04.21.09:28
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09.22.20:56
Re:union
※Fallout4二次創作小説チャプター2です。その手の部類が苦手な方はブラウザバックでお帰りを。
これは第三章です。一章から読みたい方は前回の記事「Chain of reprisal」からお読みください。
「お前……マクレディか?」
言ってからしまった、と思ったが時既に遅し。バリケードの向こう側に居る彼の目はこちらを値踏みするようなそれをこちらに向け、
「……何故俺の名前を知ってる? 俺はお前なんか知らないぞ」
至極当然の質問を返してきた。今のが誘導尋問だったら確実に彼は引っかかっていただろうな、まだまだ考えが幼い──などと思ってしまう。
相手の口調からして、こちらを警戒しているのは間違いない。とりあえず何でも話してきっかけを作って、彼の居るバリケードの向こう側に行かないと──
「……まぁ、お前は知らないだろうがな、俺はお前を知ってるんだよ、マクレディ。とてもよく、と言った方がいいかな」
言ってみて随分とまあ、相手の神経を逆撫でするような事を口走っちまったもんだ、と内心自嘲してしまう。只でさえ警戒されているというのに。
「ふん、どうせ大方、ビッグ・タウンに向かった連中の誰かが口を滑らせたんだろうな。俺の悪口か何かを。……あんたもそれにつられて来たって言うならお門違いもいいとこだし、少なくともムンゴに利いてやる口なんて持ち合わせちゃいない。俺の気が変わらないうちにさっさと失せな」
にべもない言葉に少々顔がひきつる。……マクレディは確かに口が悪い。悪いのは今まで付き合ってきたし、そういう性格だってのは知っている……が! こんな幼い時代からこんな口の利き方してたなんて知らないぜ?
「ちょ、ちょっと待てよ、マクレディ」
「うるさい。……それ以上俺を引きとめようとしてみろ、あんたの額にデカイ穴開けても知らないぞ」
言いながら、幼いマクレディは手にしたままのアサルト・ライフルの銃口をこちらに仕向けてくる。脅すつもりなのだろうが、こちらだって形振り構ってられない。彼自身の記憶を破壊している薬の影響を失くすまでは──けど、その影響って一体どこでどうやって見分ればいいのだろう? ……まさか、今向き合ってる幼いマクレディは既に薬にやられてるって事は……ないよな。
「待てよ。……そういや俺、まだ名乗ってなかったよな。……俺の名前はジュリアンだ。宜しくな、マクレディ」
名乗りながら、にかっと笑ってみせた──やや顔が引きつっていたかもしれない──が、肝心のマクレディは何も言わず、黙ってこちらを凝視していた。時折眉間に皺を寄せて、こちらをじっと見つめている。どうしたんだ?
「……“ジュリアン”?」
俺の名前を反芻しながら、何かを思い出している様子だった。記憶の中に俺の名前があるのだろうか? ……でも、本来この時間軸に俺は存在しない。この頃の俺は、まだ連邦のVault111で眠らされ続けていたのだから──
「ああ。……思い出してくれたか?」
言ってる最中、思い出すも何も俺の名前を知らないだろうに……と内心ぼやいていたのだが、次の瞬間彼の口から出た言葉に俺は目を丸くした。
「……よく、思い出せない……何でだろう? 確か、Vault101に居たとか言ってた……」
Vault101……!
思わずあっ、と声を出してしまう。──そうだ。思い出した。俺が初めて、マクレディとサード・レールのVIPルームで出会った時。
マクレディは自分を雇えと言ってきて……そして俺はあいつと交渉して値切って200キャップで彼を雇ったんだった。
前払いだとぬかすので200キャップが入った袋を差し出して、俺は自分の名前を名乗った後──
『俺の名前はジュリアンだ。宜しく』
『えっ……ジュリアン? あんた、ジュリアンなのか?
俺を覚えてないか? リトル・ランプライトで市長をやってた頃の俺に、一度会っているだろう?』
あの時、マクレディは俺と同じ名前の別人と勘違いしていた。(※)
彼が幼い頃、リトル・ランプライトの市長をやってて、その際俺と同じ名前のVault居住者が訪れたとかなんとか……
その記憶の中のジュリアンと俺が混同しているのだろうか? ──けど、この混同は逆に使えるかもしれない。“Vault101のジュリアン”は、マクレディと会っていたという事実は聞いているのだから。
「……そうだ。俺は、Vault101から来た“ジュリアン”だ。俺を忘れちまったのか、マクレディ?」
話を合わせようと言ってみたものの、彼の表情は優れない。時折頭を数回、横に振りながら目を細める仕草は、必死で何かを振り払おうとしているようにも見えた。……おかしなことに、その動きと重なって、世界がざざっ、とアンテナ受信がし難い古いテレビのように世界が僅かに砂嵐に変わったりする。──彼の記憶の中の世界が躍動している。揺らぎには不安も恐怖も感じない。不思議なことに、この得体の知れない世界の中で俺はそう感じていた。
「──どことなく変な気がするが……最初からそう言えばいいのに」
落ち着きを取り戻したらしいマクレディがやれやれと言った様子でこちらに声を投げかけてくる。どうやら俺を記憶の中のジュリアンと俺を認識したみたいだった。
「そう言う前に手にした銃を向けてきたのはそっちだろ」
言ってから、ああ、まるで俺はいつもの姿の彼に言う口調と変わってないじゃないかと毒づく。──その時、脳裏に言葉が飛び込んできた。
『ジュリアン! ようやく見つけた!』
Dr.アマリの声だった。……どうやらマクレディの脳内から俺を見つけてくれたらしい。ほっとする。導き手である彼女が居るのと居ないのとでは大違いだ。
『よかった。……マクレディの記憶領域に一部反応があったから、それを辿ってみたらあなたに行き着いたのよ。ケロッグの時とは違って、破壊されて読み込めない箇所と、されてない箇所は半々といったところだから、見つけるのにかなり手間取ったけど──あなた何か彼の記憶に反応を示すような事をした?』
反応? ──そういや、さっきこの世界が砂嵐のようになったりしたな。あれが反応というものなら、そうなのかもしれない。
『……とりあえず無事にマクレディの脳内に侵入は出来た。ちょっと離れた場所にマクレディも居る。この場所は何処だか分かるか?
俺の名前を名乗ったら……何か思い出すような事をしたな。どうも昔、俺と同じ名前のVault居住者と会った事があるみたいで──』
アマリの声はこちらの脳裏に直接響いてくるため、バリケードの向こう側に居るマクレディには聞こえていない。……こちらの声が聞き取れるかは分からないが、とりあえず俺は返事を声に出さず、頭の中に思うようにして返答してみた。
『大丈夫。ちゃんと聞き取れてる。……今あなたが居る場所はマクレディの脳内でいうと第12セクターの領域内。現在22歳みたいだから、およそ10年前ね。私は年代別にセクター分けしているからこう呼んでるけど。
アンハッピーターンの影響が少なからず及ぼし始めている領域よ。既にいくつかのセクターからは反応が無くなってるのもある。思った以上に薬の影響が強いみたい。急いだほうがいいわ』
『急いだほうがいいっていうけど……俺は実際この世界、いやマクレディの頭の中で何をすればいいんだ?』
当たり前だが大切な質問をしてみる。彼女は返答に窮しているのか、しばし間が空いた後──
『正直なところ、分からない。どうすれば薬の影響を消し去る事が出来るかは私にも分からないの。ただ……記憶を破壊するものは確実に居る。それは彼の記憶の中で実体化をしているのは間違いない……筈よ。終わりの無い悪夢を延々と見せられると思ってもらったほうがいいかしら。
彼の記憶には居ない、もしくは居ても何かしら記憶と違う存在が必ず現れる。それを何とかして打ち破れば、薬の影響は徐々に威力を失い、無効化されていく筈。……科学者のくせして、仮定ばかりの話でごめんなさいね。けど……こんな事私も初めてだから』
元々第三者の記憶領域に入れるようになった事だって驚きなのに、それ以上のことを聞いてもそりゃ、知らない事に返事を窮するのは当たり前だ。要するに、倒せばいい。
俺の無い頭を絞ってもいい知恵なぞアマリ以上に出てくる筈がなかろう。元軍人として、マクレディの相棒として、やるべき事は悪夢の存在を倒せばいいという事だけだ。
『Dr.アマリ、その悪夢……アンハッピーターンの存在が分かるか? もし検知出来るようなら教えてほしい。あとはこっちで何とかしてみる』
『わ、分かったわ。何とかやってみる。とりあえずマクレディの近くに居れば、必ず影響が現れるはずよ。気をつけて』
よし、と──思った直後、ごぅん、と音を立てて目の前のバリケードとして成っていた巨大な一枚板が装置か何かによって持ち上げられた。いきなり大きな音が立った為か、先程の話の事もあって薬の影響が現れたのかとびくっとしてしまう。……が、そうではなかった。
バリケードの向こう側、明りの灯された岩肌むきだしの広間の真ん中に、マクレディがぽつんと突っ立っている。どうやら彼が開けてくれたらしい。気が変わらないうちに走ってバリケードをくぐり、マクレディの目前に立った。
……思った以上にマクレディは小さかった。頭一つ分大きいヘルメットにゴーグルをつけたものを被り、あまりに大きいそれがずり落ちないように工夫しているのか、頭とヘルメットの間には白いスカーフを首元まで伸ばし、マフラーのように結んで垂らしてある。その代わり、ヘルメットと首を固定するベルトは結わずに耳元で垂れ下がっていた。
帽子と同じ色の深緑の分厚いジャケットを羽織り、サスペンダーのように両肩に引っ掛けたベルトで固定してある。先程まで手にしていたアサルト・ライフルは背中に背負っていた。……どうやら彼の攻撃対象から外れたようだな。
「入れてくれてありがとう、マクレディ」
にこやかに挨拶をきめてみたが、当の本人はじろり、とこちらを見据え、
「俺を呼び捨てにするな。いくらあんたでも呼び捨てにしていいなんて言った覚えはないぞ。もう忘れたのか? 俺の事は“マクレディ市長”と呼べ、って」
つっけんどんな物言いに顔が再び引きつる。……しかしここで怒っても仕方が無い。だけどこういったあしらいをされてきたであろう、Vault101のジュリアンは内心どう思って対処してきたんだろうな……と心の中で不安になった。
「あ、ああ、すまないなマクレディ市長。俺の言い方が悪かった」
素直に謝ると、彼はふん、と鼻を鳴らしてすたすたと歩いていってしまう。慌てて俺は彼の後を追ってみたものの、「着いてくるな」の一点張り。
「そうは言っても……ここはリトル・ランプライトなんだろ?」
「当たり前な事をもっともらしく言わないでもらおうか。市長は忙しいんだ」言いながら奥へとどんどん歩いていくので、俺は彼の行く先を封じるかのように走って目の前に立ってみる。
「……どういうつもりだ?」と、苛立ちを隠せない表情でマクレディが呟いた。ガキの癖に凄みだけは一級品だな、──けどそんなの俺には通用しないぜ、マクレディ。
「ここの中を案内してくれよ。市長なんだからこの洞窟内の事なんて知り尽くしてるだろ?」
変わらずにこやかに言う俺と対照的に、これまた変わらずマクレディは上背が彼の頭一つ半高い俺を睨み付けながら、「断る」ときっぱり言ってくる。……かわいくねー奴。
「ああ、そうかい。……じゃあそれでもいいさ。俺はお前の傍から離れないからな」
と言ってのけるとさすがに変だと感じたのか、
「は? 何寝ぼけた事を言ってるんだ、あんた? 俺の腰巾着にでもなろうって魂胆か?」
腰巾着? ガキに──といっても12歳だが──似合わない言葉が出たと思うとおかしくて、思わずぷっと噴出してしまった。そんな俺をマクレディは憮然とした表情で見上げてくる。
「はは、おかしなことを言う奴だな、……そうじゃないよ。言うなれば、俺はお前の護衛を務めるみたいなもんさ。俺の事は気にしないでリトル・ランプライトを見回ればいい。ただし俺はお前の後ろをついて離れないからな。……ん? という事はやっぱり俺はお前の腰巾着みたいなもんか?」
にやにやしている俺を他所に、マクレディは俺の脇を通ってさっさと先に歩いていってしまう。ついていけない、といった態度に、不思議と親しみを覚えた。ショーンが大きくなったらあんな姿になるのかな──でもあいつみたいな酷い口答えをするような少年には育って欲しくない。
「待てよ、マクレディ」
踵を返し、彼の歩く方向に声をかける。黙って歩いて行ってしまうかと思いきや──つ、と彼の足が僅かな間、歩みを止めてくれた。こちらには顔を向けず、けど背後から近づいてくるであろう俺の足音を確認した後に再び歩き出す。
何だ、素直じゃない奴だな──にやにやしてしまう。思えば彼はこういう性格だったよな。ガンナー連中と手を切るために手を貸した時だって、こちらから言わなければ彼は水を向けてはこなかった。
苦しんでる時、助けが欲しい時、手を差し伸べてくれる人がいればどれだけ有り難いかをこの時の彼はまだ知らなかったのだろうか。
リトル・ランプライトの中を歩いていくうち、辺り一面岩肌だらけの世界の中で居住施設や商品を売るお土産屋などの建物が点在するのには驚いた。時折記憶がテレビに映る砂嵐のようにぶれ続けたりするものの、マクレディの記憶の中に存在するリトル・ランプライトの世界に俺は感心していた。……どうやらここは観光地だったようだ。しかしどうして子供だけの世界を作る事になったのかは分からないままだが──
その岩肌ひしめく広大な洞窟の中で、見かけた人物は一人も居なかった。……いや、俺だけが見えていないと言った方がいいかもしれない。
先頭を歩くマクレディは時折、顔を動かしてはその方向に居るであろう誰かに話している仕草を見せるのだが、俺が見てもそちらには誰の姿も見えなかった。……何故だ?
『Dr.アマリ、どうして俺には見えないんだろう? 記憶が侵食されているせいか?』
問いかけると、彼女はすぐに応じてくれる。傍にいるという証が心強い。
『……まだその辺りにおかしな変化は見られないわ。恐らく、単に彼の記憶の中にインプットされて無いだけじゃないかしらね。それを忘却と云うけど』
なるほど。そういう事も考えられるな。けど建物とか風景は記憶が鮮明に残っているらしい。戻れない故郷を鮮明に記憶に焼き付けようとしたのか、そういう経緯があったのかもしれないと思うと感慨深いものがあった。
「さっきから何をじろじろと見てるんだ?」
辺りをきょろきょろしてたのが癇に障ったのか、こちらを振り向いてマクレディが声をかけてくる。俺の一挙一動が目につくのだろう。そりゃまぁ、記憶の中のVault101のジュリアンと俺は違うからな。どんなもんかと見てみたくなるのは当然さ。
「いやなに、ここがお前の故郷なのかと思うと、見ておきたくなってさ」
「……? 何訳が分からない事をぬかす? ここが俺の故郷だとしても、それがあんたに何の関係がある?」
言われてみればその通りだ。でも……
「知っておきたいんだ。……お前はまだ、この場所でどういう事があって、どういう生き方をしてきたのか、俺に話してないからな」
こんな事言ったらますます混乱するだけだろう──けど実際、マクレディはこの場所の事をあまり話してくれないのは事実だった。話したくない理由も分かっている。
本来、俺がやっている事は彼にとっては決して有り難い事ではないのかもしれない。自分の記憶を第三者に曝け出しているも同然なのだ。知られたくない事があったら尚更隠すものだろう。──けど俺はマクレディを助けたいから来た。その行為が結果として彼にとっては身を切るような出来事だったとしても、俺は彼の辿ってきた歴史というには短すぎる生涯を、決して馬鹿にしたり卑下したりはしない。
「俺がそう言う事をぺらぺらと話すような奴に見えるのか、お前には?」
鼻で笑いながらマクレディは言った。嘲笑に近いものだったが。
「ははっ、……まさか」手をひらひらさせながら言いつつ、「──だから自分なりに記憶に留めておくんだ。“頭上に岩だらけの天井があった方が居心地がいい”とか、ここに住んでた住人の話とか、言うだけ言っておいてお前はその背景を一切話しちゃくれないしな」
「……俺じゃない誰かの話をしているんじゃないか? それとも俺をからかってるのか?」怪訝な表情でマクレディが呟く。俺は小さいマクレディに近づき、彼の肩にぽんと手を置いた。……心なしか、あたたかみを感じる。
「マクレディ……市長、あんたにとって、ここは居心地のいい場所だったか?」
手を振り払われるかな、と思ったが、マクレディはそんな事をせず、相変わらずこちらをじろりと睨み付け、「だから、なんでそんな事を聞いてくる? さっきも言ったが、お前に何の関係がある?」
それは俺が、お前の事を知りたいからだ──と、返事を返そうとした時だった。
『ジュリアン!』頭の中に響くDr.アマリの声。
突然金切り声のように響いてきたもんだから思わずびくっとしてしまい、それが肩に手を置いているマクレディにも伝わったらしく「おい、どうした?」と顔を上げて疑問を口にしてくる。
『おい、どうしたってんだ? 今マクレディと話を──』
しかし、こちらの返事を最後まで聞くつもりはないのか、再びDr.アマリの声が脳裏に飛び込んできた。
『近づいてきてる。アンハッピーターンの影響がすぐ近くまで。……ああもう、さすがに何処からとは分からないけど、あなたの傍に居るマクレディを狙っているのは間違いない。用心して!』
くそっ、と思わず声に漏らしたのをマクレディが耳ざとく聞きつけ、
「は? 誰がクソだって?」勘違いしたような事をぬかしてくる。……今はそんな事で言い合ってる暇はない。俺は辺りを見渡しつつ、
「マクレディ、俺の傍を離れるな」
肩においていた手をずらし、彼の手を握る。突然手を握られて何をしでかすのかと彼は一抹の不安でも覚えたのか、
「おい、なんだこの手は! 離せ!」彼は言いながらぶんぶん手を振ってくる振り払おうとしてくるではないか。
「静かにしろ!」と──マクレディに一喝したと同時に世界が一段階、暗くなったような気がした。……先程まで煌々と照らしていた豆電球の明りが奇妙な事に明滅し始めている。……近づいてきているのだ。薬の効果が。
と──辺りが暗くなった事で気をとられていた隙を狙ったのか、マクレディが力いっぱい振り払ったせいで思わず握っていた彼の手を離してしまった。──まずい!
「こちらの気が緩んだ隙に、俺をパラダイス・フォールズにでも連れて行くつもりだったのか? そうやって俺達を攫っては奴隷商人に叩き売るムンゴを何人も見てきたからな!」
叫びながらマクレディは俺から距離を取ろうと小走りで向こう側──どんどん暗くなっている方向へと走っていってしまう。くそっ、彼の手を離しちゃまずかったのに!
「マクレディ、誤解だ! ……というかそっちに行くな!」
こちらも走って彼の後を追いかける。
パラダイス・フォールズという地名は知らなかったが、奴隷商人という言葉でなんとなく察しはつく。キャピタル・ウェイストランドにはあるんだな……そういった奴隷を扱う商人の町が。
走っていくと、マクレディがかなり先で突っ立っている。辺りの電球は明滅を繰り返しており、暗がりのほうが分配が強くなってきている。早く行かないと彼の姿が闇に飲まれてしまいそうで──はぁはぁと息を荒がせながら走った。狭い洞窟内で走るのは危険だったが、形振りなぞ構っていられない。
「……マクレディ、そこから、動く、な」
息も絶え絶えで彼の傍まで走っていくものの、先程のように走って逃げようともしない彼の態度に違和感を覚え──視線の先に目を向けてみると、最初俺が入ってきたものとは別のバリケードが作られてあった。それはいいのだが──そのバリケードのこちら側に人が立っている。──背の小さい、膝丈まであるピンク色のワンピースを着た少女だった。
髪は短く、ヘアバンドをしており、こんな洞窟の中で住んでいる割には小奇麗な感じに見えただろう……彼女の周りを覆うようにして蠢いている黒い霧のようなものさえなかったら、だが。
「な……なんだ」
俺の声に反応したのか、マクレディが仰ぎ見ながら「くそ、お前、まだ俺の事を──」と言ってくるが、おかしなことにマクレディはその場から動けない様子……動けない?
ばっと彼の足元を見ると、黒い霧状のものがマクレディの両足を覆っているではないか。……まさか、あれが──
《マクレディ、あんた、何やってる訳?》
異質な声が響いてくる。どうみても人間の声じゃない──ノイズ混じりの、抑揚のない機械音声のような声が、少女の口から発せられたものだと気付くまでに僅かばかり時間を要した。
「なにをやってるか、だと……」マクレディは足を動かそうとするも、黒い霧がまとわりついているせいか、その場に立ち尽くすしかない格好になっている。辺りの電球は激しく明滅を繰り返し、闇と光を交互に繰り返しながら、明りが灯る度に少女が音も無く近づいてきている事に俺は若干戦慄した。
今まで実体している他人を見ていない。マクレディはこの記憶の保持者、俺はそこに入り込んだ異質な存在。そしてそれ以外の存在といったら……アンハッピーターンの影響しか考えられない。彼女はマクレディの記憶の中に居る人物を借りた悪夢そのものだ──
音も無く近づいてきた少女はマクレディの目前でひたりと止まると、ぎろりと俺を睨み付けてびっ、と左手の人差し指を突きつけ、
《やってるじゃない。ムンゴをこの中に入れるなんて、あんた頭どうかしてるの? 市長として自覚ある?》
「自覚だと? 少なくとも俺はプリンセス、お前みたいな無茶な提案を市民に要求したりはしていない。お前のほうが余程──」
プリンセスと呼ばれた少女──恐らくあだ名だろうが──は、俺に向けた指下ろすとにたりと君の悪い笑みを浮かべ、マクレディの胸倉を突然ぐっと掴んだ。マクレディが息を詰まらせる音を立てる。
「おい! 何やってるんだ──」
マクレディを掴む彼女の手を掴もうとした自分の手だったが──すっ、と、彼女の腕を貫通し空を切った。えっ、と考える余裕も与えず、何の手ごたえも与えず、空を切ったのだ。……どうして?
