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SkyrimとFallout4・76の二次創作メインブログです。 たまにMODの紹介も。
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04.26.02:15

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  • 04/26/02:15

02.26.22:07

Knight

※スカイリム二次創作小説第四チャプターですが、実を言うと二次創作カテゴリの話からほぼ全て繋がる感じで続いています。苦手な方はブラウザバックでお戻りを。
※もし最初から読みたい方は二次創作カテゴリからどうぞ。一連の流れがつかめるはずです。たぶん。
※2.これは第四話です。最初から読みたい方は前々回の記事「Rude Awakening」からお読みください。(今回も相当長いと思います。途中休みながら読んでみて下さいませ)
※3.一応ラストということで本邦初公開の挿絵ならぬ挿SSを入れてます(フォトショップで加工済)画像と照らし合わせて読んでみてくださいね。


しばらくの間とめどなく涙を流していたセラーナだったが、母親に肩を抱かれ、時折背中を擦ってもらっているうちに次第に落ち着いていった。時折洟をすすりながらも目をこすり、やがて彼女が完全に泣くのを止めた時、彼女の心の中にあった壁は最早跡形も残ってはいなかった。
「……もう大丈夫?」
 セラーナ自身が泣き止むまで黙って背中を摩っていたヴァレリカだったが、娘の顔を覗き込むようにして声をかけてくる。セラーナは黙ったまま首を縦に振った。瞼が少し腫れぼったくなっているのは、大粒の涙を流したからだろう。
「……ええ。大丈夫ですわ。目が少し重いですけど」
「それは仕方ないわね。──ジュリアンを呼んでらっしゃいな。そして素直な気持ちを彼に話すのよ。……ふふ、いよいよ私も親としての務めを果たすときがきたのかしら」
 どこか嬉しそうな口調で話すヴァレリカだった。親の務めって何のことだろう、とセラーナは訝しんだが、とりあえず母親の言う通りにしようと、椅子から立ち上がってジュリアンが去った方の扉──中庭へ通じる方の扉に近づき、ドアノブに手を掛けた所で動作が僅かに止まる。
 ジュリアンは私の顔を見たらどう思うだろう? ……思えば数日前、城に戻りたいと思い切って彼に話した夜、彼の顔は今の私に似ていたような気がした。瞼が腫れてるような……まさか彼も泣いていたのか?
 などと心の中で思案しつつ、セラーナはえいっとばかりに扉を開いてみせた。ぎぃぃ……と軋んだ音を立てて開くと、薄暗い廊下が書斎の明かりでぼんやりと照らされた形になった。
 ジュリアンは、とセラーナは目で彼を探した……が、何処にもいない。隣の部屋にいるから、と彼は間違いなく言ったのに。
 闇の一党のようにどこか暗がりに潜んでいるのでは、などと馬鹿らしい考えも頭の中に浮かんだ。──が、たとえそうだったとしても──自分の姿が見えたら彼は近寄ってくる筈だ、それなのに。
「ジュリアン……?」
 返事は返ってこない。──直後、セラーナの胸がずしっ、と重たい錘が乗っかったような衝撃を感じた。姿が見えない不安、いつも見ていた背中が何処にもない。
 そんな筈ないと思いたいのに、錘は自分の胸にぐいぐい食い込んでくる。……そう、私はまた置いていかれた、彼に裏切られたのだ。と言いながら彼女の胸を押し潰そうとしていた。
 違うと言うかわりに、再び瞼が熱くなった。薄暗い、開けた廊下にただ一人突っ立っているのが辛くなり、セラーナは扉を開けっ放しのまま書斎へ戻った。
「どうしたの? セラーナ? ジュリアンは?」
 疑問符だらけで聞き返すヴァレリカだったが、セラーナの頬に再び涙が尾を引いて伝っているのを見て、すぐに状況を悟った様子だった。
「……いませんわ。隣の部屋に居るって言ってたのに。何処にも姿がないんですの! ……私を置いて行ってしまったんですわ」
 声を震わせて言うセラーナに、ヴァレリカはまさか、と思いながら周辺を見渡すような仕草で顔を動かし始めた。吸血鬼特有の赤い目の中心が黄色く輝き、何かを見つけるように周囲を見渡している。
「……あら」
