再び俺を馬鹿呼ばわりしたのはクレシウスではなくグローヴァー・マロリーだった。いつもこの場所で酒を酌み交わす飲み仲間の一人だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……確かに、俺はタイミングを逃したさ、しかし……」
 反論する間をくれと口を挟んだがまたしても返されてしまう。
「ジュリアン、お前さぁ、なんで俺がわざわざ取り寄せてまでしてやった好意を無にするかねぇ」
 と、次に言ってきたのはフェシス・アロール。雑貨店を営んでおり、俺にセラーナへ渡す婚約指輪を渡した──正確に言えば買わされた──張本人だ。
 なんだか誰かが聞いてくる度に俺が言い訳をしているような感じではあったのだが、黙ったままじゃ肯定されるに違いない、俺はなおも反論した。
「……無にした覚えはない。ただ、あの時はああするしかなかっただけで──」
「ああするっていったって、今のお前さんの話を聞くと、どうもその場のノリと勢いで言ってしまった感が拭えないな。そういうのはよくないと思うぞ、現にそのせいで今こういう状況におかれてるんじゃないか。……まぁ、無理もないがな。とりあえず、それからどうしてこうなったのか、教えてはくれないか」
 この集まりで一番の知識人かもしれない、エイドリルがやっととりなすように話しかけてきたが、結局のところ、この場に居る者全員が俺のことを責めているのは間違いなさそうだった。女性陣──といってもクレシウスの妻であるエイフィアとドレイラしかいないのだが──は二人でなにやらこそこそと話し合っている。時々こちらを見る視線は、嫌なものでも見るようなそれで、受けるこっちは尚更不快感を増す。
 ため息をひとつこぼしてから、俺はぽつぽつと話し始めた。
 店内にいる全ての者は俺の声に耳を傾けている。唯一人、今までならいつも傍にいたであろうセラーナは、何故か今ここには居ない事を除けば───

 一週間前。
 俺が子ネッチを助けた後、戻った際にセラーナに突如言われた言葉が全てを変えた。
 指輪を取り出し、俺に差し出した彼女は、それがいずれ自分に向けられる物だとは全く思っていなかった。
 だから何も考えず中身を見たのに俺に戻そうとしたのだ──なのに俺は、あの時自分の立場しか考えておらず、ぐるぐると回る感情の渦の中、見つけた答えは一つ。

「セラーナ。……俺は、君が好きだ。ずっと好きだった。
 結婚してほしい」
 視線をずらしていた彼女の肩がわずかに動いた。予想もしていなかった言葉に、彼女は目を泳がせ──一瞬ではあったが、互いの視線が絡まった。
 その瞬間だけ時が止まったように──しかし、すぐに視線を逸らしてしまったのはセラーナだった。
「………っ」
 彼女は押し黙ってしまい、しかしこちらに差し出したままの指輪の箱は変わらず俺に向けられたままだった。寒さからくるせいか、彼女のか細い指が微かに震えているのが見て取れる。
「セラーナ」
 寒いのか、と寒さすら忘れていた俺は彼女の方へ一歩、近づいた、が。
「あっ…これ、私には………」
 こちらが近づく事に対し、今まで抵抗すらしなかった彼女が──箱を突きつけるようにして手を目いっぱい伸ばしてきたのだ。
 それは近づくな、と暗に訴えているようで、思わず俺は彼女の手に伸ばしかけていた手を引っ込めた。
 胸が痛んだのを今も覚えている。近づくのを拒まれたことなど一度も無かったから。
「それは、……セラーナに渡すものだから」
 この時点で俺は失敗を犯していたらしいのだが、その時は全く気づいていなかった。……指輪を拾われた事に対して混乱したのを言い訳にしてはいけないくらいに。
「……そういうことでしたら、……今は預かっておきますわ」
 俺がそれ以上近づいてこないのを確認したのか、セラーナは不承不承ながらも指輪の入った箱を再度ポーチに入れた。手に持っていたくない、とばかりに。
 預かる、と言われて更に俺の心は痛んだ。……それはまるで、俺のプロポーズも預かっておく、と言われた感じがしたのだ。人事のように。
 冷えた身体がもう限界だ、と訴えていたがそれ以上に胸の痛みが酷かった。落胆や期待はずれなどではない。一生に一度か二度、言わないような事をようやっと口にして、それを無下にされた事に対する痛みの方が寒さを超えていた。
「……戻って着替えた方がよろしいんじゃありませんでして? 風邪ひいてしまいますわよ」
 そう言われた気がしたが、その時俺の感情は吹っ飛んでいて、どう返事をしたかも覚えていない。……次の場面で覚えているのは──雪がちらつく海辺で一人、俺が突っ立っていた事だけだ。
 セラーナの姿は無かった。次に彼女の姿を見たのは、一人とぼとぼとセヴェリン邸から戻ってきた後。
 暖炉の前で椅子に座って暖を取っている姿だった。

 それから一週間が経つ。
 一週間何をしていたかといえば、俺はいつもと変わらず、レイブンロックの住民からの依頼をこなしていたりした。しかしセラーナは、その日以来俺と行動を共にしなくなった。……だから今、ここで住民に取り囲まれた状態でも彼女の姿が見えないのだ。
 プロポーズをしたその日から、セラーナの態度は急激に変化した。出会った当時さながらのそっけなさで、交わす言葉も少なく、俺と視線を交わそうともしなかった。料理はしてくれるものの、それも何故か嫌々ながら、といった様子にさえ見えてくる。
 セラーナは決してこちらを見ようとはせず、しかし時々こちらを見てはいるらしいのだが、俺が彼女のほうを向いてみても彼女はさっさと視線を逸らしてしまう事が増えた。彼女の避けるような態度に居たたまれず、こうやってレッチング・ネッチに足を何度か向けたりもしたが、彼女が居ない事を怪訝に思っても気にする奴はいなかった。
 ……が、しかし一週間もそんな状態が続くと、これはさすがにおかしいと思い始めたのか、一斉にお前たち何かあったのか、と詰め寄ってきて……今に至る訳だった。

