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SkyrimとFallout4・76の二次創作メインブログです。 たまにMODの紹介も。
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04.27.07:08

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  • 04/27/07:08

06.21.22:37

Tell me(2)

※Fallout4パパマク小説です。
これは第四話(2)です。最初から読みたい場合はこの前の前の前の記事「Where is My Wished」からお読みください。


「やれやれ、一仕事完了だな。……ふぁぁ、あ~~……疲れた……」
 テンパインズの断崖に向かう途中、僅かながら仮眠を取っただけなので殆ど眠っていないに等しい。それはネイトも同じだろう。けど彼は疲れた様子など微塵も見せず、そうだな、とだけ言った。
 おや、と思う。依頼が終わったのに晴れやかな顔を浮かべてもおらず、かといって疲労困憊といった様子でもないのに、なんだか妙に態度がよそよそしい。気のせいだろうか?
「マクレディ」
 思案してる最中に呼びかけられ、思わずびくっと肩を震わせてしまった。
「な、……なんだ?」
 ネイトは足を止め、こちらに向き直る。いつもと変わらない表情。……でも何だか、何処かがおかしい。何かを思いつめたような……
「少し、寄り道してもいいか?」
 なんだ、サンクチュアリに帰る前に寄りたい場所があるのか。拍子抜けした。
「……ああ、いいぜ。何処に向かうんだ?」
 何の気なしに聞いたのだが、ネイトは俺の質問には答えず、再び前に向き直って歩き出した。何だよ、無視って……。
 明らかに態度がおかしいネイトを追って、俺は道なき木々の間を歩いていく。そのまま山を下りると、ネイトはサンクチュアリとは反対方向の南の方角に向かって歩き出した。
 かつては電車が通っていた路線跡を歩いていくつもりらしい。ベッドフォード駅の駅舎を通過し、そのまま線路伝いに歩いていく。今では電車そのものが走っていないため、線路を歩いても咎める者は誰も居ない。
 何処まで行くのか分からないが、ついて行けばわかるし、大方何か足りないジャンク素材を探してから帰るつもりなんだろう。太陽は登り始めたばかりだし、時間はたっぷりあった。
 
 そのまま線路を通っていくのかと思いきや、線路から逸れ、高速道路の高架下を歩き始め、レキシントンを通過し──バンカーヒル近くのチャールズ川沿いの幹線道路に出る。思いの外歩かされるな、行きたい場所はバンカーヒルか、それともグッドネイバーか? と考えていると、ネイトはふらりと、幹線道路から更に川沿いに向けて作られた道路の一角で足を止めた。
「ん? 一休みするのか?」
 そう声を掛けるも、ネイトは「いや……」とだけ短く答えただけだった。明らかに態度がおかしい。一体どうしたって言うんだろう。夜明け過ぎてからテンパインズの断崖を降りてから既に数時間、既に日はてっぺんを過ぎて西側に傾きつつある。
 ネイトと俺が立っている場所は、所謂遊歩道のようなものだった。幹線道路と切り離されて一部作られたその道は、川沿いを歩く人達の為に解放されていたのだろう。戦前はさぞかしきれいな景色が見れたのだろうが、核弾頭が落とされたせいで何かが狂っちまったらしく、遊歩道の殆どが海水と淡水が混じったヘドロが浮く水が流れ込んできている。遊歩道は川沿いに延々と続いており、その大半が水没している。遠くにはこちらに気付いていないマイアラークが一匹、悠々と水の中を歩いているのが見えた。
 あまり服を汚したくないため、ネイトは比較的濡れていない遊歩道の一角で立ち止まり、そのまま手すりに凭れかかった。
「……昔さ、まだ戦前の話。よくここで、あっち側……ダイヤモンドシティの方だな、ボストンの街中を見るのが好きだった。
 その頃はここも夕方になると、夜景を楽しむためにやってくる人もいたんだ。心なしか海風も入ってきてさ。……好きな場所だった」
 何を話すのかと思えば、戦前の人の暮らしぶりをただ講釈するためにこんな所にやってきたのだろうか。どうもおかしい。……おかしい事ばかりだ。ヒューイを居住地に送り返してからネイトはずっとおかしいままだ。
「……それで? わざわざここに寄り道したかったって事か?」
「そうだな。……なんか、上手く言えなくて、言える場所を探してたのかもしれない。そう考えてたら、ここがいいかなって」
 ……ますます訳が分からない。
「なぁ、奥歯にものが挟まったような言い方はやめてくれ。俺は頭がそんなに良くないから、回りくどい言い方されると苛々してくる」
「本当に?」
 えっ、と、突然問いただされたせいで思わず言葉が詰まる。ネイトは何が言いたいのだろう……まるで俺の事を見透かしているような、心の奥底に潜む──感情にまで。
「あ、いや……ごめん。そんな言い方をするつもりじゃなかった。……卑怯だよな、これじゃ」
「卑怯? 卑怯ってなんだよ」
 言葉尻を捉えて聞き返すと、明らかにネイトの態度が変わった。俺から目を逸らし、明らかに狼狽している。……が、そんな態度を払い落とすかの如く、彼はふぅ、と一つ深呼吸をして見せ──懐から何かを取り出した。
「……これ」
 よく見ると、紙切れのようだった。四角く折られていはいるものの、紙全体にいくつもの皺が作られている。──まるで、そう、折られる前はくしゃくしゃに丸められていたみたいに……?!
 嫌な予感がし、ばっと、ダスターコートのポケットをまさぐって中に入っていた紙切れを取り出す。震える手で中を開くと──
「……“人造の真実”?!」
 開いて出てきたのは俺が書いた散文詩のような、独白のようなそれではなく、パブリック・オカレンシズの新聞だった。紙の上部にはでかでかと人造の真実というタイトルが記され、そこから下は新聞記者パイパー・ライトの記事が整然と記されてあった。
 わなわなとその紙を見る俺を余所に、
「すまない。……お前の態度がどうしても気になってしまって。悪い事をした……と思ってる」
 取り成すように言うネイトの声が、最終通告を呼びかけるMr.ガッツィーの声のように聞こえてくる。……終わりだ。こんな事ならあんな紙、さっさとネイトの目が届かない場所で破いて捨てるべきだった。……なんて馬鹿なんだ。ネイトは俺の真意を知ってて、ダイヤモンドシティからここまで……。
 もうここには居られない。俺は握りしめるように掴んでいた新聞紙を地面に捨て、じり、じり、と数歩後退りした。自分を否定されたり、拒否される前にここから逃げ出したかった。
 俺の態度にネイトは気付いたのか、はっとした表情を浮かべ、
「待ってくれマクレディ。……待つんだ!」
 今にも逃げ出そうとする俺の腕を彼の手が掴む。
「俺が悪かった、だからもう俺の事は放っておいてくれ。あんたの目の前には金輪際姿を現さないから──」
 顔が真っ赤だったのは分かる。でももうどういう顔で彼を見たらいいのか分からなくて、俺は目を瞑ったまま、もう片方の手まで掴まれまいと必死で動かした。これじゃ傍から見れば駄々っ子のようだ。
「だから待てって! 俺の話を聞いてくれ!」
 暴れる俺のもう片方の手を掴み、ぐい、と互いに両手で悪手するかのような格好になった。振りほどこうにも彼の方が力が強いのは分かっているから、もうこうなると従うしかない。瞑っていた目を恐る恐る開けると、思った以上にネイトとの距離が近かった。俺より僅かばかり身長が高いため、目を見るにはほんの少し上目遣いで見る格好になってしまう。
「先ず、謝らせてくれ。……黙って紙をすり替えた事と、もう一つ……言わなきゃいけないのは俺の方だったのに、卑怯な手を使ってしまった事を」
 謝る? つまり……俺の気持ちには応えられないという意味だろうか。そう思うとずん、と心に重石が乗っかったように痛みを感じた。
「……いいんだ。忘れてくれないか。もう終わりにしよう。それがいい」
 そう言うと、ネイトはきょとんとした顔を浮かべ、
「何か勘違いしてやしないか? マクレディ? ……まぁ、いいさ。黙って聞いてくれればそれでいい。
 謝りたい事ってのは、お前の隠していたこれ……紙を返さなかった事だ。あまりにもお前が変に隠したがるもんだからさ、一体何が書いてあるんだろう、って気になって……
 あの勝負の時に出してくれって言ったのも、あわよくばその中身を見せてもらおうと思って拝借した訳で……最初は中身を改めたら返すつもりだった。
 俺がスリを得意とするのは知ってるだろ? だから隙を見計らって、お前のダスターコートのポケットに再び突っ込んでやればそれでいい……そう思ってたんだ。
 ──中身を読む迄は」
 ふっ、と力を込めて握っていた俺の両手を解放するネイト。握りしめて再度、くしゃくしゃになったそれを丁寧に皺を伸ばし、……再び自分の懐に入れてしまった。……どうして返そうとしないんだ? 普通なら気色悪いと言って突っ返してもおかしくないのに……
「……分かった。で、もう一つって……」
 まともに顔を見られないため、自然と目線は地面へと移っていた。握られていた手を揉み手のようにさすってる事が、今の自分に出来る精一杯だった。
 聞かれた当のネイトは、うん……と言いながら言い淀んでいる。何でも言いたい事はずばずば言う癖に、この期に及んで焦らしてくるなんて、狡い。
「そうだな、俺は狡い奴……だよな」
 心の中で呟いたつもりが口に出てしまったらしい。しまった、と思って慌てて口を押えつつネイトを見ると、……笑っていた。心なしか、ほんの少し頬が赤らんでる気がする。
「……分かってる。けど、どうしても言えなかった。お前のこれが無かったら、きっとこのまま平行線のままで終わってたかもしれない。──お前の気持ちを知った上で俺の気持ちを伝えるのは本当、狡いやり方だよな。
 でも言えなかった。言い出せなかった、といった方がいいかな……言わなければこのまま居られるって、お前は愚痴を言いながらも俺についてきてくれて、俺と旅を同行してくれて……そういう日々を失いたくはなかったんだ。
 マクレディはよく別の奴と行けよ、って言ってるけど、いつもそういう、余計な一言を言うだけで黙ってついてくるのが嬉しかった。そんな関係で居られればいいって……さっきみたく、本心を伝えれば逃げてしまうかもしれないって、それが怖かった。俺を拒否される事が怖かったんだ」
 ……………嘘、だろ。
 ネイトの顔を凝視する。彼は俺の気持ちを知って尚、俺の事を拒否するどころか、俺と同じ事を考えていた。……気持ちを伝えて、拒否されるのを恐れていた───
 俺の目線に気付き、ネイトがふ、と笑う。そして躊躇いも言い淀むこともせず、きっぱりと言った。
「マクレディの気持ちを知った事で言う勇気を貰った、なんて言うのは卑怯だ。それでも、俺は伝えたい。俺が言うべき事を、マクレディから言わせる訳にはいかないから。
──だから俺は自分の気持ちを伝えるよ。マクレディ、……好きだ」
 ひっ、と、情けない声が口から漏れ出る。……お、おおお、俺はこ、これに対してどう、どう答えればいいんだ?? 
 俺も好きだと伝えればいいじゃないか、と頭の中の何処かから声がする。……そう言えるならどんなに気持ちがいいか。
 でも俺は捻くれ屋で、口が悪くて、一言何か言わなければ気が済まなくて。
 いつもならそんな言葉がぽんぽん頭に浮かぶより先に口からついて出てくるのに、どうしてだろう、今の俺は言葉出すどころか、出す言葉すら頭に浮かばない。頭がオーバーヒートしてしまったのかもしれない。そういえば、妙に顔があったかいよな。
 ……顔中真っ赤になっているのが嫌でも分かった。
 ネイトはじっと俺の方を見ていたが、どうやらとうとう堪えきれなくなったらしく、
「……何か言えよ」
 とだけぽつりと言った。
 その瞬間、奇妙な事に自分の全身を覆っていた緊張の糸が緩んだ。
 どうしてだろう、でもきっと、俺はこう確信したんだ。……目の前に立っているミニッツメンの将軍はすごい力を持っている。誰からも尊敬され、弱き者の味方として連邦中を駆け巡っている。
 その時のネイトと、今のネイトは大違いだ。でも多分きっと、今の彼が素の彼自身なのだろう。自分の好きな場所まで寄り道をしてまで、俺に伝えたかった言葉。きっとそれは勇気が欲しかったから。……自分の気持ちを素直に伝えるって簡単な事じゃない。ましてこんな荒れた世界で、人を信じ、愛するって並大抵の事じゃ出来ないのかもしれない。
 でも俺はネイトと会って、彼を好きになった。最初は憧れから、やがてそれが好意に変わるのは自然な事……だったのかな。同性じゃなければもっとこんな回りくどいやり方じゃなくて、ストレートにゴールインできただろう。
 ……回りくどくたっていい。でも、相手はちゃんと俺の顔を見て伝えてくれた。
 俺もその思いに応えなくては。
「俺も……ネイトが好きだ」
 それだけで精一杯だった。
 近づいて、ネイトは黙って背中に手を回して抱きしめてきた。こんな所、誰かに見られたら大変じゃないかと思ったが……戦前と違い、今はこの遊歩道を歩く人の姿はなかった。こちらに気付かない距離の先で、カチカチと鋏を鳴らしながら歩いているマイアラークを除いて。
 ネイトの身体は熱い位に熱を帯びていた。微かに汗の匂いもする。そんな彼の身体を間近で感じられ、このまま硬直してしまうんじゃないかと思ったが、彼は抱きしめていた身体を戻し、右手で俺の頬を撫でるようにしてほんの少し、上へと持ち上げた。
 ……何をしようとしてるか言葉が無くてもわかる。自然と目を閉じ、その感触が口に触れた時。心の中で思った──あれ、捨てなくてよかったな、と。