「プリンセス、俺に掴みかかるとはいい度胸してるな、もう一度殴られたいのか? 5分で政権交代させたあの時と同じように?」
変わらない口調でマクレディがプリンセスと対峙している最中も、俺はなんとか彼女の腕を引き剥がそうと躍起していた。が、虚空を切るだけで何もつかめない。黒い霧がどんどん強くなってきているのに。
《ああ、そうだったねぇ、あんた、私を殴ったんだったっけねぇ。
じゃあ何倍にも返してやるよ。そうすれば、皆目が覚めるでしょ。……あんたがどんだけ軟弱者か、ってね!》
言うが否や──プリンセスは空いていたもう片方の右手で、次の瞬間にはマクレディの左頬にグーパンチをめり込ませていた。
止める余裕もなかった。マクレディは成す術なく吹っ飛ばされ、岩肌に背中を叩きつけられて倒れてしまう。──明らかに少女の力ではない。悪夢そのものとDr.アマリが言ったのはあながち間違いじゃないのかもしれない。
「マクレディ!」
慌てて駆け寄り、身を起こしながら彼の頬を叩く。うぅ、とうめき声をあげながらも彼は何とか意識は保っていたが朦朧としているらしく頭がくらくらしている様子だった。
『Dr.アマリ! どうすればいい? 俺じゃ彼女──違う、アンハッピーターンの影響を止められない! 俺はその影響に触れるどころか、攻撃すら出来ないんだ!』
呼びかけると、これまた慌てた様子のDr.アマリの声が響いてくる。
『そうだったわね……その可能性を捨ててたわ。彼の脳内にとって、彼と、現在影響を及ぼしている薬の効果以外触れられるものはないって……あら? でも、ジュリアンはマクレディに触れたのよね?』
『触れるも何も、今も彼の身体を抱えているが?』呼びかけに応えつつ、俺は彼の身体を抱えこみ、プリンセスの居るほうを向く。彼女はにたにた笑いながら、音も無くこちらに近づいてきていた。
『……ああそうか、ジュリアンは今マクレディと一時的とはいえ“道”が繋がっているからなのね。なら、影響に攻撃を与える事も出来るようになる筈よ。
繋がりを強く認識するの。彼に触れていたほうがいいかもしれないわ。そうすれば多分──』
強く認識ったってな──けど、このままじゃマクレディがやられるのを黙って見てるだけになっちまう。手段はあるんだ。彼を助ける希望の光は。
手探り状態の俺を他所に、音も無く近づいてきたプリンセス──いや、すでに黒い霧と同化しており見分けがつかない──が、赤い口を開いてにやりと笑ってこちらを見据え、
《そいつを寄越せ》
「断る」
言い切ると同時に、黒い霧がぶわっ、と自分に襲い掛かった。マクレディの足についたもの同様、四肢にまとわりつこうとするも霧は俺の足を通り過ぎてしまう。
《何故だ! 何故お前は影響を受けない!》
蠢く霧が、相変わらずノイズ混じりの機械音声で叫ぶ。そりゃ俺は彼の記憶の中の存在じゃないから、薬の影響は一切受けないだろう。
「あんたの影響なんかこれっぽっちも受けないさ。俺はマクレディを助けに外からやってきたんだ! 彼の記憶を是正するためにな!」
叫びながらそうだ、と確信した。俺はマクレディを助けに来た。それだけに意識を集中すればいいんだ。何を難しく考えていたんだ? 俺。
黒い霧からマクレディを遮りながら一つだけ願った──この黒い霧から彼を守るために俺は来た。──そのための力を俺に与えてくれ。
思うと同時に、右手に何かが具現化しはじめた。すぐにそれが俺がいつも愛用しているコンバットライフルだと気付く。重さを感じないそれは、小さなマクレディを抱える俺の手でも扱えるものだった。
「う、っ……」マクレディが呻きながら朦朧とした意識から回復した様子で、頭を振りしな、薄ら目を開けてくる。
「よぅ市長、立てるか?」彼の顔を覗き込みながら言うと、瞬間びくっと身体を震わせたマクレディが、次には自分が相手に抱えられているものだと悟り、
「なっ……何を馬鹿な事をしてるんだ、さっさと下ろせ!」変わらず悪態を吐いてくる。やれやれ、威勢だけは一丁前だな。
「下ろすのはいいが、決して俺から離れるなよ。いいな?」念を押しつつ、俺は彼を開放してやった。立ち上がった彼は辺りを覆う黒い霧の先を見て、再び身体を震わせた。
「あれは……プリンセス?」
既に霧で覆いつくされた黒い物体を凝視している。まだプリンセスの実体を得ているのだろうか? 俺には黒い霧の塊にしか見えないのだが──
彼にとっては、彼女もまたリトル・ランプライトの市民だ、本来ならば彼の眼前で彼女を撃つのは気が退ける──またも誤解を受けるかもしれない。けど、倒さなくては彼の記憶はいずれ蝕まれてしまうのは間違いない。──誤解なぞ、後で幾らでも弁明できるさ。
身を屈めて片膝で立ちながら、俺は照準を彼女──もとい、アンハッピーターンに合わせた。マクレディは黒い塊を見て畏怖したのか、俺の背後に後じさりしていく。
彼の爪先が、俺のブーツの踵に触れているのが唯一、彼と触れている箇所ではあった。そこだけ不思議と温かみを感じるのだ。
俺は躊躇わずに引き金を引いた──ぱしゅっ、とサイレンサーつきの影響もあって、僅かな空気音のみで発射した弾は照準から違うことなく霧にぶちあたった直後、ぎゃっ、とうめき声と同時に銃弾を受けた場所からまばゆい光が一筋零れ出てきた。
それがきっかけとなり、黒い霧を貫くようにいくつも光の筋が溢れていき──やがてばんっ、と四散するような音を立てて……霧は消えた。
明滅を繰り返してた電球は何も変わらず、岩肌だけのリトル・ランプライトを煌々と照らしている。──不思議と辺りの温度があったかくなった感じに思えた。
「な……なんだったんだ、今のは?」
マクレディがぽつりと漏らす。俺は立ち上がり、コンバット・ライフルを背中に背負ったホルダーに掛けると、振り向いて再度腰を屈め、彼の目をじっと見た。
脳裏でDr.アマリが『やったのね? 薬の影響が消えてるわ!』などと叫んでいたが俺は返事を返さず、マクレディの双肩に両手を置いた。
「もう大丈夫だ。脅威は居なくなった」
「脅威って……さっきまであった黒い何かか?」
そうだと答える。俺はそれからお前を救いにここに来たのだ、ともくっつけて。
「よく分からないが……あのプリンセスのパンチはきつかった。腫れたら暫く口が開きにくくなるかもしれないな」
またしても噴出してしまう。やれやれ、お前は随分とタフガイなんだな。まぁ、だからここでも、キャピタル・ウェイストランドでも、そして連邦でも生き残ってこれたのだろう。
「マクレディ、……さっきは誤解させるような事を言ったりして悪かったな。
でもこれで分かっただろ? お前の傍を離れないって言った意味が」
にやりと笑ってみせると、気持ち悪いとでも思ったのだろうか、彼は俺の手を丁寧に肩から下ろすと、「……離れたくないなら好きにすればいい」とだけ言い捨ててさっさと広間の方へと戻っていってしまう。やれやれ、全く素直じゃないな。
俺も立ち上がり、彼の歩いて行った方向に足を一歩踏み出そうとした瞬間──突如その足元が消えた。ぱっ、と、何の前触れもなく。
えっ、と思う余裕すらなく、引力に逆らえず俺の身体が落ちていった。自らの制御が利かないまま落ちていくと、やがてぼぅ……とにわかに周りが明るくなったと同時に、再びあの記憶の欠片がまとわりついてきた。
「またこれかよぉぉ?!」
叫びながら上を見上げると、先程まで自分が立って居た世界がぴかっと輝き、同時に一枚の記憶の欠片となって辺りを漂い始める。やがてそれは集まり旋風のように、俺の身体をもみくちゃにしていく。
今度は何処だ? 何処に飛ばされるんだ──!
纏わりついてきた記憶の欠片が、最初に見た時同様ふっ……と消えたかと同時に、再びあの衝撃が顔全体に広がった。ばん! と叩きつけられるようにして顔を地面にめり込ませている自分。……だから、何でこうなる?
「いっ、いて、ててて……」
めり込んだ顔を持ち上げ、腰を上げて辺りを見渡すと──外の世界だった。とはいえ、あたりは真っ暗で、明り一つ見えない。荒野の真ん中で地面に叩きつけられるとは、なんとも情けない話だが、生憎誰の姿も気配も感じなかった。
「道理で土臭い訳だ……」
顔についたものを手で払うと、簡単にそれが落ちる。長い間雨が降っていないのか、ぱさぱさで水分を含んでいなかった。落ちやすくてありがたいが、とても不安になるものだな。──けど、ここは何処だろう?
Pip-boyの明かりはリトル・ランプライトに居た時からつけっぱなしだったが、何故か見てみたら消えていた。明りをつけつつ、今居る場所が何処なのか分かるかと操作して地図を表示させようにも、画面は何の反応も示してはくれない。
所詮意識で作っているだけあって、本物と変わらぬ動きなどする訳ないか──やれやれと漏らしながら、何処に行こうかと辺りを見渡した瞬間、遠くの方でちらっ、と人影が動いたような気がした。
「……誰だ?」
アマリに呼びかけてもまた俺を見失ったのか、反応がない。どうやらあの人影を頼って行くしかなさそうだった。一人ではなかった気がしたが。
人影は建物の一角に消えたようだった。その中に入ったのだろう。月の無い夜の荒野を走っていくと、やがてその建物が見えてきた。エスカレーターが4台位並列してあり、その下、踊り場を経て扉、というかフェンスで作られたそれが一つあるだけ。勿論エスカレーターはどれも動いておらず、辺りは静まり返っている。
入り口脇につけられてある看板を見ると──どうやらここは、地下鉄の駅のようだった。
※当ブログ記事内「Quirk of fate」参照。
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長すぎるぅぅ!
という意見が出てきそうだな。ってくらい長い。長い上に中の人も打ってて大変。
でも頭の中で考えている事を全部詰め込んでるので結構楽しいです。読んでる人も楽しんでくれるとうれしいなあ。
さて、次の話ですが・・分かる人はもう分かりますよね。
次の話の為に今回の話を作ったといっても過言じゃないくらい、この話をど~~~~~~~~~~~~~~しても書きたかったんです。いずれ漫画でも挿絵でも描けたらいいのだけど。(もしくは誰かが描いてもいいです笑
多分あと2回で終わると思いたいです。この長さがまだまだ続く訳ですな。
読んでくれている人がいるかどうかいるか分からんですが、どうぞお楽しみに。
ここ数週間マメに更新できててえらいぞ自分。
この調子で続けていけたらいいですね。 ではまた。
これは第三章です。一章から読みたい方は前回の記事「Chain of reprisal」からお読みください。
「お前……マクレディか?」
言ってからしまった、と思ったが時既に遅し。バリケードの向こう側に居る彼の目はこちらを値踏みするようなそれをこちらに向け、
「……何故俺の名前を知ってる? 俺はお前なんか知らないぞ」
至極当然の質問を返してきた。今のが誘導尋問だったら確実に彼は引っかかっていただろうな、まだまだ考えが幼い──などと思ってしまう。
相手の口調からして、こちらを警戒しているのは間違いない。とりあえず何でも話してきっかけを作って、彼の居るバリケードの向こう側に行かないと──
「……まぁ、お前は知らないだろうがな、俺はお前を知ってるんだよ、マクレディ。とてもよく、と言った方がいいかな」
言ってみて随分とまあ、相手の神経を逆撫でするような事を口走っちまったもんだ、と内心自嘲してしまう。只でさえ警戒されているというのに。
「ふん、どうせ大方、ビッグ・タウンに向かった連中の誰かが口を滑らせたんだろうな。俺の悪口か何かを。……あんたもそれにつられて来たって言うならお門違いもいいとこだし、少なくともムンゴに利いてやる口なんて持ち合わせちゃいない。俺の気が変わらないうちにさっさと失せな」
にべもない言葉に少々顔がひきつる。……マクレディは確かに口が悪い。悪いのは今まで付き合ってきたし、そういう性格だってのは知っている……が! こんな幼い時代からこんな口の利き方してたなんて知らないぜ?
「ちょ、ちょっと待てよ、マクレディ」
「うるさい。……それ以上俺を引きとめようとしてみろ、あんたの額にデカイ穴開けても知らないぞ」
言いながら、幼いマクレディは手にしたままのアサルト・ライフルの銃口をこちらに仕向けてくる。脅すつもりなのだろうが、こちらだって形振り構ってられない。彼自身の記憶を破壊している薬の影響を失くすまでは──けど、その影響って一体どこでどうやって見分ればいいのだろう? ……まさか、今向き合ってる幼いマクレディは既に薬にやられてるって事は……ないよな。
「待てよ。……そういや俺、まだ名乗ってなかったよな。……俺の名前はジュリアンだ。宜しくな、マクレディ」
名乗りながら、にかっと笑ってみせた──やや顔が引きつっていたかもしれない──が、肝心のマクレディは何も言わず、黙ってこちらを凝視していた。時折眉間に皺を寄せて、こちらをじっと見つめている。どうしたんだ?
「……“ジュリアン”?」
俺の名前を反芻しながら、何かを思い出している様子だった。記憶の中に俺の名前があるのだろうか? ……でも、本来この時間軸に俺は存在しない。この頃の俺は、まだ連邦のVault111で眠らされ続けていたのだから──
「ああ。……思い出してくれたか?」
言ってる最中、思い出すも何も俺の名前を知らないだろうに……と内心ぼやいていたのだが、次の瞬間彼の口から出た言葉に俺は目を丸くした。
「……よく、思い出せない……何でだろう? 確か、Vault101に居たとか言ってた……」
Vault101……!
思わずあっ、と声を出してしまう。──そうだ。思い出した。俺が初めて、マクレディとサード・レールのVIPルームで出会った時。
マクレディは自分を雇えと言ってきて……そして俺はあいつと交渉して値切って200キャップで彼を雇ったんだった。
前払いだとぬかすので200キャップが入った袋を差し出して、俺は自分の名前を名乗った後──
『俺の名前はジュリアンだ。宜しく』
『えっ……ジュリアン? あんた、ジュリアンなのか?
俺を覚えてないか? リトル・ランプライトで市長をやってた頃の俺に、一度会っているだろう?』
あの時、マクレディは俺と同じ名前の別人と勘違いしていた。(※)
彼が幼い頃、リトル・ランプライトの市長をやってて、その際俺と同じ名前のVault居住者が訪れたとかなんとか……
その記憶の中のジュリアンと俺が混同しているのだろうか? ──けど、この混同は逆に使えるかもしれない。“Vault101のジュリアン”は、マクレディと会っていたという事実は聞いているのだから。
「……そうだ。俺は、Vault101から来た“ジュリアン”だ。俺を忘れちまったのか、マクレディ?」
話を合わせようと言ってみたものの、彼の表情は優れない。時折頭を数回、横に振りながら目を細める仕草は、必死で何かを振り払おうとしているようにも見えた。……おかしなことに、その動きと重なって、世界がざざっ、とアンテナ受信がし難い古いテレビのように世界が僅かに砂嵐に変わったりする。──彼の記憶の中の世界が躍動している。揺らぎには不安も恐怖も感じない。不思議なことに、この得体の知れない世界の中で俺はそう感じていた。
「──どことなく変な気がするが……最初からそう言えばいいのに」
落ち着きを取り戻したらしいマクレディがやれやれと言った様子でこちらに声を投げかけてくる。どうやら俺を記憶の中のジュリアンと俺を認識したみたいだった。
「そう言う前に手にした銃を向けてきたのはそっちだろ」
言ってから、ああ、まるで俺はいつもの姿の彼に言う口調と変わってないじゃないかと毒づく。──その時、脳裏に言葉が飛び込んできた。
『ジュリアン! ようやく見つけた!』
Dr.アマリの声だった。……どうやらマクレディの脳内から俺を見つけてくれたらしい。ほっとする。導き手である彼女が居るのと居ないのとでは大違いだ。
『よかった。……マクレディの記憶領域に一部反応があったから、それを辿ってみたらあなたに行き着いたのよ。ケロッグの時とは違って、破壊されて読み込めない箇所と、されてない箇所は半々といったところだから、見つけるのにかなり手間取ったけど──あなた何か彼の記憶に反応を示すような事をした?』
反応? ──そういや、さっきこの世界が砂嵐のようになったりしたな。あれが反応というものなら、そうなのかもしれない。
『……とりあえず無事にマクレディの脳内に侵入は出来た。ちょっと離れた場所にマクレディも居る。この場所は何処だか分かるか?
俺の名前を名乗ったら……何か思い出すような事をしたな。どうも昔、俺と同じ名前のVault居住者と会った事があるみたいで──』
アマリの声はこちらの脳裏に直接響いてくるため、バリケードの向こう側に居るマクレディには聞こえていない。……こちらの声が聞き取れるかは分からないが、とりあえず俺は返事を声に出さず、頭の中に思うようにして返答してみた。
『大丈夫。ちゃんと聞き取れてる。……今あなたが居る場所はマクレディの脳内でいうと第12セクターの領域内。現在22歳みたいだから、およそ10年前ね。私は年代別にセクター分けしているからこう呼んでるけど。
アンハッピーターンの影響が少なからず及ぼし始めている領域よ。既にいくつかのセクターからは反応が無くなってるのもある。思った以上に薬の影響が強いみたい。急いだほうがいいわ』
『急いだほうがいいっていうけど……俺は実際この世界、いやマクレディの頭の中で何をすればいいんだ?』
当たり前だが大切な質問をしてみる。彼女は返答に窮しているのか、しばし間が空いた後──
『正直なところ、分からない。どうすれば薬の影響を消し去る事が出来るかは私にも分からないの。ただ……記憶を破壊するものは確実に居る。それは彼の記憶の中で実体化をしているのは間違いない……筈よ。終わりの無い悪夢を延々と見せられると思ってもらったほうがいいかしら。
彼の記憶には居ない、もしくは居ても何かしら記憶と違う存在が必ず現れる。それを何とかして打ち破れば、薬の影響は徐々に威力を失い、無効化されていく筈。……科学者のくせして、仮定ばかりの話でごめんなさいね。けど……こんな事私も初めてだから』
元々第三者の記憶領域に入れるようになった事だって驚きなのに、それ以上のことを聞いてもそりゃ、知らない事に返事を窮するのは当たり前だ。要するに、倒せばいい。
俺の無い頭を絞ってもいい知恵なぞアマリ以上に出てくる筈がなかろう。元軍人として、マクレディの相棒として、やるべき事は悪夢の存在を倒せばいいという事だけだ。
『Dr.アマリ、その悪夢……アンハッピーターンの存在が分かるか? もし検知出来るようなら教えてほしい。あとはこっちで何とかしてみる』
『わ、分かったわ。何とかやってみる。とりあえずマクレディの近くに居れば、必ず影響が現れるはずよ。気をつけて』
よし、と──思った直後、ごぅん、と音を立てて目の前のバリケードとして成っていた巨大な一枚板が装置か何かによって持ち上げられた。いきなり大きな音が立った為か、先程の話の事もあって薬の影響が現れたのかとびくっとしてしまう。……が、そうではなかった。
バリケードの向こう側、明りの灯された岩肌むきだしの広間の真ん中に、マクレディがぽつんと突っ立っている。どうやら彼が開けてくれたらしい。気が変わらないうちに走ってバリケードをくぐり、マクレディの目前に立った。
……思った以上にマクレディは小さかった。頭一つ分大きいヘルメットにゴーグルをつけたものを被り、あまりに大きいそれがずり落ちないように工夫しているのか、頭とヘルメットの間には白いスカーフを首元まで伸ばし、マフラーのように結んで垂らしてある。その代わり、ヘルメットと首を固定するベルトは結わずに耳元で垂れ下がっていた。
帽子と同じ色の深緑の分厚いジャケットを羽織り、サスペンダーのように両肩に引っ掛けたベルトで固定してある。先程まで手にしていたアサルト・ライフルは背中に背負っていた。……どうやら彼の攻撃対象から外れたようだな。
「入れてくれてありがとう、マクレディ」
にこやかに挨拶をきめてみたが、当の本人はじろり、とこちらを見据え、
「俺を呼び捨てにするな。いくらあんたでも呼び捨てにしていいなんて言った覚えはないぞ。もう忘れたのか? 俺の事は“マクレディ市長”と呼べ、って」
つっけんどんな物言いに顔が再び引きつる。……しかしここで怒っても仕方が無い。だけどこういったあしらいをされてきたであろう、Vault101のジュリアンは内心どう思って対処してきたんだろうな……と心の中で不安になった。
「あ、ああ、すまないなマクレディ市長。俺の言い方が悪かった」
素直に謝ると、彼はふん、と鼻を鳴らしてすたすたと歩いていってしまう。慌てて俺は彼の後を追ってみたものの、「着いてくるな」の一点張り。
「そうは言っても……ここはリトル・ランプライトなんだろ?」
「当たり前な事をもっともらしく言わないでもらおうか。市長は忙しいんだ」言いながら奥へとどんどん歩いていくので、俺は彼の行く先を封じるかのように走って目の前に立ってみる。
「……どういうつもりだ?」と、苛立ちを隠せない表情でマクレディが呟いた。ガキの癖に凄みだけは一級品だな、──けどそんなの俺には通用しないぜ、マクレディ。
「ここの中を案内してくれよ。市長なんだからこの洞窟内の事なんて知り尽くしてるだろ?」
変わらずにこやかに言う俺と対照的に、これまた変わらずマクレディは上背が彼の頭一つ半高い俺を睨み付けながら、「断る」ときっぱり言ってくる。……かわいくねー奴。
「ああ、そうかい。……じゃあそれでもいいさ。俺はお前の傍から離れないからな」
と言ってのけるとさすがに変だと感じたのか、
「は? 何寝ぼけた事を言ってるんだ、あんた? 俺の腰巾着にでもなろうって魂胆か?」
腰巾着? ガキに──といっても12歳だが──似合わない言葉が出たと思うとおかしくて、思わずぷっと噴出してしまった。そんな俺をマクレディは憮然とした表情で見上げてくる。
「はは、おかしなことを言う奴だな、……そうじゃないよ。言うなれば、俺はお前の護衛を務めるみたいなもんさ。俺の事は気にしないでリトル・ランプライトを見回ればいい。ただし俺はお前の後ろをついて離れないからな。……ん? という事はやっぱり俺はお前の腰巾着みたいなもんか?」
にやにやしている俺を他所に、マクレディは俺の脇を通ってさっさと先に歩いていってしまう。ついていけない、といった態度に、不思議と親しみを覚えた。ショーンが大きくなったらあんな姿になるのかな──でもあいつみたいな酷い口答えをするような少年には育って欲しくない。
「待てよ、マクレディ」
踵を返し、彼の歩く方向に声をかける。黙って歩いて行ってしまうかと思いきや──つ、と彼の足が僅かな間、歩みを止めてくれた。こちらには顔を向けず、けど背後から近づいてくるであろう俺の足音を確認した後に再び歩き出す。
何だ、素直じゃない奴だな──にやにやしてしまう。思えば彼はこういう性格だったよな。ガンナー連中と手を切るために手を貸した時だって、こちらから言わなければ彼は水を向けてはこなかった。
苦しんでる時、助けが欲しい時、手を差し伸べてくれる人がいればどれだけ有り難いかをこの時の彼はまだ知らなかったのだろうか。
リトル・ランプライトの中を歩いていくうち、辺り一面岩肌だらけの世界の中で居住施設や商品を売るお土産屋などの建物が点在するのには驚いた。時折記憶がテレビに映る砂嵐のようにぶれ続けたりするものの、マクレディの記憶の中に存在するリトル・ランプライトの世界に俺は感心していた。……どうやらここは観光地だったようだ。しかしどうして子供だけの世界を作る事になったのかは分からないままだが──
その岩肌ひしめく広大な洞窟の中で、見かけた人物は一人も居なかった。……いや、俺だけが見えていないと言った方がいいかもしれない。
先頭を歩くマクレディは時折、顔を動かしてはその方向に居るであろう誰かに話している仕草を見せるのだが、俺が見てもそちらには誰の姿も見えなかった。……何故だ?
『Dr.アマリ、どうして俺には見えないんだろう? 記憶が侵食されているせいか?』
問いかけると、彼女はすぐに応じてくれる。傍にいるという証が心強い。
『……まだその辺りにおかしな変化は見られないわ。恐らく、単に彼の記憶の中にインプットされて無いだけじゃないかしらね。それを忘却と云うけど』
なるほど。そういう事も考えられるな。けど建物とか風景は記憶が鮮明に残っているらしい。戻れない故郷を鮮明に記憶に焼き付けようとしたのか、そういう経緯があったのかもしれないと思うと感慨深いものがあった。
「さっきから何をじろじろと見てるんだ?」
辺りをきょろきょろしてたのが癇に障ったのか、こちらを振り向いてマクレディが声をかけてくる。俺の一挙一動が目につくのだろう。そりゃまぁ、記憶の中のVault101のジュリアンと俺は違うからな。どんなもんかと見てみたくなるのは当然さ。
「いやなに、ここがお前の故郷なのかと思うと、見ておきたくなってさ」
「……? 何訳が分からない事をぬかす? ここが俺の故郷だとしても、それがあんたに何の関係がある?」
言われてみればその通りだ。でも……
「知っておきたいんだ。……お前はまだ、この場所でどういう事があって、どういう生き方をしてきたのか、俺に話してないからな」
こんな事言ったらますます混乱するだけだろう──けど実際、マクレディはこの場所の事をあまり話してくれないのは事実だった。話したくない理由も分かっている。
本来、俺がやっている事は彼にとっては決して有り難い事ではないのかもしれない。自分の記憶を第三者に曝け出しているも同然なのだ。知られたくない事があったら尚更隠すものだろう。──けど俺はマクレディを助けたいから来た。その行為が結果として彼にとっては身を切るような出来事だったとしても、俺は彼の辿ってきた歴史というには短すぎる生涯を、決して馬鹿にしたり卑下したりはしない。
「俺がそう言う事をぺらぺらと話すような奴に見えるのか、お前には?」
鼻で笑いながらマクレディは言った。嘲笑に近いものだったが。
「ははっ、……まさか」手をひらひらさせながら言いつつ、「──だから自分なりに記憶に留めておくんだ。“頭上に岩だらけの天井があった方が居心地がいい”とか、ここに住んでた住人の話とか、言うだけ言っておいてお前はその背景を一切話しちゃくれないしな」
「……俺じゃない誰かの話をしているんじゃないか? それとも俺をからかってるのか?」怪訝な表情でマクレディが呟く。俺は小さいマクレディに近づき、彼の肩にぽんと手を置いた。……心なしか、あたたかみを感じる。
「マクレディ……市長、あんたにとって、ここは居心地のいい場所だったか?」
手を振り払われるかな、と思ったが、マクレディはそんな事をせず、相変わらずこちらをじろりと睨み付け、「だから、なんでそんな事を聞いてくる? さっきも言ったが、お前に何の関係がある?」
それは俺が、お前の事を知りたいからだ──と、返事を返そうとした時だった。
『ジュリアン!』頭の中に響くDr.アマリの声。
突然金切り声のように響いてきたもんだから思わずびくっとしてしまい、それが肩に手を置いているマクレディにも伝わったらしく「おい、どうした?」と顔を上げて疑問を口にしてくる。
『おい、どうしたってんだ? 今マクレディと話を──』
しかし、こちらの返事を最後まで聞くつもりはないのか、再びDr.アマリの声が脳裏に飛び込んできた。
『近づいてきてる。アンハッピーターンの影響がすぐ近くまで。……ああもう、さすがに何処からとは分からないけど、あなたの傍に居るマクレディを狙っているのは間違いない。用心して!』
くそっ、と思わず声に漏らしたのをマクレディが耳ざとく聞きつけ、
「は? 誰がクソだって?」勘違いしたような事をぬかしてくる。……今はそんな事で言い合ってる暇はない。俺は辺りを見渡しつつ、
「マクレディ、俺の傍を離れるな」
肩においていた手をずらし、彼の手を握る。突然手を握られて何をしでかすのかと彼は一抹の不安でも覚えたのか、
「おい、なんだこの手は! 離せ!」彼は言いながらぶんぶん手を振ってくる振り払おうとしてくるではないか。
「静かにしろ!」と──マクレディに一喝したと同時に世界が一段階、暗くなったような気がした。……先程まで煌々と照らしていた豆電球の明りが奇妙な事に明滅し始めている。……近づいてきているのだ。薬の効果が。
と──辺りが暗くなった事で気をとられていた隙を狙ったのか、マクレディが力いっぱい振り払ったせいで思わず握っていた彼の手を離してしまった。──まずい!