 一通り話終えると、囲んでいた者達がいっせいに、表情が渋くなったり、ため息をついたりした。各々違ってはいたが周りの様子からして皆一様に大変な事になったぞ、といった様子なのは間違いなかった。
「そりゃー……まずいな」
「ああ、大いにまずい」
 周りはうんうんと頷きあってはいたが、再びクレシウスが叫んだ。
「大ばか者! なんだってお前はそんなに頓珍漢な男なんだ!」
 だから、ちょっと待て。
「頓珍漢って何だよ、俺は……俺は自分の気持ちをストレートにぶつけただけだ。プロポーズしたんだぜ、それなのに頓珍漢って……」
「いいえ、あなたは頓珍漢よ、もしくは相当の間抜けのどちらかね」
 と、クレシウスの言葉を擁護して言い返してきたのは、その妻であるエイフィアだった。
「間抜けだって? 俺のどこが間抜けなのか教えてくれよ」
 言い返すと、辺りからははぁ、と呆れを含ませたため息がいくつもこぼれた。何だよ、全員同じ態度とるとか薄気味悪い。
「わかってないわね……指輪を落としたのはこの際しょうがないとしてもよ、その後が大変よ。あなた、本当にプロポーズする気あったの?」
 俺以外の全員がめいめい頷いてみせる。この場で俺だけが話が見えていないようだった。
「する気はあったさ。あったけどどう指輪を渡してどうやって言おうか考えていた矢先だったから、ああなっちまっただけで、」
「その“ああなっちまった”が大問題なのよ!」
 夫に対して妻までも声を荒げる体質なのか、似た者同士だと俺は内心悪態をつく。
「成り行きで言ってしまったことだろ? けどあの場合はああするしかなくて──」
「その成り行き任せがまずかったのさ。全員同じ事考えてると思うぜ、ジュリアンよ」
 ふいに口を割ってくる店主のサドリ。さっきからずっと黙ったままだったがいよいよ言わずにはいられないといった様子だったので、俺はエイフィアよりも話が若干通る彼のほうへ顔を向ける。
「成り行き任せがまずかった?」
「そうさ。エイフィアはともかくドレイラを見て見ろ。お前さんのことを毛虫を見るような目つきでみてるだろ? 
 ジュリアン、女性ってのはな、とりわけそういう事を大事にしたがる生き物なんだよ。プロポーズ一つ、時と場所をわきまえてやらんと後々禍根を残しかねない。ちゃんと場所を設定し、そういうムードを作ってから指輪を渡してマーラのアミュレットをつけて『結婚してください』って言わないと納得しないもんなのさ。
 しかしお前さんはそれを無視どころか成り行き任せでやっちまった。だから俺たちは落胆してるんだよ。こりゃだめかもしれんな、ってさ」
 良くぞ言った、とでも言うように周りから拍手がまばらに起きたがすぐに音は止んだ。……だめかもしれない? だって?
「サドリの言うとおりだわ。ジュリアン、あなたセラーナの事軽く考えていない? いくら長い間一緒にいたとはいえ、親しき仲にも、っていう言葉あるでしょう、私だったらそんなプロポーズ受けてもうれしくないわ。指輪も返しちゃうかもね」
 ドレイラが静まった中で声を張り上げた。その言葉が俺にはぐさりと胸に突き刺さる。
「ドレイラ! いい加減な事言うのはやめるんだ、……ジュリアン、娘の戯言さ、気にしないでやってくれ。確かにあんたは最悪の状況で言っちまったのは間違いないが……」
 フェシスが慌ててとりなすように言ったが、
「いや、ドレイラの言うことは一理あるぞい。わしがエイフィアにプロポーズしたときなんかこんな事じゃ……」
 クレシウスが昔の話を始めたのがきっかけで辺りが途端ににぎやかになり始めた。俺を中心にしているのに、俺の事を無視して話がどんどん続いていくのが、今はほほえましいどころか取り残されたような気がして心が更に痛んだ。
「……サドリ、すまない、今夜はこれで失礼するぜ」
 カウンターにセプティム金貨を数枚置いて、俺はそっと立ち上がった。
「お、おい、ジュリアン……」
 何か言いたそうなサドリに顔を向けもせず、俺はそっとレッチング・ネッチを後にした。

 扉を開けると、ふわりと穏やかな風が港のほうから吹いてくる。
 このままセヴェリン邸に戻ってもよかったが、ずきずき痛む胸を抱えてセラーナのそっけない態度を受け止める勇気はなかった。
 自然と足はセヴェリン邸とは反対方向へ歩んでいき、気づけば俺は暗い海の上──スカイリムへ向かう船が係留する桟橋の袂までやってきていた。
「……ここは」
 覚えている。つい一月程前。ここで俺はセラーナを抱きしめた。行かないでくれ──そう言いながら、ここで。
 あれからたった一ヶ月しか経ってないのに、もう既に何年も前の出来事のような気がしてくる。一ヶ月の間に俺は指輪を用意し、彼女へプロポーズをしようと躍起になっていた。しかし結果は──
「俺の、独りよがり……だったのかな」
 一人ごちてみるが、それに答える者も、答えを持つ者も居ない。俺ばかりが心躍らせていただけで、本当は、セラーナは俺のことなんてなんとも思ってなかったり……したら。
 だからなのか? 今のセラーナが一週間前の彼女とは違うのは、俺があんな事を口にしてしまったから。俺が……俺が本心を口にしなければ、本心をずっと胸の奥で閉じ込めておいたままだったら、今ここに、ここで一人じゃなくて、彼女は俺の傍らに居たのかもしれない。今みたいに俺の視線を避けたり、俺と行動を共にしなくなったりしなかったのかもしれない。
「言わなければ……よかった、のか」
 なんて考えたくなかった。けど……今の彼女を見ているのは辛い。出会ったばかりの、つまり遺跡で眠っていた彼女を起こした当時のように、知らない奴に対する警戒心や猜疑心の塊でこちらを見ていたセラーナに戻してしまったのは自分なのだ。
 何故かはわからない。しかし俺が言ったせいなのは間違いない。セラーナが好きだと言ってしまったから──
「……そんなのって、ないよな……好きだって、気づいたのに。気づかないままで居れば、こんなことには……」
 この痛みは知っていた。あの時と同じだ。ミラークの一件で俺が彼女によかれと思って別れを告げた後の──傍らにセラーナが居ない空虚感。それと同時に胸を苛んだ痛み。

 セラーナ、俺、気づかないままのが良かったのか。
 君を好きだと言わない方が良かったのか。

 涙が溢れた。
 桟橋にくず折れ、俺は声を押し殺して泣いた。
 こんな思いをしたのは初めてで、だからどうしても伝えたくなって。
 それなのに──どうしてだ? どうしてこんなに胸が痛いんだ? 
 どうして──俺はセラーナを好きになってしまったんだ?