 結局サンクチュアリに戻ったのは翌日になってからで、ネイトはプレストンに顛末を伝える事で一連の失踪事件は幕を閉じた。
 プレストンは感謝を述べたが、挨拶もそこそこにネイトは俺を連れ立ってすぐにサンクチュアリを発った。前日の夜に……眠れたとはいえ、戻ってきてすぐとんぼ返りするとは思っていなかったため、少々面食らってしまう。
「今度は何処に行くんだよ」
「そうだな、まだ行ってない西の方かな。……西の方にも居住地になりそうな土地があるって聞いてるんだ、そこを開拓するまでだから、一、二か月サンクチュアリを留守する事になるだろうが……いいか?」
 分かってる癖に、ネイトは笑みを浮かべながら俺を見る。はいはい、と俺は疲れたような返事をして見せた。勿論それはポーズであって、彼は俺の本心を知っている。
 歩きながらちらりとネイトを見ると、彼は俺の目線に気付いてにたり、と気味の悪い笑みを浮かべた。まるでそれは仕事とは違う何かを期待しているような笑みで、俺はふい、と顔を背ける。
 先の事は分からない。……でも俺はもう一度、ルーシーと同じように、互いに思いを交わせる相手が出来た。だから俺はネイトについて行く。どんな事があろうと、彼が俺を必要とする限り。
「ああ、そうだ。これ、返すんだったな」
 突如ネイトが言いながら懐をごそごそとし始める。返す? って思ったがそれはすぐわかった。……あの紙切れ。
「……今度は本物だろうな」
「まだ疑ってるのか? なら、ちゃんと中身を確かめてみろ。互いの気持ちは分かってるんだから今更隠すこともないだろうし」
 ネイトはそう言って、俺に紙切れを押しつけると先に歩き出した。……何だよあの態度。そりゃ確かに互いの気持ちは分かったし、ネイトは優しかった……けど、今迄返さないでおいて、押しつけるように返さなくたっていいだろ。
 けど、とりあえず今回は間違ってないよな。そう思いながら四つ折りにされたくしゃくしゃの紙を広げ、中身を改める。
 ……確かに俺が書いたアレだった。……あれ? でも、何か……
 最後の方に何かが書き足されている。ネイトが書いたのか、と思いつつその一文を読んで──黙って紙を折りたたみ、再びダスターコートのポケットに突っ込んだ。
 顔を見られないようにわざと軍用帽子を目深に被り、先を歩くネイトに向かって駆け出す。おそらく彼の顔だって同じだ──真っ赤に違いない。
 俺の書いた文章の下には、重なるようにしてこう短く記されてあった。
 “──俺も好きだよ”と。


 あとがきは別記事に載せます。とりあえず、お疲れさまでした。

拍手[3回]

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06.21.21:49

Tell Me(1)

※Fallout4パパマク小説です。
これは第四話(1)です。最初から読みたい場合はこの前の前の前の記事「Where is My Wished」からお読みください。

 海の上を船が行き交わなくなって何年経つだろうか。
 爆弾が投下されて2世紀あまり。今では造船技術を持った人間が生きているかどうかも疑わしい。かつては船が行き来していた証として、チャールズ川やコモンウェルス東にある港付近では残骸となった船が停泊している姿をそこかしこで見かける事が出来る。
港の先には、これまたかつて戦前に栄えていたボストン空港の遺跡が残っており、今ではそこはB.o.Sの拠点となっているものの、巨大な軍用飛行船プリドゥエンが連邦全域を睨みつけるがごとく宙に浮かんでいるのが嫌でも目に入ってくる。
 そして、俺たちが目指す目的地はその空港のさらに先にあった。
 ダイヤモンドシティからやや北東にある、細長い幹線道路のみで繋がっている小島はかつてナハントと呼ばれ、こぢんまりとした集落だけで構成されていたそうだ。小さな集落と本土を繋ぐ幹線道路は今現在も残されてはいるものの舗装はぼろぼろで表層は剥がれ落ち、車という前時代の文明の利器があっても舗装の上を走る事は難しい。
 そんな小さな島だったが、ネイトが一部を居住地として開拓したおかげもあって今では歩きにくい道路を何人かのプロピジョナーがバラモンを連れて歩く姿が見られ、本土との補給を繋ぐ一環として役立ってもらっている。
 四方を海に囲まれたナハントの居住地はかつての姿よろしく、静かな場所で過ごしやすい場所だ──誰もがそう思っていた。……奴らが来なければ。
 内陸側の入り江に面して作られたナハント埠頭。
 戦前は海産物や輸入品等を仕入れていた場所も、既に寂れて久しく僅かに残った建物が点在するのみで、人気は殆どない。……いや、人気があってはならない場所と今では姿を変えている。
 埠頭を海側に視線を移せばその理由にすぐ気づくだろう。かつては船が停泊していた海上には、不揃いの板がいくつも浮かんでおり、それらは流されないようロープで固定されて通路のように並んでいる事を。その先にはいくつもの船舶──というより既にその役目を終えて半ば沈みかけているのもある──へ繋がっており、板切れの通路はさながら、船同士を繋ぐ連絡線の役目のようだった。
 船は先程も言ったようにどれもほぼ沈んでいたりするせいで、さしずめ船の墓場と呼んでもおかしくない。……そんな場所に人の手が入った、板切れを結んだ通路と電気が通っているのか、いくつもの明かりが見受けられる。そんな船の墓場の中心──一番目立つ場所に、一番目立つものが浮かんでいた。
 元はタンカーだったものだろう、しかし今ではほとんどが沈み船尾が僅かに洋上から顔を覗かせている。その一部を利用してそこに“棲みついた”者達が居住区として作り替えてしまった。最も海上から高い場所──即ち船尾には付近全体を見渡せる見張り台のようなものがしつらえてあるのが遠めでも確認できる。
 この場所に侵入する者達を見つけては、周りを警備している仲間に知らせ駆逐するのだ。 ……そんないかれた連中が棲む集落。勿論彼らは一般人ではない。連邦周辺ではレイダーと呼ばれる集団が作った巨大なアジト。
 人々はその場所を、侮蔑を込めてこう呼び、その場所には近づこうとする者は殆どいなかった──“リベルタリア”と。

