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SkyrimとFallout4・76の二次創作メインブログです。 たまにMODの紹介も。
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  • 04/26/13:18

01.21.23:41

We Need Each Other(1/2)

※Fallout4二次創作小説チャプター5(最終話)です。その手の部類が苦手な方はブラウザバックでお帰りを。
 最終話ということで毎度おなじみめっためたクソ長いです。休憩取りながら読んでくだされ。
 これは第五章です。前章「Euphoric night」から大分間が伸びてしまいました。冬コミとか挟んでいたので本当に長かった。お待たせしました。
 第一章から読みたい方は「Chain of reprisal」からお読みください。
(今回一章でまとめるつもりが文章量過多で記事分けてます><ごめんなさい!)



 薄暗く、狭い店内。
 常夜灯のような赤黒い光が点々と辺りを照らすだけの世界。
 人々の姿を象った石像のようなものが、あるべき場所にあるだけの、無機質で──ぞっとするような静寂。酒場には似つかわしくないほどの静寂。
 その中で俺は一人ぽつんと突っ立っていた。どの人型の像を見ても、顔の輪郭がぼんやり彫られた彫像のようだった。記憶の中でその輪郭が留められてないことを象徴するかのように。
 ホワイトチャペルとマグノリアは在るべき場所で在るべき事をしている最中、時間というものが奪われたかのように動作の途中で止まっていた。マグノリアはマイクスタンドを片手に添えるような形で、もう片方の手を腰に当てて。ホワイトチャペルはグラスを磨いているようで、挟める二本のアームでグラスを持ち上げていたまま、動きを停止していた。
 普段以上に薄暗い店内を、常夜灯のみが照らす中を見渡しながら、俺はつ、と首と体をそちらへ向ける。
 鉄製の扉がつけられていたであろう枠の上にある壁に、どっかからか持ってきた木の板を組み合わせて「VIP」の文字がでかでかと書かれてある。この先はVIPルームだ、といわんばかりの主張だ。……もっとも俺はこの先の部屋にVIPが待ち構えてたり、なんて見たことがなかった。
 この先に居たのは──口が悪く、所々煤けて裾がぼろぼろに破れたダスター・コートを纏った、軍用帽子を目深に被る男一人だけだった。……いや、初めて見たときはそいつともう二人ほど居たか。そいつが元々身を寄せていたガンナー一派の頭二人。
 この場所に導かれた以上、マクレディが居るのはそこしかない──突っ立ったままの足を一歩、VIPルームへ向けて踏み出すと同時に足元がぐらり、とふらつく。何だ、と思うより前に足元に目をやると──さっき、18歳のマクレディを助けた後に見た時よりも足元の輪郭が消えかかっていた。足元を透けた地面が目に入ってくる。
「……何がおきてるんだ?」
 言いながら両手を見ると、さっきは指先がうっすら消えていただけだったのが、指先は既に輪郭を失っているばかりか、手のひらまでぼんやりした半透明の状態になっているではないか。──明らかにさっきより消えかかっている。それも、徐々に。
『アマリ、Dr.アマリ、聞こえるか?』
 原因が何か分かるかもと彼女に呼びかけてみるものの、何も頭に飛び込んでこない。──また移動したせいで彼女の声が届かなくなっちまったのか。肝心のときに役にたたないもんだ。……今は自分の事はほっとこう。マクレディを助けないと。
 輪郭を失い、透明になった状態でも地面を歩く感触はする。見えなくなっているだけの事じゃないか、と自分に言い聞かせながら──俺はVIPルームへ続く続く扉をくぐった。
 扉の枠をくぐると、狭い入り口とはうってかわって大の男二人が並んで歩いても肩がぶつからない程度の広く短い通路に出る。通路脇の壁と天井の当たる場所に引っかかるように釘で打ちつけ、その下をくぐらせるようにして引っかかっている常夜灯の鈍く赤い光が妖しげに通路と、その先の部屋を煌々と照らしていた。元々は地下鉄の待合室だったのだろう、通路には戦前に貼られた、くたびれたように所々よれよれになったポスターが見受けられる。
 かつっ、と音を立てながらタイル状にしきつめられた床を歩いていく。──が、すぐに違和感を覚えた。VIPルームまでは歩いて数歩の距離しかないのに、歩いても歩いても部屋に辿り着けない。
 見えないランニングマシーンを延々一人で歩いている感覚といえばいいか、……いや、歩いている。実際通路を進んでいる感覚はする。背景も流れている。それなのに通路の先に辿り着けないのだ。
 何者かに阻まれているのだろうか? ──後ろを振り返っても、さっき通った入り口の枠が見えるだけ。一人通路の真ん中で立ち往生しているかのようだった。こんな感覚は今までの記憶の中ですら感じたことがないのに。
「くそっ……何が起きてるんだ」
 拒絶、という言葉がふいに浮かんだ。──拒絶だと? 何でマクレディが俺を拒絶する必要がある? 第一俺は彼の記憶の外──マクレディの記憶の中から生み出された存在じゃない。
 だから拒絶されるのか? それだと今までやってきた事の理由にならないじゃないか。俺はマクレディを助けてきた。ここにだって彼の記憶から導かれて来たんだ。拒絶される理由なんて無い。……と、なると。
「マクレディ!」
 声を張り上げた。俺だということを認識してもらうためだった。──もしこれが、拒絶の意味なら。彼の脳が彼自身を防護するために行っている「防御反応」だとしたら?