 何かを見つけたのか、ヴァレリカは笑って──目の輝きが収まったと同時に立ち尽くしたまま泣いているセラーナの肩にぽん、と両手を置いた。
「大丈夫よ。ジュリアンはまだここに居るわ。……あなただって吸血鬼なんだから、生命ありし者が近くにいるか判別できる生命探知位はできるでしょう? ……それとも、そんな事も忘れるくらい動揺していたのかしら?」
 いたずらっぽく言ってヴァレリカだったが、次にセラーナの双肩に置いた手を離し、
「ほら、行きなさい。彼はヴォルキハル城の聖堂にいるみたい。……でも何であんな所に行ったのかしらねぇ? 吸血鬼でもないのにあそこに用があるとは思えないんだけれど」
 にっこり笑ってセラーナを見送った。ついでに後から行くかもしれないから、と付け足して。


 聖堂の中は、中心部の天井付近に細長い天窓がいくつかあるだけで、それだけが光源となっている為日中でも薄暗く、がらんどうとしていた。室内のあちこちに吸血鬼の犠牲者となったであろうヒトの骸骨が散らばっており、一角には無造作に集められ捨て置かれている。マトモな思考の持ち主なら一分足らずで居られなくなって逃げ出すのがおちだろう。
 その聖堂の中心部──普通の聖堂なら、御神体や祭壇が置かれてあったりする場所だ──にはもちろん、そのような物はなく、その代わり、数段上がった床の上に血の池が止め処なく流れ続ける泉──恐らくこれが吸血鬼にとっては御神体なのだろう──がぽつんと置かれてあるだけのものだった。
 俺はその泉の傍らに突っ立って、床を見ていた。床の上には赤黒く変色した灰が時折、風もないのに舞い上がっては光を発している。誰にも埋葬される事無く、誰にも気づかれないまま、あれから数年経っちまったのに、それはまだここに残されていた。
 ……最後の最後まであんたは自分に正直だったな。正直過ぎて対立を招いちまったのかもしれない。……今の俺のように。
 寒々しい室内なのに、何故かそこだけは温かみを感じた。自分が殺した奴に話を聞きにきたなんて──下手な吟遊詩人でもそのような叙事詩は考え付くまい。
 などど自虐めいた事を心の中で独白していると、かつっ、と僅かな音が部屋の隅から響いてきた。
「……誰だ?」
 僅かながらでも照らされている光源の近くに居るため、自分の居る位置からその足音を立てた者が誰なのか判別することが出来ない。
 返事はないまま、足音は微かな音を立てながらこちらに近づいてくる。……やがて足元が薄暗い光に照らされた時──俺はそこに誰が居るのかやっと分かった。ヴァレリカとの話は済んだのだろうか。それにしては早いような気もするのだが。
「……何でこんな所にいるんですの」
 やや躊躇いがちに声を掛けてくるセラーナ。久しぶりだった、彼女の方から声を掛けてくるのは。天窓から漏れる光が完全に彼女を捉えると、彼女はやはりまだ俯き加減ではあったが。
「………話してたんだ、君の父親と」
 え、とセラーナが顔を上げた。当然の反応だったが、セラーナの顔を見ておや、と俺は内心首を傾げていた。瞼がやや腫れているのだ。……母親と何を話していたのだろう? 気になったが今は詮索しないほうがよさそうだ。俺は話を続けることにした。
「俺さ、……君をディムホロウ墓地で目覚めさせなかったら、今ここに居る筈は無かった。いや、ドーンガードに入ってなかったらって言った方がいいのか。
 ……それも、俺が墓地に行けって言われたのだって、同じ時期にドーンガードに入隊した仲間が居たんだけど、もしそいつが──俺の変わりに墓地に行けって言われてたら、そいつが君を目覚めさせていたのかもしれないんだよ。
 イスランがあの時俺に行け、と決めてくれたから、セラーナを目覚めさせたのが俺になったんだ。──特別でも何でもない、偶然の出会いだったんだ、俺達は」
 何が言いたいのだろう、とセラーナは怪訝そうだった。顔は以前よりはこちらを見るようにしているものの、やはりどこか落ち着かない様子。
「──けど、俺は特別だと思っていた。いや……思いたかった、かな」
 俺は敢えて顔を逸らしながら言った。そうすればセラーナはこちらを見てくれるんじゃないかと思ったからだ。ソルスセイムで息の詰まる一週間の間に何度かそういうのを感じていたから。
「……偶然だとは思いたくなかった。君と一度、この城で別れた時こそ、これで会うのは終わりかな、程度で思っていた。……君が自分の命を賭してまで、砦にやって来るまではそう思ってたよ。