「……! 誰だ!」
 扉に近づくだけで、内側からくぐもった声が聞こえてきた。別にスニーキングをしながらここに来た訳ではないから、気配を察知するのは容易いだろう。元より、そういう事に長けた奴等ばかりだというのは、ダイヤモンドシティで嫌という程分かっている。
 飛んできた声に一瞬、扉に近づいていたネイトは足を止めた。が──扉に顔をくっつけるようにして、
「──色、一回ずつ」
 あの合言葉を言うと、扉の内側に居る誰かは一瞬、逡巡するような様子を見せたが──次には扉の施錠を解除するがちゃがちゃという音とともに、所々海錆で赤茶けた鉄製の扉はぎぃぃ、と軋む音を立てて開かれた。
 元は埠頭の一角に作られた倉庫の役割だったであろうその建物、というより小屋の内部は薄暗かった。明かり取り用の窓──ガラスは既に無いため窓枠のみが残っている──はいくつもあるが、どれもこれも木の板で塞ぐようにして光を遮っている。人目を避けるようにして誰かが打ち付けたのだろうか。海側に面したシャッターも閉まっており、殆どといっていいほど外側からは中の様子は窺えないようになっていた。……一部を除いて。
 既に使い物にならない機械や木箱、船の一部の残骸などが散乱している一階と違い、鉄製の階段の先にある二階の一角だけ、窓から太陽の明かりが差し込んでいた。そしてその前には何人かの人影が見える。窓は海側に面しているため、恐らく彼らは監視作業をしているのだろう。
「見ない顔だな。……新入りか?」
 扉を開けた男は目深に被ったフードを親指でつまみ、こちらに目線を向けてくる。意外な事にフェラルではなかった。しかしその目は疑いを色濃く滲ませ、こちらを凝視してきた。
「いや、俺たちはブレイサーではない。ミニッツメンだ。……ある男を探してここまでやってきた」
 ネイトがそう言うと、男ははっ、と鼻で笑ってみせた。ミニッツメンなんか怖くもない、といった態度に、内心むっとする。勿論口には出さないが……表情には少し表れているかもしれない。
「はっ、ミニッツメン? どうしてミニッツメンが俺達の合言葉を知ってる? 誰かに情報を漏らされたのか?」
 小馬鹿にした口調で煽ってくる。それでも声のトーンは抑えている事から、習慣からして身を隠す方法を心得ているのが見て取れた。しかし、ネイトはそんな挑発には乗らず涼しい顔をしたまま、
「ボスに聞いてこの場所にやってきた。俺たちが探している男がここに居ると聞いてな。……ヒューイ! ヒューイはいるか!!」
 突然ネイトが声を張り上げるものだから、ほぼ密閉に近いこの小屋全体にその声は響いただろう。二階で監視作業をしている数人がこちらに顔を向けたのが分かる。俺は黙って相手に目線を向けたまま、ゆっくりとネイトの背後へ回り、右足脛に括っている10mmピストルをホルスターから引き抜く。至近距離で打つにはライフルは適さない上に装填する時間を考慮すると、ピストルの方が扱いやすい。
「……てめぇ! 何大声で叫ぶ! 俺たちの行動が奴らにばれたら──」と、ネイトと対峙している男が相変わらず声を抑えたままドスの効いた声で脅してくるのと、
「あの、……ヒューイは俺ですが……」
 と、小屋の一角、残骸が積まれた場所から這い出るようにして出てきた男。……なんでそんな所に居るんだ?
 ネイトは脅しすような口調でまくしたてる目前の男を無視し、這い出てきた男の方に顔を向け、
「ヒューイはあんたか?」
「……は、はい。俺がヒューイですが、あなたは……?」
 ネイトの姿に気圧されているのか、それとも元からこういう性格なのか知らないが、どうもヒューイと呼ばれた男はおどおどして、ネイトの視線にも目を泳がせている。
「俺はネイト。ミニッツメンだ。お前のお父さんからお前を探してくれという依頼を受けてここまでやってきた」
 父さん、という言葉に弾かれるようにして、おどおどしていたヒューイの表情が一瞬にして変わった。「……親父が? どうして?」
「突然失踪したお前が心配で俺達を頼ったんだ。戻ってきてほしいと言っている。お前の行方を見つけるのは骨が折れたぞ。俺達と一緒に行くんだ、いいな?」
 有無を言わせない口調でネイトが言い切ると同時に、奇妙な事にヒューイはネイトの両腕をがしっと掴んできた。意外な展開に思わずネイトは後じさりする。
「お、おいあんた──」何をしでかすのかと思わず声を掛けてしまう、が、相手はこちらなぞ見向きもせずネイトを食い入るように見つめ、
「……助かった! ありがとう!! 早く、早くここから出してくれ!」
 予想外の返答。……しがみつかれたネイトは思わず俺の方へ目線を送ってくる。──“どういう事だ?”そう伝えていた。
 俺にだってわかるもんか。思わず肩をすくめて見せる。
「……自分から出て行った癖に、どういう事なんだ?」
 明らかにうろたえているのが伝わってくる。両腕を掴まれてネイトは身動きが取れない様子。
「ああ、そうだよな。……俺は父さんを裏切った。黙って何も残さず失踪した形で消えたのは本当に悪かったと思ってる。でも……でも! 今は後悔してるんだ。本当なんだ! 俺はここの奴等に騙された! まさかこんな薄暗い場所で延々同じ場所を見続けてる日々が続くなんて思ってなかった! あんな言葉一つを教えて貰ったせいで!」
「おい、てめぇからやってきておいてそれはねぇだろう」
 フードの男がヒューイに声を飛ばす。が、先程までのおどおどしていた態度はもう微塵も見せず、ネイトに窮状をまくし立てている。……いいからヒューイはいい加減ネイトを開放しろよ。まるでしがみついてるようにさえ思えてくる。くそ、嫉妬してる場合じゃないってのに。
「ネイトさん、助けて! 俺をここから出してくれ!」
「わ、分かった、分かったから腕をどけてくれないか」
 と、ネイトが言ってようやくヒューイは掴む手を腕から離した。余程強い力で掴まれてたのだろう、何度か両腕をさすりつつ、ネイトは男に向き直って、言った。
「そういう事だから、彼はブレイサーから脱退させてもらう。……こちらの用事は以上だ。失礼させてもらう」
 軽く頭を下げて踵を返そうとした時、フードの男は素早くポケットから何かを取り出し、ネイトの目前に素早くそれを向けた。柄から飛び出たそれは半回転し、ぱちんと音を立てて身を現す。──フォールディングナイフ。
「おっと、待てよ。あんたは何の権限があって俺達の仲間を連れ去ろうとしてんだ? そいつは使えないが俺達の大事な仲間なんだよ。勝手に連れて行こうとすんじゃねぇ」
 ちらちらとナイフを見せつけるように動かしながら、半笑いを浮かべフードの男は言ってのける。何事かと二階から降りてこようとする仲間らしき数人の男。俺は躊躇わず手にした10mmピストルを一発、階段に撃つ。
「……それ以上降りてこようとすればあんた達の身体に風穴が開くぜ」
 精一杯の威嚇をしたつもりだった。が……降りてきた奴等は階段の途中で懐から拳銃を取り出しこちらに照準を向けてくる。
「──ネイト!」
 俺の声が響く。それに反応してこちらに目を動かすフードの男。
 その僅かな隙をネイトは逃さず、ネイトは瞬時に突き出してきたナイフの柄を持つ男の手を掴む。しまった、と相手が思うよりも早く男の腕を軸に捻るように身体を半回転させ地面に叩きつけた。ぐはっ、と男がうめき声を上げる。
 男がやられた姿を見るのと、階段の途中でこちらに銃口を向けている奴等が手にした拳銃の引き金を引くのはほぼ同時だった。たん、たん、と小気味良い音と共に銃弾が飛んでくる。
「う、うわぁっ!」
「ヒューイ、こっちだ!」
 ヒューイの悲鳴と、それを庇うネイトの声。撃たれてはいないよな……と半ばそちらに目線を向けたいのを堪えつつ、俺は手にした10mmピストルの照準を相手の頭に合わせた。
「くたばれっ!」
 引き金を引く。狙った照準は違う事無く相手の眉間に小さな弾をめり込ませ、開いた穴から勢いよく鮮血を吹き出した。──しかしまだ終わってない。
 仕留めた一人は頭から血を流して倒れていく。その裏にもう一人立っているのは分かっていた。構えた銃を下ろさず、俺は再度引き金を引く──よりも早く、だーん、と重々しい銃声が耳を貫く。……瞬間、ネイトがマグナムで相手の頭ごと吹っ飛ばしていた。彼の後ろでは地面に伏せ頭を抱えてうずくまるヒューイの姿。
 どさり、と頭を失った身体が先に倒れていた仲間の身体に折り重なって頽れた。小屋の中は窓が打ち付けられているせいで鮮血の匂いが籠り、息苦しくなってくる。早い所出た方がよさそうだ。
 ……と、地面に叩きつけられていたフードの男が頭を振りつつよろよろと起き上がってきた。
 ああ、そうだった、こいつがまだ居たんだったな。
「ミニッツメン……貴様等、仲間を殺したな!」
「正当防衛だ。こちらは威嚇はしたが攻撃を仕掛けてきたのはあんた等──」
 ネイトが言うより先に相手が再びナイフで襲い掛かってくる。しかし身体はふらついているせいでネイトは難なくひらりと身をかわし、素早く背後に回って男の首に自分の腕を巻き付けた。
「ぐぁっ! ……くそ、くそっ!」
 男はネイトの腕を引きはがそうとするも、びくともしない。
「なぁ、攻撃しないで聞いてくれないか。俺達はあんたらのボスに会ってきた。ボスにヒューイを居場所と、彼がブレイサーに入った事も聞いた上で彼を開放してほしいと頼んだんだ。ボスは了承してくれた」
「うっ、嘘……だ!」
 なおも引きはがそうとするフードの男。持っているナイフを背後にいるネイトに突き刺そうとするも、叩き落とされてしまう。
 その隙をついて逃げようとするのを、俺が彼の腕を掴んで捻り上げた。ぐぁぁ、と男が再び呻き声を上げた。
「嘘じゃないんだ。だから俺達はここに来たんだから。……ネイト、さっさとここから出ようぜ」
 捻り上げた腕を掴んだまま俺は足を上げて彼の足元をすくうようにして蹴る。抵抗する間もなく男は今度は顔面から地面に叩きつけられ、そのまま気を失った。
「そうだな。……しかし、殺すつもりはなかったんだけどなぁ」
 ネイトは頭を掻きながら、気を失った男の懐から数キャップと銃弾を奪っている。抜け目がない。
「……あ、あの、終わり……ました?」
 頭を抱えていたヒューイが恐る恐る、といったようすで頭を上げ、立っているネイトに声をかけてくる。
「ああ、終わったよ」
 ネイトの声にほっとする様子のヒューイ。歩けるか、とネイトが聞いている。腰が抜けてしまったようだ。だらしない男だな……なんて思ってしまうのは多分まだ俺は変に嫉妬しているせいだろうか?
 ネイトが扉を開け、光の元へヒューイを戻す。彼はまぶしそうに太陽の光に目を細めながら、深呼吸をしていた。……まぁ、小屋の中は血の匂いで充満してたからな。思わず自分も深呼吸をしてみた。身体中に新鮮な空気が行き渡っていくのが感じられる。微かな塩の匂いが気持ちいい。
「……親父は、赦してくれますかね」リベルタリアの方を見ながら、ぽつりとヒューイが呟く。
「赦してくれるさ。……お前がちゃんと農作業を手伝って、居住地を発展させていけばな」
 ヒューイがネイトと俺の方を振り向く。そして深々と頭を下げてみせた。
「本当にすいません。元はと言えば、俺が興味を持ったせいでこんな世界に飛び込んだりしたせいで……親父やネイトさん達に面倒かけさせてしまって」
「全くだ。けどあんたが一体どこであの言葉を知ったか知りたいもんだ。一体どうしてブレイサーに入ろうと思ったんだ?」
 謝られると憎まれ口がつい出てしまう。ネイトはちらりと俺を見たものの、特に何も言ってこなかった。……ただ、彼の視線が妙に俺の事を気遣うそれだった気がする。俺が何を考えているかわかっているよ、というような目つき。──気のせいか?
 ヒューイは反論も弁明もせず、話し始めた。
「……半月ほど前だったかな。スカベンジャーがテンパインズの断崖を訪れた時でした、俺は、知ってると思いますけど、ダイヤモンドシティに行ってみたくて、よくそっちから経由してやってくるスカベンジャーや商人からダイヤモンドシティの情報を聞いては、行ってみたいってずっと思っていたんです。
 ……で、その日のスカベンジャーの話は、色一回ずつ、っていう謎の暗号を聞いた、それはどうやらダイヤモンドシティの秘密の宝か何かに繋がっているらしい……という、今思えば眉唾物な情報でしたけど、宝なんてあるのかって舞い上がった俺は、どうしてもその言葉の真意が知りたくなって、とある月がない夜に居住地から抜け出したんです。
 スカベンジャーが言うには、その言葉を頼りに酒場や町中で聞き込みをしてみるんだって事でした。……完全に騙されていました。あのスカベンジャーもブレイサーの一味だったんじゃないかと。俺は若いから、うまく育てればブレイサーの隠密行動を任せられるとでも思ったのでしょう。
 で、俺はダイヤモンドシティに辿り着いて、あの言葉を用いて聞き込みをしました。……あいつらが寄ってくるのはすぐでした。俺はセンターフィールドの地下に入れられて、ボスに遭って……そこでブレイサーという組織の事を知りました。
 秘密の宝なんて嘘だった、と思いもしましたけど、ブレイサーの組織の話を聞いて、そんなに悪い人達じゃないんじゃないか、って思うようになったんです。それで、俺の事を育ててくれるならってことで仲間になったんですけど……」
「……最初の派遣先がリベルタリアだった、てことか」
 ネイトの言葉に、ヒューイは力なく笑って見せた。「はい。右も左も分からない場所に連れてこられて、やる事はリベルタリアのレイダーの動向を見張る、というものでした。比較的楽な作業だと思ってたんですが、二日も経つと締め切った小屋の中でじっと窓の外にあるレイダーのアジトを見張る事が辛くなってきて。
 それに、隠れているとはいえ、いつレイダー連中に見つかるかも分からない。見つかったらアジトに居る連中が全員襲ってくるでしょう。
 こちらは僅か数人しか居ないし、殺されるのは目に見えてました。そんな恐怖に耐えて奴等の動向を見張るなんて余裕もなくなって……ここ数日は何もやる気が起きず、ずっとマットレスに横たわったままでした。
 ネイトさんが俺を呼んでくれた時も、俺は小屋の隅で寝てました。やる気が無いなら見えないところに居ろ、って言われて。俺の居場所はないのに、なんでここに居るんだろう……って思ってたんです。
 本当にこのまま黙って死ぬしかないのかって思っていました。だから、あなたが来てくれて本当に嬉しかった。ネイトさん、……それに」
 言葉が途切れ、ヒューイは俺の方を見る。ああ、そういえば名乗ってなかったな。
「マクレディだ」
「マクレディさん。……お二人とも、ありがとうございました」
 再び深々と頭を下げるヒューイ。
「……ま、いいさ。あんたも色々あったんだしな、気にするなよ」
 二度も頭を下げられると嬉しいというより少し申し訳なくなってくる。照れ隠しのようにそう口に出すと、ネイトもそうだな、と俺の意見に同意した。
「それにまだ依頼は終わった訳じゃない。お前をテンパインズの断崖に連れ戻すまでが依頼だからな。さあ、暗くなる前にここを離れよう」
 促すように言うと、ヒューイは頷き、歩き始める。ネイトを先頭にし、俺は最後尾でヒューイを守る形で歩き始めた。日は傾き始めている。今からテンパインズの断崖に向かって、休憩を取りつつ歩いたとしても、着くのは夜明け頃になるだろう。
 長い旅になりそうだな、と俺は依頼を受けた際思った事と同じように心の中で呟いた。

 テンパインズの断崖に着いたのは夜明け前だった。父親は既に朝早くから農作業に精を出しており、俺達の姿と──背後から申し訳なくとぼとぼと歩いてくるヒューイの姿を見て表情がぱっと輝いたのが印象的だった。
 ヒューイは何度も父親に頭を下げ、そんな姿を見て父親は目に浮かんだ涙を隠そうと目頭を何度か押さえていた。
「本当にありがとうございました。ミニッツメンの方々。この恩は……忘れません。これからもミニッツメンへの支援も行っていきます」
「ああ。そうしてやって欲しい。……じゃご主人、俺達はこれで失礼する」
 ネイトが軽く挨拶を済ませ、やや斜め後ろに立つ俺の方へと身体を向ける。と、父親の隣で反省するように頭を下げていたヒューイだったが、
「ネイトさん、……いつか俺、ミニッツメンに加入します。ネイトさんが居るなら騙される必要もないですから。だから……」
 ネイトが振り返り、微笑んだ……ように思える。俺は顔が見えないため窺い知ることは出来ない。が、
「ああ、待ってるよ」
 という彼の声は嫌味もお世辞もない、紛うことなき本心から出た言葉のように聞こえた。
「臆病な性格を直してから来いよ」と相変わらず憎まれ口を叩くのは俺の役目。
 ヒューイはむくれる事無くはい、と元気よく挨拶し、そして俺達の去り際、山の木々によって見えなくなるまで彼はずっと手を振り続けていた。


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06.13.22:38

Do You Believe In Love

※Fallout4パパマク小説です。
これは第三話です。最初から読みたい場合はこの前の前の記事「Where is My Wished」からお読みください。


 ダイヤモンドシティは不夜城だ──
 などと宣う人は何人か見たりしたし、その意見は同感だと思う。
 昼夜を問わず、街を照らす巨大なスポットライト。かつてそれは、野球というスポーツが夜でも行われており、大勢の観客と呼ばれる人達が選手をよく見えるようにと、煌々とした明かりでこの街中であるグラウンドを照らしたものなのだ──そう聞いた事もあった。
 でも俺は信じない。夜にスポーツをするだって? それを見に来る奴がいるんだって? 馬鹿馬鹿しい。夜に出歩くなんて、強盗や通り魔に遭うのが怖くないのか? それとも昔はそんなに……この巨大なグリーンジュエルを覆う程の人間が生きていたのにも関わらず、治安が悪くはなかったとでも言うのか?
 ネイトは戦前から生きて今に至るのだから、そういう話を尋ねれば嬉々として話してくれるだろう。……でも俺は興味がなかった。2世紀も前の人達の暮らしぶりも、生活習慣も、そして生き方も今の自分とはまるっきり違うのが分かっているからこそ、昔の思い出なんかに浸る行為をさせたくなかった。
 あいつに……ネイトに、今生きている事を後悔させたくないから。
 だから俺は、この夜でも輝く緑色の宝石が好きではない。
 遠くからでもその輝きを眺めているだけでいい。……近づけば、その輝きの裏で縋るように生きる人たちを嫌でも見てしまう。
 遠くにあるからこそ、輝くものは輝いたまま見ていられるもの……そう思っていた頃のが長かった気がする。
 いつから俺は変わったのだろうか。
 そんな輝くものの傍に居たいと……希う事を。
 