「こちらの気が緩んだ隙に、俺をパラダイス・フォールズにでも連れて行くつもりだったのか? そうやって俺達を攫っては奴隷商人に叩き売るムンゴを何人も見てきたからな!」
叫びながらマクレディは俺から距離を取ろうと小走りで向こう側──どんどん暗くなっている方向へと走っていってしまう。くそっ、彼の手を離しちゃまずかったのに!
「マクレディ、誤解だ! ……というかそっちに行くな!」
こちらも走って彼の後を追いかける。
パラダイス・フォールズという地名は知らなかったが、奴隷商人という言葉でなんとなく察しはつく。キャピタル・ウェイストランドにはあるんだな……そういった奴隷を扱う商人の町が。
走っていくと、マクレディがかなり先で突っ立っている。辺りの電球は明滅を繰り返しており、暗がりのほうが分配が強くなってきている。早く行かないと彼の姿が闇に飲まれてしまいそうで──はぁはぁと息を荒がせながら走った。狭い洞窟内で走るのは危険だったが、形振りなぞ構っていられない。
「……マクレディ、そこから、動く、な」
息も絶え絶えで彼の傍まで走っていくものの、先程のように走って逃げようともしない彼の態度に違和感を覚え──視線の先に目を向けてみると、最初俺が入ってきたものとは別のバリケードが作られてあった。それはいいのだが──そのバリケードのこちら側に人が立っている。──背の小さい、膝丈まであるピンク色のワンピースを着た少女だった。
髪は短く、ヘアバンドをしており、こんな洞窟の中で住んでいる割には小奇麗な感じに見えただろう……彼女の周りを覆うようにして蠢いている黒い霧のようなものさえなかったら、だが。
「な……なんだ」
俺の声に反応したのか、マクレディが仰ぎ見ながら「くそ、お前、まだ俺の事を──」と言ってくるが、おかしなことにマクレディはその場から動けない様子……動けない?
ばっと彼の足元を見ると、黒い霧状のものがマクレディの両足を覆っているではないか。……まさか、あれが──
《マクレディ、あんた、何やってる訳?》
異質な声が響いてくる。どうみても人間の声じゃない──ノイズ混じりの、抑揚のない機械音声のような声が、少女の口から発せられたものだと気付くまでに僅かばかり時間を要した。
「なにをやってるか、だと……」マクレディは足を動かそうとするも、黒い霧がまとわりついているせいか、その場に立ち尽くすしかない格好になっている。辺りの電球は激しく明滅を繰り返し、闇と光を交互に繰り返しながら、明りが灯る度に少女が音も無く近づいてきている事に俺は若干戦慄した。
今まで実体している他人を見ていない。マクレディはこの記憶の保持者、俺はそこに入り込んだ異質な存在。そしてそれ以外の存在といったら……アンハッピーターンの影響しか考えられない。彼女はマクレディの記憶の中に居る人物を借りた悪夢そのものだ──
音も無く近づいてきた少女はマクレディの目前でひたりと止まると、ぎろりと俺を睨み付けてびっ、と左手の人差し指を突きつけ、
《やってるじゃない。ムンゴをこの中に入れるなんて、あんた頭どうかしてるの? 市長として自覚ある?》
「自覚だと? 少なくとも俺はプリンセス、お前みたいな無茶な提案を市民に要求したりはしていない。お前のほうが余程──」
プリンセスと呼ばれた少女──恐らくあだ名だろうが──は、俺に向けた指下ろすとにたりと君の悪い笑みを浮かべ、マクレディの胸倉を突然ぐっと掴んだ。マクレディが息を詰まらせる音を立てる。
「おい! 何やってるんだ──」
マクレディを掴む彼女の手を掴もうとした自分の手だったが──すっ、と、彼女の腕を貫通し空を切った。えっ、と考える余裕も与えず、何の手ごたえも与えず、空を切ったのだ。……どうして?
「プリンセス、俺に掴みかかるとはいい度胸してるな、もう一度殴られたいのか? 5分で政権交代させたあの時と同じように?」
変わらない口調でマクレディがプリンセスと対峙している最中も、俺はなんとか彼女の腕を引き剥がそうと躍起していた。が、虚空を切るだけで何もつかめない。黒い霧がどんどん強くなってきているのに。
《ああ、そうだったねぇ、あんた、私を殴ったんだったっけねぇ。
じゃあ何倍にも返してやるよ。そうすれば、皆目が覚めるでしょ。……あんたがどんだけ軟弱者か、ってね!》
言うが否や──プリンセスは空いていたもう片方の右手で、次の瞬間にはマクレディの左頬にグーパンチをめり込ませていた。
止める余裕もなかった。マクレディは成す術なく吹っ飛ばされ、岩肌に背中を叩きつけられて倒れてしまう。──明らかに少女の力ではない。悪夢そのものとDr.アマリが言ったのはあながち間違いじゃないのかもしれない。
「マクレディ!」
慌てて駆け寄り、身を起こしながら彼の頬を叩く。うぅ、とうめき声をあげながらも彼は何とか意識は保っていたが朦朧としているらしく頭がくらくらしている様子だった。
『Dr.アマリ! どうすればいい? 俺じゃ彼女──違う、アンハッピーターンの影響を止められない! 俺はその影響に触れるどころか、攻撃すら出来ないんだ!』
呼びかけると、これまた慌てた様子のDr.アマリの声が響いてくる。
『そうだったわね……その可能性を捨ててたわ。彼の脳内にとって、彼と、現在影響を及ぼしている薬の効果以外触れられるものはないって……あら? でも、ジュリアンはマクレディに触れたのよね?』
『触れるも何も、今も彼の身体を抱えているが?』呼びかけに応えつつ、俺は彼の身体を抱えこみ、プリンセスの居るほうを向く。彼女はにたにた笑いながら、音も無くこちらに近づいてきていた。
『……ああそうか、ジュリアンは今マクレディと一時的とはいえ“道”が繋がっているからなのね。なら、影響に攻撃を与える事も出来るようになる筈よ。
繋がりを強く認識するの。彼に触れていたほうがいいかもしれないわ。そうすれば多分──』
強く認識ったってな──けど、このままじゃマクレディがやられるのを黙って見てるだけになっちまう。手段はあるんだ。彼を助ける希望の光は。
手探り状態の俺を他所に、音も無く近づいてきたプリンセス──いや、すでに黒い霧と同化しており見分けがつかない──が、赤い口を開いてにやりと笑ってこちらを見据え、
《そいつを寄越せ》
「断る」
言い切ると同時に、黒い霧がぶわっ、と自分に襲い掛かった。マクレディの足についたもの同様、四肢にまとわりつこうとするも霧は俺の足を通り過ぎてしまう。
《何故だ! 何故お前は影響を受けない!》
蠢く霧が、相変わらずノイズ混じりの機械音声で叫ぶ。そりゃ俺は彼の記憶の中の存在じゃないから、薬の影響は一切受けないだろう。
「あんたの影響なんかこれっぽっちも受けないさ。俺はマクレディを助けに外からやってきたんだ! 彼の記憶を是正するためにな!」
叫びながらそうだ、と確信した。俺はマクレディを助けに来た。それだけに意識を集中すればいいんだ。何を難しく考えていたんだ? 俺。
黒い霧からマクレディを遮りながら一つだけ願った──この黒い霧から彼を守るために俺は来た。──そのための力を俺に与えてくれ。
思うと同時に、右手に何かが具現化しはじめた。すぐにそれが俺がいつも愛用しているコンバットライフルだと気付く。重さを感じないそれは、小さなマクレディを抱える俺の手でも扱えるものだった。
「う、っ……」マクレディが呻きながら朦朧とした意識から回復した様子で、頭を振りしな、薄ら目を開けてくる。
「よぅ市長、立てるか?」彼の顔を覗き込みながら言うと、瞬間びくっと身体を震わせたマクレディが、次には自分が相手に抱えられているものだと悟り、
「なっ……何を馬鹿な事をしてるんだ、さっさと下ろせ!」変わらず悪態を吐いてくる。やれやれ、威勢だけは一丁前だな。
「下ろすのはいいが、決して俺から離れるなよ。いいな?」念を押しつつ、俺は彼を開放してやった。立ち上がった彼は辺りを覆う黒い霧の先を見て、再び身体を震わせた。
「あれは……プリンセス?」
既に霧で覆いつくされた黒い物体を凝視している。まだプリンセスの実体を得ているのだろうか? 俺には黒い霧の塊にしか見えないのだが──
彼にとっては、彼女もまたリトル・ランプライトの市民だ、本来ならば彼の眼前で彼女を撃つのは気が退ける──またも誤解を受けるかもしれない。けど、倒さなくては彼の記憶はいずれ蝕まれてしまうのは間違いない。──誤解なぞ、後で幾らでも弁明できるさ。
身を屈めて片膝で立ちながら、俺は照準を彼女──もとい、アンハッピーターンに合わせた。マクレディは黒い塊を見て畏怖したのか、俺の背後に後じさりしていく。
彼の爪先が、俺のブーツの踵に触れているのが唯一、彼と触れている箇所ではあった。そこだけ不思議と温かみを感じるのだ。
俺は躊躇わずに引き金を引いた──ぱしゅっ、とサイレンサーつきの影響もあって、僅かな空気音のみで発射した弾は照準から違うことなく霧にぶちあたった直後、ぎゃっ、とうめき声と同時に銃弾を受けた場所からまばゆい光が一筋零れ出てきた。
それがきっかけとなり、黒い霧を貫くようにいくつも光の筋が溢れていき──やがてばんっ、と四散するような音を立てて……霧は消えた。
明滅を繰り返してた電球は何も変わらず、岩肌だけのリトル・ランプライトを煌々と照らしている。──不思議と辺りの温度があったかくなった感じに思えた。
「な……なんだったんだ、今のは?」
マクレディがぽつりと漏らす。俺は立ち上がり、コンバット・ライフルを背中に背負ったホルダーに掛けると、振り向いて再度腰を屈め、彼の目をじっと見た。
脳裏でDr.アマリが『やったのね? 薬の影響が消えてるわ!』などと叫んでいたが俺は返事を返さず、マクレディの双肩に両手を置いた。
「もう大丈夫だ。脅威は居なくなった」
「脅威って……さっきまであった黒い何かか?」
そうだと答える。俺はそれからお前を救いにここに来たのだ、ともくっつけて。
「よく分からないが……あのプリンセスのパンチはきつかった。腫れたら暫く口が開きにくくなるかもしれないな」
またしても噴出してしまう。やれやれ、お前は随分とタフガイなんだな。まぁ、だからここでも、キャピタル・ウェイストランドでも、そして連邦でも生き残ってこれたのだろう。
「マクレディ、……さっきは誤解させるような事を言ったりして悪かったな。
でもこれで分かっただろ? お前の傍を離れないって言った意味が」
にやりと笑ってみせると、気持ち悪いとでも思ったのだろうか、彼は俺の手を丁寧に肩から下ろすと、「……離れたくないなら好きにすればいい」とだけ言い捨ててさっさと広間の方へと戻っていってしまう。やれやれ、全く素直じゃないな。
俺も立ち上がり、彼の歩いて行った方向に足を一歩踏み出そうとした瞬間──突如その足元が消えた。ぱっ、と、何の前触れもなく。
えっ、と思う余裕すらなく、引力に逆らえず俺の身体が落ちていった。自らの制御が利かないまま落ちていくと、やがてぼぅ……とにわかに周りが明るくなったと同時に、再びあの記憶の欠片がまとわりついてきた。
「またこれかよぉぉ?!」
叫びながら上を見上げると、先程まで自分が立って居た世界がぴかっと輝き、同時に一枚の記憶の欠片となって辺りを漂い始める。やがてそれは集まり旋風のように、俺の身体をもみくちゃにしていく。
今度は何処だ? 何処に飛ばされるんだ──!
纏わりついてきた記憶の欠片が、最初に見た時同様ふっ……と消えたかと同時に、再びあの衝撃が顔全体に広がった。ばん! と叩きつけられるようにして顔を地面にめり込ませている自分。……だから、何でこうなる?
「いっ、いて、ててて……」
めり込んだ顔を持ち上げ、腰を上げて辺りを見渡すと──外の世界だった。とはいえ、あたりは真っ暗で、明り一つ見えない。荒野の真ん中で地面に叩きつけられるとは、なんとも情けない話だが、生憎誰の姿も気配も感じなかった。
「道理で土臭い訳だ……」
顔についたものを手で払うと、簡単にそれが落ちる。長い間雨が降っていないのか、ぱさぱさで水分を含んでいなかった。落ちやすくてありがたいが、とても不安になるものだな。──けど、ここは何処だろう?
Pip-boyの明かりはリトル・ランプライトに居た時からつけっぱなしだったが、何故か見てみたら消えていた。明りをつけつつ、今居る場所が何処なのか分かるかと操作して地図を表示させようにも、画面は何の反応も示してはくれない。
所詮意識で作っているだけあって、本物と変わらぬ動きなどする訳ないか──やれやれと漏らしながら、何処に行こうかと辺りを見渡した瞬間、遠くの方でちらっ、と人影が動いたような気がした。
「……誰だ?」
アマリに呼びかけてもまた俺を見失ったのか、反応がない。どうやらあの人影を頼って行くしかなさそうだった。一人ではなかった気がしたが。
人影は建物の一角に消えたようだった。その中に入ったのだろう。月の無い夜の荒野を走っていくと、やがてその建物が見えてきた。エスカレーターが4台位並列してあり、その下、踊り場を経て扉、というかフェンスで作られたそれが一つあるだけ。勿論エスカレーターはどれも動いておらず、辺りは静まり返っている。
入り口脇につけられてある看板を見ると──どうやらここは、地下鉄の駅のようだった。
※当ブログ記事内「Quirk of fate」参照。
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長すぎるぅぅ!
という意見が出てきそうだな。ってくらい長い。長い上に中の人も打ってて大変。
でも頭の中で考えている事を全部詰め込んでるので結構楽しいです。読んでる人も楽しんでくれるとうれしいなあ。
さて、次の話ですが・・分かる人はもう分かりますよね。
次の話の為に今回の話を作ったといっても過言じゃないくらい、この話をど~~~~~~~~~~~~~~しても書きたかったんです。いずれ漫画でも挿絵でも描けたらいいのだけど。(もしくは誰かが描いてもいいです笑
多分あと2回で終わると思いたいです。この長さがまだまだ続く訳ですな。
読んでくれている人がいるかどうかいるか分からんですが、どうぞお楽しみに。
ここ数週間マメに更新できててえらいぞ自分。
この調子で続けていけたらいいですね。 ではまた。
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09.15.23:28
れっつ・りたーん
※Fallout4二次創作小説チャプター2です。その手の部類が苦手な方はブラウザバックでお帰りを。
これは第二章です。一章から読みたい方は前回の記事「Chain of reprisal」からお読みください。
今回第二章にも関わらずめたくそ長いです(解説部分が多いため)
休憩をとりつつ読み進めてくださいませ。
連邦の、一番光が当たっているところといえば、誰もが同じ事を言い、誰もが同じ場所を指差すだろう。
ダイヤモンド・シティ。又の名をグリーン・ジュエルとも云う。連邦に住む者達はそのスポットライトの如く照らされる安寧の場所を求め、一時は誰もがその地に足を踏み入れる。他の居住地とは違う、ありとあらゆる物を扱う店や食べ物に困らない環境に羨望し、憧れを抱き、その地に骨を埋めたいと思う者は少なくない。が──その輝く場所は何もかもがスポットライトに浴びせられてしまう。美しいもの、富める者も──醜い者も、貧しい者も。
やがてこういう声があちこちで出てくる──同じスポットライトに当たる場所に、貧しい者や醜い者が居るのは許せない、と。
そうして格差が生まれ、やがてそれは人々の心にふつふつと広がり始め──いつしかそれを払拭出来る事すら出来なくなった頃、ダイヤモンド・シティの中からフェラル・グールや、持たざる者達の姿は徐々に消えていった。現市長のマクドナウが率先して排除を行ったともいうが、それ以前から球状の輝くライトに照らされて生きるのが適わない者達はひっそりとその輝きの陰に姿を眩ましていくしかなかったのだ。
向かう場所も、安住の場所も見つからない者達は、散り散りになったかと思いきや、やがて一つ所に向かうようになった。
日の当たる場所を追い出された者、輝く場所を忌み嫌う者、そういう者達が各々自活できるように力を貸してくれる、一人の市長の元を頼って──グッドネイバーという街へ。
グッドネイバーにはいくつか店もあれば酒場もあり、ハンコック市長の執務室兼住居となっている旧州議事堂や、かつては明光風靡を語ったであろうレクスフォード・ホテルなど、ダイヤモンド・シティでは見られない施設もあったりと、一見観光で赴く人が居てもなんらおかしくないだろう──物々しい自警団が辺りを徘徊し、皮膚を放射能で焼かれ、フェラルとなった者達が生活する場所に足を踏み入れる覚悟があるなら、だが。
しかしそんなグッドネイバーの数ある施設の中でも、とりわけ異彩を放っている建物があるのを、初めて訪れる者なら気付かない筈がない。
紅い照明に入り口を照らされ、その入り口の扉もまた、赤いペンキで塗りたくられている。その上に、その建物の名前らしき看板が掲げられていた。誰もがそれを目にし、その中に何があるのか想像するだろう──メモリー・デン。
それは、人々の脳内にある記憶を写し、それを自身に見せる事が出来る“記憶シミュレーター”がある唯一の場所。
自身の懐かしい記憶に浸り、生きる糧を再び得る為、もしくは懐かしい誰かと記憶の中で出会う為──人は大量のキャップを握り締め、その場所に向かう。現実に直面する力を失ったものは、そこで再び活力を得られるのか──その結果は自分にしか分からない。
結果でどうあろうが、人が途絶えることは無かった──それほど“現実”は厳しいのだ。目を覆いたくなるような世界に背中を向けてしまう事もあるだろう……俺にはわからないけれど。
そしてその施設の中でシミュレーターを扱うことに出来る唯一の人物がDr.アマリだった。
彼女はその日も忙しそうに機器の点検を行っていた。メモリー・デンには複数の記憶シミュレーターがあったが、一般客に使われるシミュレーターは主に一階、オーナーのイルマが座っている場所に数台置かれている。全てのメンテナンスはDr.アマリ一人だけで行っているため、不具合が起きると全て彼女にその始末を任される有様だった。オーナーであるイルマはただのんびり座って、客がシミュレーターの中で時折見せる表情をぼんやり見ているだけである。
しかしDr.アマリはそれに対して反論するつもりは無かった。シミュレーターを設置して資金を得、残った分は自分に返ってくるから決して悪い事ではない。それにここの施設の地下まで借りて、記憶シミュレーターを向上させるための実験をしていても文句の一つも言ってこないのだから、研究者としてはこんな場所を提供してもらえるだけでも御の字だった。
だから普段どおり、彼女は一般客用のメンテナンスをしつつ、自身の研究に勤しんでいたのだった。ばん、と荒々しく扉が開く音の直後、床を鳴らしながら歩いてくる者が目の前に現れるまでは。
旧州議事堂の建物の地下にあるサード・レールへ続く扉を開いた頃には、外はしんと静まりかえっていた。逃げていった客の姿は既に見えず、奇妙なことに、辺りを徘徊している自警団の姿も無い。
何処に行ったのか、と思うと同時にぴんときた。サード・レールから一斉に客が出てきた事に訝しまない奴などいない。恐らく客の誰かをとっ捕まえるか何かして、中で何が起きたか聞いている可能性が高い。
だとすると、ここに居るのは相当まずい可能性があるな。
俺は肩に担いでいるマクレディを再度担ぎなおし、辺りを気にしながら小走りでメモリー・デンに向かった。時刻は既に夕闇に包まれた19時過ぎ。グッドネイバーはダイヤモンド・シティと違って球場のライトに照らされている訳でもないから、通りも薄暗く人に気付かれにくいのが幸いだった。
スニークスキルが高いおかげもあって、小走りながらも辺りに居る居住者には気付かれる様子もなく、突っ込むように扉をばん、と大きく開くと同時に身を滑り込ませ、そのまま背中を押し付けるようにして扉を閉める。ほんの数メートル走っただけなのに、息が上がっている自分に驚く。
マクレディが重い訳ではない。緊張しているせいだ。何故緊張しているかって──その理由は分からない。ただ、ものすごく不安だった。自分が見ていない間、マクレディに何が起きたのか分からない事、彼が無防備の人を撃った事、そして撃たれて死んだ相手の素性が分からない事──ああ、くそ。分からない事だらけだ。
俺の肩に担がれたまま、マクレディはぜぃぜぃと息を喘がせ苦悶の表情を浮かべていた。顔は蒼白で、見る限り危険な状態だと窺わせる。
急がなくてはいけない。俺は彼の腕をぎゅっと握り、担いだままメモリー・デンの広間に向かった。二人分の加重のせいで、床がみしみしと軋む音を立てる。
広間にはいつもどおり、数台の記憶シミュレーターと、囲むようにして置かれているそれの中心に建屋のオーナーであるイルマが鎮座していた。鎮座しているといったほうがいいだろう。いつも彼女はそうしている。二人は座れるソファーに腰をくねらせるように大胆に座り、気だるげな表情で、ねっとりとした視線を俺に送ってくるので、俺は極力その視線から逃げるようにしていた。が、今はそんな事を言ってる暇はない。
「あらあら、いらっしゃい。たしかミスター・バレンタインのお目に適った探偵さんだったわよね?」
ニックの名前を久しぶりに聞いた気がした。
「あぁ。……Dr.アマリは何処に?」
「いつも同じところ。地下室にいるわ。そこでいつも同じ事してる。……研究してる時は機嫌悪いときもあるから、気をつけてね。……ところで担いでいる人はどうしたのかしら? 気分が悪いようだけど」
あまり無駄話をしている暇はないのと、自分自身も良く分かっていないせいもあって、俺は適当に挨拶を述べてから逃げるようにして階下へ向かう階段がある廊下へと出た。
動かされて気分が悪いのか、うぅ、とマクレディが苦しそうに呻く。果たしてアマリはマクレディがこうなった原因が分かるだろうか。
階段を降りてすぐ青い扉が視界に入る。その向こう側に彼女は居る筈だ。俺はドアノブに手を掛け、一気に開いた。
彼女は試験・実験用におかれてある二台の記憶シミュレーターを行ったり来たりしていたが、扉の開いた音と同時に立ち止まり、ふっとこっちに振り向いて──
「ジュリアン? ……どうしたの? その人は?」
俺と、俺の腕に抱えられているマクレディを交互に一瞥しながら、彼女は当然の質問を発した。
「その事で来たんだ。──マクレディを助けてくれないか。頼む」
横にする場所もないため、ひとまずマクレディを記憶シミュレーターの座椅子に座らせた後、俺は今までの経緯を語った。サード・レールで飲んでいた事。俺がマグノリアに目を奪われていた最中、マクレディが見知らぬ男に注射を打たれ、今のような状況に陥った事。
「その注射を打った男はどうなったの?」
「マクレディが撃って殺しちまった。……おかげでサード・レールは大混乱だ。客が全員逃げちまったからな。ホワイトチャペル・チャーリーが俺達を出入り禁止にしなきゃいいんだが」
軽くあしらうつもりで言ったのだが、アマリは表情を曇らせた。
「……てことは、いずれここにあんた達を探しに自警団がやってくるかもしれないわね。一応、グッドネイバーはハンコック市長を筆頭に、自警団を組織してこの街を守っているのは知っているでしょう? 彼らはギャングの抗争みたいなものなら知らん振りだけど、一般人のいる場所で発砲事件となると黙っちゃおかないと思うわ。厄介な事にならなきゃいいんだけど」
それに対してこちらが何か言うより前に、Dr.アマリがひらひらと手を振って見せ、「大丈夫よ、あなたにはいくつも貸しがあるから、二人は居ないって誤魔化しておく。……それよりも彼の方よね。マクレディ、だったわね」
やや面食らいながらもああ、と短く答えると、アマリは彼を撃った相手の男の素性を詳しく教えてくれと言ってきた。
「身なりは普通の……そこら中に居る居住者と同じ。擦り切れたジーンズと、……やたら身体に合わないシャツを羽織ってたな。身体はやや屈強。マクレディより腕力は強かったのかもしれない。抵抗も出来ないまま腕に注射針を刺されている辺り。
所持していたのは38口径のパイプピストルと──これだ」と、俺は大事に腰のポーチに入れておいた注射器を彼女に手渡した。アマリはその注射針の中に残されていた液体にすぐ気付いた様子で、手袋を嵌めてあちこち慎重に検分し始める、かと思うと今度はマクレディの右腕をしげしげと見つめていた。針の太さと刺した部位を見ているのだろう。
「……相当抵抗したみたいね。彼の腕に相手の腕の跡がはっきり残っているわ。掴んだ形からして、どうやら背後から襲われたみたい」
背後──そうだ。マクレディは俺の居る方と逆、背を向けて相手に10mmピストルを向け発砲していた事に今更ながら気付かされる。その後相手は──心なしか、にやついていた気がするのだが──鮮血を胸から溢れさせて絶命したんだった。
「……けど、これ以上は手を貸せそうにないわ。知ってるでしょ、私が専門としているのは医学じゃないって事を」
突然そんな事を言ってきたので、思わずこちらも反射的に「そ……そんな事言わないでくれ、あんたしかここでは頼れないってのに」と弱音を吐いてしまった。
「分かってる。けど……私は機械工学と人造人間関連の僅かな知識しかないのよ。インスティチュートが何を企んでるかまでは知らないけど。医学の方は殆どと言っていいほど専門外。彼が何を打たれたまで特定するのは──」
「そうは言っても、マクレディがこのままで良い訳ないだろう? 彼を助けるにはあんたの力が」必要だ、と言い続けようとした俺をDr.アマリがすっと手のひらをこちらに向けた。黙っていろ、という合図だろうか? 言い続けてもよかったが、彼女を怒らせればますますこちらの分が悪くなるだけなので、ぐっと言葉を堪え、押し黙ることにする。
Dr.アマリは注射針に残っていた僅かな液体をじっと見ていた。先程から何度か見ていたのだが、何か変わった点でも見つけたのだろうか。……僅かな沈黙の後、
「……さっき、これを所持していたのは身なりからして普通の居住者風じゃない男、って言ってたわよね」
神妙な顔つきで言ってくるので、こちらもつい「……ああ」と神妙に応じてしまう。しかし次に彼女が発した言葉には耳を疑った。
「もしかして、その男──ガンナーじゃないかしら。いや、ガンナーじゃないとおかしいの。そんな感じしなかった?」
ガンナーだって?