 イスランは顔にこそ出さなかったけど、君を疎ましく思っていたのは事実だったし、ドーンガードの連中も心のどこかでセラーナの存在を訝しむ奴も居たと思う。だから俺は君に言ったんだ──一緒に来ないか、と。ヴァレリカにソウル・ケルンで初めて会った時、俺は彼女にセラーナを守ってくれと頼まれたが、そんな事を言われるまでもなく、俺は君を……目に映る場所から離したくなかったのかもしれない。……最も当時、あの状況で色恋なんぞに目を向ける余裕はなかったけどさ。
 ──覚えてるか? ハルコンとここで対峙した時、セラーナに向かって言ってただろう、定命の者を受け入れた時に娘は死んでいたのだ、と。でもそれは違う。受け入れたのは俺の方なんだ。君は好奇心旺盛で、俺と行動する度に色んな物に目を奪われ、幾度となく俺に説明を求めていた。そんな態度に、ハルコンは俺によってセラーナは感化されちまったと思ってたようだけど、実際の所、俺が変わったんだ。君は何一つ変わっちゃいない。
 変わったのは俺だ──君を好きになってしまった。守るべき相手に好意を持ってしまったのは俺の方なんだ、と──ハルコンに話してたのさ」
 顔は天窓のほうを向いたまま、ちら、と眼だけを動かしてセラーナを見やると、彼女は口に手を当て、もう片方の手を支えにして俯いていた。心なしかその手が震えているようにも見える。
「……でも、今までそんな事考えも──いや、少しずつ意識はしていったかな。
 ホワイトランのバナード・メアでフルダや常連客に俺達の関係を冷やかされたり、君を収穫祭に連れて行って首長が俺にいつ娶ったんだ? なんて聞いてきた事もあったけど、俺が表立って意識するようになったのは、いつだったか……セラーナが俺に黒い本の中に行くな、と言ってくれた時から辺りかな。
 嬉しかったんだ、俺の身を気遣ってくれる人が居る事が。今までずっと一人で行動して、一人で戦ってきて──そんな奴が長年、君と連れ立って旅を続けていられるのは何でだ、と第三者から指摘されたこともあった。
 自分でもそれは薄々気づいてはいたんだけど、蓋を開けてみたら何てことない。俺が君に惚れていたんだ。それにやっと気づいた。意識はしてたけど、はっきりと自分の気持ちがわかったのは、先月……君が俺の手を握りながら祈ってくれていたミラークの一件の時だ」
 え、と声を上げずとも口を開いてセラーナは顔をほんの少し上げ、こちらを見据えてきた。てっきりストルンから話を聞いていたもんだと思っていたが、どうやら知らないようだ。
「……ストルンが何かそうさせたんだろうな。アポクリファの世界で消え行く自分の身体をぼんやり見ていた時、ストルンが俺に言ったんだ──手を見てみろ、って。……君が俺の手を握っていたのをはっきり見たよ。
 嬉しさよりも、悲しくなった。……君には言ってなかったが、あの時俺はミラークによって、自分が生きることに絶望していたんだ。それなのに俺を生きていてほしいと思う君の姿をまざまざと見せられて、こんなにも俺を思ってくれる人を俺は無視して消えようとしていた事が情けなくて……気がつけば、自然と涙が溢れていた。ごめんって何度も呟きながら俺は泣いてたんだ。
 諦めてはいけないと思い、俺は生きようと決心し、ミラークの呪縛から逃れることが出来た。目覚めたら、君にもう一度会って、謝りたい。
 そして……好きだと言いたかった。やっと自分の気持ちがわかったから。君が好きだと分かったから。
 セラーナ、俺と君が出会った時から、目覚めた時君が初めて俺を見た時から──全てはこうなる事になってたのかもしれない、……そう信じていたかった。全ては偶然ではなく、必然だったと。
 だから──もう一度だけ言わせてくれないか」
 長々喋ってきたので一旦区切り、セラーナの方へまっすぐ顔を向けた。セラーナは相変わらず黙ったまま、相変わらず同じポーズで突っ立っている。俺はほんの少し、彼女のほうへ近づき、やんわりと言った。
「セラーナ、君を愛している。……結婚してほしい」
 あの時と同様に彼女の肩がぴくりと動いた。しかし俯いたまま、一向に顔を上げてくれない。
 ……しばし、時が止まる。その間もセラーナは相変わらず黙ったまま、今にも逃げ出しそうな感じさえした。──何か言ってくれ。
「……セラーナ」
 名前を呼ぶも、彼女は頑なに黙ったままである。その姿を見ているのは辛く、心にずきん、と疼痛が走った。