 ガチャリ、と鈍い施錠音と共に扉が開く軋んだ音が響く。
 こつ、こつと足音を立てて階段を下りると、間仕切りがいくつも分かれた広間に出る。そこから厨房や鋳造器具が置かれた部屋に行き来することができる。まっすぐ歩いていけば寝室に当たるのがセヴェリン邸の間取りだった。
 ふ、と左のほうへ顔を向けると、セラーナが暖炉の脇に置いた椅子に座って退屈そうに本を読んでいた。俺が戻ってきても意に介さない様子だった。
「……ただいま」
 一応、声をかけてみる。が、セラーナは顔を上げたりもせず黙って本のページをめくっていた。読んでる様子ではなく、必死に俺の顔を見まいとする態度のようでもあった。
 ……まぁ、今の顔を見られても若干言い訳に困るが。泣き腫らした目は少し重たく、さっさと風呂に入って眠りたい気分だった。
 黙って通り過ぎ、寝室に入って扉を閉める。着替えを取ってそのまま風呂へ、と思った矢先。
「……ジュリアン。少し……よろしいですの?」
 一週間ぶりに俺の名前を呼ばれた気がして、どきりと胸が高鳴った。扉越しだったから声はくぐもって聞こえたが、間違いなく俺の名前を呼んだので、慌てて扉を開いてみると、確かに彼女はそこに居た。節目がちで、若干俯いている。
「あ、ああ、……何だ」
 セラーナはこちらを見ようともせず、少しもじもじした様子ではあったが、意を決したように声に出したのは、予想を超えた事だった。
「お願いが……ありますの。
 ヴォルキハル城に……帰らせていただけませんか?」



----------------------------------
 お待たせしました(といっても待ってる人なんていないだろうけど)。
 やっとセラーナとの結婚へのフラグが立ったので、今度は結婚に至る過程を書いていきます。前回何か波乱ありそうですねえ、なんて言ってましたがもう波乱ですねw
 本当は一話で終わらせたかったんですが長すぎるのでやめました。たぶんあと二、三回続くかもしれません。
 まぁでも、結論的に言えばちゃんと結婚はできますw
 ただ、そこにいくまでには今までの長い旅の過程やシンクロニシティを書いていきたいため、冒頭のことわり文で「カテゴリ云々」と書いたわけです。

 ジュリアンとセラーナの話は一年以上書いてますが、彼らが結婚するに至ってはゲーム上でのイベントもですけど、折角二時創作で展開してるんで、そこらへんの過程も大事にしていきたいわけです。
 ゲーム上じゃアミュレットつけて結婚して! でOKな分、どうしても二次創作というゲームを離れた(だから創作とつけてます)所で書くものはそういうゲーム上ですっ飛ばした部分を大事にしていきたいので。
 だから今まで書いてきた話も重要なファクターとなっていくわけです。長い時間をかけて付き合うことで見つけたもの、感じたもの、互いに思ったもの、そういうのが全て折り重なってできた絆を、書いていきたいなーと思ってます。 
 なんかすごいこと言ってますけどもしかしたら全然違うものになってるかもしれないw
 気長にみてやっていけたら。幸いです。

 それでは次回の定期更新日にて。
 読んでくださってる全ての人に、どうぞ最後まで見届けてやってくださいね。

 今回のBGMは久々にef - a tale of memories. からw懐かしいなぁ。

“聲”の在り処

※ これはSkyrim二次創作小説第四チャプターです。その手の類が苦手な方はブラウザバックでお帰りを。
※2 この話は去年10月位に書いた「誘う者 誘われる者(第一チャプター)」から続く先週、先々週の話の続きです。
 一話から読みたい方は「誘う~」からお読み下さい(二次創作カテゴリから飛べます)
 そして毎度おなじみ最終話はめちゃ長いです。時々休憩を挟みつつどうぞ。