なんでその事を──と思うと同時に胸にすとんと落ちるものがあった──サード・レールでホワイトチャペル・チャーリーが発した言葉──
“そういやここ数ヶ月の間、数日おきにお前を探してるって奴がここに何回も顔を見せてるんだが、お前知らないか、マクレディ”──
その探していた人物が──殺した奴だとしたら。
着てる服は窮屈そうだった──身なりを隠す程度の変装だったのかもしれない。
所持していたのは38口径のパイプピストルのみ──これまた居住者を装う程度の僅かな武装をしただけかもしれない。
けど解せないのは三つある、──何故Dr.アマリはガンナーと判別できたのだ? マクレディがかつてガンナーと手を組んでいた事を知っている筈は無い。彼女の口ぶりからして、マクレディを見るのは今回が初めての態度だったからだ。
もう一つ。防具を装備をしていなかったこと。背後からマクレディを掴むという、振り切られれば至近距離から撃たれる可能性を持ちながら、敢えて武装をしなかった理由。
そして、マクレディに刺した注射器。……ここからDr.アマリはガンナーの言葉を口にした。注射器に別段、変なところは無かった。となると、中に入っている液体の原因が分かったのか?
「何故、彼らだと……?」
呻くようにに声を出す俺を無視して、彼女は一度奥の部屋に引っ込んでからすぐ戻ってきた。手に何かの瓶を持って。
「これ。何か分かる?」手にした瓶を俺に差し出す。──蓋がしっかりと閉じられ、中には透明の液体が入っていた。瓶には何か書かれたシールが貼られているが、何と書いてあるかは判別できない。
「……水、じゃないよな」
「恐らく、注射針に入っていたものと同じ薬剤よ。今からそれを証明してみるけど……出来ればこれじゃ無い事を願いたいわね」
何だって? と言いたかったが、Dr.アマリは黙って瓶の蓋を開け、スポイトでそれを幾らか抽出してから、試験管に注ぎ入れた。……黙って見ていた方がいいだろう。しかしさっきまで自分は助けにならないとか言っておきながら、次の瞬間にはマクレディが打たれた薬を特定するとか、科学者ってのは掴み所が無い奴ばかりだな、と内心ぼやくに留めておいた。
一つの試験管に液体を入れると、今度は俺が手渡した注射器のピストン部分を引き抜いてから、残っていた液体を別の試験管に全部注ぎこむ。その後、別のスポイトで何らかの薬を両方の試験管に入れ、コルクで出来た蓋を閉めると両方の試験管を一つずつ持ちながら両手で管を振り始めた。
何をしているのか──と黙ったまま見ていると、両手に持った試験管の中の液体がにわかににごり始めた。透明だった液体がみるみるうちに白濁のそれに変わっていく。片方ではない、両方共、だ。
「Dr.アマリ、それは──」
ぽつりと言葉を漏らしてしまった。無視されるかと思ったが、彼女は答えてくれた──酷く疲れた口調で。
「まさかと思ったけど……間違いない。でも、これで何を打たれたかは分かったわ」
試験管を振るのを止めて、ケースに両方とも置いてから。彼女は俺と、俺の横でシミュレーターに座ったまま時々呻いているマクレディを見ながら口を開いた。
「何を打たれたかは分かった。──人造人間用の薬剤を打たれたの。それを開発したのはガンナー一派の何処かの組織、としか分かってない。私はそれを──あなたも知ってるでしょう、レイルロードの一員であるグローリーから受け取ったの。こういう薬を開発している連中がいる、って」
人造人間用の薬剤……
得体の知れない薬をマクレディは打たれたというのか。先程、この薬じゃない事を願いたいと言ったDr.アマリの言い方からして、相当危険な部類の薬なのは間違いない。
「……経緯を話してくれ。その薬を手にした経緯と、治療法を」
促すと、アマリは黙って首肯してから、重そうな口を開いた。
「あなたも知ってるでしょう、インスティチュートのコーサーに、逃げた人造人間を戻す仕事を引き受けているガンナー連中が居るって。前にそういう人造人間を助けた事があったわよね。……そこで、ガンナー連中の中に居る頭の切れる奴が、人造人間に効く薬を開発したらしいの。
それは人造人間の記憶中枢を瞬時に破壊し、何の役にも立たなくさせる劇薬──連中はそれを『アンハッピーターン』と呼び、コーサーとの交渉が決裂しそうな時それを使って脅すらしいのよ。最もそれに応じるコーサーが居るかどうかは分からないけど……。
グローリーに話を聞いたとき、この薬の一部を手に入れたから持っていて欲しい、って言われて受け取ったのよ。レイルロードのDr.キャリントンも持っていて、この薬の治療薬を作るために四苦八苦してるみたいだけど──芳しくないみたい」
「ちょっと待て、人造人間に薬剤が効くのか?」当然の質問をしてみたが、彼女はこれまた黙って首肯して見せてから、「第三世代の人造人間はほぼヒトと変わらない構造をしているから、人間と同じ薬を飲んでも同様に効果を発揮するわ。ニック・バレンタインや戦闘兵として街中で見かける人造人間には効かないでしょうけど。
そして勿論、それはヒトにも効くのは……言わずとも分かるわね」言いながらちらりと苦しい表情で息を弾ませるマクレディを見る。苦しい表情で息も絶え絶えの彼を。
「つまり……つまり、マクレディは、助からない……と?」
絶望の淵に落とされた気分だった。──薬は判別できたのに。信じたくなくて、俺は目前に座っている彼女の顔をじっと見てしまう。
Dr.アマリは俺の視線を受け止められず、すっと視線を落とす。……無理なのか、マクレディを助けることは、もう──
けど、彼女の答えは違った。
ふぅ、とため息を一つついたのち──「……あまりあなたに希望を持たせたくはないのだけど──」
え。「何か方法があるなら言ってくれ。俺に手伝えることがあるなら──」
おかしなことに、この時俺は相当狼狽していた。何故狼狽していたのかは分からない。分からない事だらけの中で、マクレディを失うことだけは嫌だという強い意志だけが自分を突き動かしていた。
Dr.アマリは俺の剣幕にやや圧倒されながら、落ち着いてと何度もこちらをなだめつつ、
「……さっき言ったわよね、“人造人間がこの薬を打たれると、記憶中枢を瞬時に破壊され、何の役にも立たなくさせる”って」
「ああ」間髪を入れずに相槌を入れる。
「薬を打たれてから、1時間は経ってるでしょう。それなのにマクレディはまだ死んでないわよね。……私はそこにヒントがあると思う。
何故人造人間の記憶が瞬時に破壊されるかって、それは恐らく、人造人間が持たされた“かつての生前の人物”の記憶の一部しか持っていないからと思うわ。
人造人間は所詮彼らのコピーであって、彼らの記憶を全て受け継いでいる訳じゃない。だからすぐ記憶を破壊できる。……でも、ヒトは違う。
ヒトは生きてきてからの経験、記憶、出来事を脳の海馬という部分に記憶している。それは人造人間のそれとは比較にならないほど膨大なもの──だから瞬時に記憶を破壊する事なんて出来ない。即ち、まだ猶予があるってことよ」
猶予がある……その言葉に一瞬救われかけたが、結局のところ、治療薬がない以上どうやって?
「ジュリアン、前以上に厳しい事になるかもしれない。……それでも行くなら、私はあなたに“道”を授けることが出来ると思う。
マクレディを助けるのには、彼の記憶を破壊するもの──アンハッピーターンの影響を除去できれば、彼を救うことが出来るかもしれない。その影響がどういうものかはわからないけど──それでも彼の脳の中に行くというなら、道を授けることが出来る。どうする?」
この時ばかりは、Dr.アマリが神の如く後光を放つ者に見えた──というのは誇大広告すぎるが、実際彼女の差し出した手を受け取るしかマクレディを救う方法は見つからないのだ。……つまり、かつてケロッグの記憶チップを辿って彼の脳の中に入ったのと同じ事を再びするという事。
すぅ、と息を吸い、俺ははっきりと答えた。
「勿論、行くさ。行くに決まってるだろ」
実験用の記憶シミュレーターを二台起動すると、Dr.アマリはあわただしく動き始めた。
マクレディの帽子を取って「失礼するわね」といいながら、彼の頭に脳波検査で使うような電極をぺたぺたと貼り付け始める。
「そんな装置で彼の脳内に入れるのか?」
頼りないと思った訳ではないが、ニックの時と違って今回は生きている人間の脳内に侵入するという事だけに、頭に電極をつけただけで大丈夫なのかと不安になる。
「あなたがニックの身体を使って、ケロッグの記憶中枢に入った後から私が何もしてないと思ってるんじゃないでしょうね? 色々研究して開発してきたのよ。ヒトの記憶の中にも侵入することが可能かどうか、って──でも、これはまだ実験段階で、試験もしてないから成功確率は五分、ってところね。上手く行く事を願うしかない」
話ながら、ぺたぺたとマクレディの頭を敷き詰めるようにして電極を貼り付けると、「ああ、あれを渡さないと」とアマリはぱたぱた走って一旦奥まで引っ込み──すぐさま戻ってくると、はいと言いながら手を伸ばしてくるので、つられてこちらも伸ばすと、手のひらに二つ、輪っかのようなものが落ちた。──指輪か?
「何だ、これ」
「それを、あなたとマクレディの左手の薬指に嵌めて」とDr.アマリは平然と言ってくるので俺は目を丸くしてしまう。──左手の、薬、指。
「おい、それって──」
「言いたいことは分かる。戦前の人間は結婚するとした者同士で指輪を左手の薬指に嵌めるという話。私も知らない訳じゃないの。
けど、それにはちゃんとした理由があるのを知っているでしょう? 左手の薬指に指輪を嵌める意味が何か。そしてこれからあなたはマクレディの脳内に入る、その為に道を作らなくてはいけない。その為に必要なものなの。
その指輪には微弱な静電気を発する装置が組み込まれてあるわ。その静電気があなたとマクレディに一時的な“道”を作る標になる。ジュリアンはマクレディと血縁関係でもなければ婚姻してる訳でもない。その為マクレディの記憶があなたを拒否する可能性も出てくる。それを防ぐものだと思っていればいいわ」
……よく分からないが、必要なものだといわれれば仕方がない。俺は立ち上がり、シミュレーターの椅子にほぼ横たわる形で伏せているマクレディの左手を取り、すっと指輪を嵌めてやった。
なんだかとてもおかしな気分だな、と自嘲してしまう。普通男が男に指輪を嵌める行為なぞやるか? 意識がある時にマクレディにしてやったらどういう反応をするのか見てみたい気もするが。
「嵌めておいた。他にやることは?」
自分の指にも同じものを嵌めてから質問を投げかけると、「無いわ。こっちも準備できてる。……ああ、でもちょっと待って」と言ってから、Dr.あまりは記憶シミュレーターを扱う機器から離れてこちらに近づいてきた。
「どうした?」
「いえ、……一応聴いておかなきゃって思って」と言いながら、Dr.アマリはもじもじとしていた。──言いたい事はわかっている。
「……なぁ。もし俺が、マクレディの頭の中から戻らなかったら──」
こちらから水を向けてやると、彼女ははっとした表情を浮かべ、次にはぶんぶんと首を横に振っていた。
「そんな事はさせないわ。ケロッグの時と同様、私があなたを最大限サポートする。あなたがマクレディの記憶の中の何処にいるかちゃんと突き止めて──」
「分かっているよ。あんたには感謝している。いつも無茶なお願いばかりして、申し訳ないと思う位だ。サポートを宜しく頼むよ。
……でももし、万が一、マクレディが目覚めても俺が戻らなかったりしたら──彼に一言、伝えて欲しい事があるんだ。さっき申し訳ないと言ったばかりで失礼とは思うんだが、頼まれてくれないか」
Dr.アマリは渋々ながら応じてくれた。自分が必ず助けるというつもりでやってくれているからこそ、万一なぞ考えたくないのだろう。
けど、最悪の事態を想定しないつもりで俺も危険な道に向かうつもりは無い。だからこそ──俺は彼女に、その言葉を伝えた。
それを聞いたDr.アマリは目を丸くして、「……本当にそれだけでいいの?」と問い返してくる。
「ああ。あんたならそんな事しないだろうと踏んでの事だ。信用しているからこそ伝えたんだからな。宜しく頼んだぜ」
にやりと笑みを浮かべてみせると、当惑したようにアマリは目を伏せて、うんうんと何度も頷いて見せた。
シミュレーターに向かう前に、俺はマクレディをじっと見つめた。時折苦しそうに呻き声を上げている。彼の手をぎゅっと握ると、いつもと変わらぬ体温で、熱もないのに彼の頭の中では破壊が繰り広げられているのかと思うと、胸にこみ上げてくるものがあった。
──疑ってかかるべきだった。彼を探しているという奴がどういう素性の奴ぐらい分かりそうなものなのに、俺は既にガンナー連中からのマクレディに対する報復は終わったとばかりに高を括っていたのだ。そのせいでこんな事になるなんて誰が予想しただろうか。俺がマグノリアの歌に夢中になっていたばかりに。
──けど、今からお前を助けに行くよ。待ってろ、マクレディ。
「急いでジュリアン、打たれた時間から逆算しても、数時間しか残されてない筈」
Dr.アマリの声にああ、と応じながら俺は彼の手から自分のそれを離した。次その手を握るときは必ず来ると信じて。
シミュレーターに入り、背もたれを倒したような格好で座ると、ゆっくりとした動作でカプセル型の蓋が閉まった。透明の蓋には中型のスクリーンがくっついており、その映像を覗き込む形で、人は自らの記憶と対面するという仕組みになっているのだが、今回は前回同様、他人の記憶の世界を歩くという事だから出だしからどうなるか想像もつかない。
「カウントダウンが始まるわ。──ジュリアン、気をつけてね」
「ああ」
ケース越しではあるがはっきりとした声でそう答え、俺はスクリーンのほうをじっと見た。やがて映し出されている映像が僅かに動き始めると、10.9.……とカウントダウンを始めていく。
色んな事が頭に浮かび、消えていった。マクレディと出会った時の事、彼と話したありとあらゆる事──
彼の記憶の中が今どうなっているのかは想像もつかなかった。けど俺のやることは一つだけ。打たれた薬の影響を止めさせる。それだけ。
3.2.1──0。
カウントダウンが0になったと同時に、画面がぱあぁ、とまばゆいばかりの白い光に覆われた。
「ぐぁっ……!」
目が焼かれる感覚に思わず瞼を閉じる──と同時に、身体と意識が分離する感覚に襲われた。強く白い輝きが俺を引っ張り出そうとしている。肉体から──
「意識を強く持ってジュリアン! ここで気を失っちゃだめよ──」
Dr.アマリの声が耳元でした──ような気がしたが、その時俺の意識は肉体を離れ、輝く白い光に吸い込まれていた。
なんだこれ……ケロッグの時とは違う。違いすぎる。
それでもやがて目が光に慣れてきて恐る恐る目を開くと、とんでもない光景が視界に飛び込んできた。
記憶の渦、といったほうがいいだろうか。白く輝く光を遮るように、時折ふっと何かがよぎる。全く知らない人物の姿、見たことの無い場所、あらゆる事象が写真のような四角く切り取られている断片となって、渦を作り出していた。
渦に逆らうことなど出来ず、俺は断片にもみくちゃにされながら身を投じる形で落ちていく。
「うわあぁぁああああぁ?!」
情けない声を上げてしまう。──と同時に、突然渦の中から身を脱したかのように記憶の断片が消えたかと思うかみなかで、どかっ、と顔に鋭い痛みと、衝撃で目に火花が走った。意識の中にいるせいで、上下の感覚が全く分からないせいでしばし、頭の中が混乱する。
「いったぁ~~……ったく、何だってんだ……」
頭を振りながら、立ち上がる。──辺りを見回してみると、岩盤に囲まれた殺風景な場所だった。薄暗く、しかし完全な闇ではない。ごつごつとした岩肌に、いくつか天井や壁に打ち付けるようにして照明が点々と灯されてある。
自分が叩きつけられるようにして落ちてきたのはどうやら通路の一角のようだった。……洞窟の中だろうか。
とりあえず俺はマクレディの記憶の中に侵入は出来たらしい。……らしいのだが、Dr.アマリの声はまだこちらには届いていない。俺が何処に落とされたのか判別できていないのだろう。
とりあえず進んでみるしかないだろう。自分の記憶には、こんな岩だらけの場所なんて見た覚えがない。即ちここは彼の記憶の中──なら、マクレディがどこかに居る筈だ。
薄暗いため、Pip-boyの明りをつけてみると、意識の中でもちゃんと装置は光を灯してくれた。今は俺の意識でしか動いていない筈なのに、身なりも、腕につけているPip-boyもちゃんとそこにある。無意識に認識しているせいだろうか。
進んでいくと、やがて開けた場所に出た。いくつも連なった電球が天井にぶら下がっており、その先に、大きな板と、間仕切りのようにいくつかトタン板や木材を無造作に打ちつけて出来たバリケードがあった。大きな板には何か文字が書かれてあるが、所々煤けているせいで判別が出来ない。
何処からか拾ってきたのか、STOPの看板が丁度バリケードと通路の間に置かれている。何で止まらなきゃいけないんだと思いながらも、俺は無視してバリケードの方へ歩いていく。──と、頭上──バリケードの上部辺りからか、突然けたたましい声が耳に飛び込んできた。
「それ以上近づくな、ムンゴ! ここはお前のような大人が来るような場所じゃない」
誰だ? と──辺りを伺ってみるが、薄暗いせいで人の姿は見えない。……というか、ムンゴって何だ?
止まれと言われても埒があかないので、無視して近づこうとすると再び、
「それ以上近づくなと言ってるだろうが! これは警告だぞ、聞こえないのかムンゴ!」と罵声──にしては甲高い声だが──が飛んでくるので、ついこちらも言い返してやる。
「俺はムンゴなんて名前じゃない。さっきから人のことをそう呼ばわりする奴は誰だ? 姿を現してみろ!」
大人気ないと思いながらも内心苛立ちながら叫ぶと、バリケードの上部の僅かな間から、顔を覗かせたのは一人の──子供だった。頭には兵士が被るような深緑色の円形ヘルメットを被り、手にはアサルト・ライフルを手にして、睨むようにじっとこちらを見据えているのは──二つの青い瞳。
その目を見た瞬間、全てを悟った。相手が名乗らなくても分かった。この場所が何処で、俺を見る子供は誰なのか。
“小さかった頃、リトル・ランプライトって所に住んでいたんだ。そこで長を勤めてた事だってあるんだぜ。
そこは岩だらけの場所で──時々恋しくなるよ。岩だらけの天井がある場所を。16までその場所にいたせいかな、もう戻れない場所だとしても、時々ふと、そう思う事があるんだ”──
「……お前、マクレディか?」
それは間違いなく、彼の記憶の中にいる“マクレディ”そのものだった。
記憶の中の世界しか会う事の出来ない、交わらない時間軸を埋め合わせるかのような出会いと共に──その記憶を蝕みつつある黒い影が近づいてきているのを、俺はまだ知らなかった。
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長い。長すぎる。
相変わらず回りくどい文章が得意な中のヒトです。どうもこんにちわ。
終わらない話のまま、とりあえず今回は予定通りのステージまでチャプターを進めようとしてここまで長くなりました。ごめん。
記憶シミュレーターはですね、メインクエストでたった一度しか出てこないのに、あんな素晴らしい機械を何度も出さないなんてベセスダなんてもったいない! って思って考えたネタなんですね。これ。
ただ、ヒトの記憶にどうやったら入れるのかとか、そこまでいく経緯とか考えに考え抜いて作ったわけでして、人造人間の薬とか、あれほとんどつい最近になって思いついた部分です。ニックさんスティムパックは使えるけど。
薬の部分とか、そういう細かいところは結構想像とご都合主義的な所で書いてるので突っ込まないでちょうだい(笑)
で、次からいよいよ記憶の中で旅をする訳ですが。まぁ長くてもダレるだけなので
どうしても描いてみたい描写だけにとどめるつもりです。ここら辺は前々から考えていた通りかな。
というどうでもいい解説でした。
次回更新をお楽しみに。(している人が居ると嬉しいです)
感想感謝叱咤激励金貴金属樹木希林はいつでも大歓迎ですZE!