「この先にお前が居るのは分かってる。だから俺を通せ。俺はお前を殺しに来たんじゃない、助けにきたんだ! 助かりたいなら俺を受け入れろ、ここから進ませろ!」
 叫んで届くかは分からなかったが、こんな場所で立ち往生している余裕はなさそうだった。どんどん自分の手足が消えている。その理由だって分からないのにマクレディ自身に拒絶されるなんてあほらしい。一発殴っても気がすまない位だ。
 と、叫びが通じたのかわからないが──辺りがざざっ、と砂嵐のようにぶれた。リトル・ランプライトで見た時と同じだ。彼の記憶が躍動する感覚。──もしや、と思って足を踏み出す。違和感なく進める。先ほどまで延々歩いても辿り着けなかったVIPルームの入り口に難なく辿り着くことが出来た。
 部屋を見渡す。──VIPルームといってもせいぜい10坪程度のこぢんまりとした室内に、ちょっとした調度品や棚、椅子が無造作に置かれているだけの殺風景な部屋だ。壁にはどっかから拾ってきた風景画の絵画が額縁に嵌められた状態でこれまた無造作にかけられている。傾いていたりするのはご愛嬌だろう。
 通路同様、四方の壁を囲むように赤い常夜灯が電飾のように括り付けられてあった。──そんな赤い光の室内の真ん中、壁に寄りかかるようにしておかれている一人用の椅子を囲むように、二人の人物が視界を遮っている。心なしか、人物の大きさが大きく感じられるのは、記憶の中の世界のせいか、それとも……。
 この状況、覚えている。俺が初めて彼と会った時。
 彼は声を荒げた状態で、相手を罵っていた。罵りながら、その声に怯えが若干、含まれていた事も覚えている。それでも虚勢を張って怒声を張り上げていた。そうでもしないと自分が潰されてしまいかねなかったのだろう──恐怖という感情に。
「マ……」
 名前を呼ぼうとした時だった。声が飛んできたのだ。……俺に向けてではない、二人の姿の先、恐らくマクレディが座っている椅子に向かって。
「お前は嘘つきだ」
「弱虫だ」
「誰もお前を必要としない」
「お前はいつも一人。親しい相手は皆お前と関わると身を滅ぼす」
「誰からも必要とされない、哀れな奴だ」
 ……聞いたことのある声だった。おかしなことに、声は一人分の声しか耳に入ってこない。目の前には二人──ウィンロックとバーンズ──が立っているのにも関わらず。
「おい、やめろ!」
 俺がウィンロックであろう人物の方に手をかける、と同時に触れた部分からぴしっ、と相手の身体に亀裂が走った。──えっ?
「なっ、何だ?」
 亀裂が走った部分はどんどん広がり、やがて身体を二分するまで達したと同時にがらがらと音を立てて床に崩れ落ちていく。──先ほどサード・レールの中で見たホワイトチャペルや客と同じだ。輪郭がぼんやりと施されただけの彫像。
 バーンズであろう人物にも触れてみると、同じように音を立てて崩れ落ちていった。──僅かにたつ煙に混じってその先、一人の男が突っ立っている。その正面、向かうように椅子に座って膝を抱えるように身を屈めているのは──見紛う事なきマクレディだった。
「マクレディ!」
 近づこうとする、が──不思議な事に、見えない壁に阻まれているようで、彼に触れる事も出来なければ、その座っている椅子に近づくことも出来ない。
 どうやらそれは彼の正面に突っ立っている男も同様で、相変わらず彼に対してぶつぶつと酷い事──というより子供だましの悪言にしか聞こえないのだが──をつぶやいている。もしやこいつがアンハッピーターンの影響で具現化した姿か?
「やめろって言ってるだろう!」
 荒々しく、ぐいと肩に手をかけると今度は亀裂が走ることはしなかったが──ふ、とこちらを振り向いた姿に俺は目を剥いた。
 肌はやや褐色、髪の色は山吹色で、口には下卑たにやにや笑いを含ませ、凝視するようにぎょろりと目線をこちらに向けた。──ぞくっとする。こんなにも嫌らしい顔つきが出来るのか、俺って奴は?