 彼女がもし、辛いのなら。……俺は自分の感情だけを押し付けているだけかもしれないのだとしたら。
「辛いなら──無理に答えを言わなくてもいいんだ」
 セラーナは再びぴくりと肩を震わせる。神経質そうに見えるその仕草に心はさらに痛みを訴える。
「無理に言わなくてもいい。君を苦しませるために言ったつもりじゃないんだ。
 辛いなら──振ってくれてもいい」
 そう言ったとほぼ同時に、彼女ははっとした様子で顔を上げてこちらを見てきた──その顔に俺は思わず目を疑った。セラーナの頬には天窓からこぼれる光がきらめいていたのだ。……涙を瞼いっぱいに溜め、こらえきれずに落ちてしまったようだった。
「……違う、違うんですの。私は──」
 声が詰まったようで、何度かしゃくりあげるセラーナ。そんな姿を見ているだけで胸が締め付けられる。やはり、俺が泣かせているのか、君を悲しませているのか──心がぎゅっと掴まれたように息苦しい。
「……私は、自分のことだけしか考えられない女ですのよ。今も、そしてここ数日間も、私はあなたに辛い態度をしていたせいで、ジュリアンを困らせるような、自分勝手な女なんですのよ? 今だって、あなたに……誤解を招くような事を……」
 今? セラーナが泣いているのは……何か別の理由があるってのか? 先程までずっと押し黙っていたセラーナだったが、今度は彼女が喋る番のようだった。
「怖いんですの。私はずっと──恐怖を心の中に秘めてましたわ。ジュリアンは覚えていないでしょうけど、一度……いつだったか、何かの依頼で、セヴェリン邸を報酬として頂いた際、その夜私と晩酌したのを覚えておりまして?
 あの夜、酔ったあなたは私に結婚してくれないか、と言ったんですのよ。次の日になったら全然覚えてない様子でしたので私から言うことは……なかったですけど。」
 セラーナの言葉に思わず俺は目を丸くした。……何だって? 半年以上前の話だったか──まったく身に覚えがなかったが、それ以上に俺は自分が酔った時に彼女にそんな事を漏らしていた事に驚いていた。
 セラーナの言葉は俺の驚きを無視して続いていく。
「……その時から私はいつか──いつか、ジュリアンが面と向かって私に求婚してくるのではないかと思ってましたわ。……でもそれは怖かった。それによって変わる事が……」
「……俺は、何も変わらないよ、セラーナ」思わず声が漏れた。
「分かってますわ。頭では分かってますのよ。でも……」瞼から絶えず落ちる涙を時折手で拭いながら、セラーナは俺から目を逸らして放し続けた。赤い瞳がいつも以上に煌いていて、素直に綺麗だと思った。
「──長い間、といっても私にとってはあっという間でしたわ。でもそのあっという間の中でも、ジュリアンと過ごした時間は楽しかった。楽しかったからこそ、私はこの関係を続けたかった。変化を怖れたんですの。変わる事で、人が変わる事も──私は見てきたからこそ、良からぬ事が起きやしまいか、と…」
 それは……ハルコンのことを言っているのか。「大丈夫だ、セラーナ。……何も変わらない。今まで通りさ。ずっと君の傍にいる。君を守り続ける」
 しかしセラーナは頭を横に振った。
「そう……何度も思いましたわ。何度も何度も……でも、私はあなたに言えなくて、言えないままずっと──ジュリアンを苦しませてしまって……
 どう伝えたらいいのか分からなかった。ジュリアンが求める答えを私はどう言えばいいのか分からなくなって、私は──」
 それが怖かったのだろうか。答えを求め彷徨いながら、セラーナが出した結論はこの城に戻る、ということ。──俺ではなく、母親を選んだ。
「……セラーナ、どちらか答えを見つけられないなら──」
「はいはい、さっきから話が堂々巡りじゃないの。お互いを気遣いすぎよ。そんなに他人行儀な関係だったのかしら?」
 突然割り込んできた声に、俺は思わず声が響いてきた方を見やると、聖堂の入り口、柱にもたれ掛っている──ヴァレリカだった。いつの間にこの聖堂に入ってきたのだろう。
「……ヴァレリカ」
 入り口のほうに顔を向ける俺とは他所に、セラーナは見たくなさそうに顔を背けた。──さっきまで一緒に居た筈なのに何故顔を背けるのだろう? 彼女の話方からして、自分はどうみても母親と一緒に居たいといわんばかりだったのに。
「ジュリアン、ごめんなさいね。……娘が苦労かけてるみたいで、不肖の娘に代わって謝るわ」