 不夜城の名の如く、ライトが照らされた市内。
 辺りはしんと静まり返り、光のみが町中を照らすだけの、いつもと変わらない夜の街を縫うようにして、俺とネイトは路地裏を歩いていた。
 俺はともかく、ネイトはこの町では知れた顔だ。だからダイヤモンドシティ・セキュリティもネイトを見れば特に何も言わず、素通りしていくのが幸いだった。こんな夜更けに何処に行くのやら、程度にしか警戒されないのは彼の貢献の賜物といってもいい。
「ネイト、……おい、ネイト」
 扉に差し込まれた紙には、センターフィールドに来いとだけ書かれてあった。けど、俺はそのセンターフィールドというのは最初、どこかの地名か場所の事を指しているのだと思っていたのだが、ダグアウト・インを出てからというもの、ネイトはダイヤモンド・シティの出入り口の方へ向かうのかと思いきや、その反対方向へすたすたと歩いていくものだから俺は完全に面食らっていた。
 路地裏を抜け、少し開けた場所に出たところで、俺は彼が何処に向かってるのか分からないままではいられなくなり、思わず名前を呼んでしまった、という訳だ。
「どうした、マクレディ」
 俺の呼ぶ声に反応して、彼が足を止めこちらに向く。
「どうしたもこうしたも、俺達は何処に向かってるんだよ」
 やや苛立ちを隠せず──これは眠れなかったせいに違いない──問いただすと、ネイトはきょとんとした表情で、「え? お前も見ただろう、あの紙を。そこに書かれてたセンターフィールドに向かってるんだが?」
「だからそのセンターフィールドって、どこなんだよ」話が堂々巡りだ。
 何処って……と呟きかけたネイトだったが、ああ、と何か合点がいったような声を漏らし、
「そうか、お前は知らないよな。野球の事。……でもこの町がかつて、野球場だったというのは知ってるだろう?」
「それくらいなら知ってるさ。……で? 野球とそのセンターなんちゃらってのが、何が関係あるんだ?」
 まぁまぁ、とネイトが宥めるように両手をこちらに向けて上下に振ってみせる。どうやら不機嫌なのが伝わってしまったようだ。……そんなつもりじゃなかったんだが。
「端折って言うが、野球ってのは守備側と、攻撃側。その二つでチームを作り、攻撃と守備を入れ替えながら互いに得点を入れていくゲームだ。……スワッターと同じじゃないか、なんて言うなよ。あれは単にバットで殴り合いするだけなんだから」
 はいはい、と半ば退屈そうに俺は頷いて見せる。何を説明する気かしらないが、戦前のスポーツの話も御免被りたい。……畜生、俺の変な詮索のせいでネイトがまたしても昔を思い出す切欠を作ってしまったじゃないか。
「で、その野球には守備が予め決まった場所に配置されていてな。それらは決まった呼び方があった。ボールを投げるピッチャーにそれを受けるキャッチャーに、ファースト、セカンド、サード、ショートというベースを守る内野手。さらにその外側を守る外野手ので右手を守るライト、左手を守るレフト。……そしてホームベースからまっすぐ先、ピッチャーとキャッチャーを結ぶセンターラインの遥か先を守る守備の名前が、センター」
 突如出てきた単語にはっとする。ネイトは黙ってうなずいた。
「そう、センターフィールドとは、センターの守備位置を指す用語だ。誰かは知らない奴が俺達に指定してきた場所。そこに向かっているんだ。……理解できたか?」
 ふふ、と笑いながらネイトが言う。その表情がどことなく、子供をあやす大人のそれのような感じがして、笑顔を見るのはいいのだが、小馬鹿にされてる気がしなくもない。多分俺が捻くれているせいだ。
「つまりセンターフィールドってのは、センターという守備がいた場所、って意味なのか? だとしたら、ネイトの話をこの町になぞらえると、ちょうどセンターの位置は市長がよく演説する広場の辺り、って所かな?」
 ちょうど俺と彼が向かっている方角もそっちで合ってる。ニックのいるバレンタイン探偵事務所を抜ければ、広場に出る通路に出て左手に向かってあるけばその場所はすぐだった。
「……いや、俺はその場所ではないと踏んでる。なんでそう思うかっていうと、敢えてセンターと呼ばずセンターフィールド、と書いてある点が気になるんだ。守備のセンターの位置だったら、わざわざフィールドなぞ書かなくてセンター、という一言で済む話じゃないか?
 だから、これはわざとそういう書き方をしているのだと思うと……とりあえず向かってみるか」
 言いかけて、ネイトは止まっていた足を再び前に向けて歩き出した。彼の説明を受けた俺としては何が何だか理解できない。センターとセンターフィールドは違うのか?
 頭の上に疑問符を浮かべたまま、ネイトの後ろをついていく。路地裏は狭いから必然的に彼の真後ろに歩く立ち位置になってしまう。やがてその路地も途切れ、先程自分が言ったマクドナウ市長がよく演説する小さな広場に通じる、舗装もされておらず土を踏み固めただけのやや広い通りに出た。先頭を歩く彼は何も言わず、そのまま広場の方へ歩いていく。
 しばし歩くと、その広場にすぐ辿り着けた。深夜の為人気もない上に、ダイヤモンドシティの外れに位置するおかげもあって、明かりもまばらで薄気味悪い。グリーンジュエルの壁の上には、輝くスタンドライトが街中を照らしているが、灯台下暗し。光の真下に近いここらにその明かりは届きすらしなかった。
 さすがにここら辺はダイヤモンドシティ・セキュリティも歩くのを避けているようだ。人気のない広場に男女が突っ立っているだけだったら、ムード的にはいい雰囲気になるのかもしれないが……生憎俺達は男同士で、そんな気分でも雰囲気でないのは百も承知な訳で。
「……誰もいないみたいだな」
 目を凝らして暗闇を見渡しても、人の姿はない。ネイトは予想していたかのようで、ざっと周りを一瞥するだけだった。
「やはりそうか。……マクレディ、壁を登るぞ」
 は? 壁を……登る?
「さっき言っただろ、センターフィールドと敢えて書いていた理由がわざとだったらって。……思った通りだった。つまりセンターフィールドとは、外野手のセンターの位置を指してる訳じゃないんだ。じゃあどこを指すんだ、って言うんだろ? 
 それはつまり、外野手のライト、レフト、そしてセンター側の先には何があるか、って事だ。……壁の上に、何があるかわかるだろう?」
 そういってネイトは上を見上げて見せた。……光の当たらない、真っ黒く塗りつぶされたグリーンジュエルの壁の向こうは、一定の高さで途切れ、その先にはかつて椅子が並べられていたであろうコンクリートむきだしの、階段状の列が都市をぐるりと囲むようにしてある。……観客席。かつてそこには大勢の見物人が、今や都市となっている地面を見わたすように作られたl野球という試合を見るために作られた場所。
「そう、観客席だ。……セキュリティに見つからないように行こう」
 さすがに壁を登っている姿を見られたら弁明に時間がかかるだろうからな。ネイトの意見には賛成だ。
 俺達は登れそうな感じの、所々朽ちて表面が剥がれかけている壁を見つけ、そこを足場にしてよじ登り始めた。今は居住者が行きかう都市の地面から、観客席までは下から見るだけでは高い位置にある感じもしたが、実際登ってみるとそんなに高くはない。後から聞いたのだが、スワッターを持ったバッターと呼ばれる奴が撃ったボールは、跳ねてこの位置まで飛んでくる事もざらだったらしい。そのボールを手にするのは大変名誉なものなんだ、とネイトが嬉々として話してくれたが、たかだかボール一つに喜ぶなんてと、内心嘲笑っていた。娯楽というものが今の世にないからこそ、その娯楽に興じてた戦前の奴らに嫉妬していたのかもしれないが。
 はぁはぁと息を弾ませながら、なんとか壁を登りきって“観客席”に出た。かつては椅子が置かれてあったその場所はすべて椅子が取り除かれ、枠だけが整然と並んでるだけになっている。先程登ってきた方を見ると、なるほど確かに、ここからならダイヤモンドシティ全景を見渡せる場所だった。観客席は階段状になっており、俺達が登ってきた場所が一番低い場所、遠くに行くにつれ階段は高くなっている。後ろの人でも球場が見えるように出来ているようだ。
「マクレディ」
 じっとシティの方に見とれていたせいで、ネイトが声をかけてきた時、俺は彼の姿が見えない事に瞬間、焦った。が、よく見ると階段の先、通路状に仕切られた細い道の先にネイトが立っている。いつの間に移動してたんだ?
「すまない。……何か見つかったか?」
 ネイトは何も言わず、目線を地面に落とすだけだった。……目線を辿ってネイトの足元を見ると、コンクリートでできた床が一部不自然に四角に切り取られ、その穴を覆うようにして、人ひとり入れる程度の小さい金属製の四角い扉が打ち付けられてあった。──間違いなく、これはこの野球場だった場所が、その役割を放棄した後に作られたシロモノだ。
「“センターフィールド”か。成程」ネイトが息を巻くようにして言葉を吐いた。
 確かにここはセンター側の観客席だった。そしてもう人も寄り付かないこの場所に敢えて作られた不自然な扉。誰が何のために作ったのか──誰が俺達をここへ呼び寄せたのか。
「行こう、ネイト。あんたを呼んだのが誰か確かめないと」
 そういって見せると、彼はにやりと笑みを浮かべ、「勿論。……ヒューイの行方を知ってる奴らかもしれないしな」
 閉じられた扉のノブを掴み、ぐいっと引っ張ると扉は難なくぎぃぃ、と軋む金属音を立てて開かれた。夜の闇以上の漆黒が扉の先にはあり、一見見ただけでは中の様子はうかがえない。唯一見えるものといえば、扉と壁がくっついている場所から、梯子の柄が暗闇から突き出して出ているだけ。
 奈落に落ちる感覚がして、思わず身震いしかけてしまったが慌てて気持ちを奮い立たせた。ネイトに武者震いしているのが見られていないだろうかと前を見ると、彼は奈落をのぞき込んだまま、
「降りられそうだ。……先に行くぞ」
 嘘だろ、と思うよりも早くネイトは座るように身を屈め、片足を奈落へと落とした。すぐに足場を見つけたようで身体を反転し、かん、かん、と金属音を立てながら下へと下っていく。
「ネイト、気を付けろよ」
 そう声を掛けると、思いのほか近くから「大丈夫だぞマクレディ、降りてこい。扉を閉めてくるんだぞ」とネイトの声が響いた。もう降りきったのだろうか?
 逡巡しかけたが、こんな所をセキュリティに見られたら弁明に時間がかかるのは自明の理だ。やむなく俺は身を屈め、恐る恐る足を奈落へ突き出した。すぐに梯子の足場を見つけ、降りつつ片手で扉を閉める。
 そして辺りはしんと静まり返った。──何事もなかったかのように。