「い、今、なんて……」
 驚いた様子で声を上げた俺に対し、セラーナはきょとんとした表情だった。何を言ってるんだ、といった様子。……聞こえてないのか? 今の──
“話しかけタの、お。に、イさん?”
 まただ。声が頭の中に直接滑り込んでくる。そしてそれは間違いなく、目の前の小さなネッチから発せられたもの。
「……ああ、そうだ。俺の声が聞こえるか?」
 再び声を発した事に対して、突如動き出したネッチを見ていたセラーナが俺のほうを向いて、
「もしかして……声が聞こえたんですの?」
「ああ。セラーナは聞こえなかったのか?」
 返事の変わりに彼女は肩をすくめて見せる。やはり俺だけにしか“聞こえない”らしい。しかし一体どうして突然聞こえるようになったのか。
 俺の声に返事をするかと思ってみていたが、ネッチはじっとしたまま、前後にゆらゆら動きながらもその場に佇みじっとこちらを向いたままだった。……なんだっていきなり無言になるんだ? 俺に聞いてきたんじゃないのか?
“こえ、聞コ、えない。人間でいう、耳といウ、器官が、ない”
「わっ」
 再び頭に入ってきたそれに、驚き思わず声を上げてしまった。セラーナはそんな俺の態度にやや呆れたような疲れたような視線を送ってくる。彼女には聞こえないのに俺だけに聞こえる、第三者にそれを伝えるってのは難しいしなんだか若干恥ずかしい。……話を戻そう。
 耳がない、ということは俺の思念を通じて会話が出来るということだろう。だから先ほど、俺が何で無言になるんだ、という“声”に子供のネッチは返答してきたというわけだ。
『……つまり、こういうことか。心の中でネッチに向かって声を出す、と』
 心の中で投げかけると、すぐに返事が返ってきた。
“そう。それなラ、聞こえる”
 心なしか、ふよふよ浮くネッチの頭がうなずいたように見えた。
「心で投げかければ聞こえるらしい。……セラーナには相変わらず聞こえないんだよな?」
 ええ、と短く答えるセラーナに俺は内心ほっとしていた。先ほどこいつ──ネッチが発した声が聞こえていたらどう言い訳しようか、と内心ひやひやしていたのだ。
「意識が戻ったのはよかったですわ。……私が居ると満足に会話ができないでしょうから、外しておきますわね」
 言いながらすっと立ち上がり、セラーナは寝室から出て行ってしまった。返事をする暇も与えず。……なんで急に不機嫌になったのだろうか? 先程俺と冗談を言ってた時は笑ったりしてくれたのに……
“おにいさん、どう。シたの”
 俺から何も問いかけがこないのを気にしたのか、ネッチがふよふよ浮かびながらこちらへ近づいてきた。俺の拙い回復魔法が効いたのか、浮かぶネッチの動きにおかしな点は見られない。
『……いや、何でもない。何処か痛みを感じたりはしないか?』
 大丈夫、と声が返ってくる。それと同時に俺も先程から考えあぐねていた質問をネッチの方からもしてきた。
“なんでおニいさんは 声が聞、こエるの”
『俺も分からないんだ。以前はネッチの傍まで近づいても聞こえた事なんて無いのによ、夜中に助けてって声が聞こえて探してみたら、お前がいたんだ。デカいネッチに潰されて。……あれ、お前の親、だったのか?』
 その問いに、しばし返事が返ってこなかった。やはり親だったのか──聞いた事を詫びようと口を開いたとき、
“……おニイさんの、世界デイう、お父さん、という存在だッたのかな。……あのとき、とつぜン、ヒトが、襲ってきて”
 やはり狩人だったのか。死体には数多くの刀傷や弓矢が突き刺さっていたからな……大方俺の予想通り、彼らの腕試しとして標的にされたのだろう。
“おとうサん、かばってるうち、逃げよう、としたけど。マ、にあわなくって……”
『それ以上言わなくていいさ。辛い事聞いてすまなかった。……お母さんのほうは居るんだろ? よければお母さんの所へ連れてってやるよ』
 元気付けようとして言ってみると、
“ほんとう? ずっとおかアさンに呼びかけテ、いたんだ。たすけてって。……そしたらそれをキイたのが、おにイさんだったんだけど”
 嬉しいのか、ネッチの声が一オクターブ音程が上がった気がした。
 あの声はお母さんに呼びかけてたのか。か細い声じゃ母親だって気づかなかっただろう。たまたま同じ地面の下で、一番海岸に近いセヴェリン邸に居たから俺が聞こえた──聞こえるようになった理由は依然不明だが──から助けられたとはいえ、それで俺が聞こえなかったら、数日ももたずして父親の亡骸に潰されたまま死んでいたに違いない。
『ああ、きっと心配してる筈さ。見つけてやるよ。……もっとも、お前が前に何処に居たかとか、いつも居る場所はどこだとか知ってれば有難いんだがな』
 セラーナが置いていった残りのエールをカップに注ぎしな言ってみると、“もちろん知ってる”と自慢げに言ってきたので思わず耳を疑った。
『知ってるのか?』
“オにいさん、小さいからってアマく見ないでね。コレデも、おニイさんの三倍は年上なんだから”
 ネッチの“声”は、所々聞き取りづらく前後の単語が絡みついたような発言が多かった。そのため時々頭の中で声を反芻させないと理解できなかったのだが……今のは心なしか、その声が威張ったように聞こえたのは気のせいか?
『……そうか。じゃあ夜が明けたらそこへ向かおうぜ。きっと母親も心配してるだろうからな』
 そう言ったところで自分自身も安堵したのか、どっと疲れが押し寄せてきた。時計を見ると夜明け前。あぁ、一晩寝ずに過ごしちまったな……
“疲れテる、みたい。おにいさん”
 怪我人──ヒトではないが──に気を遣わせちまったらおしまいだ。そんなこと無いと俺はやや引きつった笑みを浮かべて見せた……しかし体は正直で、1時間でもベッドで横になりたいと訴えてくる。温めてもらった蜂蜜酒も既に冷め切っており、最早酒精でどうこうできる状態ではなくなりつつあった。
『……けど少し横になってもいいか? 精神力使ったせいでいつも以上に体力の消耗が……』
 幸い小さなネッチは起き上がって空中に漂っているため、返事すら待たずに俺はベッドにどさりと倒れこんだ。瞬時にふっ……と意識が遠のき、同時に睡魔が忍び寄ってくる。
“……さん、……”
 何やら話しかけてくるネッチだったが、意識を睡魔に奪われた俺には返事をする事も出来ず、深い闇へと吸い込まれるように眠りに落ちていった。