 自分自身を鏡以外で見たことなんかなかった。それも俺が知ってる俺らしい顔じゃなく、歪にゆがめられた表情は明らかに悪夢の影響を帯びて変化したそれそのものだった。──アンハッピーターンが俺の姿を模してそこに突っ立っていた。

「な……なんで」
 思わず漏れる言葉を他所に、“ジュリアン”は顔をさらに歪に歪ませた。怪訝そうにこちらを舐めるような視線を配り、
《……お前、誰だ? この姿を借りているのは俺だけの筈だが》
 俺の存在が分かっていない様子だった。……無理もないだろう。どの記憶の中でもアンハッピーターンは俺の存在を知ってる様子はなかったしな。
「俺はあんたみたいに他人の姿を借りてるんじゃない。あんたが借りてるその姿の張本人さ。俺はマクレディを助けに外から来た。そこを退け、ガキの悪口みたいな事をぶつぶつ言ってんじゃねーよ」
 自分に対して毒を吐くというのも変な感覚だ──が、俺の姿を模したアンハッピーターンはこちらの言い分の何が面白いのか、くすくす笑い始め、やがてあははと声を上げて笑い出す始末。自分の姿を第三者から見てるとはいえ、さすがにイラっときて、
「何がおかしい!」
 声を荒げると、相手──“ジュリアン”はぴたっと笑いを止め、すっ、と椅子に座って身を屈めているマクレディを指差した。
《……分かるか? こいつ、最後の抵抗してんだ。あんたの姿を模した状態で近づいたら一瞬許したようなそぶりを見せたのにな。また自分の殻に閉じこもっちまった。それもどこまで持つかわからんが、こんな状態でこいつを救うことなんてできねーだろ、え?》
 明らかに今まで対峙してきたアンハッピーターンとは様子が違う。……自分と対峙しているせいか? マクレディにとって俺の存在がどこまで影響を及ぼすのかは分からないが、今までは彼の記憶の存在の中から現われていた小さな少女や奥さんの姿よりも、過去よりも現在に近い存在だ。……そして、今俺は実際自分の姿をした悪夢と向き合っている。これが今までの悪夢と何が違うかもしれないし、そうじゃないかもしれない。いずれにしても、未知数の存在なのは間違いなかった。
「……出来るさ。少なくとも彼を傷つけるあんたの存在を消す事位はな」
 虚勢を張って見せる。そうでもないと、自分自身が影に取り込まれそうな、飲み込まれてしまいそうな……そんな気がした。
 これは放っておけないと思ったのか“ジュリアン”がこちらに向き直った。面倒くさそうに首をぐるりと一回転させ、すっとこちらに右手を伸ばす。
《邪魔をするな》
 言ったかみなかで手のひらから現れたのは黒い霞。何度となくあれに襲い掛かられたが、俺には全く効かないことも分かっている。
 だから相手に掴みかかろうと足を踏み出した、その時だった。ぐっ、と何か強い力に足を掴まれたのは。
 えっと声を出す間もなかった。視界に飛び込んできたのは黒い霞が、俺の脚──殆ど半透明で見えなくなっているそれ──を掴み、走った方向と反対側の壁に叩きつけられるまで、俺は自分に何が起きているのか理解できなかったのだ。
「──っ!」
 背中の衝撃と痛みで意識が僅かながら混濁する。矢継ぎ早に黒い霞が俺の身体にレーザーの光線の如く襲い掛かってくるが、不思議な事に身体の見える部分──即ち、実体がまだ確認できる顔や胴体だけは霞の影響を全く受けなかった。
《……? 身体を貫通するだと?》
 怪訝そうにごちる“ジュリアン”を他所に激痛に顔をしかめながらもよろよろと立ち上がろうとする──俺の足を、とぐろ状に絡みついた黒い霞は、開放させまいとばかりに再びぐいっと身体ごと引っ張り上げ、またしても俺はVIPルームの壁にたたきつけられた。
「ぐあぁぁっ!」
 先程よりも痛みが激しい。叩き付けられた衝撃でぱらぱらと壁のタイルなどが頭に落ちてくる。……いくら相手の攻撃が効かなくても、掴まされてこうされちゃこっちもたまったもんじゃない。先ずはこの足に絡みつく霞を切らないと。
 念じるだけでほぼ実体のない右手に炎を纏った片手剣──シシケバブ──が具現化されて俺の手に収まる、と同時に俺は脚を掴む黒い霞に向かって一気に刃を突き立てた。じゃっ、と燃える音を立てて霞が焼かれ霧散する。
 拘束が剥がれると同時に立ち上がり、俺は悪夢の姿を借りた自分に向かって一気に間合いを詰めようと地面を蹴った。霞が再び押し寄せてくるも薙ぎ払いながら相手に向かってもんどりうつように飛び込む。勢いで俺は“ジュリアン”と同時に倒れこんだ。
 頭をしたたかに打ったのか、痛そうにしかめる悪夢に向かって、
「マクレディの頭から出て行け! これ以上俺の姿で彼を傷つけるんじゃねぇ!」
 シシケバブの柄を相手の顔にめりこませた。痛みを堪えきれず呻くように低くくぐもった声を出す。もう一度、と腕を振り下ろしたが、さすがに何度も殴られる訳にはいかないとばかりにがっ、と腕を握ってくる。離そうと腕を引っ込めると同時に、どこにそんな力があるのか、相手はシシケバブを持った俺の腕を軽々と振り回す。視界が半回転したと同時に床に叩きつけられた。……何かの格闘技にこんな技があったような気がするが、一瞬何故自分のほうが床でのびてるのか理解できなかった。
 僅かに身体の自由が利かないと感じる間もなく再び襲ってくる激痛。輪郭が殆どなくなっている手の指からシシケバブが離れた。からからと音を立ててタイルの床を滑っていく。
「……くそっ」
 よろめきながらも立ち上がるより先に、相手がこちらに近づきしな右手首をがっ、と掴んできた。ぎりぎりと握力で手首を潰そうとしてくる。痛みに顔が歪む。
《手にも俺の攻撃が通じるみたいだな……こっちは、》
 言いながら彼は足を持ち上げ、蹴ろうとばかりに大きく足を振りかぶった。思わず目を瞑ってしまう……が、何も起こらない。
 薄目を開けて見ると、鳩尾を蹴り上げようとしたのか相手の膝は俺の胴体にめりこんでいた。痛みも何もなく、突き抜けている……リトルランプライトで、俺がプリンセスの手からマクレディを離そうとした時と同じだ。互いの攻撃は干渉されない──筈だった。俺の両手足の末端を除いては。
《……やはり無理か。なら手足だけでも潰せば》
 足のほうに気をとられている相手の隙を俺は見逃さなかった。──そうやられてばかりいられるか! 