「わっ」
「おっ、おい、マクレディ……気を付けろ」
 下が見えない位真っ暗な穴を見ていたため、てっきり深いものだと思って梯子を降りたはいいものの、ほんの数段降りただけで地面につくとは思ってもいなかった。俺は大きく姿勢を崩してしまい、横で立っているネイトに思いっきり抱きつくようにして倒れてしまったのだ。
 ──暗闇でよくは分からなくても、俺の両手がネイトの両腕を、顔は彼の胸に当たる感じで倒れたのは間違いない。柔らかい女性のそれではないにしても、熱を帯びた身体に触れたせいで俺は場違いなほどどきどきしていた。今明かりが照らされた室内にでもいたら、自分が顔から火を噴いているのがネイトにばれてしまうかもしれない。
「す、すまない。……梯子がこんなに低いとは思わなくて」
 慌てて姿勢を戻し、ネイトの身体から離れる。確かに思いの外、梯子は低かったよなとネイトは俺をフォローするかように独白し、Pip-boyの照明モードを起動するかちっという音と共に、辺りをぱっと光で照らしだした。
 まだ顔が赤いのが見られるかもと思い、慌てて光と反対側に顔を向けると、どうやらここはダイヤモンドシティの裏方、と言ってもいい場所だった。壁という壁中に太い鉄製か何かでできた配管が整然と並べられ、並走するように先の壁まで同じ列のまま伸びている。触ってみると鉄製ではなく硬化プラスチックか何かでできていた。壁に出ている部分のみ覆う形で作られている辺り、殆どの配管は壁に埋まっている様子だった。
 明らかに観客や選手が使う通路ではない。メンテナンス用通路といったものの一角の壁に梯子がしつらえてあり、それが頭上の観客席の床に伸びている。……ここを指定してきた奴はもうかなり前からここに居るのかもしれない。一体何者だろうか。
 俺とネイトが辺りを見回していると、こつっ、と足音が奥から響いてきた。警戒心がすぐにその方向に目を向ける。……通路の奥から誰かが歩いてくる。
 ネイトも俺も、黙ったまま近づいてくる奴を待つように突っ立っていると、近づいてきた奴は目深に被ったフードの端をめくり、こちらにその黒々とした両目を向けてきた。……フェラルだった。焼けただれたように溶けた皮膚、ひっかき傷のような皺が顔全体を覆っている。そして放射能の輝きによって虹彩を失った両目は黒く塗りつぶされ、その目で本当にこちらが見えているのかすら疑わしい。
 かつてヒトだった彼らは、ダイヤモンドシティの現市長マクドナウが忌み嫌い追い出した──筈なのに、何故このダイヤモンドシティに居る?
「……何をしに来た」
 近づいてきたフェラルは、それだけ言い放った。ネイトは黙ったまま、あの紙切れを彼──フェラルは声帯もやられているせいで大抵がしわがれ声となっていて男性か女性かすぐに区別がつきにくいのだが──の目前に突き出し、
「これを受け取った」
 そう告げると、フェラルは何も言わずふぃ、と歩いてきた方向へ踵を返しつつ、
「……ついてこい」
 とだけ言って、歩いてきた方向へ再び進んでいく。ネイトは俺の方を見てこくりと頷き、その背後を倣うように歩き始めた。俺も後をついていく。……しまった、俺の顔もう赤らんでいないよな? 変に思われていないといいんだが。
 思わずぺたぺたと顔を手で触りつつ、頭を振りながらネイトの背後を歩くと、先頭を歩くフェラルがまっすぐ伸びた通路から消えた。……いや、脇道に逸れただけだったらしい。ネイトも同じように通路を曲がった所で合点がいった。──そして脇道の一角、部屋か何かのようだが、壁に四角く切り取られた枠の奥から微かな明かりが漏れていた。部屋か何かだろうか。
「連れてきましたぜ、ボス」
 壁の奥に向かって、扉のない部屋枠をくぐりつつフェラルがそう口に出す。ネイトに続いて俺が部屋に入ると、割と開けた室内は天井が低く、無味乾燥なコンクリートむき出しの四角い室内にはテーブルと椅子が数脚──そして部屋の奥にはこちらに向かい合うようにして、皮張りの肘当てがついた椅子に腰を掛けている。その脇には座る男を守るかのように、銃器を見せつけるように武装した男が一人。
 先程のフェラルが呼んだボスというのは椅子に座った奴のようだ。低い天井に吊るされた明かりが一つだけでは、室内全体を照らすには弱々しく、漆黒に包まれていた通路よりはましな程度だった。一人でこんな部屋に居ろと言われたら絶対断る自信がある。
 そんな薄暗い室内でこちらを向いて座っている男は、暗さも手伝ってこちらを見ているかどうかも分からなかったが、何か納得したのか、ゆっくりと頭を縦に振って、
「……あんたがここ最近、ダイヤモンドシティを賑わせているVault居住者か。戦前の知識を有しているとか、冷凍冬眠されてこの世界で目覚めたとか、そういう話は聞いたが、本当か?」
 特徴的なしわがれ声。──こいつもフェラルか。
「ああ、そうだ。俺はVault111から来た。傍らにいるのは俺が雇っている傭兵だ」
 すると、男はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりとした足取りでこちらに向かって近づいた。片手に杖を持ちながら歩いている辺り、高齢のフェラルなのだろうか? しかしフェラルは年を取らないとデイジーが言ってた覚えがあるが……
 ネイトの前で止まると、男は俺とネイトをじっと見つめてきた。座っていた時には気付かなかったが、髪が抜け落ちて殆ど禿頭に近い。見た目等の特徴はやはりフェラルと同じだった。
「……Vaultの冷凍保存は相当出来のいい装置のようだな。戦前から生きているにしては、我々と違い肌はぼろぼろでもなければ虹彩も失っていない。我々もそんな場所で生き延びていたかったよ」
「我々とは? ダイヤモンドシティではグールは追放されたんじゃなかったのか? どうしてあんた達はフェラルなのに、この野球場の内側に住んでいられる?」
 俺も疑問に思っていた事だった。ネイトも同じだったようだ。
 男はそれに答えず、再びゆっくりとした足取りで椅子に向かい、これまたゆっくりと腰を下ろすと、ふぅ、と疲れたような溜息を一つ、吐いた。
「……先ずは質問に答えてもらおうか。その上で我々が何なのかを教えてもいい。
 あの言葉を何処で知った?」
 言わなくてもわかるといった具合の問いかけだった。しかし、ネイトはとぼけたように、
「あの言葉って? 俺はただ──」
「しらを切るつもりか? あんたがダグアウト・インでバディムに何を聞いていたか我々が知らなくてあんたをわざわざ、我々の胸中に迎え入れたとでも?」
 畳みかけるようにして“ボス”は言った。つまり何もかもお見通しって事か。誤魔化そうとしたネイトだったが、黙って肩をすくめて見せた。手の内を明かさない限り、こいつらは頑として自分たちの事を言うつもりはないらしい。
「……人を探しているんだ。あんたらの言う“あの言葉”を呟いていたのを家族が覚えていて、俺たちはその家族に要請を受けて探し人を連れ戻そうとしてダイヤモンドシティに来た。──もしあんた達が俺達の探している人を知ってるなら教えて欲しい。家族が待ってるんだ」
 口調を変えず淡々とネイトはそう伝える。座ったまま、ボスと呼ばれたフェラルは微動だにせず、経緯を話すネイトを終始じっと見据えたままだった。嘘をついてもすぐ見抜いてやるぞ、とでも言わんばかりに。
 ふと、視線を感じてネイトから正面へ目線をずらすと、ボスの傍らに突っ立っている銃器を持って武装している男がこちらを値踏みするかのような目つきで見ていた。面白くない目線だ──睨んでやっても相手はどこ吹く風といった様子で、こちらの威嚇など気にもとめていない様子。
「──嘘はついてないようだな」
 ぽつりとボスがそう言って、俺達をここへ連れてきた男の方──武装している男とは反対側に立っている──に向かって、「ここ数日の間、新顔がここに来たか?」と問いかけた。
「……さあ。どうですかな」
 何か含んだ言い方で相手は答えた。如何にも何かを知っている様子が気に入らない。ネイトも同様だったのか、
「さあ、俺たちの手は明かしたんだ、次はあんた達の番だぞ。
 何者なんだ、あんた達は。そして俺たちの探す人物に心当たりがあるんじゃないのか?」
 凄みを効かせて言う。ネイトが他人に対して脅迫行為をした場面は見たことがない。けど……本気で怒らせると怖い奴だというのは前から気づいていた。
 でも俺はネイトの事を殆ど知らない。俺にも、そして他の奴にも伝えてない何か重大な隠し事をネイトは持っている。そういう事を旅の節々で感じた事は幾度となくあった。身の上話はいくつかしてくれたことがあっても、何処かその話は他人行儀で、まるで別人の誰かの話を言って聞かせてるようにさえ、聞こえたこともあったし。
 いつか話してくれるだろうか。……まぁ、俺だってネイトに隠している事あるから、彼だけ話してくれというのは烏滸がましいかな。
 そんな物思いに耽る俺を余所に、“ボス”は首肯して見せながらゆっくりと椅子に座り直し、ぽつりぽつりとと話し始めた。
「……あんたは、いや、あんたを含め、このダイヤモンドシティで暮らす奴等は気付いた事があるだろうか? 戦前ならともかく、戦後2世紀も経っているこの荒れた世界の中で、このような街が維持できるのか? そう疑問に思った事はないか?
 ナイター用のスポットライトは昼夜問わず街を照らし、光を嫌うフェラルやその他害をなす者達にとってこの光は強過ぎて近寄れない。……強い光は暗い影を落とす。光と闇。照らせばその下に影は必ず落ちる。我々はその“影”に値する者だ。最も、最初からそうではなかったがな。
 かつてここでは、毎日のように野球の試合が行われていた。Vault居住者のあんたなら知っているだろう。このダイヤモンドシティがかつてフェンウェイ・パークと呼ばれた巨大な野球場だったことを」
 黙ったままネイト頭を縦に振った。
「……そのダイヤモンドシティの施設を管理、運営を任されていたのが我々だ。いや、かつての我々と言った方がいいか……
 核弾頭が落ちた時、仲間はいつものようにこの野球場を点検していた。大勢の仲間が死に行く中で、私のようにフェラルとなって生き残る者達もいた。──今居るここは、我々や仲間がかつて使っていた休憩室だ。
 そこから外に出てみると……酷い有様だったよ。野球場のほとんどの壁が破れ、スポットライトの照明は殆ど割れて使い物にならなかった。
 多くの人が死に絶えた中で、今更野球場を維持する必要もなかったが、やる事がなかった我々は一つ、また一つとスタンドの光や、壁を修復していった。そのうち、人々はその明かりを頼りに集まるようになり、やがて広大なグラウンドには集落が出来た。その頃は生き残った人々と我々も協力してこの場所の維持を行っていたんだ。
 フェラルになって生き残った仲間うちで、この野球場を再び盛り返そうと──躍起になっていくうちに2世紀の時間が流れていた。仲間は8割がた、放射能の影響でグールと化して暴徒となり果てては殺されていった。そんな凶暴な二面性を持つ我々フェラルを人々が疎み始めた頃、マクドナウが市長となった暁にフェラルは追い出しをかけられたんだ。
 その頃、戦前からこの施設を守ってきた仲間は私を含めて5人程度まで減っていた。フェラル狩りを行っている市長に見つからぬよう、我々はこの場所に引きこもるしかなかった。ダイヤモンドシティの事なら隅々まで知っている我々が本気で隠れれば、マクドナウの目なぞ届かない場所を見つけるのは容易いからな。
 ──かくして我々はこの町を拠点として影となり生きる道を選んだ。しかしそれだけでは生計が成り立たない。そこで、我々はマクドナウの動向を始め、市街のありとあらゆる情報を得る事にした。影を好んで生きる我々にとっては生きやすい方法だったかもしれん。
 そんな我々の生き方に共感し、名乗り出てくる者も出た。──あの言葉は、そんな我々の集団を意味づける合言葉だよ。
 我々は自分たちの事を「ブレイサー」と呼んでいる。元々がダイヤモンドシティを“支える”役割だった者達が、今はここを拠点として、ボストン中のあらゆる情報を仕入れてはそれを売る集団だ。昔の呼び名ではスパイと言うべきかな」
 ブレイサー……聞いた事がない。同じく影を縫って生きる者達として、人造人間を助ける連中レイルロードがいるが、彼らの名前は出回っているのに、ブレイサーと呼ばれるこいつらの噂は聞いた事がない。余程隠密に行動出来る集団なのだろうか。
「色、一回ずつ……これが合言葉なのか?」
 ネイトの問いかけにボスはゆっくりと頷いた。
「ヒトは生まれてから、色を一回ずつ纏って生き、そして死ぬ。真っ白な状態で生まれた赤ん坊がやがて青春を迎え、その間にも色んな経験を経て、いずれは灰色へと還っていくのを現した言葉だ。我々フェラルは自死やグール化して人を襲い、殺されない限り、生きる事を放棄することが出来ない。自らを揶揄した言葉といった所かな。
 仲間内でのこの合言葉の情報が洩れる事も一度や二度ではない。それが我々の組織を少しずつ大きくしていく要因になった事もあった……だから恐らく、あんたが探している人も知っている、とだけ伝えておく」
「知ってるのか?」
 ネイトが色めき立ち、ボスに一歩近づいた。が、
「それ以上は話せない。……聞きたいなら対価が必要だ」
 ボスが言うより先に、俺達を部屋まで連れてきた男が口を挟んだ。……つまりこいつが何かを知っている、というのを自ら明かしてくれた訳だ。
 ネイトはゆっくり相手の方に顔を向け、「対価? キャップか?」とだけ言ったが、男は黙って首を横に振って、
「あんた、ボスが話してくれた事覚えてないのか? 俺たちが何を扱っているか」
 ボスの声も相当なしわがれ声だったが、こいつも相当なだみ声だ。聞き取るだけで精一杯だ。
「……情報」
「その通り。つまり、情報が欲しい。けどどんな情報でもいいとは言わない。……あんたはここ最近巷を賑わせてる。何か俺達が知らない情報の一つや二つ握ってたっておかしくはない。そうだろう? 
 あんたの情報と、あんたが欲しがってる情報。これで交換するのさ、どうだ?」
「……“エイリック”」
 ボスが呼んだのはだみ声のフェラルの名前だろうか。呼ばれた当の男はボスの方を一瞥してから、さも残念そうに、
「残念だが、ボスは対価での交換は引き受けないらしい。あんたはボスと勝負してもらう。買った方がどちらかの情報を得る。それしか手段はない。いいか?」
「おい、一勝負ってなんだよ」
 つい口を挟んでしまった。ネイトが背後に立つ俺を横目でみつつ、次に促すようにエイリックを見る。簡単さ、とエイリックは宣ってから、
「Vault居住者は知ってるだろう? トランプ遊びさ。ポーカーで一回勝負。それで勝敗が決まる」
 ポーカー? ……昔、リトルランプライトでお土産屋を営んでたニックナックがトランプをスカベンジャーから買い取ってたのを見た事があったな。あんなので昔の人は遊んでいたのか、とせせら笑ったもんだが、そのトランプ遊びがここで出てくるなんて予想もしなかった。
「いいだろう。……誰が相手するんだ?」
「私がやろう。こう見えても、ポーカーは得意なんだ。戦前からちょっとした腕前を持っててな、勝負する際は何かを賭けて、そして悉く奪ってきた。あんたには悪いが、我々も情報を得て食っていかなくてはならないのでね」
 ボスが名乗り出て、ポケットからトランプを取り出すと机に置く。黙ってネイトはトランプを取り、中身を改めるようにしてぱらぱらと長方形のカードをめくっていた。何をしているのかさっぱり分からない。一通りの知識は得ていても戦前の遊びまでは俺は詳しくない。
「いいだろう。特に変な仕掛けはなさそうだ」
 言って、ネイトはカードの束を再度机に戻す。ボスはそれを取って、器用な手さばきでカードを混ぜ始めた。まるで生きているかのような動き方に、思わず俺は目を奪われる。
「それで、あんたはどんな情報を出すんだ?」
 カードを切りながらボスが言った言葉に、ネイトは一瞬、ぎくりとした表情を浮かべたのを俺は見逃さなかった。……そういやネイトは銃器とかスティムパック等の生体賦活剤は持っているだろうが、情報って? 何かのホロテープとか? けどネイトの表情を見る限り、そういったものは持ち合わせてないようだ。
 どうするんだよ、と耳打ちしようか俺が迷っている間に、ネイトが待ってろ、とだけ言って俺に目線を配る。……何をする気だ?
 部屋の入口まで戻ると、ネイトは背後を気にしながら、とんでもない事を口に出してきた。
「マクレディ、アレを出せ。……昼間、手で丸めてた紙があっただろう。アレだ」
「は……はぁ?!」
 素っ頓狂な声を上げそうになる前に、ネイトの手が俺の口を覆った。
「静かにしろ。……情報に使えるような物が今一切持ってないんだ。目で見せられる物じゃないと相手は信用しない可能性が高い。頼む」
 そんな事言ったって、アレには……一番見られたくない奴に見られたらまずい事が書いてあるのに……!
 ネイトの手は暖かく、口を覆っていて息苦しいのに、俺は怒る気がどんどん失せていった。頼まれたら……昔の俺だったら絶対に嫌だと撥ね除けてただろう。でも……相手はネイトだ。……ルーシーに次いで、俺が心の底から大切だと思える人。 
 答えは頭の中に既に出ていた。……でも素直に頷いて渡すような事は出来ない。俺の気持ちを知られたらこの関係は崩壊する。それだけは避けたい。何としても。
「分かった。……けど二つだけ約束してくれ。絶対に、絶対に中を見るなよ。
 あと、つまり、これを使うって事は相手を騙す、って意味だよな? あんたが負けたら。あんたにとっても、俺にとっても良くない展開になるのは目に見えてる。だから絶対に勝ってくれ。そしてヒューイの居場所を教えて貰うんだ。
 ……それが守れるなら、渡してやってもいい」
 分かった、とだけネイトは答えた。ネイトは俺の口から手を離し、俺はダスターコートのポケットからあの丸めた紙切れを取り出し、彼の手に置いた。
 ネイトは書いてある方を見ないようにしながら、丸めた紙をてきぱきと整え、四つ折りにまとめると、踵を返してボスの方を向いた。
「こちら側の情報はこれだ。……戦前の崩れた一軒家で見つけた宝の地図。まだ見つけに行っていないから探せばあるものと思われる。対価としては十分だろう」
 戦前の宝の地図だなんて、よくそんな嘘がぺらぺらと思いつくものだ。最も戦前の宝の地図なんてジャマイカ・プレインよろしくロクなものじゃないのは間違いないだろうが、ボスは奇妙な事にその地図に目を奪われている。……戦前から生きてる奴の考えはよくわからないな。どうせガラクタしか入ってない宝の地図の情報なぞ欲しがるか? 普通。
「……いいだろう。そこに座ってくれ。カードを渡す」
 ネイトがボスと向かうようにして椅子に座ると、慣れた手つきでカードを数枚、自分とネイトに向かってぱっぱっと配り始めた。
 先攻はあんたに譲ろう、とボスが言い、互いに配られたカードの表面を見たところでゲームは静かに始まった。