 と、こちらに歩きしな、ぺこりと頭を下げてくるので俺は慌てた。何故ヴァレリカが謝る必要があるのか分からなかったから。
「あ、えっと……」
 突然頭を下げられてしまい、こちらもどういう態度をしたらいいのか分からず俺はまごついていた。
 セラーナは近づいてくる母親から距離をあけようと数歩後ろ手に下がった。……なんなんだろう、さっきまで一緒に居た筈の親子なのに子供の方は反抗期を迎えた子供みたいに距離を開けようとしているではないか。本当に先程まで親子水入らずで過ごしていたのだろうか、と俺は内心不安になった。
「セラーナ、逃げるんじゃないの。……ジュリアン、娘から話は聞いたわ。あなたなら、いつかそう言ってくるんじゃないかって心待ちにしていたのよ。
 それなのにセラーナはジュリアンに酷い態度をとってたみたいで、本当に申し訳ないわ。娘を赦してやってちょうだい」
 聖堂の中心、祭壇の手前にある段の前で立ち止まり、ヴァレリカは再び頭を深々と下げてみせた。つられて俺も頭を下げてしまう。かつて吸血鬼の王の妻であったヴァレリカの方から二度も頭を下げるなんて思いもよらなかった。
「い、いや……セラーナは悪くないんだ、俺が無茶な事を言ってしまったから──」
 親に言われちゃセラーナも嫌だろう、と思ってフォローしてみせたが、ヴァレリカはとんでもない、と頭を上げて笑ってみせ、
「……さっきも言ったけど、いつかこういう日が来ると思ってたのよ。ジュリアンはハルコンや他の吸血鬼、そしてヴィルスールと対峙した時も娘を守ってくれた。ハルコンが死んだ後も。……そうそう、娘に忠誠を誓ったんですってね」
「あ、あぁ……」
 すっかりヴァレリカのペースにはまっていた自分だったが、正直なところ気落ちしていてあまりいい返事が出来なかった。そんなものも過去の話になるんだろうな、と思っていた節もあったため。
 セラーナの母親もそれを悟ったのかどうかは分からないが、急に声のトーンを落としてぽつりと言った。
「……だから、あなたに謝らなくてはならないの、ジュリアン。
 セラーナは──私達夫婦がどういう関係だったかは知ってるでしょう? ──それ故に愛されるという事を知らないの。知ってるだろうけど、かつて一緒に住んでいた頃、セラーナが私の傍から離れなかった時はもう既にハルコンとは関係が悪化していたし、娘をそれを知ってか知らずか、いつも傍についていた。母親の庇護の元にはいたけど、それは愛情ではなく娘を父親の狂気から引き離すだけの手段でしかなかった。
 愛される喜びを知らないまま、セラーナはコールドハーバーの娘になってしまった。自分の意思や自分の気持ちも押し通せないまま娘は私の手によって墓地に眠らされて──ジュリアンが目覚めさせたの。あなたによって娘は随分変わったわ。
 だから、あなたの今抱えている大事なもの──今ジュリアンが娘に持つ感情、セラーナに与えてやってちょうだい。私達夫婦が出来なかった事、あなたなら出来る。セラーナにはあなたが必要なの。
 どうしたら分からないなんてセラーナは言ってるけど、それは私達が与えてこれなかったものが、娘には分からないから。だからセラーナに教えてあげて。愛というものを。
 それが私からの、あなたに娘を嫁がせる唯一の条件よ」
 嫁がせるだって? と思わず耳を疑った。つまり──親に了解は得られたという事だろうか。けど──
「ヴァレリカ、有難い申し出だけど、セラーナは俺の事……」
 未だに答えを出さない理由は分かっても、セラーナは本当は俺の事なんてなんとも思ってないかもしれない。
 しかしヴァレリカは再びにこりと笑って、そんな事ないわ、と一言言ってから、
「私から言うのは野暮ってことね。セラーナの口から聞いて頂戴。……でもひとつだけ言っておくわ。娘をどうか、宜しくお願いね」
 ここで一旦区切ってから、今度はセラーナのほうを見て、
「セラーナも、ジュリアンは変わらないって言ってたでしょう? さっき彼が隣の部屋に居ないからって不安で堪らない表情を浮かべていたくせに。……焦らしてはだめよ。……もしここで言い逃して彼を失っても、私はあなたをここには置いてあげないから」
 随分辛辣な事を言ってのけるヴァレリカである。……それよりも、俺がヴァレリカの書斎の隣部屋──廊下ではあるのだが──に居なかったからって、セラーナが……? 