これは第二章です。一章から読みたい方は前回の記事「Chain of reprisal」からお読みください。
今回第二章にも関わらずめたくそ長いです(解説部分が多いため)
休憩をとりつつ読み進めてくださいませ。
連邦の、一番光が当たっているところといえば、誰もが同じ事を言い、誰もが同じ場所を指差すだろう。
ダイヤモンド・シティ。又の名をグリーン・ジュエルとも云う。連邦に住む者達はそのスポットライトの如く照らされる安寧の場所を求め、一時は誰もがその地に足を踏み入れる。他の居住地とは違う、ありとあらゆる物を扱う店や食べ物に困らない環境に羨望し、憧れを抱き、その地に骨を埋めたいと思う者は少なくない。が──その輝く場所は何もかもがスポットライトに浴びせられてしまう。美しいもの、富める者も──醜い者も、貧しい者も。
やがてこういう声があちこちで出てくる──同じスポットライトに当たる場所に、貧しい者や醜い者が居るのは許せない、と。
そうして格差が生まれ、やがてそれは人々の心にふつふつと広がり始め──いつしかそれを払拭出来る事すら出来なくなった頃、ダイヤモンド・シティの中からフェラル・グールや、持たざる者達の姿は徐々に消えていった。現市長のマクドナウが率先して排除を行ったともいうが、それ以前から球状の輝くライトに照らされて生きるのが適わない者達はひっそりとその輝きの陰に姿を眩ましていくしかなかったのだ。
向かう場所も、安住の場所も見つからない者達は、散り散りになったかと思いきや、やがて一つ所に向かうようになった。
日の当たる場所を追い出された者、輝く場所を忌み嫌う者、そういう者達が各々自活できるように力を貸してくれる、一人の市長の元を頼って──グッドネイバーという街へ。
グッドネイバーにはいくつか店もあれば酒場もあり、ハンコック市長の執務室兼住居となっている旧州議事堂や、かつては明光風靡を語ったであろうレクスフォード・ホテルなど、ダイヤモンド・シティでは見られない施設もあったりと、一見観光で赴く人が居てもなんらおかしくないだろう──物々しい自警団が辺りを徘徊し、皮膚を放射能で焼かれ、フェラルとなった者達が生活する場所に足を踏み入れる覚悟があるなら、だが。
しかしそんなグッドネイバーの数ある施設の中でも、とりわけ異彩を放っている建物があるのを、初めて訪れる者なら気付かない筈がない。
紅い照明に入り口を照らされ、その入り口の扉もまた、赤いペンキで塗りたくられている。その上に、その建物の名前らしき看板が掲げられていた。誰もがそれを目にし、その中に何があるのか想像するだろう──メモリー・デン。
それは、人々の脳内にある記憶を写し、それを自身に見せる事が出来る“記憶シミュレーター”がある唯一の場所。
自身の懐かしい記憶に浸り、生きる糧を再び得る為、もしくは懐かしい誰かと記憶の中で出会う為──人は大量のキャップを握り締め、その場所に向かう。現実に直面する力を失ったものは、そこで再び活力を得られるのか──その結果は自分にしか分からない。
結果でどうあろうが、人が途絶えることは無かった──それほど“現実”は厳しいのだ。目を覆いたくなるような世界に背中を向けてしまう事もあるだろう……俺にはわからないけれど。
そしてその施設の中でシミュレーターを扱うことに出来る唯一の人物がDr.アマリだった。
彼女はその日も忙しそうに機器の点検を行っていた。メモリー・デンには複数の記憶シミュレーターがあったが、一般客に使われるシミュレーターは主に一階、オーナーのイルマが座っている場所に数台置かれている。全てのメンテナンスはDr.アマリ一人だけで行っているため、不具合が起きると全て彼女にその始末を任される有様だった。オーナーであるイルマはただのんびり座って、客がシミュレーターの中で時折見せる表情をぼんやり見ているだけである。
しかしDr.アマリはそれに対して反論するつもりは無かった。シミュレーターを設置して資金を得、残った分は自分に返ってくるから決して悪い事ではない。それにここの施設の地下まで借りて、記憶シミュレーターを向上させるための実験をしていても文句の一つも言ってこないのだから、研究者としてはこんな場所を提供してもらえるだけでも御の字だった。
だから普段どおり、彼女は一般客用のメンテナンスをしつつ、自身の研究に勤しんでいたのだった。ばん、と荒々しく扉が開く音の直後、床を鳴らしながら歩いてくる者が目の前に現れるまでは。
旧州議事堂の建物の地下にあるサード・レールへ続く扉を開いた頃には、外はしんと静まりかえっていた。逃げていった客の姿は既に見えず、奇妙なことに、辺りを徘徊している自警団の姿も無い。
何処に行ったのか、と思うと同時にぴんときた。サード・レールから一斉に客が出てきた事に訝しまない奴などいない。恐らく客の誰かをとっ捕まえるか何かして、中で何が起きたか聞いている可能性が高い。
だとすると、ここに居るのは相当まずい可能性があるな。
俺は肩に担いでいるマクレディを再度担ぎなおし、辺りを気にしながら小走りでメモリー・デンに向かった。時刻は既に夕闇に包まれた19時過ぎ。グッドネイバーはダイヤモンド・シティと違って球場のライトに照らされている訳でもないから、通りも薄暗く人に気付かれにくいのが幸いだった。
スニークスキルが高いおかげもあって、小走りながらも辺りに居る居住者には気付かれる様子もなく、突っ込むように扉をばん、と大きく開くと同時に身を滑り込ませ、そのまま背中を押し付けるようにして扉を閉める。ほんの数メートル走っただけなのに、息が上がっている自分に驚く。
マクレディが重い訳ではない。緊張しているせいだ。何故緊張しているかって──その理由は分からない。ただ、ものすごく不安だった。自分が見ていない間、マクレディに何が起きたのか分からない事、彼が無防備の人を撃った事、そして撃たれて死んだ相手の素性が分からない事──ああ、くそ。分からない事だらけだ。
俺の肩に担がれたまま、マクレディはぜぃぜぃと息を喘がせ苦悶の表情を浮かべていた。顔は蒼白で、見る限り危険な状態だと窺わせる。
急がなくてはいけない。俺は彼の腕をぎゅっと握り、担いだままメモリー・デンの広間に向かった。二人分の加重のせいで、床がみしみしと軋む音を立てる。
広間にはいつもどおり、数台の記憶シミュレーターと、囲むようにして置かれているそれの中心に建屋のオーナーであるイルマが鎮座していた。鎮座しているといったほうがいいだろう。いつも彼女はそうしている。二人は座れるソファーに腰をくねらせるように大胆に座り、気だるげな表情で、ねっとりとした視線を俺に送ってくるので、俺は極力その視線から逃げるようにしていた。が、今はそんな事を言ってる暇はない。
「あらあら、いらっしゃい。たしかミスター・バレンタインのお目に適った探偵さんだったわよね?」
ニックの名前を久しぶりに聞いた気がした。
「あぁ。……Dr.アマリは何処に?」
「いつも同じところ。地下室にいるわ。そこでいつも同じ事してる。……研究してる時は機嫌悪いときもあるから、気をつけてね。……ところで担いでいる人はどうしたのかしら? 気分が悪いようだけど」
あまり無駄話をしている暇はないのと、自分自身も良く分かっていないせいもあって、俺は適当に挨拶を述べてから逃げるようにして階下へ向かう階段がある廊下へと出た。
動かされて気分が悪いのか、うぅ、とマクレディが苦しそうに呻く。果たしてアマリはマクレディがこうなった原因が分かるだろうか。
階段を降りてすぐ青い扉が視界に入る。その向こう側に彼女は居る筈だ。俺はドアノブに手を掛け、一気に開いた。
彼女は試験・実験用におかれてある二台の記憶シミュレーターを行ったり来たりしていたが、扉の開いた音と同時に立ち止まり、ふっとこっちに振り向いて──
「ジュリアン? ……どうしたの? その人は?」
俺と、俺の腕に抱えられているマクレディを交互に一瞥しながら、彼女は当然の質問を発した。
「その事で来たんだ。──マクレディを助けてくれないか。頼む」
横にする場所もないため、ひとまずマクレディを記憶シミュレーターの座椅子に座らせた後、俺は今までの経緯を語った。サード・レールで飲んでいた事。俺がマグノリアに目を奪われていた最中、マクレディが見知らぬ男に注射を打たれ、今のような状況に陥った事。
「その注射を打った男はどうなったの?」
「マクレディが撃って殺しちまった。……おかげでサード・レールは大混乱だ。客が全員逃げちまったからな。ホワイトチャペル・チャーリーが俺達を出入り禁止にしなきゃいいんだが」
軽くあしらうつもりで言ったのだが、アマリは表情を曇らせた。
「……てことは、いずれここにあんた達を探しに自警団がやってくるかもしれないわね。一応、グッドネイバーはハンコック市長を筆頭に、自警団を組織してこの街を守っているのは知っているでしょう? 彼らはギャングの抗争みたいなものなら知らん振りだけど、一般人のいる場所で発砲事件となると黙っちゃおかないと思うわ。厄介な事にならなきゃいいんだけど」
それに対してこちらが何か言うより前に、Dr.アマリがひらひらと手を振って見せ、「大丈夫よ、あなたにはいくつも貸しがあるから、二人は居ないって誤魔化しておく。……それよりも彼の方よね。マクレディ、だったわね」
やや面食らいながらもああ、と短く答えると、アマリは彼を撃った相手の男の素性を詳しく教えてくれと言ってきた。
「身なりは普通の……そこら中に居る居住者と同じ。擦り切れたジーンズと、……やたら身体に合わないシャツを羽織ってたな。身体はやや屈強。マクレディより腕力は強かったのかもしれない。抵抗も出来ないまま腕に注射針を刺されている辺り。
所持していたのは38口径のパイプピストルと──これだ」と、俺は大事に腰のポーチに入れておいた注射器を彼女に手渡した。アマリはその注射針の中に残されていた液体にすぐ気付いた様子で、手袋を嵌めてあちこち慎重に検分し始める、かと思うと今度はマクレディの右腕をしげしげと見つめていた。針の太さと刺した部位を見ているのだろう。
「……相当抵抗したみたいね。彼の腕に相手の腕の跡がはっきり残っているわ。掴んだ形からして、どうやら背後から襲われたみたい」
背後──そうだ。マクレディは俺の居る方と逆、背を向けて相手に10mmピストルを向け発砲していた事に今更ながら気付かされる。その後相手は──心なしか、にやついていた気がするのだが──鮮血を胸から溢れさせて絶命したんだった。
「……けど、これ以上は手を貸せそうにないわ。知ってるでしょ、私が専門としているのは医学じゃないって事を」
突然そんな事を言ってきたので、思わずこちらも反射的に「そ……そんな事言わないでくれ、あんたしかここでは頼れないってのに」と弱音を吐いてしまった。
「分かってる。けど……私は機械工学と人造人間関連の僅かな知識しかないのよ。インスティチュートが何を企んでるかまでは知らないけど。医学の方は殆どと言っていいほど専門外。彼が何を打たれたまで特定するのは──」
「そうは言っても、マクレディがこのままで良い訳ないだろう? 彼を助けるにはあんたの力が」必要だ、と言い続けようとした俺をDr.アマリがすっと手のひらをこちらに向けた。黙っていろ、という合図だろうか? 言い続けてもよかったが、彼女を怒らせればますますこちらの分が悪くなるだけなので、ぐっと言葉を堪え、押し黙ることにする。
Dr.アマリは注射針に残っていた僅かな液体をじっと見ていた。先程から何度か見ていたのだが、何か変わった点でも見つけたのだろうか。……僅かな沈黙の後、
「……さっき、これを所持していたのは身なりからして普通の居住者風じゃない男、って言ってたわよね」
神妙な顔つきで言ってくるので、こちらもつい「……ああ」と神妙に応じてしまう。しかし次に彼女が発した言葉には耳を疑った。
「もしかして、その男──ガンナーじゃないかしら。いや、ガンナーじゃないとおかしいの。そんな感じしなかった?」
ガンナーだって?
なんでその事を──と思うと同時に胸にすとんと落ちるものがあった──サード・レールでホワイトチャペル・チャーリーが発した言葉──
“そういやここ数ヶ月の間、数日おきにお前を探してるって奴がここに何回も顔を見せてるんだが、お前知らないか、マクレディ”──
その探していた人物が──殺した奴だとしたら。
着てる服は窮屈そうだった──身なりを隠す程度の変装だったのかもしれない。
所持していたのは38口径のパイプピストルのみ──これまた居住者を装う程度の僅かな武装をしただけかもしれない。
けど解せないのは三つある、──何故Dr.アマリはガンナーと判別できたのだ? マクレディがかつてガンナーと手を組んでいた事を知っている筈は無い。彼女の口ぶりからして、マクレディを見るのは今回が初めての態度だったからだ。
もう一つ。防具を装備をしていなかったこと。背後からマクレディを掴むという、振り切られれば至近距離から撃たれる可能性を持ちながら、敢えて武装をしなかった理由。
そして、マクレディに刺した注射器。……ここからDr.アマリはガンナーの言葉を口にした。注射器に別段、変なところは無かった。となると、中に入っている液体の原因が分かったのか?
「何故、彼らだと……?」
呻くようにに声を出す俺を無視して、彼女は一度奥の部屋に引っ込んでからすぐ戻ってきた。手に何かの瓶を持って。
「これ。何か分かる?」手にした瓶を俺に差し出す。──蓋がしっかりと閉じられ、中には透明の液体が入っていた。瓶には何か書かれたシールが貼られているが、何と書いてあるかは判別できない。
「……水、じゃないよな」
「恐らく、注射針に入っていたものと同じ薬剤よ。今からそれを証明してみるけど……出来ればこれじゃ無い事を願いたいわね」
何だって? と言いたかったが、Dr.アマリは黙って瓶の蓋を開け、スポイトでそれを幾らか抽出してから、試験管に注ぎ入れた。……黙って見ていた方がいいだろう。しかしさっきまで自分は助けにならないとか言っておきながら、次の瞬間にはマクレディが打たれた薬を特定するとか、科学者ってのは掴み所が無い奴ばかりだな、と内心ぼやくに留めておいた。
一つの試験管に液体を入れると、今度は俺が手渡した注射器のピストン部分を引き抜いてから、残っていた液体を別の試験管に全部注ぎこむ。その後、別のスポイトで何らかの薬を両方の試験管に入れ、コルクで出来た蓋を閉めると両方の試験管を一つずつ持ちながら両手で管を振り始めた。
何をしているのか──と黙ったまま見ていると、両手に持った試験管の中の液体がにわかににごり始めた。透明だった液体がみるみるうちに白濁のそれに変わっていく。片方ではない、両方共、だ。
「Dr.アマリ、それは──」
ぽつりと言葉を漏らしてしまった。無視されるかと思ったが、彼女は答えてくれた──酷く疲れた口調で。
「まさかと思ったけど……間違いない。でも、これで何を打たれたかは分かったわ」
試験管を振るのを止めて、ケースに両方とも置いてから。彼女は俺と、俺の横でシミュレーターに座ったまま時々呻いているマクレディを見ながら口を開いた。
「何を打たれたかは分かった。──人造人間用の薬剤を打たれたの。それを開発したのはガンナー一派の何処かの組織、としか分かってない。私はそれを──あなたも知ってるでしょう、レイルロードの一員であるグローリーから受け取ったの。こういう薬を開発している連中がいる、って」
人造人間用の薬剤……
得体の知れない薬をマクレディは打たれたというのか。先程、この薬じゃない事を願いたいと言ったDr.アマリの言い方からして、相当危険な部類の薬なのは間違いない。
「……経緯を話してくれ。その薬を手にした経緯と、治療法を」
促すと、アマリは黙って首肯してから、重そうな口を開いた。
「あなたも知ってるでしょう、インスティチュートのコーサーに、逃げた人造人間を戻す仕事を引き受けているガンナー連中が居るって。前にそういう人造人間を助けた事があったわよね。……そこで、ガンナー連中の中に居る頭の切れる奴が、人造人間に効く薬を開発したらしいの。
それは人造人間の記憶中枢を瞬時に破壊し、何の役にも立たなくさせる劇薬──連中はそれを『アンハッピーターン』と呼び、コーサーとの交渉が決裂しそうな時それを使って脅すらしいのよ。最もそれに応じるコーサーが居るかどうかは分からないけど……。
グローリーに話を聞いたとき、この薬の一部を手に入れたから持っていて欲しい、って言われて受け取ったのよ。レイルロードのDr.キャリントンも持っていて、この薬の治療薬を作るために四苦八苦してるみたいだけど──芳しくないみたい」
「ちょっと待て、人造人間に薬剤が効くのか?」当然の質問をしてみたが、彼女はこれまた黙って首肯して見せてから、「第三世代の人造人間はほぼヒトと変わらない構造をしているから、人間と同じ薬を飲んでも同様に効果を発揮するわ。ニック・バレンタインや戦闘兵として街中で見かける人造人間には効かないでしょうけど。
そして勿論、それはヒトにも効くのは……言わずとも分かるわね」言いながらちらりと苦しい表情で息を弾ませるマクレディを見る。苦しい表情で息も絶え絶えの彼を。
「つまり……つまり、マクレディは、助からない……と?」
絶望の淵に落とされた気分だった。──薬は判別できたのに。信じたくなくて、俺は目前に座っている彼女の顔をじっと見てしまう。
Dr.アマリは俺の視線を受け止められず、すっと視線を落とす。……無理なのか、マクレディを助けることは、もう──
けど、彼女の答えは違った。
ふぅ、とため息を一つついたのち──「……あまりあなたに希望を持たせたくはないのだけど──」
え。「何か方法があるなら言ってくれ。俺に手伝えることがあるなら──」
おかしなことに、この時俺は相当狼狽していた。何故狼狽していたのかは分からない。分からない事だらけの中で、マクレディを失うことだけは嫌だという強い意志だけが自分を突き動かしていた。
Dr.アマリは俺の剣幕にやや圧倒されながら、落ち着いてと何度もこちらをなだめつつ、
「……さっき言ったわよね、“人造人間がこの薬を打たれると、記憶中枢を瞬時に破壊され、何の役にも立たなくさせる”って」
「ああ」間髪を入れずに相槌を入れる。
「薬を打たれてから、1時間は経ってるでしょう。それなのにマクレディはまだ死んでないわよね。……私はそこにヒントがあると思う。
何故人造人間の記憶が瞬時に破壊されるかって、それは恐らく、人造人間が持たされた“かつての生前の人物”の記憶の一部しか持っていないからと思うわ。
人造人間は所詮彼らのコピーであって、彼らの記憶を全て受け継いでいる訳じゃない。だからすぐ記憶を破壊できる。……でも、ヒトは違う。
ヒトは生きてきてからの経験、記憶、出来事を脳の海馬という部分に記憶している。それは人造人間のそれとは比較にならないほど膨大なもの──だから瞬時に記憶を破壊する事なんて出来ない。即ち、まだ猶予があるってことよ」
猶予がある……その言葉に一瞬救われかけたが、結局のところ、治療薬がない以上どうやって?
「ジュリアン、前以上に厳しい事になるかもしれない。……それでも行くなら、私はあなたに“道”を授けることが出来ると思う。
マクレディを助けるのには、彼の記憶を破壊するもの──アンハッピーターンの影響を除去できれば、彼を救うことが出来るかもしれない。その影響がどういうものかはわからないけど──それでも彼の脳の中に行くというなら、道を授けることが出来る。どうする?」
この時ばかりは、Dr.アマリが神の如く後光を放つ者に見えた──というのは誇大広告すぎるが、実際彼女の差し出した手を受け取るしかマクレディを救う方法は見つからないのだ。……つまり、かつてケロッグの記憶チップを辿って彼の脳の中に入ったのと同じ事を再びするという事。
すぅ、と息を吸い、俺ははっきりと答えた。
「勿論、行くさ。行くに決まってるだろ」
実験用の記憶シミュレーターを二台起動すると、Dr.アマリはあわただしく動き始めた。
マクレディの帽子を取って「失礼するわね」といいながら、彼の頭に脳波検査で使うような電極をぺたぺたと貼り付け始める。
「そんな装置で彼の脳内に入れるのか?」
頼りないと思った訳ではないが、ニックの時と違って今回は生きている人間の脳内に侵入するという事だけに、頭に電極をつけただけで大丈夫なのかと不安になる。
「あなたがニックの身体を使って、ケロッグの記憶中枢に入った後から私が何もしてないと思ってるんじゃないでしょうね? 色々研究して開発してきたのよ。ヒトの記憶の中にも侵入することが可能かどうか、って──でも、これはまだ実験段階で、試験もしてないから成功確率は五分、ってところね。上手く行く事を願うしかない」
話ながら、ぺたぺたとマクレディの頭を敷き詰めるようにして電極を貼り付けると、「ああ、あれを渡さないと」とアマリはぱたぱた走って一旦奥まで引っ込み──すぐさま戻ってくると、はいと言いながら手を伸ばしてくるので、つられてこちらも伸ばすと、手のひらに二つ、輪っかのようなものが落ちた。──指輪か?
「何だ、これ」
「それを、あなたとマクレディの左手の薬指に嵌めて」とDr.アマリは平然と言ってくるので俺は目を丸くしてしまう。──左手の、薬、指。
「おい、それって──」
「言いたいことは分かる。戦前の人間は結婚するとした者同士で指輪を左手の薬指に嵌めるという話。私も知らない訳じゃないの。
けど、それにはちゃんとした理由があるのを知っているでしょう? 左手の薬指に指輪を嵌める意味が何か。そしてこれからあなたはマクレディの脳内に入る、その為に道を作らなくてはいけない。その為に必要なものなの。
その指輪には微弱な静電気を発する装置が組み込まれてあるわ。その静電気があなたとマクレディに一時的な“道”を作る標になる。ジュリアンはマクレディと血縁関係でもなければ婚姻してる訳でもない。その為マクレディの記憶があなたを拒否する可能性も出てくる。それを防ぐものだと思っていればいいわ」
……よく分からないが、必要なものだといわれれば仕方がない。俺は立ち上がり、シミュレーターの椅子にほぼ横たわる形で伏せているマクレディの左手を取り、すっと指輪を嵌めてやった。
なんだかとてもおかしな気分だな、と自嘲してしまう。普通男が男に指輪を嵌める行為なぞやるか? 意識がある時にマクレディにしてやったらどういう反応をするのか見てみたい気もするが。
「嵌めておいた。他にやることは?」
自分の指にも同じものを嵌めてから質問を投げかけると、「無いわ。こっちも準備できてる。……ああ、でもちょっと待って」と言ってから、Dr.あまりは記憶シミュレーターを扱う機器から離れてこちらに近づいてきた。
「どうした?」
「いえ、……一応聴いておかなきゃって思って」と言いながら、Dr.アマリはもじもじとしていた。──言いたい事はわかっている。
「……なぁ。もし俺が、マクレディの頭の中から戻らなかったら──」
こちらから水を向けてやると、彼女ははっとした表情を浮かべ、次にはぶんぶんと首を横に振っていた。
「そんな事はさせないわ。ケロッグの時と同様、私があなたを最大限サポートする。あなたがマクレディの記憶の中の何処にいるかちゃんと突き止めて──」
「分かっているよ。あんたには感謝している。いつも無茶なお願いばかりして、申し訳ないと思う位だ。サポートを宜しく頼むよ。
……でももし、万が一、マクレディが目覚めても俺が戻らなかったりしたら──彼に一言、伝えて欲しい事があるんだ。さっき申し訳ないと言ったばかりで失礼とは思うんだが、頼まれてくれないか」
Dr.アマリは渋々ながら応じてくれた。自分が必ず助けるというつもりでやってくれているからこそ、万一なぞ考えたくないのだろう。
けど、最悪の事態を想定しないつもりで俺も危険な道に向かうつもりは無い。だからこそ──俺は彼女に、その言葉を伝えた。
それを聞いたDr.アマリは目を丸くして、「……本当にそれだけでいいの?」と問い返してくる。
「ああ。あんたならそんな事しないだろうと踏んでの事だ。信用しているからこそ伝えたんだからな。宜しく頼んだぜ」
にやりと笑みを浮かべてみせると、当惑したようにアマリは目を伏せて、うんうんと何度も頷いて見せた。
シミュレーターに向かう前に、俺はマクレディをじっと見つめた。時折苦しそうに呻き声を上げている。彼の手をぎゅっと握ると、いつもと変わらぬ体温で、熱もないのに彼の頭の中では破壊が繰り広げられているのかと思うと、胸にこみ上げてくるものがあった。
──疑ってかかるべきだった。彼を探しているという奴がどういう素性の奴ぐらい分かりそうなものなのに、俺は既にガンナー連中からのマクレディに対する報復は終わったとばかりに高を括っていたのだ。そのせいでこんな事になるなんて誰が予想しただろうか。俺がマグノリアの歌に夢中になっていたばかりに。
──けど、今からお前を助けに行くよ。待ってろ、マクレディ。
「急いでジュリアン、打たれた時間から逆算しても、数時間しか残されてない筈」
Dr.アマリの声にああ、と応じながら俺は彼の手から自分のそれを離した。次その手を握るときは必ず来ると信じて。
シミュレーターに入り、背もたれを倒したような格好で座ると、ゆっくりとした動作でカプセル型の蓋が閉まった。透明の蓋には中型のスクリーンがくっついており、その映像を覗き込む形で、人は自らの記憶と対面するという仕組みになっているのだが、今回は前回同様、他人の記憶の世界を歩くという事だから出だしからどうなるか想像もつかない。
「カウントダウンが始まるわ。──ジュリアン、気をつけてね」
「ああ」
ケース越しではあるがはっきりとした声でそう答え、俺はスクリーンのほうをじっと見た。やがて映し出されている映像が僅かに動き始めると、10.9.……とカウントダウンを始めていく。
色んな事が頭に浮かび、消えていった。マクレディと出会った時の事、彼と話したありとあらゆる事──
彼の記憶の中が今どうなっているのかは想像もつかなかった。けど俺のやることは一つだけ。打たれた薬の影響を止めさせる。それだけ。
3.2.1──0。
カウントダウンが0になったと同時に、画面がぱあぁ、とまばゆいばかりの白い光に覆われた。
「ぐぁっ……!」
目が焼かれる感覚に思わず瞼を閉じる──と同時に、身体と意識が分離する感覚に襲われた。強く白い輝きが俺を引っ張り出そうとしている。肉体から──
「意識を強く持ってジュリアン! ここで気を失っちゃだめよ──」
Dr.アマリの声が耳元でした──ような気がしたが、その時俺の意識は肉体を離れ、輝く白い光に吸い込まれていた。
なんだこれ……ケロッグの時とは違う。違いすぎる。
それでもやがて目が光に慣れてきて恐る恐る目を開くと、とんでもない光景が視界に飛び込んできた。
記憶の渦、といったほうがいいだろうか。白く輝く光を遮るように、時折ふっと何かがよぎる。全く知らない人物の姿、見たことの無い場所、あらゆる事象が写真のような四角く切り取られている断片となって、渦を作り出していた。
渦に逆らうことなど出来ず、俺は断片にもみくちゃにされながら身を投じる形で落ちていく。
「うわあぁぁああああぁ?!」
情けない声を上げてしまう。──と同時に、突然渦の中から身を脱したかのように記憶の断片が消えたかと思うかみなかで、どかっ、と顔に鋭い痛みと、衝撃で目に火花が走った。意識の中にいるせいで、上下の感覚が全く分からないせいでしばし、頭の中が混乱する。
「いったぁ~~……ったく、何だってんだ……」
頭を振りながら、立ち上がる。──辺りを見回してみると、岩盤に囲まれた殺風景な場所だった。薄暗く、しかし完全な闇ではない。ごつごつとした岩肌に、いくつか天井や壁に打ち付けるようにして照明が点々と灯されてある。
自分が叩きつけられるようにして落ちてきたのはどうやら通路の一角のようだった。……洞窟の中だろうか。
とりあえず俺はマクレディの記憶の中に侵入は出来たらしい。……らしいのだが、Dr.アマリの声はまだこちらには届いていない。俺が何処に落とされたのか判別できていないのだろう。
とりあえず進んでみるしかないだろう。自分の記憶には、こんな岩だらけの場所なんて見た覚えがない。即ちここは彼の記憶の中──なら、マクレディがどこかに居る筈だ。
薄暗いため、Pip-boyの明りをつけてみると、意識の中でもちゃんと装置は光を灯してくれた。今は俺の意識でしか動いていない筈なのに、身なりも、腕につけているPip-boyもちゃんとそこにある。無意識に認識しているせいだろうか。
進んでいくと、やがて開けた場所に出た。いくつも連なった電球が天井にぶら下がっており、その先に、大きな板と、間仕切りのようにいくつかトタン板や木材を無造作に打ちつけて出来たバリケードがあった。大きな板には何か文字が書かれてあるが、所々煤けているせいで判別が出来ない。
何処からか拾ってきたのか、STOPの看板が丁度バリケードと通路の間に置かれている。何で止まらなきゃいけないんだと思いながらも、俺は無視してバリケードの方へ歩いていく。──と、頭上──バリケードの上部辺りからか、突然けたたましい声が耳に飛び込んできた。
「それ以上近づくな、ムンゴ! ここはお前のような大人が来るような場所じゃない」
誰だ? と──辺りを伺ってみるが、薄暗いせいで人の姿は見えない。……というか、ムンゴって何だ?