 掴まれてないもう片方の手で俺の右手を掴む“ジュリアン”の手をがっ、と殴りつける。今までならさっきの相手の蹴り同様に俺の手が突き抜けていただろう攻撃も、今度は難なく相手の手にヒットし、殴られた衝撃でぱっと手を離した彼の隙をついて、俺は床に落ちてるシシケバブに向かって走り出そうとした──が。
《──逃がすか!》
 黒い霞が両足を掴んだと同時にバランスを失って倒れてしまう。立ち上がろうとするもそれだけでは終わらず、いとも簡単に俺の身体を足から持ち上げたかと思えば、ぶんと振り回しながら俺の身体を強烈に床に叩きつけた。ばん、ばん、と何度も何度も俺の脚を持ち上げては軽々と地面に叩きつける。顔の皮膚が裂け、血が飛び散るのが嫌でも分かった。
 痛みに全身が悲鳴を上げたが、何度も何度も俺は持ち上げられては床にばんばんと叩きつけられる。意識を失いそうになるのを必死に堪えた。身体はジャンプスーツで覆われているためさほど影響はなくても、血の通った身体がこんな攻撃を何度も受けていたら確実に死んでいただろう。全身打撲で。……いや、意識下でもこの痛みは耐えられそうにない。
「はぁっ……はぁっ……」
 何度も何度も叩きつけられたせいか、口の中まで切ったようでにわかに鉄の味がする。意識の中でもこんな感覚を得るなんて思いもしなかった。すぐに倒して、マクレディを開放してやらなければと思っていたのに……そうだ、マクレディ。マクレディはどうした?
 《……ちっ、こいつみたいにあいつもさっさと折れてくれりゃいいのによ》
 ぐったりとした俺を見て戦意喪失したと判断したのか、黒い霞が俺の脚をふっと開放した。支えていたものがなくなったためどさり、と身体がぼろ雑巾のように床に落ちる。痛みが全身を覆い、立ち上がることすらままならない。
 こちらを一瞥し、“ジュリアン”はふん、と鼻をならしながらマクレディの座る──正確には座ったままじっとうずくまっているだけだが──正面に立つと、掴みかからんばかりの勢いで彼の方へ両手を伸ばした──が、見えない何かに弾かれたように、それが勢いよく引っ込められる。まるで……熱いものに触れたときびくっとして手を引っ込めるような所作で。
 その時、俺は確信した。なぜ“ジュリアン”がマクレディに触れることが出来ないのか。そして──触れることが出来るのは恐らく俺だけだ、という事実を。
「そうか……あいつの最大の敗因は、俺の姿に扮したせい、って事か……っててて」
 独白を漏らすだけで切った口の皮膚から痛みが走る。──そうだった、俺と彼には道が繋がっていたんだよな。
 そしてこの場所はDr.アマリが言うように言い換えれば「第22セクター」の中のマクレディの世界。現在進行形で進む記憶の中、ごく最近の記憶の一角だ。最近の記憶の中で存在する俺が二人居たとしても、俺とマクレディを繋げる唯一の手段があるじゃないか。
 ──左手に嵌った指輪を見ようとするも、指の輪郭が薄れているせいで判別がつかないが、感触は確かにそこにある。心なしか、それが非常にありがたかった。
 左手でならあるいは──触れられるかもしれない。俺はずるずると床を這いながら、マクレディに近づこうとした。
「……マクレ、ディ」
 ほんの少し腰を浮かそうとするだけで激痛が走る。思わず目から涙が零れた。それは受けた痛みからではなく、ここまで来て助けられないなんて考えたくない、という悔しさから来たものだったのかもしれない。
 僅かに少しずつ這いながら、俺はマクレディに呼びかけた。俺の姿を模したアンハッピーターンはこちらを睨むも、最早何も出来まいと鷹を括っているのか、彼の正面でぶつぶつと先程と同じことを言い続けているに留まっている。言いながら何度も手を近づけるも、弾かれていた。……それもいつまで持つか分からない。
「……マクレディ。お前を、たす、けに、来たんだ」
 はぁはぁ息を荒げながら徐々に近づいて、なんとか椅子に触れるかみなかのところで俺は左手を伸ばした。……が、先程と同じでやはり触れることが出来ない。透明な壁に阻まれている。けど、俺は──あいつとは違う。
《いじらしい事してるけど、あんたじゃできねーと言ってるだろ》
 床に這いつくばっている俺に一瞥しながら、舌打ちを打つ“ジュリアン”。どうせ出来ないと思ってるのか、先程みたく霞で手足を掴んではこない。弱っていると見られているのが幸いだった。
「マクレディ。俺を、覚えているな? 俺は、ここで初めてお前と出会った。
 会ってすぐに、人に頼ること、なんて出来ない、と言ったな。出会った人間は、俺を騙すか、背中にナイフを突き立てようとしてきた奴ばかりだったと。
 ……そんなあんたの、凍りついた心を融解させて、今もこうしてお前を助けに、危険な旅をして来たのは誰だと思ってる? ……目の前に居る奴は、俺じゃない。再び殻に閉じこもるな。分かるだろう? マクレディ」
 這っているだけで呼吸が荒れたため、最初の方は息も絶え絶えの酷い呼びかけになってしまったが──その声に反応したのか、つっ、と、椅子に座って身を屈めたままぴくりとも動かなかったマクレディが僅かに動いたのだ。