「ジュリアン、目を覚ましていただけますこと? ジュリアン」
 セラーナの声が漣のように押し寄せてくる。何度も何度も俺を呼ぶ声。
 重い瞼を開くと、ぼけた視界に見慣れた天井、そしてその間にふよふよ浮かぶ子供のネッチの姿が目に飛び込んできた。どうやら俺の傍を離れなかったらしい。
「……ぁあ、眠ってしまったのか……」
 むくり、と起き上がるが体はまだ完全に疲れを取れてないらしく、もう少し眠らせろとばかりに大きな欠伸を一つしてしまった。
「2時間くらい眠っていたようですわね。……朝ごはん、出来てますわよ」
 上体だけ起こしてみると、セラーナが寝室の扉の前で突っ立ってこちらを見ていた。その手にはお玉が握られている。
 セラーナと行動を共にして長いが、何度かこうやって俺の飯を作ってくれた事はあった。……とはいえ最初は不味くて食えたものじゃなかったが、その都度俺がアドバイスをしてきたおかげか、回を重ねる毎に上達していった。
 しかし、まだまだ作れる料理のレパートリーが少ないのが難点か。それでも俺一人で行動してる時よりずっと有難いし、こちらから何も言わずともこうして作ってくれるのが素直に嬉しい。
 だから、
「ありがとう。いつも助かるよ、セラーナ。……着替えてから行く」
 感謝をこめつつ返事を返すと、彼女は僅かに頷いて扉を閉めて調理場の方へ戻っていった。
 さて、着替えるか……と、昨晩から着っぱなしのチュニックを脱ぎかけた時、
“おにいさンは、あのヒトのこと。好きなの?”
 突然頭に飛び込んできた声に、俺は思わずネッチの方を振り向いてしまった。畜生これじゃ動揺してるのがバレバレじゃねぇか。
『……お前、耳という器官がないって言ってなかったか? 俺が今話してた事聞こえてたのかよ』
“ないヨ。けど、おにいサんの、ココろの中。あったかい気がしたから。あのヒトの、カオを。見てるとき”
 なんてこった……こんな小さな──とはいえ俺より三倍は歳が上だとかぬかしてたが──ネッチですら、俺の心が明け透けに読まれちまうとは……!
 他人や誰かに指摘されると赤面するタチの悪い性格が災いして、俺の顔が熱くなっているのが鏡を見なくても分かった。このままのらりくらりとやり過ごす事は少し難しいだろう。
『……ああ、そうだ。彼女が好きだよ。ただ、あのヒト、じゃない。彼女の名前はセラーナだ。
 ついでに言っておくが、俺もお兄さんと呼ばなくていいぜ。俺の名前はジュリアン。職業は傭兵だ』
“ジュりあン、さんが。おにイサんの名前? そうなんだ。よロしく”
 こちらこそ。心の中でそう言ってから思わず笑みがこぼれた。普通、言葉を交わすことすら出来ない生物に名前を教えるとは不思議な感覚だった。
 チュニックを脱ぎ捨て、洗い立ての別の衣服に袖を通した所でようやく一息つく。と同時に腹の虫が催促するかのように鳴り出した。やれやれ。
「さて朝ごはんを……」
 寝室の扉を開け、セラーナが立っている調理場に向かおうとした矢先のことだった。
「ジュリアン! ジュリアン! 居るか!!」
 俺の名を呼ぶ声と同時に扉をがんがん叩く音。俺を含む動く者全て地下にいたため、その音は地上で聞くよりやや遠く感じたが誰かが扉を叩いてるのは間違いないようだった。
「……誰だ、朝っぱらから」
 折角飯を食べようとしたのに、と内心愚痴りながら俺は地上へ続く階段を足早に駆け上がり扉を開くと、レイブンロックではまず見かけることが無い厚手の防寒具を身につけ、フードを目深に被った男が突っ立っていた。俺の顔を見てすぐににやりと笑みを浮かべるその顔は紛れも無く、
「……ストルンじゃないか」
「ジュリアン、元気だったか! あれから変わりはないか?」
 ばしばし俺の肩を叩きながら喋るのは、前回の一件でお世話になった呪術師ストルンだった。俺がミラークに体を乗っ取られかけた際、俺とセラーナに力を貸してくれた命の恩人──なんて言うと大層な感じではあるが──だ。
 スコール村からわざわざ俺に会いにレイブンロックまで来たのだろうか? と疑問が沸いたがとりあえず立ち話もなんなので室内に招くと、
「セラーナじゃないか! ジュリアンと仲直りしたのか?」
 階下でこちらを見上げているセラーナに対し、いけしゃあしゃあと言ってくるストルンを見て俺は一言言いたい気分になった。
「……あんたが図ったんだろ? セラーナに一芝居打てなんて言いやがって。おかげでこっちは……」
「まぁまぁ、仲直りできたならいいじゃないか。そうだろう、ジュリアン」
 と、話を終わらせようとしてきた。……そう言われるとこちらとて、世話になった身分だし無下に問いただすことは出来ない。しょうがない、水に流してやるか。
 再び階段を下りて調理場に戻り、長テーブルに座ってからセラーナの用意してくれた朝食をやっと口にすることが出来た。ストルンにも朝食を食べるかと勧めたがどこかで済ませてきたらしく、いやいやと手を振ったので、ならばせめて寒さ凌ぎにとスジャンマを入れたカップを渡すと、そちらは有難かったのか嬉しそうに一気に飲み干した。
「助かった。何せレイブンロックは灰まみれだからな。毎度毎度来る度に喉を灰にやられちまう」
「……こんな朝早くから、ストルンは何の用でレイブンロックに?」
 あつあつの煮込みにパンを浸しながら問いかける。
 本日の朝食はソルスセイム島で採れるネギ科の食物アッシュ・ヤムを刻んで入れた、イノシシの煮込みと携行食糧のパンのつけ合わせだった。携行食として持ち歩くパンは硬いため、煮込みに付けて食べるとちょうどよい歯ごたえになる。
 煮込みはセラーナの得意料理の一つで、とりあえず何でも入れて煮込んでおけば出汁が取れて美味くなるから、という俺の教えを忠実に受け止めて作られたものだった。最初のころは塩を入れすぎたりやたら味が薄かったりしたものの、最近はコツが掴めてきたのか、極端に味がおかしいという事はなくなってきているのが上達してきている証拠だ。
「ああ、買出しだよ。二週間に一度はここを訪れて直接船員から買い付けるんだ。勿論、私だけじゃ持ち運びできん場合は誰か別の村人が同行するがな。……ところで」
 ん、と口にパンを運びながら短く答えると、ストルンは俺から視線を斜め右上に飛ばし、
「……何でネッチの子供がジュリアン、お前の隣にいるんだ? どう見てもお前の子供じゃなかろう」
 ああ、と短く答えて、俺は傍らに浮かんでいるネッチの子供の手の部類にあたるだろう、触手を優しくにぎりしな、
「それがさ、おかしな事に──あんたになら話しても変に思われることは無いだろうから言うけどさ……」