止まれと言われても埒があかないので、無視して近づこうとすると再び、
「それ以上近づくなと言ってるだろうが! これは警告だぞ、聞こえないのかムンゴ!」と罵声──にしては甲高い声だが──が飛んでくるので、ついこちらも言い返してやる。
「俺はムンゴなんて名前じゃない。さっきから人のことをそう呼ばわりする奴は誰だ? 姿を現してみろ!」
大人気ないと思いながらも内心苛立ちながら叫ぶと、バリケードの上部の僅かな間から、顔を覗かせたのは一人の──子供だった。頭には兵士が被るような深緑色の円形ヘルメットを被り、手にはアサルト・ライフルを手にして、睨むようにじっとこちらを見据えているのは──二つの青い瞳。
その目を見た瞬間、全てを悟った。相手が名乗らなくても分かった。この場所が何処で、俺を見る子供は誰なのか。
“小さかった頃、リトル・ランプライトって所に住んでいたんだ。そこで長を勤めてた事だってあるんだぜ。
そこは岩だらけの場所で──時々恋しくなるよ。岩だらけの天井がある場所を。16までその場所にいたせいかな、もう戻れない場所だとしても、時々ふと、そう思う事があるんだ”──
「……お前、マクレディか?」
それは間違いなく、彼の記憶の中にいる“マクレディ”そのものだった。
記憶の中の世界しか会う事の出来ない、交わらない時間軸を埋め合わせるかのような出会いと共に──その記憶を蝕みつつある黒い影が近づいてきているのを、俺はまだ知らなかった。
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長い。長すぎる。
相変わらず回りくどい文章が得意な中のヒトです。どうもこんにちわ。
終わらない話のまま、とりあえず今回は予定通りのステージまでチャプターを進めようとしてここまで長くなりました。ごめん。
記憶シミュレーターはですね、メインクエストでたった一度しか出てこないのに、あんな素晴らしい機械を何度も出さないなんてベセスダなんてもったいない! って思って考えたネタなんですね。これ。
ただ、ヒトの記憶にどうやったら入れるのかとか、そこまでいく経緯とか考えに考え抜いて作ったわけでして、人造人間の薬とか、あれほとんどつい最近になって思いついた部分です。ニックさんスティムパックは使えるけど。
薬の部分とか、そういう細かいところは結構想像とご都合主義的な所で書いてるので突っ込まないでちょうだい(笑)
で、次からいよいよ記憶の中で旅をする訳ですが。まぁ長くてもダレるだけなので
どうしても描いてみたい描写だけにとどめるつもりです。ここら辺は前々から考えていた通りかな。
というどうでもいい解説でした。
次回更新をお楽しみに。(している人が居ると嬉しいです)
感想感謝叱咤激励金貴金属樹木希林はいつでも大歓迎ですZE!
09.09.00:28
Chain of reprisal
※Fallout4二次創作小説です。その手の部類が苦手な方はブラウザバック推奨。
「……久しぶりだな」
薄暗い地下鉄の跡地に出来た、グッドネイバー唯一の“娯楽施設”ことサード・レールはその狭い店内に隠れるようにして常連客がちびちびと酒を嗜む店であった。所狭しと置かれたソファーやカウチに座っている客は、地下鉄の階段を降りて来る者に必ずと言っていいほど一瞥をくれてから、再び顔を伏せるようにして酒を飲み続けていた。隠れ家というより、関わりを持ちたくない者達が集まっているようなこの場所が、決して居心地のいい場所ではないことは分かっている。が──俺はかつて、サード・レールに足繁く通っていた。この場所の雰囲気が、何処と無く自分の肌に合っていたからかもしれない。
下界と関わるのを可能な限り避け、日陰に生き続ける……持たざる者達の中に埋もれて誰も知らない、知りたいとも思われない自分を慰めるには格好の場所だったから。
「ああ、あんたかい。随分久しぶりじゃないか」
機械の発する声にしてはやや人間味に臭い言い方をする目の前のMr,ハンディ型のバーテンダー、通称ホワイトチャペル・チャーリーが抑揚の無い声をかけてくる。ハンディ型と言ったが、目前に居るチャーリーはどちらかと言うと戦闘に特化したMr.ガッツィーの声に似ていた。好戦的で敵を煽って来る意地の悪い声。
と思いながらもさすがに意地悪い声とは言わずに、
「そういや随分ここには立ち寄ってなかったな。……前は頻繁にここに来てたのに、すまないな」
謝るつもりもない口調で言うと、所々錆に浮いている丸い頭と、その頭の三方から突き出た丸い瞳の役割をするアイセンサーが一斉にこちらを凝視し、「らしくもない事を言っても全く心に響かないぞ。……もっとも俺には心なぞないがな。──で? 酒を飲んでいくんだろう? 違うか?」
勿論頂くよ、と言って俺はチャーリーからビール瓶二本分のキャップを受け取り、瓶を二つ受け取るとそれを傍らで突っ立っていたマクレディに投げて寄越した。
「っと。突然投げてくるなよ──危ないぞ」
マクレディが悪態をつくが、彼の表情は怒ってもおらずむしろ嬉しそうなそれだった。そういうやりとりを黙ってみていたチャーリーは驚いた様子なぞ微塵も見せず、「何だ、あんた今マクレディと行動してるのか?」と言ってくる。
「あぁ、そうだけど」言いながら俺は親指でビール瓶のキャップを外し、飛びかけたそれをうまく人差し指と中指でキャッチした。そのまま躊躇いもせずくい、と瓶の口を自らの口へ押し込み傾けて、入った琥珀色の液体を喉へと押し流す。酒というには薄すぎるが炭酸の僅かな感触が舌に伝わってきて、気持ちがいい。
「そうか……道理で最近姿が見えないと思った訳だ。あんたと一緒に居たとはね。──そういやここ数ヶ月の間、数日おきにお前を探してるって奴がここに何回も顔を見せてるんだが、お前知らないか、マクレディ」
マクレディを探している? と俺が言うより早く、「俺を探してる奴って?」と彼の方がチャーリーに返事をしていた。
「身なりはいたってそこらじゅうに居る、普通の男だ。ただ……変な事を言ってたな、お前に借りがあるだの、返すものがあるだの──ここには暫く帰って来てないって言ってるのに何度も来てるから今日も来るかもしれんぞ、その時直接言えばいいんじゃないのか?」
ふぅん、と返事を濁すマクレディ。それ以上何も言わず黙って瓶を口に傾けるだけになったので、「もし俺達がここを去った後にまた姿を現したら、旅に出てるって伝えてやってくれないか、チャーリー」
「そりゃ構わないさ、誰にとは言わないでおくよ。……おっと、始まるようだぜ」
と、チャーリーがアイセンサーをウィィ、と機械音と共に右手に移す。その姿につられて俺も見ると、薄暗い店内の端だけ煌々と明りが灯されており、それがスポットライトの代わりとなっているのか赤いスパンコールのドレスをキラキラさせながら、一人の女性がマイクに手を掛けてポーズを取っていた。──マグノリア。場末の酒場に降り立った歌姫。
久しぶりに見る彼女は相変わらず濃いアイシャドーと、印象付けにはぴったりの紅いルージュを唇にひいている。スパンコールのドレスに負けず劣らずといった感じだが、何せ化粧品なぞこの世界では貴重品以上価値のあるものだ。自分が生きていた時代には当たり前だったものが無い故に彼女の顔は貧相ではあったが、それでも惜しげもなく晒しだしている肌の色は白くスポットライトに当てられて艶めき、紅いルージュはさらに色気を醸し出すには十分すぎるものだった。
ちら、と僅かに一瞬、彼女の視線と自分のそれが絡み合う。来てくれたのね、とは言葉に出さずとも伝わってきた。俺は黙って頷いて見せると、彼女は安心したように音楽に乗り声を出す。色気と妖しさをまぶした声に、俺はたまらずうっとりとしてしまう。周りの客も彼女の出す声に引き寄せられるように、俯いていた顔をめいめい上げては声を出す彼女に視線を奪われていった。
「ふん、何だよジュリアン……あんなに鼻の下伸ばしやがって」
つい悪態をついてしまう。おかしい、何で俺はこうも機嫌が悪いのだろう。
周りの客は全員彼女──マグノリアの方だ──に目を奪われている。それなのに、俺はというと、サード・レールの壁に寄りかかって、恍惚とした表情で彼女を見ているジュリアンの横顔をじっと見ているだけだ。時折、笑顔を向けて頷いていたりするあたり、俺には見えない何かをマグノリアと送り合っているのだろう。……だからだろうか、余計に面白くない。……って、だから、何で俺は面白くないんだ?
「俺がマグノリアに惚れてる訳ないしなぁ……」
歌っている彼女の姿は、以前──ジュリアンと旅をする前の話だ──ガンナー連中とこちらから手を切って、流れるようにこの場所に行き着いてからずっとここで身を寄せていたのもあって、何度も見てきたし何度もその歌唱力には感心してきた。
でも、それだけだ。それ以上何の感情も沸いて来ない。
それなのに、マグノリアに鼻を伸ばしているジュリアンを見るのは苛々する。苛立ちの出所はどうやら彼で間違いない……らしい。理由は分からないが。
「頭でもおかしくなっちまったのかなぁ、俺」
一人ごちても、誰も彼もが歌に酔いしれているだけで、自分の独白なぞ誰の耳にも届いてはいない。仕方なく、黙ってビール瓶を傾けてみたものの、肝心の中身をとっくに飲み干している事に気づき、ばつが悪い顔をしてしまう。
もう一本買おうにも、俺の財布にはキャップが一枚も無かった。……そうだった、いつもジュリアンが買って、俺に寄越してくれていたのもあって、すっかり自分の手持ちなぞ出したことが無い事実にこれまた気付かされる。その手持ちが0だという事実にも。
つまり俺は彼と別れたりした場合、0キャップで連邦を彷徨う羽目になるのか。考えただけでも末恐ろしいな──
などと考えながら、そんな事ある筈がないと……ふふっ、と口元を歪めて一人笑っている時だった。
「よぉ、……あんた、マクレディだな?」
「え?」
突如背後──というより、寄りかかっている壁のすぐ左手にはサード・レールと地上に繋がる階段があるだけだから、その階段の方から俺を呼ぶ声がしたので、ふと声を掛けられた方向に俺が顔を向けるのと、何者かに左手を突如掴まれ、そのまま捻るように自分の背中に押し付けられたのはほぼ同時だった。
「ぐっ…、あぁ…! な、何者……だ!」
利き腕でない左手が、不自然に歪められているせいでぎりぎりと激痛が走る。押し殺したうめき声を上げても、歌姫に夢中になっている客は俺を襲ってきた背後の奴に気付いた様子はない。
腕を掴む手を跳ね除けようと右手を振りかぶって掴みかかろうとした時、
「動くな。動けばあんたの仲間であるあの男を撃つ」
自分の左腕を掴んだまま、男の右手に握られている何かが俺の右頬にぴたり、と押し付けられた。──視線をずらしてみても、押し付けられているものがどういった物かは分からないが、俺の腕を掴んだまま右手のみで扱えるものといえば小型の銃しかない──10mmピストルではないだろう。恐らくマグナムか、改造した小型の銃火器か──
しまった、と思った──常連や客は全てマグノリアに集中している。そして、ジュリアンも。
彼女の声は店内に響き渡っている。今発砲したところで、その音に気付く奴は居ないかもしれない。そしてここに居るのは酔漢ばかり。
圧倒的に不利な立場だった。抵抗すればジュリアンは撃たれ、俺の腕を掴んでる奴は逃げて俺にその罪を擦り付けるかもしれない。……いや、ジュリアンじゃなくても、客の一人にでも致命傷を負わせたら、それこそ俺の身の破滅だ。逃げてもいいだろう。けどそうすれば俺は二度と……。
「……もしかしてあんた、俺を探してたって言う奴か? 借りがあるとか言ってたそうだが、その借りってのがこれか?」
抵抗をしない代わりに、こちらから鎌を掛けてみる。男は狼狽した様子も見せなかったが、背後で僅かに何か動く気配があった。……まさか俺を撃つつもりじゃ、と背中がひやりとする。返事の代わりに鉛の弾を撃ち込むつもりか──
「……そうだ」
と、ぽつりと背後の男がそう言った──直後、突然俺の右腕をがしっと掴んでくる。先程まで右手に持っていた銃はどうしたのかとそんな事考える余裕も与えず、振り払う事すらかなわず俺の右手を目前に突き出す形にすると、
「借りを返すぞ」
今度は掴んだままだった俺の左腕を離す、と──その腕を自分の右腕同様に俺の目前に突き出した。その手に握られていたのは──注射器だった。
「……!」
何をするか嫌でも分かる。何度も右腕を振りほどこうと動かすも男の手はぎゅっとこちらの腕を掴み、離そうとしない。腕に跡が残るじゃないか、とこの状況とは場違いの文句が頭に浮かんでくる。
捻るように背中に押し付けられていた左手は力なく垂れ下がっており、注射器を持つ男の左腕を制止する事も叶わず──ダスターコートを捲った部分に男の握られている注射器の針がぶすりと刺される光景を嫌でも見せ付けられる形になった。
「やめろぉぉ──!」
刺さったと同時に激痛が走る。叫びながら、体当たりするように相手の左腕を突き飛ばし、腰に帯びている近接攻撃用の10mmピストルを右手でホルダーから引き抜くと、くるりと踵でターンしながら背後に立つ男の心臓付近をパァン、と乾いた音を響かせながら至近距離で弾を発射させた。
撃たれた男は避けようともせず──こちらを見ていた。その表情はにやついていた。してやったり、といわんばかりの笑顔で。……まさか。
「最初から、死ぬ気だっ────……」
その直後、目の前がぐらり、と回った。世界が二つに分かれる感覚。上下に同じ景色が見える。周りの客がざわめき、店から出て行く者が視界に飛び込んでくる。──そんな俺の視界を覆うようにして、近づいてくる者。
ジュリアンだった──ような気がする。世界は幾重にも分裂していて、彼の表情すら見分けがつかない。
──そして、闇が訪れた。
パァン! と、乾いた銃声と共に、客の一人が悲鳴を上げた。
その悲鳴の方向を見ると、10mmピストルを持ったマクレディが、至近距離で相手──見かけない奴だ──を撃っていた。擦り切れたジーンズに所々つぎはぎのあたった、やや身体のサイズに合ってない服を着ていた男は、マクレディの放った銃弾を避ける事すら叶わず、胸から鮮血を溢れさせ倒れていく。
その光景が酷くスローモーションに見えた。何が起きているのか分からなかった。その僅かな静寂の後、客が悲鳴を上げてサード・レールから次々と出て行くのにはっと我に返り、
「マクレディ!」
慌てて彼に駆け寄る。が──マクレディは手にした銃を地面に落とし、焦点が合ってない目を見開いたまま、がくっ、と膝を地面についた。そのまま床に倒れるのを慌てて俺が腕で抱きとめる。
「マクレディ、おい、しっかりしろ、マクレディ!」
頬を叩きながら彼を起こそうにも、マクレディは目を閉じてしまい、苦悶の表情を浮かべている。一体何が起きた? 何があったんだ?
「出てってもらおうか」
──と、背後からホワイトチャペル・チャーリーの苛立った声が耳に飛び込んできた。確実に営業妨害されたと言わんばかりの態度だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、一体何が起きたのか──」
「それはこっちも同じだよ、けどなジュリアン。死人を出して、それでも飽き足らず客を全員追い出すとはいただけない話だ。いくらあんたやマクレディとは付き合いが長いからって、客商売を上がったりにするのは話は別だ。今すぐ出てってくれ」
チャーリーのいう事はもっともだった。けどここで──俺がマグノリアに見とれていた間に、マクレディに何があったのかを知らないと。何かがおかしい。
マクレディをそっと床に寝かせ、俺はチャーリーの声を無視して死んでいる男の身なりを確かめた。一件、何処もおかしな所はない。銃を所持していたが、然程威力が高いとは思えない38口径のパイプピストル一丁だけだった。
お世辞にも身体のサイズに合っているとは言い難い、シャツを脱がせて上半身をあらわにする。マクレディが至近距離で撃った銃弾が左胸、心臓のやや下辺りを貫通し、貫通した穴を覆うように皮膚がうっすらと焦げていた。至近距離で撃ったために高圧ガスや火薬残渣が当たって焦げたのだ。
それはいいのだが、この男、居住者やウェイストランド人とは思えない精悍な体つきに違和感を覚える。ジーンズのポケットを探ってみたが、これといった物証は見つからない。──と、こつ、と膝に何かがぶつかった。
「なんだこれは……注射器?」
拾い上げてみると、よく医者が使うそれと同じものだった。針の先端部分に血が付着しているのと、注射器の中にはまだ液体が僅かながら残っている事以外は。
マクレディの腕を見ると──あった。右腕に小さい穴が開いている。血が転々と飛び散って腕についているあたり、無理やり注射器を引き抜こうとしたようだった。針が体内で折れなくて良かったぜ、と内心ほっとする。
「さあ、もういいだろう。それとマクレディを持ってとっとと出てってくれ」
背後でチャーリーが苛立ちを隠せない口調でまくし立ててくるので、ざっと検分は済んだし退くことにした。これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。
「ジュリアン、遺体はこっちで始末しておくから、気にしないで」
マクレディを肩にかつぎしな、マグノリアが青ざめた顔ながらもそう言ってくれたので、ありがとうとお礼を述べる。
「ああ、……すまない。あんたのステージ中にこんな事になっちまって」
「いいのよ、それより彼を何とかしてあげた方がいい。Dr.アマリの所に行けば何か分かるかもしれないわ」
その手があったか。俺は再度お礼を言って、マクレディを担いだままサード・レールを後にすると、そのまま左手にあるメモリー・デンへ向かう。
前から何度かお世話になっているDr.アマリはそこにいる筈だった。
そしてこれが、俺をマクレディの記憶の世界へ誘う第一歩の始まりだった──
----------------------------------------
お待たせしました。とりあえず告知どおりの話の始まりです。
本当はもうちょっと先まで書きたかったのだけど、長くなりそうなので・・。
それではチャプター2もお楽しみに^^
「……久しぶりだな」
薄暗い地下鉄の跡地に出来た、グッドネイバー唯一の“娯楽施設”ことサード・レールはその狭い店内に隠れるようにして常連客がちびちびと酒を嗜む店であった。所狭しと置かれたソファーやカウチに座っている客は、地下鉄の階段を降りて来る者に必ずと言っていいほど一瞥をくれてから、再び顔を伏せるようにして酒を飲み続けていた。隠れ家というより、関わりを持ちたくない者達が集まっているようなこの場所が、決して居心地のいい場所ではないことは分かっている。が──俺はかつて、サード・レールに足繁く通っていた。この場所の雰囲気が、何処と無く自分の肌に合っていたからかもしれない。
下界と関わるのを可能な限り避け、日陰に生き続ける……持たざる者達の中に埋もれて誰も知らない、知りたいとも思われない自分を慰めるには格好の場所だったから。
「ああ、あんたかい。随分久しぶりじゃないか」
機械の発する声にしてはやや人間味に臭い言い方をする目の前のMr,ハンディ型のバーテンダー、通称ホワイトチャペル・チャーリーが抑揚の無い声をかけてくる。ハンディ型と言ったが、目前に居るチャーリーはどちらかと言うと戦闘に特化したMr.ガッツィーの声に似ていた。好戦的で敵を煽って来る意地の悪い声。
と思いながらもさすがに意地悪い声とは言わずに、
「そういや随分ここには立ち寄ってなかったな。……前は頻繁にここに来てたのに、すまないな」
謝るつもりもない口調で言うと、所々錆に浮いている丸い頭と、その頭の三方から突き出た丸い瞳の役割をするアイセンサーが一斉にこちらを凝視し、「らしくもない事を言っても全く心に響かないぞ。……もっとも俺には心なぞないがな。──で? 酒を飲んでいくんだろう? 違うか?」
勿論頂くよ、と言って俺はチャーリーからビール瓶二本分のキャップを受け取り、瓶を二つ受け取るとそれを傍らで突っ立っていたマクレディに投げて寄越した。
「っと。突然投げてくるなよ──危ないぞ」
マクレディが悪態をつくが、彼の表情は怒ってもおらずむしろ嬉しそうなそれだった。そういうやりとりを黙ってみていたチャーリーは驚いた様子なぞ微塵も見せず、「何だ、あんた今マクレディと行動してるのか?」と言ってくる。
「あぁ、そうだけど」言いながら俺は親指でビール瓶のキャップを外し、飛びかけたそれをうまく人差し指と中指でキャッチした。そのまま躊躇いもせずくい、と瓶の口を自らの口へ押し込み傾けて、入った琥珀色の液体を喉へと押し流す。酒というには薄すぎるが炭酸の僅かな感触が舌に伝わってきて、気持ちがいい。
「そうか……道理で最近姿が見えないと思った訳だ。あんたと一緒に居たとはね。──そういやここ数ヶ月の間、数日おきにお前を探してるって奴がここに何回も顔を見せてるんだが、お前知らないか、マクレディ」
マクレディを探している? と俺が言うより早く、「俺を探してる奴って?」と彼の方がチャーリーに返事をしていた。
「身なりはいたってそこらじゅうに居る、普通の男だ。ただ……変な事を言ってたな、お前に借りがあるだの、返すものがあるだの──ここには暫く帰って来てないって言ってるのに何度も来てるから今日も来るかもしれんぞ、その時直接言えばいいんじゃないのか?」
ふぅん、と返事を濁すマクレディ。それ以上何も言わず黙って瓶を口に傾けるだけになったので、「もし俺達がここを去った後にまた姿を現したら、旅に出てるって伝えてやってくれないか、チャーリー」
「そりゃ構わないさ、誰にとは言わないでおくよ。……おっと、始まるようだぜ」
と、チャーリーがアイセンサーをウィィ、と機械音と共に右手に移す。その姿につられて俺も見ると、薄暗い店内の端だけ煌々と明りが灯されており、それがスポットライトの代わりとなっているのか赤いスパンコールのドレスをキラキラさせながら、一人の女性がマイクに手を掛けてポーズを取っていた。──マグノリア。場末の酒場に降り立った歌姫。
久しぶりに見る彼女は相変わらず濃いアイシャドーと、印象付けにはぴったりの紅いルージュを唇にひいている。スパンコールのドレスに負けず劣らずといった感じだが、何せ化粧品なぞこの世界では貴重品以上価値のあるものだ。自分が生きていた時代には当たり前だったものが無い故に彼女の顔は貧相ではあったが、それでも惜しげもなく晒しだしている肌の色は白くスポットライトに当てられて艶めき、紅いルージュはさらに色気を醸し出すには十分すぎるものだった。
ちら、と僅かに一瞬、彼女の視線と自分のそれが絡み合う。来てくれたのね、とは言葉に出さずとも伝わってきた。俺は黙って頷いて見せると、彼女は安心したように音楽に乗り声を出す。色気と妖しさをまぶした声に、俺はたまらずうっとりとしてしまう。周りの客も彼女の出す声に引き寄せられるように、俯いていた顔をめいめい上げては声を出す彼女に視線を奪われていった。
「ふん、何だよジュリアン……あんなに鼻の下伸ばしやがって」
つい悪態をついてしまう。おかしい、何で俺はこうも機嫌が悪いのだろう。
周りの客は全員彼女──マグノリアの方だ──に目を奪われている。それなのに、俺はというと、サード・レールの壁に寄りかかって、恍惚とした表情で彼女を見ているジュリアンの横顔をじっと見ているだけだ。時折、笑顔を向けて頷いていたりするあたり、俺には見えない何かをマグノリアと送り合っているのだろう。……だからだろうか、余計に面白くない。……って、だから、何で俺は面白くないんだ?