 聞こえているんだ、マクレディ、と──呼びかけるように伸ばした俺の左手が、さっきまで見えない壁に阻まれていたのが嘘のように、彼の身体に触れたと同時に周りが瞬時に暗転した。一切の音もなく、だ。
 しかし暗いのは俺達の周りだけで、俺と彼の頭上には頭上から一筋の光がすっと落ちている。辺りが暗転した舞台の中で、俺達だけがスポットライトの当たる真ん中に突っ立っているかのようだった。不思議な事に、さっきまで彼の正面に居たアンハッピーターンの影響も見えない。
 何が起きたのか分からない俺を他所に、ずっと座っていたマクレディは膝を抱くようにしてうずくまっていた身体をゆっくりと動かしはじめた。痛みを堪えつつ、這いながら彼の座る椅子に向かうように対面した──その時初めて、俺は何でマクレディがうずくまるようにして椅子に座っているのかを知った。耳を塞いでいたのだ。
 彼は目から涙を零しながら耳を塞いでいた。が、その手をそっと耳から離すと、瞼を開けて俺を見る。酷い顔になっているであろう俺を見て、彼は涙を零しながらふふっと笑って、ぽつりと言った。「……来てくれると思っていた」
 18歳の姿の彼が泣いた時も胸潰される思いがしたが、今はそれ以上に胸が痛かった。
 俺は自然と彼に近づき、ゆっくりとその身体を抱きしめた。ふわりと全身が軽くなる感覚がする。痛みが引くのと同時に、暖かな気流が身体全体を覆った。
 不思議な事にマクレディは照れも拒否もせず、抱きしめられるに任せていた。……普段の彼なら絶対にやめろとか自分から逃げていくだろうに、と思うと同時にはたと気づいた。ここは彼の記憶の中だ、記憶の中では誤魔化しも嘘も通用しない。だから彼は逃げないのだろう。
「すまない。……ようやく俺の知ってるお前の姿が現われてほっとするよ。今までずっと俺を知る訳がないお前の記憶を辿ってきたからな」
 彼は分かっているのか、黙って数回頷いて見せた。「眠ってからずっとここに居て、ずっと繰り返し繰り返し同じ悪夢を見ていたんだ。もう駄目か、って諦めていると、あんたが記憶の中を旅しているのが分かったんだ。必ずここにも来てくれると思って、俺はずっと悪夢に耐えていたんだ。……けど悪夢もあの手この手でやってきて、最初はウィンロック達だったのが、ホワイトチャペルやマグノリア、仕舞いには……ジュリアン、あんたの姿を借りて現われたんだ。一瞬その手にやられそうになった。何とか耐えたけど……悲しくて辛くて、他の奴ならどうとでも言い返せたのに、あんただとそれが出来ないのが、すごく……情けなかった。耐えてたけど、正直もう限界だったよ。
 耳も目も塞いでたから、あんたの話は飛び込んでこない筈だったけど……心に届いたんだ。不思議だよな。血の繋がりも何もない他人同士なのに」
 洟を啜りながら笑ってみせた。「ここは悪夢から逃れるために俺が作った夢の中の世界だ。ここなら悪夢の影響は受けない。……あいつを倒せば、俺は長い悪夢から開放されるんだよな」
「ああ。……俺一人だとかなりやられたが、二人の力があれば倒せるさ」
 そうなのだ。さっきまで一人で戦っていたから俺はあんなにやられたんだ。繋がりだけを頼って外部から来た俺にとって、マクレディの協力無しにアンハッピーターンを倒せる筈がない。
「俺にやらせてくれないか、今までずっと──助けられっぱなしだったから」
 マクレディが強い口調で言った。俺の姿を慮っての事かはわからないが、そう言うなら──と俺は黙って首肯して見せ、既に指先は殆ど消え、掌までうっすらとしか見えない位消えている手をマクレディのそれにそっと添え──念じるとすぐにマクレディの手に輝く炎の剣が光と同時に現われる。彼はその炎纏う刃を呆けたように見つめていた。
「それを、目の前に突っ立ってお前に対して心ない言葉言ってる俺に向けて突き刺せばいい。それで終わる」
 彼を抱きしめただけで、さっきまで全身を覆うように訴えていた痛みも何もかも消えていた。難なく立ち上がることも出来る。マクレディは相変わらず座ったままだったが、彼は俺を仰ぎ見てふっと微笑んだ。
 俺に対してそんな顔をするのは初めてだ、と言ってもいい程の穏やかな笑顔──この顔を俺は一度見たことがある。……そう、18歳の彼が妻に向けて見せてくれたあの笑顔。
「あんたが本物だと分かっているからな、躊躇う事なく倒せるさ。……この椅子から立ち上がると、俺達は悪夢が居座るサード・レールに引き戻される。あいつが俺を襲ってくる前にこちらからやってやるさ」
 さっきまで泣いてた癖に、とからかいたくなったがやめておいた。茶化すのは目覚めてからでも遅くはない。
 マクレディはシシケバブを持ち、椅子から腰を浮かそうか、とした時に何かを思い出したかのように座りなおし、「立ち上がる前に……あんたに言っておきたい事がある」とだけぽつりと言った。心なしか照れくさそうな感じで。
「ん? 何だ?」