 しばし経緯を話すと、ふむ……、とストルンは押し黙ってしまった。
 ぱちぱちと暖炉の火が薪を割る音だけがしないまま、セラーナは片づけを終わらせて俺の隣に座ると、
「……やはりミラークが関係していまして? 少なくともジュリアンはこの島に来て、この前の一件がある前まではそんな声聞いた事ないと言ってましたし」
 と言うものの、ストルンは渋面を作ったまま唸るだけだった。
“……おジさん、ジュリあンの事。を、うたがってル?”
 不安げに声を飛ばしてくる子供のネッチだったが、それはない、と安心させてやる。ストルンは呪術師でこの島で俺とセラーナの理解者の一人だ。疑いはするだろうが、俺達を詐欺師扱いする筈はない。
「──一通り考えてみたんだがな、はっきりとした原因は分からん。しかしセラーナの言うとおり、あの事件以降に出てきた能力なのだとしたら、ミラークが……いや、ハルメアス・モラが関係していると言ってもおかしくないだろう」
 ハルメアス・モラ?
「なんだってここでデイドラの王子の名前が出てくるんだ?」
「ジュリアン、あんたは何度もあの領域に足を踏み入れているだろう、黒い本の力によって。……いや、それ以前にハルメアス・モラと関わった事があったと以前話していたな? オグマ・インフィニウムの話を」
 ああ、あの継ぎがあたったボロい本か。よく覚えているし確かにその話はストルンにも話した。
「想像の域を出ない事を承知で言うがな、アポクリファが万物の叡智を湛えた書庫だというのは知っているだろう? そこならあらゆる知識を満たせると言われたとか。
 そこへ何度も──自分の意思に関係なく、だぞ──訪れる事によって、何らかの知識が頭の中に滑り込んでしまったんじゃなかろうか。膨大な書庫だ、ネッチの喋る言語を網羅しいていた物があってもなんらおかしくは無い。
 前回の一件以降とは言うが、もしかしたらそれ前に黒い本の中を探索する事で何かしら知識を植えつけられていた、といっても変ではないだろうな」
 俺もセラーナも目を丸くして聞いていた。……ハルメアス・モラのせいだって? 確かに俺の意思に反して何度もあの場所を訪れてはいたが──
「ま、さっきも言ったが想像の域を出ないということを頭に入れておけよ。……さて、私はそろそろ失礼するとしようかね、フリアが待ってるのでな」
 え、ちょっと待ってくれよ。
「待ってくれ、まだ聞きたい事が──」
 立ち上がって再びフードを被りなおしたストルンを引きとめようとしたが、
「ジュリアン、私にも分からないんだ。けどもし、何か分かったら伝えよう。とりあえず差し迫って危険が及ぶ事でもなかろう? それならまだ大丈夫だ」
 そしてぽつりと、スジャンマご馳走さん、とだけ言ってストルンはそのままセヴェリン邸を後にした。……なんだか後味の悪い事だけ言い捨ててった気がして落ち着かない。
「……そうだ、セラーナ。子ネッチが自分の母親や兄弟が居る場所を知ってるんだとよ。そこに向かおうぜ、朝になったら連れて行く、ってこいつと話したからさ」
 握りっぱなしだった小さなネッチの触手をそっと手から離す。握られっぱなしだったせいか離した刹那、体勢を崩してふらついたが落ちることなく持ちこたえた。
「そうなんですの? ええ、よろしくってよ」
 セラーナはそう言いながら立ち上がり、やおら、ふっと子ネッチの体に手を触れた。
「……ということは、あの場所に死んでいたのは──父親ですのね?」
 え、と一瞬思ったが、さっき母親の居場所を知っている、と話したことでそう判断したのだろうと思い至り、
「ああ。……そうだ」
「………」
 セラーナはじっと、何も言わず子ネッチのほうを見ていた。時々触れた手がさするようにして動いている。やさしく撫でているような動きに、セラーナが何を考えているか大体察した。
 父親──セラーナにとっての唯一の父親は……
「……私と、同じですのね」
 ぐっ、と胸が痛む。何故なら、彼女の父親は──
「……セラーナ」
 呼ぶ声にはっとして、セラーナは頭をぺこり、と下げて見せた。
「……ごめんなさい。ジュリアンは悪くありませんのよ。……ただ、この小さなネッチも父親を──」
 ──俺が、殺したから。
「すまない。………俺は、こいつを送りに行ってくる。……つらいんだったら、ここに居ても構わないぜ。すぐ戻ってくるから」
 と、言ってからしまった、と思った。何心にも無いことを言ってるんだ。これじゃまるで突き放してるみたいじゃないか。──居た堪れなくて。
「いえ、一緒に行きますわ。先程よろしくてよ、と言ったじゃありませんの」
 心なしか眉間に皺を寄せて返事をするセラーナ。それ以上この話を繰り返しても彼女の機嫌が悪くなるだけだ。
「分かった。……じゃ、行こうぜ」
 ネッチに声を飛ばし、セラーナにそう伝えてから俺達はセヴェリン邸を後にした。