「俺がマグノリアに惚れてる訳ないしなぁ……」
歌っている彼女の姿は、以前──ジュリアンと旅をする前の話だ──ガンナー連中とこちらから手を切って、流れるようにこの場所に行き着いてからずっとここで身を寄せていたのもあって、何度も見てきたし何度もその歌唱力には感心してきた。
でも、それだけだ。それ以上何の感情も沸いて来ない。
それなのに、マグノリアに鼻を伸ばしているジュリアンを見るのは苛々する。苛立ちの出所はどうやら彼で間違いない……らしい。理由は分からないが。
「頭でもおかしくなっちまったのかなぁ、俺」
一人ごちても、誰も彼もが歌に酔いしれているだけで、自分の独白なぞ誰の耳にも届いてはいない。仕方なく、黙ってビール瓶を傾けてみたものの、肝心の中身をとっくに飲み干している事に気づき、ばつが悪い顔をしてしまう。
もう一本買おうにも、俺の財布にはキャップが一枚も無かった。……そうだった、いつもジュリアンが買って、俺に寄越してくれていたのもあって、すっかり自分の手持ちなぞ出したことが無い事実にこれまた気付かされる。その手持ちが0だという事実にも。
つまり俺は彼と別れたりした場合、0キャップで連邦を彷徨う羽目になるのか。考えただけでも末恐ろしいな──
などと考えながら、そんな事ある筈がないと……ふふっ、と口元を歪めて一人笑っている時だった。
「よぉ、……あんた、マクレディだな?」
「え?」
突如背後──というより、寄りかかっている壁のすぐ左手にはサード・レールと地上に繋がる階段があるだけだから、その階段の方から俺を呼ぶ声がしたので、ふと声を掛けられた方向に俺が顔を向けるのと、何者かに左手を突如掴まれ、そのまま捻るように自分の背中に押し付けられたのはほぼ同時だった。
「ぐっ…、あぁ…! な、何者……だ!」
利き腕でない左手が、不自然に歪められているせいでぎりぎりと激痛が走る。押し殺したうめき声を上げても、歌姫に夢中になっている客は俺を襲ってきた背後の奴に気付いた様子はない。
腕を掴む手を跳ね除けようと右手を振りかぶって掴みかかろうとした時、
「動くな。動けばあんたの仲間であるあの男を撃つ」
自分の左腕を掴んだまま、男の右手に握られている何かが俺の右頬にぴたり、と押し付けられた。──視線をずらしてみても、押し付けられているものがどういった物かは分からないが、俺の腕を掴んだまま右手のみで扱えるものといえば小型の銃しかない──10mmピストルではないだろう。恐らくマグナムか、改造した小型の銃火器か──
しまった、と思った──常連や客は全てマグノリアに集中している。そして、ジュリアンも。
彼女の声は店内に響き渡っている。今発砲したところで、その音に気付く奴は居ないかもしれない。そしてここに居るのは酔漢ばかり。
圧倒的に不利な立場だった。抵抗すればジュリアンは撃たれ、俺の腕を掴んでる奴は逃げて俺にその罪を擦り付けるかもしれない。……いや、ジュリアンじゃなくても、客の一人にでも致命傷を負わせたら、それこそ俺の身の破滅だ。逃げてもいいだろう。けどそうすれば俺は二度と……。
「……もしかしてあんた、俺を探してたって言う奴か? 借りがあるとか言ってたそうだが、その借りってのがこれか?」
抵抗をしない代わりに、こちらから鎌を掛けてみる。男は狼狽した様子も見せなかったが、背後で僅かに何か動く気配があった。……まさか俺を撃つつもりじゃ、と背中がひやりとする。返事の代わりに鉛の弾を撃ち込むつもりか──
「……そうだ」
と、ぽつりと背後の男がそう言った──直後、突然俺の右腕をがしっと掴んでくる。先程まで右手に持っていた銃はどうしたのかとそんな事考える余裕も与えず、振り払う事すらかなわず俺の右手を目前に突き出す形にすると、
「借りを返すぞ」
今度は掴んだままだった俺の左腕を離す、と──その腕を自分の右腕同様に俺の目前に突き出した。その手に握られていたのは──注射器だった。
「……!」
何をするか嫌でも分かる。何度も右腕を振りほどこうと動かすも男の手はぎゅっとこちらの腕を掴み、離そうとしない。腕に跡が残るじゃないか、とこの状況とは場違いの文句が頭に浮かんでくる。
捻るように背中に押し付けられていた左手は力なく垂れ下がっており、注射器を持つ男の左腕を制止する事も叶わず──ダスターコートを捲った部分に男の握られている注射器の針がぶすりと刺される光景を嫌でも見せ付けられる形になった。
「やめろぉぉ──!」
刺さったと同時に激痛が走る。叫びながら、体当たりするように相手の左腕を突き飛ばし、腰に帯びている近接攻撃用の10mmピストルを右手でホルダーから引き抜くと、くるりと踵でターンしながら背後に立つ男の心臓付近をパァン、と乾いた音を響かせながら至近距離で弾を発射させた。
撃たれた男は避けようともせず──こちらを見ていた。その表情はにやついていた。してやったり、といわんばかりの笑顔で。……まさか。
「最初から、死ぬ気だっ────……」
その直後、目の前がぐらり、と回った。世界が二つに分かれる感覚。上下に同じ景色が見える。周りの客がざわめき、店から出て行く者が視界に飛び込んでくる。──そんな俺の視界を覆うようにして、近づいてくる者。
ジュリアンだった──ような気がする。世界は幾重にも分裂していて、彼の表情すら見分けがつかない。
──そして、闇が訪れた。
パァン! と、乾いた銃声と共に、客の一人が悲鳴を上げた。
その悲鳴の方向を見ると、10mmピストルを持ったマクレディが、至近距離で相手──見かけない奴だ──を撃っていた。擦り切れたジーンズに所々つぎはぎのあたった、やや身体のサイズに合ってない服を着ていた男は、マクレディの放った銃弾を避ける事すら叶わず、胸から鮮血を溢れさせ倒れていく。
その光景が酷くスローモーションに見えた。何が起きているのか分からなかった。その僅かな静寂の後、客が悲鳴を上げてサード・レールから次々と出て行くのにはっと我に返り、
「マクレディ!」
慌てて彼に駆け寄る。が──マクレディは手にした銃を地面に落とし、焦点が合ってない目を見開いたまま、がくっ、と膝を地面についた。そのまま床に倒れるのを慌てて俺が腕で抱きとめる。
「マクレディ、おい、しっかりしろ、マクレディ!」
頬を叩きながら彼を起こそうにも、マクレディは目を閉じてしまい、苦悶の表情を浮かべている。一体何が起きた? 何があったんだ?
「出てってもらおうか」
──と、背後からホワイトチャペル・チャーリーの苛立った声が耳に飛び込んできた。確実に営業妨害されたと言わんばかりの態度だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、一体何が起きたのか──」
「それはこっちも同じだよ、けどなジュリアン。死人を出して、それでも飽き足らず客を全員追い出すとはいただけない話だ。いくらあんたやマクレディとは付き合いが長いからって、客商売を上がったりにするのは話は別だ。今すぐ出てってくれ」
チャーリーのいう事はもっともだった。けどここで──俺がマグノリアに見とれていた間に、マクレディに何があったのかを知らないと。何かがおかしい。
マクレディをそっと床に寝かせ、俺はチャーリーの声を無視して死んでいる男の身なりを確かめた。一件、何処もおかしな所はない。銃を所持していたが、然程威力が高いとは思えない38口径のパイプピストル一丁だけだった。
お世辞にも身体のサイズに合っているとは言い難い、シャツを脱がせて上半身をあらわにする。マクレディが至近距離で撃った銃弾が左胸、心臓のやや下辺りを貫通し、貫通した穴を覆うように皮膚がうっすらと焦げていた。至近距離で撃ったために高圧ガスや火薬残渣が当たって焦げたのだ。
それはいいのだが、この男、居住者やウェイストランド人とは思えない精悍な体つきに違和感を覚える。ジーンズのポケットを探ってみたが、これといった物証は見つからない。──と、こつ、と膝に何かがぶつかった。
「なんだこれは……注射器?」
拾い上げてみると、よく医者が使うそれと同じものだった。針の先端部分に血が付着しているのと、注射器の中にはまだ液体が僅かながら残っている事以外は。
マクレディの腕を見ると──あった。右腕に小さい穴が開いている。血が転々と飛び散って腕についているあたり、無理やり注射器を引き抜こうとしたようだった。針が体内で折れなくて良かったぜ、と内心ほっとする。
「さあ、もういいだろう。それとマクレディを持ってとっとと出てってくれ」
背後でチャーリーが苛立ちを隠せない口調でまくし立ててくるので、ざっと検分は済んだし退くことにした。これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。
「ジュリアン、遺体はこっちで始末しておくから、気にしないで」
マクレディを肩にかつぎしな、マグノリアが青ざめた顔ながらもそう言ってくれたので、ありがとうとお礼を述べる。
「ああ、……すまない。あんたのステージ中にこんな事になっちまって」
「いいのよ、それより彼を何とかしてあげた方がいい。Dr.アマリの所に行けば何か分かるかもしれないわ」
その手があったか。俺は再度お礼を言って、マクレディを担いだままサード・レールを後にすると、そのまま左手にあるメモリー・デンへ向かう。
前から何度かお世話になっているDr.アマリはそこにいる筈だった。
そしてこれが、俺をマクレディの記憶の世界へ誘う第一歩の始まりだった──
----------------------------------------
お待たせしました。とりあえず告知どおりの話の始まりです。
本当はもうちょっと先まで書きたかったのだけど、長くなりそうなので・・。
それではチャプター2もお楽しみに^^
09.05.22:06
反省会という名のイベント報告
えー……ご無沙汰してます。
コミケ前日に変な小説を上げて以来半月、ずっとこちら更新せずじまいでした。すいませんでした。
いやーまさか、コミケ終わってからスイヌカ(TES/FOプチオンリーイベント)に向けて新刊作るとは思わなかった(コミケが終わる数時間前までは)ので、コミケが終わった翌日からネタをネームに描き、それを下絵に描き起こして……としてたら気付いたら8月が終わり9月になり、スイヌカが開催されて無事終わってました。
なので今回のブログはコミケからスイヌカにかけての反省会及びイベントに来てくださった方への感謝のお礼を兼ねた文章だらけです。一応今回のスイヌカ新刊もこちらには載せてなかったのでそれも含めて。
で。
突発的に作ったにしては完売に至ったスイヌカ新刊「Outstretched hands」(このタイトル知ってると思った方は当ブログの読者ですねw)です。
今回は手作り100パーコピー本だったので画像のみ。

前回新刊がオンデマンド印刷本だったので、今回は中の人の本領発揮ならぬ面目躍如とでも言うべきコピー本の限界に挑戦しました(嘘付け
往年の技術「中綴じ風両面テープ綴じ手法(そんな名前の技術はない)」を駆使し、クラフト用紙に印刷したカラーイラストを貼り付け、最後に今回の新刊のために作った(笑)ロゴのシールを貼り付けて完成という、めんどくせー作業が三倍にかかった新刊。
めでたく完売となりました。そのせいで冬コミの保険がなくなったので敢え無く増刷という形になりましたが……シール沢山作っておいてよかった(その分金がべらぼうにかかったけど)
で、今回の新刊はA5ヨコ版というのであって他の人の本とは若干形が違いましたがw
中身はこんな感じ。

原稿データは上下2枚をA4一枚という形で描きました。それを印刷し、上下を切り取って張り合わせ、コピーに持っていくという形ですね。
結構しんどい作業でしたが、元々手作りの本を作るのが好きな中の人なので全然苦ではなかったです、むしろコミケ終わった後の超残業のほうがひどい(現在も続いていますが・・)
今回の本のコンセプトは「守るべきもの」。
というのは、あとがきにも書いてありますが。それにはちょっとした裏話があります。
コミケ原稿執筆開始した7月から8月下旬にかけて、中の人はカブトムシを飼っていました(同僚が繁殖させた成人のオスを貰った)。名前はガービー(笑)と名づけて大切に育ててました。……イベント一週間前に亡くなるまでは。
めちゃくちゃ悲しくて、沢山泣きました。結構懐いていたのでなおさらだったのかもしれません。原稿も何もかもやる気が一瞬で消えました。俺にとって守るべきものが居なくなったので(中の人は一人暮らしです)、ほんの一ヶ月ちょいでも中の人にとっては支えになってたのも事実だったので。
でも、まぁ、今回の新刊のコンセプトをくれたのはガービーだし、それを落とすのは良くないと思って、泣きながら表紙作って製本して、完成して、スイヌカでお目見えしたら完売してくれたり、欲しかったです! とか、いつも絵を見てます! とか言われて、本当に心の底から出してよかったと思いました。
本の内容はいたって簡単な話です。
でも、多分、マクレディは人を頼るのを好きじゃない(というより出来ない)タイプだから、111が手を差し伸べても最初はその手を振り払うだろう、やがて心の中で惹かれていくにつれて、それに甘えたくなる、けど何で自分にそうする? という素直じゃない部分をオモテに出してみた感じです。俺の中で彼はそう簡単に人になびいてたまるか、ってやさぐれ感満載にしたいんでしょうね。
そういうじれったい感情を描いてみたんですが。。まぁ短い話でそれが伝わるかってそうじゃないよなーとか思いながら、それでも夏に買ってくれた人がまた買いに来てくださったり、本当に嬉しかったです。そういうコンセプトをくれたガービーにありがとうが言いたくて、今回ちょっと長めに文章書きました(笑) 誰も読んでくれないでしょうけどww
イベントの方はそんな盛況のうちに終わって、来て下さった常連様、フォロワー様、新しく来て下さった方々、本当に感謝し尽くしても言い切れません。
斯様なイベントを開いてくれた主催者様には何度もありがとうを伝えてますが、この場でもありがとうを伝えておきます。本当にありがとうございました。
で、今回スイヌカでの反省点。
1.テープを販売して欲しい、という人の要望に応えられなかった(本を買ってくださった方にしか渡してなかったので、例外はどうしても出せず・・本当にごめんなさい)
2.一人で参加だったので、シールラリーのシールを配り忘れる事態多発(本当にごめんなさい!! 中の人いつもコミケだと友人に頼りきりなのが浮き彫りになって更に反省)。
3.コミュ障のため、本を買っても挨拶を忘れることが多かった(それでも名乗ると気付いてくれたフォロワー内外の方には感謝ばかりです)
4.財布ブレイクしすぎた。(何せほぼ全サークル買い占めたから)
とまぁ、コミケに比べると中の人テンパりまくって、その態度でお客様を失笑させることしきりでした。
次はもうちょっとマトモにやりたいです。 ……ほんとサークル20年も運営してるのにお前何やってんだと(滝汗
しばらくは原稿から手を止めて、ブログでまたぼちぼち小説を打っていくつもりです。
Skyrimのほうは全然書いてないので大変申し訳ないですが、、今考えているのはやっぱりパパ(ジュリアン)とマクレディの話で、メモリー・デンでマクレディの記憶をたどる的な話を考えてます(笑)これはまぁ夏コミ原稿前から考えていたものですけど。どうしてそうなるかは、まぁ書いていけばそのうち。
それと原稿ですが、冬コミのネタはちょっとパパマクよりな話になりそうです。とはいえホモホモしいネタではなく、マクレディが照れまくる、パパはいたって平然としている的ないつもの
中の人らしい「Likeであって、Loveではない」をモットーに考えてますw
そんな今年度の予定まで書いてしまった訳ですが、中の人現在おしごとが絶賛超過勤務状態で・・ヘロヘロな中原稿描いてたので、しばらく充電します。 でも原稿も物語を打つことも楽しいしネタが尽きないのですぐまた開始すると思いますが。
それでは長くなりましたが今回はこの辺で。
改めて夏コミからスイヌカまで、当サークル「すらっぷすてぃっく百貨店(コミケでは本店)」にお越しくださった方々、ありがとうございました。
え? スイヌカ新刊は通販しないのかって?
するつもりですが、現状新刊が手元に無いので増刷後開始します。気長にお待ちくださいませ。多分待ってる人は居ないと思いますけど・・w
コミケ前日に変な小説を上げて以来半月、ずっとこちら更新せずじまいでした。すいませんでした。
いやーまさか、コミケ終わってからスイヌカ(TES/FOプチオンリーイベント)に向けて新刊作るとは思わなかった(コミケが終わる数時間前までは)ので、コミケが終わった翌日からネタをネームに描き、それを下絵に描き起こして……としてたら気付いたら8月が終わり9月になり、スイヌカが開催されて無事終わってました。
なので今回のブログはコミケからスイヌカにかけての反省会及びイベントに来てくださった方への感謝のお礼を兼ねた文章だらけです。一応今回のスイヌカ新刊もこちらには載せてなかったのでそれも含めて。
で。
突発的に作ったにしては完売に至ったスイヌカ新刊「Outstretched hands」(このタイトル知ってると思った方は当ブログの読者ですねw)です。
今回は手作り100パーコピー本だったので画像のみ。
前回新刊がオンデマンド印刷本だったので、今回は中の人の本領発揮ならぬ面目躍如とでも言うべきコピー本の限界に挑戦しました(嘘付け
往年の技術「中綴じ風両面テープ綴じ手法(そんな名前の技術はない)」を駆使し、クラフト用紙に印刷したカラーイラストを貼り付け、最後に今回の新刊のために作った(笑)ロゴのシールを貼り付けて完成という、めんどくせー作業が三倍にかかった新刊。
めでたく完売となりました。そのせいで冬コミの保険がなくなったので敢え無く増刷という形になりましたが……シール沢山作っておいてよかった(その分金がべらぼうにかかったけど)
で、今回の新刊はA5ヨコ版というのであって他の人の本とは若干形が違いましたがw
中身はこんな感じ。
原稿データは上下2枚をA4一枚という形で描きました。それを印刷し、上下を切り取って張り合わせ、コピーに持っていくという形ですね。
結構しんどい作業でしたが、元々手作りの本を作るのが好きな中の人なので全然苦ではなかったです、むしろコミケ終わった後の超残業のほうがひどい(現在も続いていますが・・)
今回の本のコンセプトは「守るべきもの」。
というのは、あとがきにも書いてありますが。それにはちょっとした裏話があります。
コミケ原稿執筆開始した7月から8月下旬にかけて、中の人はカブトムシを飼っていました(同僚が繁殖させた成人のオスを貰った)。名前はガービー(笑)と名づけて大切に育ててました。……イベント一週間前に亡くなるまでは。
めちゃくちゃ悲しくて、沢山泣きました。結構懐いていたのでなおさらだったのかもしれません。原稿も何もかもやる気が一瞬で消えました。俺にとって守るべきものが居なくなったので(中の人は一人暮らしです)、ほんの一ヶ月ちょいでも中の人にとっては支えになってたのも事実だったので。
でも、まぁ、今回の新刊のコンセプトをくれたのはガービーだし、それを落とすのは良くないと思って、泣きながら表紙作って製本して、完成して、スイヌカでお目見えしたら完売してくれたり、欲しかったです! とか、いつも絵を見てます! とか言われて、本当に心の底から出してよかったと思いました。
本の内容はいたって簡単な話です。
でも、多分、マクレディは人を頼るのを好きじゃない(というより出来ない)タイプだから、111が手を差し伸べても最初はその手を振り払うだろう、やがて心の中で惹かれていくにつれて、それに甘えたくなる、けど何で自分にそうする? という素直じゃない部分をオモテに出してみた感じです。俺の中で彼はそう簡単に人になびいてたまるか、ってやさぐれ感満載にしたいんでしょうね。
そういうじれったい感情を描いてみたんですが。。まぁ短い話でそれが伝わるかってそうじゃないよなーとか思いながら、それでも夏に買ってくれた人がまた買いに来てくださったり、本当に嬉しかったです。そういうコンセプトをくれたガービーにありがとうが言いたくて、今回ちょっと長めに文章書きました(笑) 誰も読んでくれないでしょうけどww
イベントの方はそんな盛況のうちに終わって、来て下さった常連様、フォロワー様、新しく来て下さった方々、本当に感謝し尽くしても言い切れません。
斯様なイベントを開いてくれた主催者様には何度もありがとうを伝えてますが、この場でもありがとうを伝えておきます。本当にありがとうございました。
で、今回スイヌカでの反省点。
1.テープを販売して欲しい、という人の要望に応えられなかった(本を買ってくださった方にしか渡してなかったので、例外はどうしても出せず・・本当にごめんなさい)
2.一人で参加だったので、シールラリーのシールを配り忘れる事態多発(本当にごめんなさい!! 中の人いつもコミケだと友人に頼りきりなのが浮き彫りになって更に反省)。
3.コミュ障のため、本を買っても挨拶を忘れることが多かった(それでも名乗ると気付いてくれたフォロワー内外の方には感謝ばかりです)
4.財布ブレイクしすぎた。(何せほぼ全サークル買い占めたから)
とまぁ、コミケに比べると中の人テンパりまくって、その態度でお客様を失笑させることしきりでした。
次はもうちょっとマトモにやりたいです。 ……ほんとサークル20年も運営してるのにお前何やってんだと(滝汗
しばらくは原稿から手を止めて、ブログでまたぼちぼち小説を打っていくつもりです。
Skyrimのほうは全然書いてないので大変申し訳ないですが、、今考えているのはやっぱりパパ(ジュリアン)とマクレディの話で、メモリー・デンでマクレディの記憶をたどる的な話を考えてます(笑)これはまぁ夏コミ原稿前から考えていたものですけど。どうしてそうなるかは、まぁ書いていけばそのうち。
それと原稿ですが、冬コミのネタはちょっとパパマクよりな話になりそうです。とはいえホモホモしいネタではなく、マクレディが照れまくる、パパはいたって平然としている的ないつもの
中の人らしい「Likeであって、Loveではない」をモットーに考えてますw
そんな今年度の予定まで書いてしまった訳ですが、中の人現在おしごとが絶賛超過勤務状態で・・ヘロヘロな中原稿描いてたので、しばらく充電します。 でも原稿も物語を打つことも楽しいしネタが尽きないのですぐまた開始すると思いますが。
それでは長くなりましたが今回はこの辺で。
改めて夏コミからスイヌカまで、当サークル「すらっぷすてぃっく百貨店(コミケでは本店)」にお越しくださった方々、ありがとうございました。
え? スイヌカ新刊は通販しないのかって?
するつもりですが、現状新刊が手元に無いので増刷後開始します。気長にお待ちくださいませ。多分待ってる人は居ないと思いますけど・・w
08.12.00:20
Outstretched Hands
はっ、と目が覚める。
刹那、視界に飛び込んでくる見慣れた天井に、今まで自分が夢を見ていたことに気付かされた。
夢か……と、一人ごちて、俺はベッドから立ち上がり、どんな軽装でもはずすことのないPip-boyの明りをつけた。かちっ、と音を立てるとともに画面がぼぅ……と自分の周囲を照らし始める。Pip-boyの光量を最大限まで上げると自分の周囲をぼんやり照らす程度まで画面が照らしてくれるので、わざわざ懐中電灯を用意しなくてもいいのが幸いだった。もっとも、それに対してどんな電源を使用しているかは未だ分かっていないのだが。
寝ていたため身なりは軽装にしてある。上半身は薄手のシャツと、下半身は擦り切れたジーンズのみだった。ベッド脇にいつも身につけているコンバットアーマーの上下一式と、銃火器がいくつか並べておいてあるのだがそちらには行かず、俺は黙って寝室を出た。
ぼんやりと室内──といっても殆ど隙間風が入るあばら屋だが──を照らす豆電球が煌々と照らす以外は、人気の無い家だった。元は自分と妻、そして息子が暮らしていた家だが、今はもうその時の様相を呈してはいない。
廊下に明りがあるため、Pip-boyの明りを消してからキッチンまで進み、この世界に降り立ってから新しく取り付けた冷蔵庫に入れておいたグイネット・ブルーを手にすると裸足のまま外に出た。……室内には居たくなかったのだ、なんとなく。
しかし外に出て外気に触れてみて始めて、自分の身体が予想以上に汗で濡れている事に気付いた。着替えてからくればよかったな、と思いながら、じっとりと濡れたシャツを着たままだと身体が冷えてしまいかねない。とりあえず上半身だけでもと腕をまくって脱ぎかけたその時、
「何やってるんだ? ジュリアン」
声を飛ばしてきたのはマクレディだった。同じ家の、別室で寝ていたところを起こしてしまったのだろうが、脱ぎかけたポーズのままで居るわけにもいかず、ややばつが悪い顔をしながら俺は上半身をあらわにした。……と同時にくしゃみを一発。ほら、やっぱり冷えてしまった。
「……起こしちまったか」
脱いだシャツを腕に持ちながら彼の声が飛んできた方へ向くと、マクレディは変な顔を浮かべていた。……変な顔って言い方がおかしいな、怪訝そうな、か。
「……まさか下半身まで脱ぐとか言わないよな」
その表情のまま言うものだから、俺はぷっ、と吹き出してしまった。俺が露出狂とでも思っているのだろうか?