 促すと、マクレディは照れくさそうに左手でがりがりと頭をしごいて見せながら、「……今話してる事は多分、目覚めた俺は覚えていないと思う。悪夢を見ている状況で、目覚めたら覚えているなんてないだろうからな。
 だから、あんたが俺を助けるために頑張った事も多分……忘れてる。でも、受けた恩は必ず返すと心に深く刻んでおくよ。……ありがとう」
 正面切ってお礼をこいつ(失礼)から言われるなんて思ってもいなかった。何だろう、ものすごく気恥ずかしい。何で俺が照れなくちゃならないって思うくらい、動揺してる自分が面白く、そして情けなかった。自分から行くと言って飛び込んだのだから、礼よりも本来ならば見られたくない過去を見られて迷惑と思われても仕方ない事をしてきてるのに、ありがとうなんて言われるなんて想像すらしていなかったせいだ。
「礼なんて要らない。……だから、忘れないでくれよ」
 無茶な願いだと思いながらぽつりとそう言うだけに留めておく。マクレディは困ったように力なく笑った。
「……じゃ、始めよう」
 ぽつりと彼はそう言って──立ち上がる。と同時に暗転していた世界に光が飛び込んできた。赤い光。煌々と光る常夜灯の光。眩しさに目が眩む中、俺とマクレディの前に立ちはだかる人物の影が視界に入ってきた──俺の姿を借りた悪夢。
 “ジュリアン”は明らかに動揺していた。いきなり突っ立っている俺とマクレディが出てきたせいだろうか? それとも──彼と俺達の間に輝く炎の刃があるせいか?
 マクレディは両手でシシケバブを持っていた。手首まで消えかかっている手を再度彼の手に添えてやった。──炎の輝きがいっそう強まる。輝く炎の光に照らされながらマクレディはちら、と俺の方にその目を向けた。
 ──大丈夫だよ、マクレディ。俺はそう心の中で言うと、彼にそれが伝わったのかは知らないが、一気に刃を目前に憑き立てた。
「俺の身体から出て行けぇぇぇぇえええ!」
  悪夢は完全に隙だらけだった。身構えようともせずいとも簡単に炎の刃をその身に受ける事になるまで、何が起きてるか全く分かっていない様子だった。
 マクレディの鬨の声に押されて悪夢の“ジュリアン”が顔を歪ませる。ぐぅっ、とヒキガエルのような声を上げながら刃を引き抜こうとするも、刀身に触れるだけで手が黒い霞へと変わっていく。貫いた部分から、黒い霞が零れるように溢れだした。
《ぐっ、ぐあぁぁぁあああっ! 貴様、よくも……よくもぉぉぉっ!!》
 うめき声を上げながら、俺の方へと手を伸ばすその姿は俺の顔ではなく黒い霞へと変貌していく。自らの内側から幾重にも亀裂が現われ、そこから筋状の光が漏れていく。
 最早原形を留めなくなったところでばんっ、と音を立てて黒い霞が霧消した。──後には何も残らず、サード・レールのVIPルームは俺とマクレディだけが立っているだけになった。
「……やった」
 ぽつりと声を漏らすマクレディ。見ると、マクレディは目をきらきらさせて俺の方を見ていた。はっきりと頷いてみせ、
「お前がやったんだ。俺は何もしちゃいないさ」
 そう言いながら掌を見ると、手首から先は完全に消えていた。消えているのに感覚があるのが不思議ではあるのだが。何で消えているのか未だに原因が分からないけど……ともかく悪夢の影響は絶やす事ができたんだ。
「そんな事ない。あんたが来てくれなかったら俺はやられていたんだ。礼を言い尽くしても足りない。またあんたに命を救ってもらった。……目覚めてからも覚えていたら、必ずあんたに礼を言うよ。約束する」
 是非ともそうしてもらいたいものだ。俺がそう言うと彼はばつの悪い顔で笑った。覚えているなんて保証できないのは分かってる。……しかし、俺はこれからどうやって帰ればいいのやら。
 今までは彼の記憶が俺を導いてきたけど、正直帰り方なんて分からなかった。Dr.アマリと連絡がつかないまま悪夢を倒してしまったのも気がかりだ。心の中で彼女に向けて呼びかけてみたものの、全く応答がない。困ったな。
「……で、これから俺はどうやってお前の記憶の中から自分の身体へ戻ればいいんだ? マクレディ何か知らないか?」
 何とはなしに彼に呼びかけるのと、世界がテレビの砂嵐のようなざざっ、とノイズ混じりのようにぶれたのはほぼ同時だった。
 えっ、と辺りを見渡すと、ざざっ、ざざっ、と何度も小刻みに世界が砂嵐混じりのそれに変わっていく。嫌な予感がした。今まで全く恐怖すら感じなかったノイズ混じりの世界がひどく自分が居たらいけない場所のように思えてくる。
 マクレディ、と彼の居る方に目を向けると、彼はノイズ交じりの世界の一部分と同化していた。呼びかけても返事もしなければ、時が止まったように瞬き一つしない。何が起きたんだ──と思うと同時に救いの手ならぬ救いの声が飛び込んできた。
『ジュリアン! ジュリアン! 聞いてる?』
 アマリか! 俺はその声に即座に反応した。
『アマリ! アンハッピーターンの影響を倒したぞ、これで全部か?』