 子ネッチの声に従い、住処らしき場所へ向かって歩き出してから子一時間。ソルスセイム島の海岸線をレイブンロックの西側から北へ向かって歩いているせいか、時折浜辺に打ち付ける波飛沫が冷たく感じられるようになった。
 空を仰ぎ見ると、ぱらぱらと雪が降り始めてきている。この島の北端にはまだ訪れたことはないが、そこは雪山が連なっており滅多に人は立ち入らない、とスコールの民が言っていたな。その方面に向かってきているのは明白だった。
 さらに歩くと、垂直に切り取られた崖が続くだけで、人が歩けるような浜辺は見当たらない。……参ったな。
『この先か?』
 心の中でネッチに言うと、うん、と短く答えが返ってきた。……即ち、冷たい海の中に入らないと俺はこの先に進めないということか。
「セラーナ。ネッチが言うにはこの先らしい。俺一人で行って来るから、ここで待っててくれないか」
 すでに雪が降り始めている。吹雪こそなくても、海の中になぞ入ったら体温が奪われ、すぐに体力が尽きるのは明白だ。セラーナを危険な目に遭わせるわけにはいかない。
 彼女は渋々と言った様子で頷いた。俺は鎧を脱いでチュニック一枚になると、
『準備はいいぜ。行こう』
“うン。……こっちだよ”
 声を飛ばした後、俺は水の中に飛び込んだ。ばしゃっ、と勢いよく水を被ったのはいいが、直後体温が急激に奪われる感じに鳥肌が立つ。……こりゃ長居はできねぇな。
「そこで待っててくれよ、すぐ戻るから」
 セラーナにそう言い捨てて俺は泳ぎ始めた。ここからは浮かんでいる子ネッチが先導する形になる。
“………き コエる”
『えっ』
 平泳ぎで精一杯な俺はそれ位しか返す余裕がなかった。
“このさキ。……ジュりあん、聞こえない?”
 何も聞こえない。……ネッチが聞こえてるっていうのは、まさか──
 絶壁部分すれすれで泳いでる俺の目の前が急に開けたと思うと、目を見張った。高いソルスセイムの山から下りてきた水が滝の形で海に流れ込んでおり、その滝周辺にはネッチが群れを成して点在して浮かんでいたのだ。
 よくレイブンロック周辺で見かけるネッチの親子とほぼ変わらず、成体二匹を中心に今俺の傍らに浮かんでいる子ネッチがいる、といった様子だ。それが滝を中心にわらわらと居るものだから、もしかしてここはネッチの里か何かだろうか? 
 山から落ちる滝は瀑布といってもおかしくはなく、ヒトが近づいたらその水の勢いに押しつぶされてしまいそうな位、遠目から見ても水飛沫が温泉の湯気さながらに出ている。
「すげぇ……」
 思わず声が漏れた。と、突然傍らに浮かんでいた子ネッチがぐんぐん先へ進んでいくではないか。
『ちょっ、お前、待て……』
 声を飛ばすも、子ネッチの返事は返ってこず、そしてまた俺のことを無視して先へ進んでしまう。しょうがないから俺も泳いで行こうかとも思ったが、この先に行くのは、何故か躊躇われた。
 仕方なくじっと、子ネッチが行く先を見ていると──何かがそれに近づいてきていた。成体ネッチ一匹と、ほぼ同じ形状の子ネッチが数匹。……親か?
 かなり離れてしまったせいで声も届かないだろうから、感動の再会がどういうものなのかは分からない。けど様子からして、あれが母親だろう。
 ──俺の役目は済んだようだな。ならば……帰らせてもらおうか。
 と、そっと背中を向けてその場を去ろうとした矢先、
“ジュりアンさん!”
 子ネッチの声が飛んでくる。首だけ後ろを向くと、成体と子ネッチがこちらに近づいてきていた。いつもふよふよ動いている以上のスピードだ。
 ……そういや、襲い掛かると成体のネッチはものすごいスピードで追ってきたな。どこにあんなパワーがあるもんなんだと思ったことがあった。
“じゅリあンさ、ん。…お母さん、が。お礼をいいたいって”
 お礼? やけに人間くさいところがあるんだな、と内心ごちた。
『お礼なんていい』
 とは言ったが、子ネッチも母親も、結局は俺の浮かんでる場所まで近づいてきた。こちらは水の上から頭と肩を出してる程度だから、成体ネッチが間近までやってくるとその大きさにやや圧倒されてしまう。
“ジュりあンさん、おかアさんの、手、握って”
 手? 触手か? 確かネッチの手って雷属性があるとかないとか……今の俺は水中にいる訳だから、もし俺を殺そうとして触手を握れと言ってたら……
 などと疑問も浮かんだが、次の瞬間には俺は冷たい水から手を上げて触手を握っていた。
『握ったぞ………ん』
 握った手が妙に暖かくなってきた。それは手を伝わり、俺の全身に広がっていった。なんだこれ、冷たい海中に漂う事で奪われた体力がじわじわと回復しつつある感覚に俺は驚いた。……そうか、これはネッチゼリーの効果と同じだ。確かネッチゼリーは麻痺毒にもなるが、うまく調合すればスタミナ回復の材料に変わるのだというのを思い出した。
『……なぁ、お母さんの声は聞こえないんだけど、なんか言ってるか』
“う、ん。ありがとウ、って。聞こえないンだ?”
 全く聞こえなかった。ストルンの話が合えば、俺はネッチの言葉を聞き取れるようになってる訳だが……まぁネッチの生態系すらまだよく分かってないらしいから、この話せる能力が何処までのものなのかなんて、分からないままの方がいいのかもしれないな。
 母親の体からは青い光がどくん、どくんと脈打つように光っている。それを見ているのが俺は前から好きだった。触手を握っているとその青い光でさえ、暖かみを感じる。
 ……母親って、こういうもんなのかね。不思議と笑みがこぼれた。
『ありがとな。十分回復した。……じゃ、俺は行くぜ。さっきも言ったけど、親から離れるんじゃねぇぞ。元気でな』
 言って、俺は母親の触手から手を話した。と同時に冷たい水の感覚が戻ってきたので思わずくしゃみを一発してしまう。
“ありがとう。ジュりあンさん。げんキでね”
 ああ、と短く答えて俺はセラーナの待つ岸辺へ向かって泳ぎ出した。