「裸になって一人で何をしようって言うんだ? ……寝てて汗かいちまったから上半身だけ脱いだだけさ。それ以上何もしやしない。……それより」
一旦言葉を切ってから「……起こしてしまったなら悪かった、ちょっと夜風に当たりたくなっただけだから。構わないで寝ててくれていい」
やんわりと寝室に戻れ、と促してみたものの、マクレディは立ち去ろうとはせず、何かを言いたそうに逡巡した挙句、「……てたものだから」とだけ言った。
「え?」よく聞こえない。
「だから、……ジュリアンがうなされてて、その後起きた様子だったから、大丈夫かとしんぱ……いや、気になっただけだ」
何故か訂正して言い直すマクレディ。……参ったな。うなされているのを第三者に気付かれていたとは。
「気になる……ね」
とだけ言って、俺は玄関口で突っ立ったままのマクレディに手にしたグインネット・ブルーの瓶を投げて寄越す。突然瓶を投げられて、マクレディは驚いた表情で手をあわあわさせ──それでも落とすことなく抱えるようにして瓶を受け取った。俺はその彼の横をすぃ、と通り過ぎて玄関からキッチンに向かい、冷蔵庫からもう一つ冷えた同じものを取り出す。
「うなされてた理由が知りたいのか? ……お前にはあまりいい話じゃないかもしれないぜ」
そう言ったものの、じゃなきゃわざわざ起きて俺の後を追って外まで出てくる事はないよなと思い直す。
彼は何も言わず、瓶の蓋を指で弾き、ぐいっと口にそれを含んだ。それが彼なりの返事の仕方なのだろう。しょうがない、と俺は肩をすくめ、再び玄関を通って外に出た。
りー、りー、と虫の奏でる音だけが響く。外にはいくつか民家の残骸があるが、その各家の室内を照らす僅かな明りが見えるだけで、屋外は誰の姿も見えない。居住者は皆寝静まっているようだった。
俺はマクレディの方を敢えて向かず、暗い夜空の先、はるか遠くにぼんやりと明りが灯っているダイヤモンド・シティの方向を見ながらぽつりと言った。
「何度か同じ夢を見るんだ。一定の期間でな。……妻が殺される瞬間を、繰り返し、繰り返し」
マクレディは黙っていたが、口からグインネットの瓶を離したのは分かった。
「……妻を殺した、ケロッグに向かって何度か『止めろ!!』 というと、瞬時に場面が切り替わるんだ。今度は戦場のど真ん中で、今度は俺の目の前で親しい人が銃で撃たれて……真っ赤に身体を染めて死んでしまう場面だ。かつて軍隊に所属していた時の場面なんだけど、その死んでしまう相手が、こっちの世界で目覚めてから知り合った人達ばかりなんだよな。ニックだったり、ハンコックだったり、
……あんただったり」
言い切ってから、俺はマクレディの方を振り返り、努めて明るい口調で、
「……な、聞いてもつまらん話だっただろう?」
変に気を遣わたくないと思って言ったものだったが、マクレディはそんな俺の内情とは裏腹に、ふっとこちらに笑みを浮かべて見せ、
「いや、……俺もそういう夢は見るから、ジュリアンがうなされるのも分からなくないよ。前に話した、妻のルーシーがフェラル共に殺される場面、何度も繰り返し見てるから……その度にベッドから飛び起きた事も何度もある。
けど、今は殆ど見ない。……多分、あんたと一緒に居るからだろうな」
俺と居るから? 何で俺と居ると夢を見ないのだろう?
そんな俺の様子を知ってか知らずか、マクレディは自分で言った事に自分で照れた様子で、俺から視線を逸らし、
「ジュ、……ジュリアンは気付いてないかもしれないけどさ、俺は、そのぅ……楽しいんだ。あんたとこうして旅が出来ることが。……言っておくが、俺の主観から見て、だからな。ジュリアンが俺と旅をしていてどう思ってるかは関係ないからな」
自分自身に言い訳するように言いながら、彼は何か手に握り締めてぎゅっと拳を閉じていた。何を持っているかは分からないが、小さいものなのだろう、気にはなったがそれについて問うのは止めておいた、その代わり、
「俺も楽しいよ」
と自然と言葉が出た。自分でも驚くほどさらりと言葉が口から出たことが不思議だった。……でもまぁ、そうなのだろう。俺はマクレディと一緒に居て楽しくないと思ったことなぞ一度も無い。
──その時、ふと気付いた。何でマクレディが夢の中に出てくるのか、が。
「あぁ……そうか」
「えっ、何がそうか、なんだ?」
ぼそっと独白をしただけなのに、マクレディは耳ざとく聞こえた事に対して問い返してくる。自分の事を指摘されるのかと思っているのだろうか。どことなく落ち着きがない。
「いや、お前の夢の話じゃないよ。……なんでマクレディが俺の夢の中に出てくるのかが分かった。お前の事が放っておけないからだ。だから夢の中まで出てきてしまうんだろうな。
ニックやハンコックはほら、世話になったし頼りにしてる分、そういう相手を失う恐怖を植えつける意味だろうけど、お前の場合はほら、俺がお前を放っておけないって決めてるから……マクレディ?」
マクレディは顔を真っ赤に染めてこちらを睨み付け、わなわなと口を震わせていた。手にしたグインネットの瓶も震えている。怒っているのか? 怒らせるような事を言っただろうか?
「……何か気に障る事でも言ったか?」
恐る恐る聞いてみると、マクレディは言い捨てるように、
「ばっ……馬鹿だろ、あんた。放っておけない俺が死ぬ夢を見てあんたは何を感じるんだ? それは恐怖か? 俺が死んでも一向に構わないって事だろ、それ」
「……は? 構わない訳がないだろう」やはり何か勘違いしている。「以前お前に言ったよな、俺の傍に居ろって。その相手が夢の中とはいえ、俺の目の前で死んだらどう思う? ……ついさっきだってそれで目が覚めたというのに」
言ってからしまった、と思った。こればかりは相手の気分を害する可能性があると思っていわないでおこうと思ったのに。……しかしマクレディは気分を害した様子はなく、むしろ睨み付けていた視線を再び逸らしてしまった。つい半月ほど前起きたあの一件の顛末を思い出していたのかもしれない。
「照れてるのか?」とからかうように言うと、マクレディは「照れてなんかねぇし……」と最後聞き取れずはぼそぼそといった返事を返しただけだった。とりあえず誤解は解けたようでほっとする。
ちん、と音を立てて、俺は手にしたグインネットの瓶をマクレディのそれとかち合わせた。ぐいっと煽って口の中に酒精を含ませる。一息ついてから、いい加減黙ったままのマクレディにこう言った。
「俺はマクレディを殺させるつもりもないし、失いたくもない。お前を裏切るつもりもないし、今後も別れるつもりはない。お前がそれで悪夢を見ないならよかった。それでよければ俺はずっとお前と一緒に居るさ。お前が俺の手を握ってくれたからな」
再び瓶を口に含んで一気に飲み干す。……その様子をじっと見ていたマクレディがぽつりと、
「なら、あんたも夢を見なくなるようにしないとな。いくら自分の夢じゃなくても、他人の夢で殺されるなんて寝覚めが悪いし……って、ちょっと待ってくれよ、ジュリアン」
言いながら何かに気付いたのか、マクレディが問いかけてくる。「さっき、それで目が覚めたって言ったよな。……つまり、俺が?」
最早隠し立てする意味もないのでそうだと答えると、彼はなおも食い下がるように、「目覚めた時、何で俺の様子を見たりしなかったのかって……そんな事する必要もないか、夢だって気付いていたんだしな」と自分で結論まで言ってしまった。
「そんな事はないぜ、お前は知らないだろうけどな、何度か寝てるのを確認しに行ったりしてるんだからな。あの時だってそうだ、お前が倒れるようにして眠っちまった夜、俺と一緒に──」
「あああ、それ以上は言うな、言わないでくれ!」
と、突然マクレディが両手──ビール瓶は持ったままだ──を上げて制止するようなポーズを見せる。再び頬を染めており、そう言う風に素直に感情がオモテに出るマクレディを俺は素直にうらやましいとさえ感じた。
「何故だ? あの時は目覚めたらお前が目の前で寝ていてくれたからほっとしたんだよ、ああそうだ、俺達はVaultから出ることが出来たんだよな、マクレディは殺されたりしなかったんだって──」
「あれは、その、不可抗力というか、最早限界だったというか……目覚めたらジュリアンが横で寝てるなんて思ってなくて、俺すごく驚いて──じゃなくて、俺は……そういうつもりじゃ」
最早しどろもどろで言うことしか出来ないマクレディだった。そんな態度を取られるとつい、からかってしまいたくなる。……十分おかしいな、俺も。
「何ぶつぶつ言ってるかわからねぇが、俺は──」
「も、もう寝るから、ジュリアンもさっさと寝ろよ、じゃ、おやすみ」
などと一人で勝手に話を終わらせてしまい、マクレディは逃げるようにしてその場を去った。……やれやれ。
からかうのも程ほどにしないとな、と内心笑いながら俺も部屋へ戻っていく。寝室に戻りしな、マクレディのベッドが置かれている部屋──かつてショーンが寝ていた部屋──をちらと見ると、横にはなってるものの寝たフリをしているのが嫌でも分かった。さっさと俺が床につくのを待っているようだった。
「おやすみ、マクレディ」
声を投げかけると、ぴくり、と神経質に肩が動いたのが目についた。内心どんな気持ちで聞いているのやら、と俺は変ににやにやしながら再び床について目を閉じた時には、東の空がやや白んできた頃合だった。
---------------------------------
コミケ前日の深夜に久々にブログ小説書いてる中の人です、こんばんわ。
コミケ準備オールアップ記念に、久々にマクレディのお話を書いてみましたよ。
作中マクレディが奥さんの話をしてますが、彼はまだジュリアン(パパさん)に例のアレを渡してません。渡そうか渡すまいか、悩んでる状態で話が進んでる感じで書いてます。というか終えの中でのパパさんマクレディのカップリングを書くならそんくらいの状態が一番いいだろうなという偏見です(笑)
で、コミケ前日にですがオールアップしたのでブログも今後まちまち書いていきます。
今回のタイトル「Outstretched Hands」ですが、今後も多分これにちなんだ話を書いていくので今回はそのフラグ立てみたいなもんですね。日本語に訳せば「伸ばした(両)手」という意味ですな。
にしても今回の夏コミ新刊はとりあえず2冊出せますけど、大変でした。色々ありすぎてもう禿げそうレベル(笑)でした。なんとかFO4も自ジャンルのSFIIIも出せてよかったです。いろんな人に応援されて出来た本ですので、ぜひとも見に来てやってください。お話だけでもOKですよんw
それでは、今回はこの辺で。
8/13日に会えるのを楽しみにしてまっす!
刹那、視界に飛び込んでくる見慣れた天井に、今まで自分が夢を見ていたことに気付かされた。
夢か……と、一人ごちて、俺はベッドから立ち上がり、どんな軽装でもはずすことのないPip-boyの明りをつけた。かちっ、と音を立てるとともに画面がぼぅ……と自分の周囲を照らし始める。Pip-boyの光量を最大限まで上げると自分の周囲をぼんやり照らす程度まで画面が照らしてくれるので、わざわざ懐中電灯を用意しなくてもいいのが幸いだった。もっとも、それに対してどんな電源を使用しているかは未だ分かっていないのだが。
寝ていたため身なりは軽装にしてある。上半身は薄手のシャツと、下半身は擦り切れたジーンズのみだった。ベッド脇にいつも身につけているコンバットアーマーの上下一式と、銃火器がいくつか並べておいてあるのだがそちらには行かず、俺は黙って寝室を出た。
ぼんやりと室内──といっても殆ど隙間風が入るあばら屋だが──を照らす豆電球が煌々と照らす以外は、人気の無い家だった。元は自分と妻、そして息子が暮らしていた家だが、今はもうその時の様相を呈してはいない。
廊下に明りがあるため、Pip-boyの明りを消してからキッチンまで進み、この世界に降り立ってから新しく取り付けた冷蔵庫に入れておいたグイネット・ブルーを手にすると裸足のまま外に出た。……室内には居たくなかったのだ、なんとなく。
しかし外に出て外気に触れてみて始めて、自分の身体が予想以上に汗で濡れている事に気付いた。着替えてからくればよかったな、と思いながら、じっとりと濡れたシャツを着たままだと身体が冷えてしまいかねない。とりあえず上半身だけでもと腕をまくって脱ぎかけたその時、
「何やってるんだ? ジュリアン」
声を飛ばしてきたのはマクレディだった。同じ家の、別室で寝ていたところを起こしてしまったのだろうが、脱ぎかけたポーズのままで居るわけにもいかず、ややばつが悪い顔をしながら俺は上半身をあらわにした。……と同時にくしゃみを一発。ほら、やっぱり冷えてしまった。
「……起こしちまったか」
脱いだシャツを腕に持ちながら彼の声が飛んできた方へ向くと、マクレディは変な顔を浮かべていた。……変な顔って言い方がおかしいな、怪訝そうな、か。
「……まさか下半身まで脱ぐとか言わないよな」
その表情のまま言うものだから、俺はぷっ、と吹き出してしまった。俺が露出狂とでも思っているのだろうか?
「裸になって一人で何をしようって言うんだ? ……寝てて汗かいちまったから上半身だけ脱いだだけさ。それ以上何もしやしない。……それより」
一旦言葉を切ってから「……起こしてしまったなら悪かった、ちょっと夜風に当たりたくなっただけだから。構わないで寝ててくれていい」
やんわりと寝室に戻れ、と促してみたものの、マクレディは立ち去ろうとはせず、何かを言いたそうに逡巡した挙句、「……てたものだから」とだけ言った。
「え?」よく聞こえない。
「だから、……ジュリアンがうなされてて、その後起きた様子だったから、大丈夫かとしんぱ……いや、気になっただけだ」
何故か訂正して言い直すマクレディ。……参ったな。うなされているのを第三者に気付かれていたとは。
「気になる……ね」
とだけ言って、俺は玄関口で突っ立ったままのマクレディに手にしたグインネット・ブルーの瓶を投げて寄越す。突然瓶を投げられて、マクレディは驚いた表情で手をあわあわさせ──それでも落とすことなく抱えるようにして瓶を受け取った。俺はその彼の横をすぃ、と通り過ぎて玄関からキッチンに向かい、冷蔵庫からもう一つ冷えた同じものを取り出す。
「うなされてた理由が知りたいのか? ……お前にはあまりいい話じゃないかもしれないぜ」
そう言ったものの、じゃなきゃわざわざ起きて俺の後を追って外まで出てくる事はないよなと思い直す。
彼は何も言わず、瓶の蓋を指で弾き、ぐいっと口にそれを含んだ。それが彼なりの返事の仕方なのだろう。しょうがない、と俺は肩をすくめ、再び玄関を通って外に出た。
りー、りー、と虫の奏でる音だけが響く。外にはいくつか民家の残骸があるが、その各家の室内を照らす僅かな明りが見えるだけで、屋外は誰の姿も見えない。居住者は皆寝静まっているようだった。
俺はマクレディの方を敢えて向かず、暗い夜空の先、はるか遠くにぼんやりと明りが灯っているダイヤモンド・シティの方向を見ながらぽつりと言った。
「何度か同じ夢を見るんだ。一定の期間でな。……妻が殺される瞬間を、繰り返し、繰り返し」
マクレディは黙っていたが、口からグインネットの瓶を離したのは分かった。
「……妻を殺した、ケロッグに向かって何度か『止めろ!!』 というと、瞬時に場面が切り替わるんだ。今度は戦場のど真ん中で、今度は俺の目の前で親しい人が銃で撃たれて……真っ赤に身体を染めて死んでしまう場面だ。かつて軍隊に所属していた時の場面なんだけど、その死んでしまう相手が、こっちの世界で目覚めてから知り合った人達ばかりなんだよな。ニックだったり、ハンコックだったり、
……あんただったり」
言い切ってから、俺はマクレディの方を振り返り、努めて明るい口調で、
「……な、聞いてもつまらん話だっただろう?」
変に気を遣わたくないと思って言ったものだったが、マクレディはそんな俺の内情とは裏腹に、ふっとこちらに笑みを浮かべて見せ、
「いや、……俺もそういう夢は見るから、ジュリアンがうなされるのも分からなくないよ。前に話した、妻のルーシーがフェラル共に殺される場面、何度も繰り返し見てるから……その度にベッドから飛び起きた事も何度もある。
けど、今は殆ど見ない。……多分、あんたと一緒に居るからだろうな」
俺と居るから? 何で俺と居ると夢を見ないのだろう?
そんな俺の様子を知ってか知らずか、マクレディは自分で言った事に自分で照れた様子で、俺から視線を逸らし、
「ジュ、……ジュリアンは気付いてないかもしれないけどさ、俺は、そのぅ……楽しいんだ。あんたとこうして旅が出来ることが。……言っておくが、俺の主観から見て、だからな。ジュリアンが俺と旅をしていてどう思ってるかは関係ないからな」
自分自身に言い訳するように言いながら、彼は何か手に握り締めてぎゅっと拳を閉じていた。何を持っているかは分からないが、小さいものなのだろう、気にはなったがそれについて問うのは止めておいた、その代わり、
「俺も楽しいよ」
と自然と言葉が出た。自分でも驚くほどさらりと言葉が口から出たことが不思議だった。……でもまぁ、そうなのだろう。俺はマクレディと一緒に居て楽しくないと思ったことなぞ一度も無い。
──その時、ふと気付いた。何でマクレディが夢の中に出てくるのか、が。
「あぁ……そうか」
「えっ、何がそうか、なんだ?」
ぼそっと独白をしただけなのに、マクレディは耳ざとく聞こえた事に対して問い返してくる。自分の事を指摘されるのかと思っているのだろうか。どことなく落ち着きがない。
「いや、お前の夢の話じゃないよ。……なんでマクレディが俺の夢の中に出てくるのかが分かった。お前の事が放っておけないからだ。だから夢の中まで出てきてしまうんだろうな。
ニックやハンコックはほら、世話になったし頼りにしてる分、そういう相手を失う恐怖を植えつける意味だろうけど、お前の場合はほら、俺がお前を放っておけないって決めてるから……マクレディ?」
マクレディは顔を真っ赤に染めてこちらを睨み付け、わなわなと口を震わせていた。手にしたグインネットの瓶も震えている。怒っているのか? 怒らせるような事を言っただろうか?
「……何か気に障る事でも言ったか?」
恐る恐る聞いてみると、マクレディは言い捨てるように、
「ばっ……馬鹿だろ、あんた。放っておけない俺が死ぬ夢を見てあんたは何を感じるんだ? それは恐怖か? 俺が死んでも一向に構わないって事だろ、それ」
「……は? 構わない訳がないだろう」やはり何か勘違いしている。「以前お前に言ったよな、俺の傍に居ろって。その相手が夢の中とはいえ、俺の目の前で死んだらどう思う? ……ついさっきだってそれで目が覚めたというのに」
言ってからしまった、と思った。こればかりは相手の気分を害する可能性があると思っていわないでおこうと思ったのに。……しかしマクレディは気分を害した様子はなく、むしろ睨み付けていた視線を再び逸らしてしまった。つい半月ほど前起きたあの一件の顛末を思い出していたのかもしれない。
「照れてるのか?」とからかうように言うと、マクレディは「照れてなんかねぇし……」と最後聞き取れずはぼそぼそといった返事を返しただけだった。とりあえず誤解は解けたようでほっとする。
ちん、と音を立てて、俺は手にしたグインネットの瓶をマクレディのそれとかち合わせた。ぐいっと煽って口の中に酒精を含ませる。一息ついてから、いい加減黙ったままのマクレディにこう言った。
「俺はマクレディを殺させるつもりもないし、失いたくもない。お前を裏切るつもりもないし、今後も別れるつもりはない。お前がそれで悪夢を見ないならよかった。それでよければ俺はずっとお前と一緒に居るさ。お前が俺の手を握ってくれたからな」
再び瓶を口に含んで一気に飲み干す。……その様子をじっと見ていたマクレディがぽつりと、
「なら、あんたも夢を見なくなるようにしないとな。いくら自分の夢じゃなくても、他人の夢で殺されるなんて寝覚めが悪いし……って、ちょっと待ってくれよ、ジュリアン」
言いながら何かに気付いたのか、マクレディが問いかけてくる。「さっき、それで目が覚めたって言ったよな。……つまり、俺が?」
最早隠し立てする意味もないのでそうだと答えると、彼はなおも食い下がるように、「目覚めた時、何で俺の様子を見たりしなかったのかって……そんな事する必要もないか、夢だって気付いていたんだしな」と自分で結論まで言ってしまった。
「そんな事はないぜ、お前は知らないだろうけどな、何度か寝てるのを確認しに行ったりしてるんだからな。あの時だってそうだ、お前が倒れるようにして眠っちまった夜、俺と一緒に──」
「あああ、それ以上は言うな、言わないでくれ!」
と、突然マクレディが両手──ビール瓶は持ったままだ──を上げて制止するようなポーズを見せる。再び頬を染めており、そう言う風に素直に感情がオモテに出るマクレディを俺は素直にうらやましいとさえ感じた。
「何故だ? あの時は目覚めたらお前が目の前で寝ていてくれたからほっとしたんだよ、ああそうだ、俺達はVaultから出ることが出来たんだよな、マクレディは殺されたりしなかったんだって──」
「あれは、その、不可抗力というか、最早限界だったというか……目覚めたらジュリアンが横で寝てるなんて思ってなくて、俺すごく驚いて──じゃなくて、俺は……そういうつもりじゃ」
最早しどろもどろで言うことしか出来ないマクレディだった。そんな態度を取られるとつい、からかってしまいたくなる。……十分おかしいな、俺も。
「何ぶつぶつ言ってるかわからねぇが、俺は──」
「も、もう寝るから、ジュリアンもさっさと寝ろよ、じゃ、おやすみ」
などと一人で勝手に話を終わらせてしまい、マクレディは逃げるようにしてその場を去った。……やれやれ。
からかうのも程ほどにしないとな、と内心笑いながら俺も部屋へ戻っていく。寝室に戻りしな、マクレディのベッドが置かれている部屋──かつてショーンが寝ていた部屋──をちらと見ると、横にはなってるものの寝たフリをしているのが嫌でも分かった。さっさと俺が床につくのを待っているようだった。
「おやすみ、マクレディ」
声を投げかけると、ぴくり、と神経質に肩が動いたのが目についた。内心どんな気持ちで聞いているのやら、と俺は変ににやにやしながら再び床について目を閉じた時には、東の空がやや白んできた頃合だった。
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コミケ前日の深夜に久々にブログ小説書いてる中の人です、こんばんわ。
コミケ準備オールアップ記念に、久々にマクレディのお話を書いてみましたよ。
作中マクレディが奥さんの話をしてますが、彼はまだジュリアン(パパさん)に例のアレを渡してません。渡そうか渡すまいか、悩んでる状態で話が進んでる感じで書いてます。というか終えの中でのパパさんマクレディのカップリングを書くならそんくらいの状態が一番いいだろうなという偏見です(笑)
で、コミケ前日にですがオールアップしたのでブログも今後まちまち書いていきます。
今回のタイトル「Outstretched Hands」ですが、今後も多分これにちなんだ話を書いていくので今回はそのフラグ立てみたいなもんですね。日本語に訳せば「伸ばした(両)手」という意味ですな。
にしても今回の夏コミ新刊はとりあえず2冊出せますけど、大変でした。色々ありすぎてもう禿げそうレベル(笑)でした。なんとかFO4も自ジャンルのSFIIIも出せてよかったです。いろんな人に応援されて出来た本ですので、ぜひとも見に来てやってください。お話だけでもOKですよんw
それでは、今回はこの辺で。
8/13日に会えるのを楽しみにしてまっす!