 しかしアマリは俺の返事を返そうともせず、『マクレディの意識が目覚めようとしてるの、そこにいると危険だわ。……分かってる。意識が目覚めようとしてるって事は貴方が彼を救ったという事。本当によくやったわ、ジュリアン。
 でも今はあなたをマクレディの脳内から脱出させないと。……あなたの意識を戻そうとしてるけど、おかしな事に身体があなたに対して反応を示さないのよ。いったいどうしちゃったっていうの?』
 俺の身体が反応を示さない? どういう事だかさっぱり分からなかったが──もしかして、両手足が消えかかっていることが原因だとか……ないよな。
『身体が反応を示すってどういう事だ?』分からないので聞いてみる。
 こうして問いかけている間にも、世界はどんどんノイズでまみれていく。暗いような、明るいような、見ていると目がやられる気がして俺は敢えて目を閉じた。
『んーと、端的に言えば、幽体離脱と同じ原理だと思ってくれていいわ。意識はその肉体を通して繋がっているから、帰り道は容易な筈──だと思ったんだけど、なんでかあなたの身体が意識を戻そうとする反応を示さないの。肉体との繋がりが希薄になってるみたいで』
『まさかそれって、俺の両手足が消えかけてる事と関係ない……よな? アンハッピーターンの影響と戦ってるときもさ、その両手足だけが奴の攻撃食らって、四苦八苦したけど』
 関係ないと思いたかったから言っただけだ。それは違うだろうと、何か別の原因があるのだろうと。
 しかしDr.アマリはしばし、押し黙ってしまった。まさかこの期に及んでまた通信が切れたのかと思ったが、
『ジュリアン──あなた、何をしたの?』
 ぽつりと言ってきた言葉はそれ以上に重みのある言い方だった。世界が崩れていく中でそういう口調はどんだけ心ざわつかせる原因になるだろう──何をしたって言われてもな、俺は彼を助けるため……
『……聞きたくない事を敢えて聞くけど、悪夢に犯されてない正常な記憶の中で、あなたが介入した事があるわね? 無いとは言わせないわ。あるわよね?』
 正常な記憶の中で、俺がマクレディに介入した事──考える間も与えず、一つの場面が脳裏に映し出される。

「マクレディ!!」
 声を張り上げる。名を呼ばれて反射的に彼はこちらを仰ぎ見──目を丸くした。何であんたがここにいるんだ、といわんばかりの表情だった。
 俺は一気に階段を下りると彼の手を握り締め、
「お前も食われたくなかったら逃げるんだ! いくぞ!!」
 空いている片方の手を握り締め──

『……ある』
 というと、アマリが神よ、と呟くのが聞き取れた──後。
『言ったでしょ、正常な記憶に手を出すのは許されないって! マクレディの記憶を混乱に落とすかもしれないって!』
『そうかもしれないが、見てみぬ振りなんて俺には出来なかったんだよ。……それと手足が消える事なんて言ってなかったじゃないか。何の関係があるんだ』
 おおありだ、と彼女は金切り声同然の声を響かせた。そしてとんでもない事を口にしたのだ。
『なんで身体のほうが反応示さないのかようやくわかったわ。手足がそっちに縛られているせいよ。分かる? あなたは悪夢に冒されていないマクレディの記憶に介入した、その件で彼はあなたがその場所に居た、という記憶を植えつけてしまった。──即ち、ジュリアンはマクレディの記憶の一部に溶け込んでいるの。だからアンハッピーターンの攻撃も受けたのよ』
 俺がマクレディの記憶に溶け込むだって? さすがにその言葉には背中を嫌な汗が伝うくらいぞっとした。自分の意識が第三者の記憶に埋め込まれるなんて、下手な三文SF小説じゃあるまいし。
『……ああ、もう彼の意識が目覚めようとしてる。そうなったら最後、どこに飛ばされるかわからない。最後まで諦めちゃだめよ、何とかやってみるから』
 諦めるなとか言われても……俺は消えかかっている両足と手を仰ぎ見た。足は脛部分がうっすらと見える程度まで、手は手首と肘の真ん中あたりまで消えかけていた。
 自分が蒔いた種でやられる、か。さっきはぞくりとしたが、見ず知らずの奴の意識の中で消えるよりマクレディの中に溶け込むならそれもいいかと思ってる自分がいる。目覚めようとしているとDr.アマリが言ってる辺り、悪夢の影響から脱したのだろう。即ち──彼は助かるんだ。
『アマリ』呼びかける。世界は既にノイズにまみれてサード・レールなのか何なのかすら判別がつかない。
『どうしたの?』呼びかけてくる彼女に、俺はこう言った。
『マクレディが目覚めたら、────』
 しかし、言う事は出来なかった。
 砂嵐に世界が飲み込まれ、俺もまたその嵐の中に意識を奪われていったのだ。

「……ちは……う?」
「だ……だ、ちっ……れない」
 遠くから漣のように声が響いてくる。……聞いた事のない声だ、とぼんやり考える。俺のよく知ってる声じゃない。
 うっすら目を開けると、自分と世界の間に、透明のプラスチックの板のようなものが仕切りのように覆っているのが分かった。ぼんやりした世界に、見慣れない室内がぼんやりと映し出される。……ここはどこだ?