 話が長引くことを考慮して、半ば逃げるように聖堂に来ていたのが、セラーナを不安がらせていたなんて知らなかった。ちら、とセラーナのほうを見ると俯いたまま目はじっと床を見つめているようだった。母に目なんて合わせたくもない、といった態度に苦笑を浮かべてしまう。
「じゃ、老いぼれは出て行くわ。あとは若い二人でやり取りなさいな。
 また寄って頂戴。今度はジュリアンの話も聞きたいわ」
 ひらひらと手を振ってヴァレリカは踵を返して聖堂の扉へ歩いていく。
 ……駄目だ、俺はヴァレリカに言わせっぱなしで、何も自分の意思を伝えていないじゃないか。
 あの時──ソウル・ケルンでセラーナは俺が守ると誓った時のように、俺は──
「──ヴァレリカ!」
 気づけば叫んでいた。呼ばれたセラーナの母親はふい、とこちらを向いてくれた。俺ははっきりと頷いてみせる。
「ああ。……約束するよ」
 その声を聞いてヴァレリカは安心したように頷いて、何も言わずに聖堂から出て行った。ばたん、と扉が閉まる音が響いた後は、また静寂が辺りを包み込む。……そういや、ヴァレリカはここまでどうやって来たんだろうか? セラーナと話している最中も、扉の開く音はしなかった筈だが……?
 そんな事はどうだっていい、と俺はセラーナの方を向いた。彼女は泣き止んではいたが、瞼は重く、泣きはらしたように赤くなっている。
「セラーナ」
 びくっと肩を震わせる。……これはもう癖なのかもしれない。
「……わ、私は、吸血鬼でしてよ? 吸血鬼と一緒になりたいと言う殿方なんて居る筈ありませんわ。同じ吸血鬼ならいざ知らず」
 ここに居るのだが……
「前に言わなかったかな、俺は有りの侭の君でいていいと。吸血鬼のままでもいいし人間に戻ってもいいと。結果君は──吸血鬼のままで居る事を望んだ。
 俺は君の意思を尊重してきた。そして、これからも」
 ヴァレリカは言っていた。そんな事ない、と。……俺は聞きたい。セラーナの口から本心を聞きたい。
 セラーナは口に手を当て、思案に暮れていた。どう言えばいいのか考えあぐねている様子だった。……俺を試しているのだろうか?
「わた……私は、あなたに今後……どう接していったらいいのか分からないんですのよ?」
「今までと同じでいいんだけど。何がどう変わると思ってたんだ?」
 それを聞いて安心したのか、セラーナは再び顔をこちらに向けた。泣いていないのに頬は少し赤く染まっている気がする。
「──プロポーズしてきた人にそっけない態度を取るような者なんですのよ?
 ジュリアンを数日苦しませてきた事を、自分自身が許せませんわ」
「……さっきヴァレリカが言ってたな、セラーナは愛されることを知らないと。……分からないから俺に冷たくしてきたんだろう? だからこれから俺が教えてやるさ。もう俺にそっけない態度取らせない位に」
 取り様に拠っては卑猥な意味にも取れるだろうが……彼女には分かるまい。
「け、けどっ……ジュリアンがもし、もし私を裏切ったりしたら……父のように狂ったりしたら……」
 は? ──その意味が分かったとたん俺は噴出した。
「はは、ははは……俺が狂うって? ……そうだな、まぁ、今ならある意味狂ってはいるだろうな。
 けど、セラーナを裏切ったりはしないよ。ハルコンのようにもならない。セラーナを傷つけたりはしない。……最も今まで、そんな事した覚えはないけどな」
 笑い事じゃない、とセラーナはむくれた。いつもの彼女に戻りつつあるのが俺は嬉しかった。しかし彼女は納得しない様子で、
「何ですの、ある意味狂ってるって」
 耳ざとく聞いてくる。……言っていいのかな。
 ま、いいとしておこう。いい加減この茶番のような応酬も終わらせたい。俺は答えが聞きたいんだ。
 彼女の方へ一歩近づき、
「セラーナ、君にだよ」
 えっ、と彼女が言った時には俺はセラーナを抱きしめていた。……真正面から抱きしめるのは初めてだったのでどきどきする。
 セラーナの髪を撫でるようにすくって、頭にそっと手をあてがった所で、彼女は自分が今男に抱きしめられている事にようやく気づいたようだった。
 君の本心が聞きたい。俺は──もう、君なしでは生きていけないよ。
「……愛してる。結婚しよう」