「……はー、しんどかった……!」
 何とか泳ぎ着くと、とりあえず濡れた上着を脱ぎ固く絞って水を吐き出す。勿論このまま着ても冷たいままだ。とはいえ上半身裸のままでもいられない。すると、セラーナがすっとタオルを差し出してきた。
「どうせこんなことだろうと思いましたわ。ジュリアンは備えあれば憂いなしという言葉を覚えておくべきですわね」
 嫌味を言いながらも彼女は用意してくれていたのだ。俺は差し出したタオルを手に取った。
「そうだな。セラーナを見習わないといけないな。いつもこうやって気を利かしてくれる。……ありがとう」
 素直に礼を述べると、彼女は何故か押し黙った。……言い方、どこかおかしかっただろうか?
「……子ネッチは、母親と再会できたんですの?」
 話をそらすようにセラーナが聞いて来たので、妙だなと思いつつも話に乗ってみた。
「ああ。お礼もしてくれたよ。何故か親の声は聞こえなかったんだけどな。子ネッチは嬉しそうだった。二度と離れるなよ、って言っておいたぜ」
 セラーナのおかげである程度は濡れた体を拭くことが出来た。それでもさっさとセヴェリン邸まで戻って着替えないと風邪をひくかもしれない。ここは島の北端に近いし、雪もまだちらついている。
「さっさと戻ったほうが賢明だな。セラーナ、セヴェリン邸に戻ろうぜ」
 と、彼女のほうを向いて言うと、セラーナは頷きながらも、突然何かを思い出したような表情を浮かべた。
 そしてとんでもない事を口に出したのだ。
「……ジュリアン、何か落としたものはございませんこと?」
 落としたもの? と聞かれて刹那、ぴんときた。──指輪だ。指輪の入ったあの小さな小箱の事を今まですっかり忘れていた。でもどうして、それをセラーナが知ってるんだ?
「──落とした物、って?」
 内心動揺しながら俺はそれが間違いであってほしいと願った。……いや、落としたのは事実だから見つかるのは嬉しい。けどそれを一番見つけてほしくない相手に拾われていてほしくないのだ。
 セラーナは背中側につけている小さなポーチからそれを取り出した。間違いなくアレだった。──そう。セラーナに渡す指輪が入った小箱。
「これですわ。……何処で拾ったか分かります? あの子ネッチを見つけた場所ですわ。ジュリアンがぐったりしたネッチを抱えてレッチング・ネッチに向かおうとした際、落とした物ですのよ」
 しかし俺はセラーナの言葉なんて耳に入ってこなかった。一番見られたくない、知られたくない人に拾われていたなんて、俺はどんだけ間抜けな男なんだろう。世界中の男から笑い者にされるんじゃないか?
「な、な、中身、み、見たの、か?」
 言い方がまるであの子ネッチのようだ──頭の中でそんな自虐的な思考が浮かんでは消えていった。兎にも角にもそれをどう誤魔化し、どうプロポーズに結びつけるかが──
「ええ、見ましたわ。綺麗な指輪ですのね。……でもどう見ても、魔術用の道具ではありませんわね。誰かに上げる物ですの? 婚姻の誓い用とかの」
 アウト。
 頭の中でがらがらと何かが音を立てて崩れていった。どうやってこれを渡そうと考えあぐねていた事が一晩で全てが無駄になったのだ。
「ジュリアン? どうしたんですの?」
 俺へ返そうと、その小箱を差し出していたセラーナだったがいつまで経っても受け取ろうとしない俺に痺れを切らした様子だった。
 どうする? どうする? ……ぐるぐると思考が渦巻く混乱した中で俺は一つの結論に至った。──今しかない。
「……返さなくていいんだ」
 呻くように声を出したので、セラーナが何事か、といった様子で俺をじっと見つめてくる。見られているだけで鼓動がどくどく急かすように早くなった気がして呼吸が乱れた。
「返さなくていい、とはどういう事ですの? これはジュリアンの物で──」
「確かに俺の……買ったものだが、それは予め渡す人が居たから買ったんだ。
 それがセラーナ、君だ」
 彼女の声に被せるようにして俺は言った。セラーナはますます訳が分からない、といった様子ではあったが、言われた事に対して自分が今しがた“婚姻用の”と言った事に察したのか、今までじっと見ていた俺の視線を急に逸らしだした。
 こんな寒空の海辺で言うつもりじゃなかったが、もう後には引けない。俺はすぅ、と息を吸って。
「セラーナ。……俺は、君が好きだ。ずっと好きだった。
 結婚してほしい」
 びくん、と肩が震えるセラーナ。じっと彼女を見る俺の視線に一瞬、僅かに重なったその目は紅く、宝石のように輝いていて。
 先程まで寒空の中海を泳いでいた時の冷たさも、今雪がちらつく中突っ立っている寒さすらも、何も感じなくなっていた。
 その瞬間だけは、時は二人を置いて先へ進んでいってしまった。
 ちらつく雪と、時折打ち付ける波の音だけが、時間が進んでいることを示すかのように、二人の間に静かな音を立てていた──


------------------------------

キターーーーーーーーーーーーーーーー!

と喜ぶのは俺だけでしょう(笑)
いやはや最終話は毎回難産ですが今回も難産でした。ありがとうございました。

いよいよ結婚へのフラグが経ちましたけど・・・なんだかこの先怪しそうですね。まぁその先の話ももう頭の中に入ってるので気長にお待ちください。
すぐ続くのもアレなので少し時間が経ってからまた再開していく所存です。

 さて、ここからお知らせです。
 C87の冬コミ新刊のDL販売を開始しました。
 ほしい方は当ブログの左カラムの一番上にあるDLサイトのアイコンをクリックしてください。すぐにお買い求めいただけます。
 もしくは↓からでもどうぞ。こちらは新刊紹介まで一発で飛べる直リンですw
http://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ148473.html

 販売開始して数日経ってますけど、なんかそれだけのためにブログ記事書くのもなんだったので今回の小説と一緒くたにご紹介(笑)
 コミケにいけなかった方、ぜひご覧になってみてくださいね。

 年始早々からすさまじい話を書いてしまった(-_-;)
 まぁ勿論これで結婚してオワリじゃないですよ。一波乱ありますよw
 そこらへんはぜひ今後もブログチェックして見てやってくださいませ。

 それでは長くなるのもあれなので本日はこれまで。木曜日定期更新に間に合わずすいませんでしたー^^;
 来週はちゃんと更新できるようがんばります。ではまた。

☆Skyrim・Fallout4同人誌絶賛販売中☆

Pixivの通販サイト[BOOTH]にて C88以降出したSkyrim・Fallout4の本の通販始めました。
通販時にノベルティを同封する事もございます。お気軽にお問い合わせください。
https://slapstick.booth.pm/

DLSite.comでもC85~C87のSkyrim新刊DL販売しています (こちらはダウンロード販売です。ノベルティ等はつかないので ご注意願います。) すらっぷすてぃっく本店直リンク

海外版も取り扱っております。 海外版すらっぷすてぃっく本店直リンク

カウンター(次回キリ番は60000)

Auto Translate

カレンダー

05 2018/06 07
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ジュリアンのつぶやき

中の人のSkyrim絵とか

プロフィール

HN:
ジュリアン
性別:
男性
職業:
傭兵
自己紹介:
スカイリムはホワイトラン在住のドヴァキン。
現在のところ引越しする予定はなし。
中の人はヘタレですが一応同人誌作家。マイナーゲームの絵を描いてたり。
文章も多いですが一応絵の方専門。
スカイリムの絵とか描いたりフォトショでSSをレタッチしたりするのが好き。
スカイリムに影響されて2012年から英語の勉強を始め現在進行形で勉強中。
ラジオ英語を聴いているのだが、英会話教室に通いたいのに時間と金が無くて嘆いているとかいないとか。

最新コメント

[04/04 ジュリアン(管理人)]
[04/04 111放浪者]
[11/12 NONAME]
[10/26 ロイヤルラベル]
[10/22 ロイヤルラベル]

最新トラックバック

アクセス解析

忍者アナライズ

解析

ハフィフシャンプー

アクセスランキング

アクセス

バリア

Copyright ©  -- 雪と氷とドラゴンと。 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]