 それからの事はあまり上手く説明できない。何故なら俺はポーカーというゲームのルールは知らないし、さして興味もなかった。ただネイトが勝ってくれればいい、それだけだった。
 結論から言えば、ネイトは勝った。よくは分からないが、とんでもなく強運を引き当てたらしく、わずか数手で勝てたのだ。……どんだけこいつは運に恵まれてるんだか。
 約束通り、ネイトは情報を得る事が出来た──ヒューイが今居る場所を。どうやらヒューイはこの言葉の真意は知らなかったらしく、成り行きで来てみたら合言葉を知っていただけに仲間に加わったらしい。一体どこでここの合言葉を知ったのかは、出会った時に聞けばいいだろう。
 かくしてネイトは嘘がばれず、こちら側の情報(という名の俺の気持ちが書かれた紙)を奪われる事無くヒューイの居場所を教えて貰い、ブレイサーのいるダイヤモンドシティ地下深くから、観客席側に通じる扉を再度くぐって外に出た時は既に太陽が顔を覗かせ始めた時間だった。

「あとはヒューイをテンパインズの断崖にある居住地まで連れ戻せば依頼完了だな。……しかし、結局眠れないまま夜が明けてしまったが……大丈夫か? マクレディ」
 観客席から壁を滑り落ちるようにして市街に戻りしな、ネイトが声をかけてくる。眠気なぞずいぶん前から吹っ飛んでしまい、戻ってこないままだ。さっさとこの依頼を終わらせて、サンクチュアリに戻ってから寝た方が気分よく眠れるだろう。
 ……それに。
「俺は大丈夫だ。それよりも……ヒューイの居る場所に向かう前に、アレ、返してくれよ」
 俺が右手を差し出すと、ネイトは思い出したのか、あぁと短く言って──四つ折りにされた紙を差し出してきた。
 気が変わられては困るため、急いで手をのばして差し出された紙を掴み、奪うようして取り戻す。……よかった。とりあえず当の本人には見られていない。後でしっかり破いておけば、証拠隠滅だ。
「よし。それじゃあさっさと行こうぜ、ネイト」
 言いながら相手の返事を待たず、俺はダイヤモンドシティの出入り口に向かって駆け出した。

 マクレディが入り口に向かって走っていくのを見ながら、ネイトは先程マクレディに渡した紙と似た、同じく四つ折りにされた紙を懐からこっそり取り出した。
 見た目の違いは殆どないのだが、今ネイトが持つ紙の方はやや折り目が複雑に出来ている。──ついさっきまで丸められていた紙が、皺を伸ばして四つ折りにされたもの。つまりマクレディがダスターコートに突っ込んでいた紙だった。
 思えばマクレディの態度は最初から奇妙だった。部屋に入った時にくしゃくしゃに丸めていたものを、捨てるどころかコートに突っ込み聞いてみても話を逸らすばかり──おかげで最初は何も思っていなかったネイト自身も気になってしまう有様。
 マクレディに返す前、手近な場所に落ちていた新聞紙を似たように四つ折りにして、それを彼に渡したという訳だ。幸いな事にマクレディは中身を改める事もせず、再びダスターコートのポケットに無造作に突っ込んだため気取られることはなかった。
「余程見られては困るものなのか……」
 そう内心呟きながら、ネイトは自分で折った紙を開いて表側を見る。中身を確かめてからマクレディのポケットにそっと入れておけばいい。最初はそう思っていた。
 ……一見しただけでは、ただ文字が数行書かれてあるだけだった。散文詩のような、独白のような、変な言葉があまり上手くない筆記体で書かれている。
 どれどれ、と読み始めるネイトだったが──最後の一文まできた所で、彼は紙を再び折りたたみ、再び懐にそれを押し込む。
 それからネイトは、とっくに街を出て行ったマクレディを追いかけて走り出す。
 その表情は少しだけ──はにかむように、照れるように。笑っていた。

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 クソ長い。

 すいません・・2章とえらく文章量が違います。おそらく2章の倍以上です。これはどうしてもここまで書かなくちゃいけないのと、まぁ場面展開が目まぐるしくて説明する部分が多いせいですね・・

 話に出てくるブレイサーというのは、とあるFO4のクエストMODから構想を得てます。というかセンターフィールドの構想もそっからきてますw探せばすぐ見つかると思うのでクエストMODで探してみてね。すごい良く出来てるMODで気に入ってます。

 まぁ次で終わります。大分今回は時間かかっちゃいましたけど中の人のリアル都合のせいで少し遅れました。ごめんなさい。ながい文章量がそれを表してると思いますw
 一応言っておきますけどハピエンなのでまぁ そうなりますよね。的な。

 これまた作中で出てくるポーカー一回勝負とか、トランプが出てきたのは同じポストアポカリプス世界を生き抜くゲーム「60 seconds!」から着想を得てます。あのゲームではトランプが割と役に立ったりしてますよね。面白いゲームなのでSteamで是非購入を。

 それでは今回も恒例のTwitterカード用SS集を。最後は変なのありますけど気にしないでやってください。

 
 なんでこういうシーンがあるのかというとまぁそういうゲイ向けのポーズMODがあるせいですね
 俺のせいではない!(苦し紛れの弁明

 では、最終章もお楽しみに。

 今回の章タイトルはHuey Lewis&The Newsの同名タイトル歌より。

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06.03.22:47

White Flag

日差しは既に上昇をキメており、さえぎる雲がないその光を存分に地上に降り注いでくれる。
 暑くはないが焼けるだろうな、と思いながら、仰いでいた空から視線を地上に戻し──俺の斜め前をすたすた歩いているネイトに目線を移す。
 ぴったりと肌に張り付くようなジャンプスーツを着込み、双肩には革製の鎧がつけられている。それでも殆ど体のラインがあらわになるスーツを着ているから、殆どの部位に筋肉がついているのが分かる。
 自分とは大違いだ、と思う。
 俺は元々薄暗い洞窟の中で16歳まで過ごしていたせいか、どちらかというと筋肉はつきにくく、ひょろりとしている。そのせいでネイトに何度となく、
「お前はよくそんな細長い体で、重いライフルを背負って長距離を移動できるな。
 若いから気力でどうにかしてるんだろうが、そんな事じゃ体がもたなくなるから肉を食えよ」
 などと嫌味なのか、軽口なのか分からないそれを言ってきては笑ってくれる。最初はそんな態度に苛々もしたが、後にそれが俺を気遣う事だったと気づいてからは反論が出来なくなった。
 ……というか、どうしてネイトは、いつも俺を旅に連れてってくれるのだろう?
 プレストンはいつもサンクチュアリを見回ったりしているが、何度かネイトとの旅に同行したいと言ってきた事があった。行きたいとそれとなく匂わせても、ネイトは笑ってごまかすだけだった、と。
 プレストンだけじゃない。ダイヤモンドシティにいるニック・バレンタインやパイパー、グッドネイバーのハンコックやコンバットゾーンに居るケイト──会う度に自分を連れてって欲しいと言いたげな事をネイトに伝えているのを見たことは一度や二度ではない。
 それでもネイトは俺を選んでくれた。……嬉しかったが、どうして俺なんだ、って聞くのは憚られた。……聞くのが怖かったのかもしれない。
 それは多分、胸の奥で疼くような感情が溢れ出てしまえば、この関係が破綻する事のは自明の理で、そうなるのを恐れているんだ。
 俺が我慢さえすれば、少なくとも、彼と旅は続けられる……それがいいのか悪いのかはさておき、自分にとって選択できるのはこの方法しかないのは痛いほどわかっているから。
「えらく今日は黙ってるんだな」
 ふっ、とネイトが声をかけてきたのが自分に対しての事だと気づくまでに軽く数秒程度の時間を要した。
「……いつもと同じだと思うけど」
 さりげなく平静を装う形で返答する。思えばサンクチュアリを出てから一言も会話をしていない。
「そうだったかな、いつもはどんな依頼だとか、どこに向かうんだとか、そういう事は聞いてきたように思えるけど」
 言われてみれば……とばつが悪い表情を浮かべるよりも先に、ほぼこちらの返事を待たずして再びネイトが口を開く。
「……さっき部屋に入った時、お前が手で丸めてたあれ、なんなんだ?」
 ぎくり、とした表情を見られまいと俺は咄嗟に俯いてみせる。──大丈夫だ、大丈夫だ、ネイトは何とはなしに聞いてきただけだ。俺が何を書いていたかなんて知る由もない。彼が超能力者でもない限り。
「た、ただ暇つぶしに落書きを書いてただけさ。別に見せるようなもんじゃない」
 やや無理がありそうな言い訳をするが、ネイトはそれ以上何も言ってこなかったのでほっとする。単に会話の埋め合わせのような形で口にしただけだろう。俺がいつも通りに振舞って忘れるさ。
 気を取り直して俺はネイトにプレストンからの新たな要請の話を聞くと、ネイトは歯切れの悪い返事をした。……さっきは俺に黙ってるなとか言っておいてその返事の仕方は何だよ。
「いや、プレストンは人が失踪した、ってだけの話を聞いたらしいんだ。ただその先は現地に出向かないと分からないらしくてな。人が失踪っていうと、スーパー・ミュータントがよくやる誘拐もどきのようなものかとも思ったんだが、どうもそうじゃないらしくて」
 大方、居住者が一人いなくなった事で残された奴が慌てふためいてミニッツメンに助けを求めたのだろう、気が動転してうまく伝わらなかったに違いない。スーパー・ミュータントが誘拐したんじゃないとしたら、ガンナー辺りが攫ったのかな、などと思いながら歩いていると、ネイトがひびや路床がむき出しになっている街道から逸れて歩き出す。どこに向かっているのか聞くと、テンパインズの断崖だった。サンクチュアリやら真東の山間にある斜面と崖が続く辺鄙な場所にある、こぢんまりとした小さな集落。
 元は立派なコテージか何かが建っていたその場所も長く放置されたせいで屋根などはとうの昔になくなり、今では僅かな残骸のみが遺された場所に小さな小屋を建ててひっそりと住む人たちがいる。俺がネイトと会う前に彼がその場所を居住者に向けて解放、整備を行ったとはいえ、立地が悪いせいか居住者はサンクチュアリの五分の一以下しかいない。その五分の一の人数が一人でも減れば大事になるのは当然と言えば当然だった。