 耳元で囁くように言うと、セラーナは俺の腕の中で再び肩をぴくりと奮わせた。そのまま黙っているのかと思いきや──こくり、と僅かに頭が頷いて。
「……よろしく……お願いします」
 消え入りそうな声が耳に入ったとたん、どくん、と心の中に一気に安堵の波が押し寄せてきた。なんともいえない感情の昂ぶりに、自然に涙ぐんでしまっていた。
 ──そうだ、俺はこれがずっと聞きたかった。ずっと君の答えを待っていたんだ。セラーナ、君と出会った日から。君を俺が目覚めさせた時から。
「ジュリアン……泣いてるんですの?」
 ぎくりとした。洟をすすった音で感づかれたらしい。しかしそれは当然のことだったから、照れも隠しもせずそうだよ、と言うとセラーナは申し訳なさそうに言った。
「……私がジュリアンを困らせていたからですわね、あなたが苦しむ顔を見ているのは辛かった。……でもどう答えればいいのか分からなくて……」
 違う。俺はセラーナを抱いたまま顔をずらして彼女の鼻先に近づけた。こんなに近くにセラーナの顔を見るのはなかったら心臓はどきどき鼓動を早めていたが、答えを聞いたんだ、もう何も怖くない。
「違うよ、セラーナ。……そんな事もうどうだっていい。でも──」
 セラーナはまっすぐ俺の目を見た。もう俯いたりはしない。「……でも、何ですの?」
 彼女の不安を払拭させようと、俺は無理に作った笑みではなく、心の底から沸いて出た笑顔を見せた。
「……好きって言ってくれないか」
 言った途端、セラーナの目が僅かに丸くなり──次には頬を更に赤く染めていた。何を言い出すのかと思ったら! とか言いながら照れくさそうに目を逸らす。
「宜しくだけじゃ物足りない。それじゃなんかお見合いみたいじゃないか。俺はセラーナの本気の気持ちが聞きたいんだ」
 いや、本当は宜しくだけでもすごく嬉しかった。けど人間は貪欲だ。それ以上のモノをほしがるものだ──
 セラーナは間近に俺の顔があるため、そして抱きしめられているため逃げることも出来ず、顔を更に真っ赤にしながら、
「……ジュリアンが、好き……ですわ」
 どきっとした──直後、俺はセラーナの頬に手を当て、ゆっくりと顔を傾けて──好きと言ってくれた彼女の唇を自分のそれに重ねていた。
 触れた途端、心臓が張り裂けるように鼓動が高鳴り、体中の血液が逆流したかのような感覚。すなわち──全身が発熱したような勢い。
 セラーナは拒むかと思いきや、何度か角度を変えて唇を重ねても従順に応じてくる。キスは初めてじゃないが、心の底から欲しかった女性と重ねている行為に俺は酔いしれてしまい──そのまま二分近く重ねていた。一旦離すと、彼女の唇が互いの唾液でべとべとになっている。てらてら光るそれは蟲惑的で、直視していると変な気を起こしそうな位だった。
 唇を奪えたのと、セラーナからの告白を聞いた事でにやにや笑いする俺を他所に、セラーナは顔を真っ赤にして力を緩めていた俺の腕から離れてしまう。……そのまま逃げたりするんじゃなかろうかと思ったが、彼女は一歩下がったあとジト目でこちらを睨み付け、
「……い、今のは反則ですわよ」
 俺をじっと見てくる。まだ瞼が若干腫れてはいるものの、涙の跡はほとんど残っていない。──今後はこの赤い瞳から涙を落とす事がないようにしなくちゃな。俺は心の中で決心した。
「そうか? ……俺はずっと欲しかったもんなんだけど」
 ふん、と鼻をならしてそっぽを向くセラーナ。どうやら顔を見ていられなくなっただけのようだ。そんな彼女を見て、かわいいな、と思い──ひとつ忘れていた事をふと思い出した。
「……そうだ。セラーナ、俺が渡した……あれ、持ってるか」
 そう言うと、セラーナもすぐに気づいた様子で、背中についてるポーチから再びあの箱を取り出した。──そう。今回のきっかけになった指輪の入った小さな箱。
「これですの?」あの時のように、箱を俺のほうへ差し出してくる。
「──開けてくれないか」
 黙ってセラーナは箱を開けた。中にはもちろん、あの青い石を湛えた金色の指輪が入っている。
 俺は彼女に再び近き、箱からその指輪を取り出してから、黙ったまま彼女の左手──箱を持ってない方だ──を手に取った。