「ええ、そうなんです。……息子は前々からここを出てダイヤモンドシティに行きたいと言っていました。──だから、てっきり一人でここを出て行ったのだろうと最初は思ってたんですが、突然すぎるし、何も言わずに向かうのも変な気がして……ミニッツメンに助けを求めた次第でして……」
 14時過ぎ。テンパインズの断崖にある小屋の前。
 小屋周辺は、断崖を利用してなのか、階段のような形状で段々重ねに土が耕され、その細長く仕切られた土の上には整然と並べられたテイトの苗が見える。土地を上手く生かした農耕栽培のやり方はネイトが教えたのだろう。今、ネイトと話している壮年をやや過ぎた男性以外は数人が畑作業に繰り出し、汗を流している。
 男性は失踪した男の親のようだった。母親は居ないらしい。ネイトが彼に二言三言質問をしながらそれを返す、といった形式でいくつか聞き込みをしている。
「そうか。あまり手がかりはないな……とりあえずダイヤモンドシティを探ってみようと思う。……ほかに何か気が付いた事とかはあるか?」
 ネイトが今しがたまで聞き込みの要点をメモしていた手帳を背後からちら、と見ると『ダイヤモンドシティ 聞き込み』とか『失踪は自ら計画的?』などと書かれてある。
「ヒューイがダイヤモンドシティに……あ、すいません。言い忘れてましたが息子の名前はヒューイと言います。──気が付いた事、ですか。
 そうですね……あまり意味がないかもしれませんけど……」
「意味がなくても、些細な事でも何でもいいんだ、何かあるのか?」
 ネイトが促すと、相手は首を振りながら、うーんと低く唸り声をあげた後、
「……ここ最近、変な事をよく呟いてました。なんだったかな……ずつ……違う、いろ……ずつ……違うな。何だったかな……全く意味がない言葉を何度か口にしてた──」
 などと何度か思い出そうと、ぶつぶつ呟き始める父親。ネイトは何も言わず、じっと相手を見ているが、俺はというと内心やれやれとため息をつきつつ、さっさとダイヤモンドシティに行こうぜ、ネイト──本気でそう言葉が喉から出かかっていた時だった。
「ああ、思い出した! そうだ、いろいっかいずつ、って言ってたんだ」
 素っ頓狂な声を上げて父親が発した言葉は、聞きなれないどころか最初は理解が追い付かなかった。イロイッカイズツ? なんだそりゃ? 
 しかしネイトは特段平静を保ちつつ、
「………色、一回ずつ。って意味か? それは」
 思い出した父親に聞き返す。父親は思い出した興奮で一度はぱっと晴れやかな顔を浮かべていたものの、
「……分かりません。ただ、何度か独り言のようにその言葉を発していたのは間違いないです。その時なんだそれは、って聞き返していれば、意味が分かったのかもしれませんが──え? いつからその言葉を、ですか? ……覚えてないです。誰かに何かを聞いたのかもしれない。ここは毎日のようにプロビジョナーや、キャラバンの商人が訪れるので、そこから何かを聞いたのかもしれない、としか……
 息子はよくそういう人達から、ダイヤモンドシティの話を聞くのが好きだったので……」
 首を横に振った表情は元に戻っていた。がっくりと肩まで落としている。余程息子が居なくなったのが堪えたのだろう。
 ネイトもまた、息子を探して連邦を彷徨う中俺と出会ってこうしているのだから、自分と同じ境遇を持つこの父親の気持ちが分からなくもない筈だ。勿論……俺も。
「色一回ずつ……それが失踪に関係しているかは分からないが、兎に角ダイヤモンドシティに向かってみる。
 消えてから数日は経過しているし、普通の足ならダイヤモンドシティに着いていてもおかしくない。──何かわかったら連絡しよう」
 そういって、ネイトは俺の方に踵を返した。黙ってこくり、と俺に頷いてみせ、そのまますたすたと歩いていく。
「……よろしくお願いします」
 彼を追うようにして走り出した俺の背後から、父親の消え入りそうな声が微かに聞こえ、消えていった。

「なんだかこれじゃ、探偵の仕事っぽいよな。ネイトは一時期ニックと仕事をしてた事もあったんだろ? ニックと組んでやるべき案件かもな、これ」
 思ってもない事を口にする。相変わらずの悪い癖が出てしまう。
「まだそうと決まった訳じゃない。変な言葉も聞いた事がないだけで、実際はあっちに向かえばすぐわかる事かもしれないしな。……なんだ、ニックと組んでほしいのか?」
 歩きながらふと、こちらを見るネイト。意地悪さを含んだ笑みが顔に現れている。……からかうつもりが俺がからかわれている気分で、面白くない。
「そ、そうしたけりゃそうすればいいさ。俺は探偵業なんて向いてない傭兵だしな。調べるのは得意じゃない」
 売り言葉に買い言葉。そう言われたらこう出るしか幕が引けない。自分の負けん気と意地っ張りがこう言わせてる。本当にニックと組んでしまったら? と心の中でちくりと針を刺すような痛みと共に。
 しばしネイトは横を歩く俺を見ていたが、ふっと笑って、顔を歩く方向へ戻しただけだった。……ああもう、こういう時に言えばいいんだよな、どうして俺と旅をしているのか、って。心にもない事はすんなり口から出るのに、どうしてこういう聞きたい事は聞けないのだろう?
「色一回ずつって言葉は何のことか分からないが──聞き込みをすれば、必ずヒューイは見つかるさ。……生きていれば、だけど」
 ネイトが空を仰ぐ。日は大分傾き始めていた。西日を感じる程ではないが、時刻は既に15時過ぎ。今からダイヤモンドシティに向かうとすると、まっすぐ歩いても着く頃は夜半過ぎといったところか。長い旅になるな。
「なら急いだほうがいいな。聞き込みするなら早い方がいい。人の出入りが多い街だから余計にな」
 至極当然な事を口にしただけだが、ネイトはへぇ、と感心するような素振りで俺を見やって、
「その通りだな。急ごうか、マクレディ」
 言い捨てて小走りに走っていってしまう。突然走るなよ、と心の中で愚痴りながら俺も走り出した。

 ダイヤモンドシティ。偉大なるグリーン・ジュエル。
 かつてここら一体がマサチューセッツ州と呼ばれた州の都として栄えたのがこのコモンウェルス──ボストンと呼ばれた都市だった。今ではその影も形もなくなり、栄華を誇ったであろうビルの廃墟や残骸のみが残る中で、然程被害がなかったこの球場跡地がダイヤモンドシティとなって生まれ変わり、再びまた人を集める都市のような役割を持ってからは、周辺地域に住む者達から羨望の眼差しとともに一度は住みたい、戻りたいと言われる場所。
 現市長がフェラルを追い出してからは、差別意識が市民にも伝播し、人造人間の騒ぎも相まって人々の心はどちらかというと荒んでいる。余所者を疑い、避けたりするだけに足らず、住人同士さえも互いを疑う目つきで過ごす様は異様というより互いを監視しているぞ、という暗黙のルールに基づいたコミュニティの形成を意味しており、ただでさえ傭兵なんて身分である俺はそんな世界に馴染む筈もなく、ネイトと出会う前は殆どと言っていいほど近づかない場所だった。
 それでも数少ない回数の間に、何度か馴染みの店はできた。ダグアウト・インもその一つだ。バディム・ボブロフの出す酒は密造酒含めて現実を忘れさせてくれたからだ。──ダンカンの事も、ルーシーの事も……。
 ネイトが現れ、俺の心を悩ませていた要因が吹き飛んで消えるうちに、俺が特別な感情を抱くのは当然だったのかもしれない。憧れが恋慕に変わるのは……そういえばもうずっと、酒で現実を忘れるという行為をしていない。ネイトの存在は確実に俺を変えてくれた。だからこそ、離れたくない。……傍に居たい。
 ははっ、……そんな事が素直に口に出来るなら、こうも悶々と行き場のない感情で心を悩ませる事もないのにな。
 
 ガシャン、と重い鉄製の扉が開かれる音と共に、薄暗い店内へと通じる細長い通路に出る。
 元は球場の跡地を利用した都市と先程述べたが、このダグアウト・インはかつてこの野球場で試合を行った選手たちの控室を利用して作られた酒場だ。かつてはその控室からホームベースに出るまでの細い通路を辿って選手が入場したものらしいが、今や酒場と変貌したおかげでその通路も、現実から逃げ出せる架け橋のような役割を醸し出している。嫌な記憶や生活を忘れ、酒精で頭をぼやかすだけの世界へ誘う架け橋。辛い時こそ、そういうのに縋りたくなる。
「よぅ、あんたか」
 細い通路を抜けた先は開けたホールとなっており、その壁に向かい合うようにしてカウンターがある。その真ん中にバディムはいつも突っ立っていた。
 ネイトは何度か俺と出会う前にここに来たらしく、バディムとは顔なじみだった。彼は返事をするより片手を振って見せ、カウンターに近づく。
「俺とマクレディに密造酒をくれ」
 とっときの酒を注文され、バディムは嬉しそうにいいねぇ、とロシア語訛りの英語で返す。俺の顔をちらと見ると、「マクレディ、いい奴と組んでるじゃねぇか」と一言。
「その台詞は前にも聞いたぞ、バディム」
「知ってるさ、けどお前は旦那と組んで人が変わっただろう、少なくともさ」
 どきりと心臓が跳ね上がったが、バディムが言っているのは俺の態度とかの事であって、俺が内心秘めている事じゃない。……他人にまで言われるとは、俺は自分で思う以上に変わったのだろうか。
 などと考えてしまう俺を余所に、バディムは密造酒をグラス二つに注いで寄越す。ネイトはそれを片方つまんで、「ほら」と、俺に手で渡した。黙って受け取りしな、カウンターに背を凭れかける姿勢に身を崩す。
 バディムと向かい合う姿勢を崩さず、しばし黙って飲んでいたネイトだったが、
「なぁ、バディム、一つ聞きたい事があるんだが……こんな言葉を聞いたことはあるかな、イロ、イッカイズツ、って言葉を」
 静かに切り出した。バディムははてな、という表情を浮かべ、
「色一回ずつぅ? なんだその言葉? 謎かけか?」
 店内には俺達同様に一人で飲む者が数人、ばらばらと腰かけて黙って酒を口に運んでいる奴らしかいなかった。そんな彼らにも聞こえる程度の声量でバディムはその言葉を口にしたのだ。わざとか、と疑うほどに。
「声が大きいぞ、バディム。……ちょっとした仕事の関係でさ、誰かこの言葉の意味を知らないか、って調べてる最中なんだ」
 たしなめつつ、さすがに人が失踪した事は言わないようだ。バディムは首を振りながら思い出すような素振りを見せたが、やっぱり知らない、と言い放つ。しかしそれでは終わらず、
「俺が知らないんだ、イェフィムも恐らく知らないだろう。けどとりあえず、その言葉の意味が知る奴がいねぇか探してみるよ。それとなく聞き込みしてみるさ」
 有難い申し出だった。ネイトが礼を述べると、照れくさそうにバディムがひらひらと手を振って見せる。
「あんたにゃ何度か助けてもらったしな。少しばかりのお返しってもんだ」
「いいね、バディム。助かるよ。そんじゃ折角だし乾杯といこうじゃないか」
 すかさず俺がそう言葉を挟むと、バディムは更に相好を崩した。俺とネイトは互いに持ったグラスを掲げ、バディムは密造酒のボトルをつかんだまま、互いに静かに乾杯と言い、グラスとボトルをかち合わせる。
 チン、と艶っぽい音が静かな店内に響いた。