 そのまま指に嵌めてもよかったのだが、ひとつだけ、どうしても気になることを聞いてみたかった。
「セラーナ、ひとつだけ、教えて欲しい」
「……何ですの?」
 俺に左手を握られたまま、彼女は相変わらず頬を染めた状態でまっすぐ俺を見つめてくる。何をされるかわかっての事からかもしれない。
「──あの寒空の海岸で、俺がプロポーズした時、こんな所でプロポーズしたりしてひどい、とか思ったりしなかったか?」
 クレシウスやドレイラ達が言ってた、“女性はプロポーズひとつだけでも大事にするものだ、場所をしっかりセッティングして云々”も同時に思い出したため、どうしても聞いてみたくなったのだ。セラーナもそういうのを大事にしていたのではないか、と。
「……あの時は、気が動転してしまって。場所とか気にする余裕もありませんでしたわ。……ジュリアンを放って一人で帰ったのは、申し訳なかったと思いますけど」
「ああ、いや、セラーナが悪いとかそういう話じゃないんだ。……ただ、女性はプロポーズを場所とかムードとか大事にするものだ、と伝手から聞いたからさ、セラーナもそれで気を悪くしたんじゃないか、って……」
 セラーナが申し訳なさそうに言ってきたのであわてて弁明すると、セラーナは納得した様子でそれはありませんわよ、と言った後。
「……でも、今日の事は忘れませんわ」
 ぽつりと小声で独白したのを聞き逃しはしなかった。
「俺も忘れないよ」
 と言ってやると、セラーナは「ひ、人の独白を聞くなんて失礼な殿方ですわねっ!」と慌てた様子で右手で俺の胸を叩く。指輪の入っていた箱がかたん、と床に落ちた。そんな態度が堪らなくいとおしい。
「はは、悪かった。……指輪を受け取ってくれるよな?」
 言いながら、彼女の左手の薬指に嵌めようとした時、「わ、私もジュリアンに聞きたいことがありますわ」と付け足すように言ってくるセラーナ。
 何だ? と促すように彼女を見やると、セラーナは頬を瞳と同じくらい真っ赤に染めて、「……結婚しても私を家に置いておくなんて事したら即離婚しますわよ。
あと……いつまでも今のようなあなたで居て下さって」
 ……一度セラーナをブリーズホームに置いて、俺は一人で首長の居るドラゴンズ・リーチに出向いた時のことを思い出した。あれから彼女を一人家に置いて出かけることはしなくなった。
 姫が望むなら、いくらでも。──俺ははっきりと頷いて見せた。俺は君を守る騎士だ、だから君を一人にはしない。
「もちろん。俺は変わらない。ただ……変わるとしたら一つだけかな」
 何ですの、と訊いてくるセラーナに俺は一言だけ言って──彼女の左手、薬指に指輪をするりと嵌めた。
 それは俺がずっと、痛い程求め続けてきたものがようやく手に入った時言おうと決めていた魔法の言葉だった──

「ふふっ、……うまくやれたみたいね。本当、今回ばかりはひやひやしたわ。
 セラーナ、幸せになるのよ。……私たちが成し得なかった事を成し遂げた、ジュリアンと一緒にね」
 ヴァレリカは書斎ではなく、雪吹き荒ぶヴォルキハル城の屋根に一人立ったまま、桟橋から二人がスカイリムへ戻る姿を見ていた。幸せそうに笑う二人はこれからリフテンに向かうのだろう。
 どことなく物悲しい気分でもあったが、それ以上に肩の荷が下りた気もしていた。これでこの先、娘に危機に及ぶ心配もないだろう。これからは──いや、今までも、そしてこれからも、ジュリアンがセラーナを守ってくれる。
 ……これからは夫としての意味もあるかしら? 少なくとも、彼は結婚しても姫を守る騎士として生きていくのかもしれないわね。
「次に会うのが楽しみだわ。……ねぇ、ハルコン。私たちの娘が成長して結婚する様を、オブリビオンから見届けて頂戴」
 そう言って──ヴァレリカは黒い煙に包まれたかと思うと、次の瞬間には無数の小さな蝙蝠の群れに変わっていた。
 屋根から飛び上がるとそれはばたばたと羽音を立てながら、一度ぐるりとセラーナとジュリアンの上空を飛び、再び──城の裏手、書斎のある方に飛び去っていった。





 あとがきは別の記事にて。長きに渡りお疲れ様でした。

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