 それから数時間のち。
 俺とネイトはまだダグアウト・インに居た。酒場の方ではなく、イェフィムから部屋を借りたのだった。
 何で部屋を借りたのか、ネイトはこのダイヤモンドシティに居室を持っているというのに……
 俺の疑問を余所に、ネイトはイェフィムから部屋を借りた。最初こそ、酔っ払って歩けないから部屋を借りたのかと思ったが、そうではなかった。
 室内は簡素というより質素な調度品がいくつかと、シングルベッドが一つ。そんな室内に俺と二人で入ったもんだから、最初こそ変な事を考えてしまったが、室内に入ってもネイトは寝る姿勢すら見せず、黙って部屋の隅に置かれた椅子に座っただけだった。
 寝ないのか、と聞いても、
「眠いなら寝ていていいぞ。……俺はちょっと待ってみる」
「待ってみる、って、何を?」
 至極当然の質問をしたのだが、ネイトは何も言わず黙っていた。
 何も伝えられず、何をしたらいいかも分からず、所在ない俺はネイトと向かい合うようにしてベッドの端に腰を掛けた──が、この数時間の経緯ってところだ。
 夜も更けたせいで、部屋の向こうの酒場は入った時よりも一層静まり返っている。俺もネイトも、座ってからは一言も発していない。酒場は24時間営業をしているから、恐らくドアを開ければそこにはバディムがいるのはわかるが、こうも静かな四角い部屋に二人だけしかいないと、世界から取り残された感覚にすら陥る。
 静かさと、妙な緊張感に慣れてしまったのか、俺は瞼が少しずつ重くなっていった。このままベッドに横になって眠りそうだ……
 ネイトの方をちら、と見ると、俺の背後にある扉の方をじっと見ているだけで、微動だにしない。その様子は何か気配を探っている様子でもあった。一体何を待っているのだろうか?
「……ネイト、俺寝てもいいか?」
 いい加減黙っていることにうんざりしてしまい、低く小さな声でそう言うと、彼は相変わらず黙ったまま頷いて見せた。極力音を出したくない様子だった。
 睡魔には勝てそうになかったので、俺はベッドに腰かけたまま横にすとん、と身を横たえた。何を待ってるのか知らないがもういい、眠りたい──と、睡魔が意識を掻っ攫う手前。
 ネイトがはっとした表情を浮かべて音もなく立ち上がった。ん? と思うより先に彼は目をまっすぐ俺の背後に向け、何かに意識を集中している。──俺の背後。扉の……前。
 途端、生存本能が体中にアラートを発した。起きろ! とばかりに俺はベッドから身を起こし、護身用にと右足に括っている10mmピストルをホルスターから引き抜く。ネイトはというと黙ったまま、武装はせずじっと身を構えていた。
 じゃりっ、と、床と靴が擦れあう音とともに、扉の向こう側から、扉と床の僅かな隙間を滑らせるようにしてすっ、と何かが室内に差し込まれる。そのまま足音一つ立てず。気配は去っていくのが分かった。
 完全に気配が消えると、ネイトも俺もほぼ同時にほっ、と息を吐く。まるでそれまでの間息を止めていたかのように。
「……これがあんたの言ってた“待ってみる”の意味か?」
 10mmピストルをホルスターに戻し、小声でネイトにそう伝える。困ったような彼の表情。
「いや、……まさかこうも早く来るとは思わなかったんだが……とりあえず何が差し込まれたのか見てみよう」
 部屋を横切り、床にある紙切れのようなものをネイトが手に取って中身を改める。……そのまま彼は黙って扉を開けた。勿論、誰の姿もない。酒場は既に人影がなく、バディムはカウンターに肘をついて頭をこくり、こくりと揺らしていた。
 開けた扉をぱたりと閉じてから、ネイトは困ったような表情を浮かべ、俺を見た。
「マクレディ、眠れなくなりそうだが……大丈夫か?」
「え? 眠れなくなりそうって、どういう……」
 俺の返事よりも先に、ネイトが差し込まれた紙の表側を俺に向けた。

“知りたければセンターフィールドに来い”


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  前回回り道どっさりフラグびっしりと言いましたが実際そうなりそうですね。
 どうもこんばんわ。前回に引き続き第二章です。二章目というのもあって割と長いです。
 本当はもう少し話を進めたところで区切ろうと思いましたが、うまくいかずこうなりました・・(汗
 
 漫画では中の人の画力が追い付かないため、ミステリ系な話になるとやっぱり小説の方に向かってしまいます。中の人はあまり文章力は上手くないですが、大体の書き方などは当時、小説家志望の友人が学校で学んだこととかを教えてもらった事もあって、状況描写と一人称視点の話しか書けません。前にもこれは書いてると思いますが。
 まぁ推理小説ばっかり読んでた時期が一時期あって、一時期小説家になりてーなあなんて思ってた時期もありました。ありました、ですよ。今は思ってませんよ。
 今迄も過去何度か、自分がプレイしたゲームを舞台にしたミステリ系小説は同人誌に出したり、Web小説として一時期はいろんな人にも読まれたりしましたけど、今は殆ど絵ばっかり描いてたので語彙力が大分低下してます。とほほ。
 なんでも継続ですね。

 まぁこの後どうなるのかっていうと、色々ありますが行きつく場所はちゃんと最初から決まってるので長くなりますけど最後までお付き合いいただけたら。
 とりあえず今週も更新が出来てよかった。前は木曜日を定期更新日としてましたけど、さすがに今はそんな余裕がないのでアレですが、毎週は目指しますので。こういうのは時期を開けると読む気が失せますからね;;

 じゃ、今回もTwitterカード用に画像を載せておきます。こういうネイト氏の目線俺は大好物ですww
 今回はマトモですよ・・

 次回もお楽しみに。
(今回のチャプタータイトルはDidoの同タイトル歌より)

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05.29.00:05

Where is My Wished

……自覚なんてなかった。
  ただ、気が付いたら目で追っていた。
  そりゃ、最初は戸惑った。
  あれ? なんで俺あいつの事をこんなにも気にしてしまうんだ? って。
 でも多分それは、俺だけじゃなくて。
  誰もがあいつを必要としてて。
 そりゃそうだよなあって、思うと同時に、ほんの少しだけ自分があいつと同性じゃなければって、変な事も思ったりも……した。
 ひょっとすると、最初は憧れていたのかもしれない。
 でも今は違う。……どうしたって敵わない。人間性も、魅力も、そして銃器の扱いも、俺とは雲泥の差だ。憧れるだけでお前にゃ無理だって言われるのがオチだ。
 だから、って訳じゃないけど、そう諦める事でじゃあ、どうして俺はあいつの事をこんなにも気にしてしまうのか……その理由が分かったんだ。
 好きだと思う……ネイトの事が。

「まぁ、でも今更そんな事言ったところで……なぁ」
 らしくない事をしていると自分で自分に毒づきながら、俺はたった今、右手で握りしめているナイフで荒々しく芯を削り出した不格好の鉛筆を握りしめ、一人ごちた。その手の下敷きになっている擦り切れた紙切れの残骸には、今しがた自分が気持ちを整理するために書いた散文詩とも独白とも似つかない文章が不揃いに並んでおり、改めて見返しつつ、はぁと溜息をつく。
 なぁ、ルーシー……ダンカンの事を救ってくれたネイトには感謝してるさ。最初はそれだけだったんだ。でも……まさかこんな変な感情に突き動かされるなんて思ってもみなかったんだ、本当だよ。
 心の中で亡き妻を偲びつつ、自分の行いを少しだけ言い訳してしまう。
 そんな中、ふっ、と声が聞こえたので眼前を──といっても、粗末な木製の掘っ立て小屋のような建物の中にこれまた粗末な椅子とテーブルがあるだけの質素といってもおかしくない部屋の先にガラスが嵌められていない窓框の先だ──見ると、サンクチュアリのメインストリート(民家同士を繋ぐ通りは一本しかないためこう呼ぶのに相応しい)を歩いているネイトと、彼になにやら話しているプレストンの姿が見えた。大方、彼の力を借りたいのだろう。
 そう、誰もが彼の力を借りたがっている。そして、その成すべき事を成し遂げる彼の姿は雄々しく、誰からも慕われている。このサンクチュアリを頼って連邦中から人が集まってくる程なのだ……おかげでこのサンクチュアリは、大規模な居住区の一つに生まれ変わった。他の人間ならこうは出来なかっただろう。誰もが自分が生きるのに必死で、周りに手を貸す余裕なんてなかった。それを成し遂げたのが──彼なのだから。
 などと何とはなしに、彼の姿をじっと見ていると、プレストンと話していたネイトが手を振って彼と別れると、まっすぐこちらに向かってきた。まずい。
 慌てて机にある紙切れを掴んだのと、ネイトが俺のいる部屋に入ってきたのはほぼ同時だった。
「マクレディ、仕事だ」
 部屋に入ってくるや否や、いきなりそんな言葉を出してくるこいつもどうかと思うが、それよりも俺は手に掴んだ紙をくしゃくしゃにして丸めている最中だったので、ネイトは口を開けたままぽかんとした様子で俺を見ている。
「し、仕事? 俺じゃなくて他の奴と行けよ」
 心にもない事を呟いてしまう。悪い癖だった。そんな事思ってもいないくせに口から出るのは心とは正反対の台詞。……ああ、わかってる。好きなのに正反対の事をするって幼い奴、って言いたいんだろ? そんな事自分でわかってるさ。こういう心と裏腹の言葉が出てしまうのは、自分の本心を気取られないため……大人がやるような事じゃない。けど、相手は俺よりずっと上の人で、そんな奴がこうして常日頃俺を頼ってくる訳だ。少しくらい拗ねる態度を見せても悪くない……筈だ。俺は一度あいつから受け取ったキャップを返しているし。
「……何してんだ?」ネイトが開けた口をぱくぱくさせた後、ようやく言葉を発してきた。その様子がどこか海で見かけた魚のような感じがして、思わず頬が緩みかけたが、
「べ、別に」
 余計な事を言えば何か探られると思った為、それ以上何も言わないに徹することとした。ネイトはきょとんとしていたが、すぐに気を取り直して再度俺に仕事の話を持ち掛けてくる。いつものプレストンからの「お使い」だった。彼がミニッツメンとして活動するのは良いと思うし感心もするが、プレストンのお使いの頻度は多く、そしてネイトはその都度俺を頼ってきた。それ自体は嬉しいのだけど、プレストンに恩を売るのはあまりいい気持ちがしない。俺はネイトを頼る事は殆どないのに、プレストンは事ある毎にネイトを頼るその姿勢が戴けなかった。……なんてことは無い、自分が人を頼るのが苦手な行為だというのを知ってて、それをあっさり出来るプレストンに俺は嫉妬しているのだ。
「分かった、行くよ。ついていけばいいんだろ」
 半ば投げやりに──内心とは逆だと再度付け加えておく──言うとネイトはこくりと頷いた。彼は準備が出来ているようなので、俺は慌てて部屋の隅に掛けておいたライフルを手にする。片手にくしゃくしゃに丸められた紙切れは、思案した挙句ダスターコートのポケットに無造作に突っ込んだ。部屋に置いておくと誰かに読まれるかもしれない。自分が所持している事が一番安全そうだった。

 と、思っていたんだけど……最初に言っておく。俺はその時その事をすっかり忘れていたのだ、と。
 何せ相手は一筋縄ではいかない相手だ。見くびってた訳じゃない。けど、それが結果的にはいい方向に行ったのだから、良しとしよう。
 これはそんな、いつもと同じ旅路だと思っていたらあらぬ方向へ向かい……最終的にはこれで良かったんだろうな、と思える物語──


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 数年ぶりにブログ小説を再開してみました。
 ご無沙汰しとります。コミケが終わり、夏がぽっかりサマーポケットのように開いてしまうため、何か創作をしていないといけない病の禁断症状が出てきたため、本当に数年ぶりにブログ小説を書いてみました。
 え? 新刊のあらすじに沿った小説は書いてただろうって?
 まぁそうですけど、今回は特に本にするつもりもなく、完結までちゃんと書くシリーズです。

 前のブログ小説は主人公がネイトではなくジュリアンでした。これはプレイヤーキャラクターがジュリアンだったから、という意味でそうして住み分けしてましたけど、今回書くブログ小説はパパマク寄りなので(冒頭から見ればわかりますねw)主人公は必然的にネイトになります。
 まぁ前の小説を書いてた頃は自分も今ほどじゃなかったんですけど、いやー何と言いますか一気に沼に引き込まれたといいますかねー
 あの頃は必死でそれを振り払ってましたけど、抵抗せずパパマク沼に堕ちてからはもう今の状況になってしまったとw
 そういう訳なので、多分パパマク寄りのブログ小説は今回が初になると思われますw一応中の人が好きそうなフラグべったり回り道どっさりの話になりそうですが、完結は決まってますけど肝心の中身がまだあやふやですw 一応毎週更新を目指しますのでどうぞ、最後までお付き合いくださいませ。

 画像一枚くらいは無いとアレなので載せておくw
 まぁ拡大するとすさまじく酷い画像ですので、そのまま素通りをお勧めします・・w

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