 自分が起きたのに気づいたのか、誰かがプラスチックの板の向こう側からこちらを確認しているのが分かった。……これまた知ってる奴の姿じゃないのは分かる。青いジャンプスーツを着ている奴なんて、そうそうお目にかかれるものじゃないから。
「アマリ」
 自分を見ていた奴が不意に誰かを呼んだ。……アマリ? 聞いた事ある名前だ。確か……グッドネイバーの……
 呼んだ奴はそいつの声を聞き取れなかったのか、はたまた何か別の作業に追われているのか、全く気づいた様子がないため自分を見ていた奴は、仕方なくアマリという人物がいるほうへ歩いていった。……何か話し合ってる声ののち、ぱたぱたと靴音を鳴らしながら、プラスチックの板を通して覗き込んだ人物は今度は三人に増えていた。
「脳波、心拍数共に正常。バイタルもいたって正常だ。……奇跡としか言いようが無いな」
 医者らしい事を言う……男だろうか。もう二人は女性なのか、こちらに向かって呼びかけている。うぃぃん、と音を立ててプラスチックの板が視界後方へと押しやられていく。その時初めて、自分は何かの装置の中に入っていた事を知った。
 額や頭中に変な感触がある。触ってみると、なんか細い線が幾重にも束ねられたシートが貼られていた。何があったか分からないだけに、自分は今まで何をされてきたのだろう、と不安になる。
「……マクレディ君、自分が誰だかわかる? ああ、動かないでいいわ。疲弊してるのは目に見えて分かっているし、まだその頭につけた装置は外さないでいてもらいたいから」
 知らない顔が雁首そろえて並んでいるのは、どうにも居心地が悪い。俺の知ってる奴はどこにいるのだ──と首を左右に振ると、部屋の反対側、向かい合うようにして同じ装置だろうか。の中に──よく知った顔を見つけた。ジュリアンだった。目を瞑り、眠っているようにも見える。
「俺は……マクレディだ。そこにいるジュリアンと一緒に行動している。……けど、何で俺こんなところに居るんだ? ジュリアンはあんなところで寝てるし、一体何が……」
 言ってる間に、先程話しかけてきた女性は聞き終わる前に慌しく何処かへ行ってしまった。ジュリアンの名前を呼んで何かを思い出したかのように。……後に残った二人の男女は互いに顔を見合わせて、話し始める。
「初めましてが正しいかな。そこにいるジュリアンには何度も世話になっているんだ。……私はDr.キャリントン。レイルロードで医者をしている。さっき君に話しかけていたのはDr.アマリだ。こっちに居るのはレイルロードエージェントのグローリー」
 いきなりレイルロードの名前が出てきたので面食らった。なんでレイルロードの連中がここにいるんだ?
 透明プラスチックのハッチが開いたため、マクレディはゆっくりと上体を起こす。自分が横たわってるに近い状態で覗き込まれるのはいい気がしないせいだ。ましてレイルロードの医者とエージェントが居るなんて……
「キャリントン、ジュリアンの脳波を見ててちょうだい。こちらの応答に気づけば何かしら信号を送ってくるかもしれないわ!」
 装置の後方からDr.アマリの声が飛んできた。先程名乗った男はやれやれといった様子で返事を返し「詳細はグローリーから話してやってくれ」と行って後方へ歩いていく。
 グローリーと紹介された女性は、褐色の肌に目立つ銀色の髪を短く刈って分け目から片方へ受け流すようにしてある。傍から見たら女性には思えないが、小柄な身体つきからそうなんだな、と判断するに至る位か。
 役目を負わされた彼女ははぁ、とため息をつくと、
「あんた、自分が何をされたか覚えてるか?」と威圧的な態度で話し始めた。……いきなり質問形式かよ、とマクレディは内心舌打ちする。
「何をされたかって? ……ここに来るに至った原因、てことか?」
「あんたは薬を打たれた。人造人間用の薬だ。アマリから聞いたけど、サード・レールで見ず知らずの者に打たれたらしい。そこは覚えているな?」
 薬を打たれた、と言われて何かを思い出したのか、マクレディはぶるっと身震いをしながらも右腕に自然と視線を移している。覚えているんだな、とグローリーは判断した。
「その薬は人造人間の記憶中枢を瞬時に破壊する劇薬なんだ。ヒトにもその効果は発揮した。あんたの身体が身をもってそれを体感した。……ただ、ヒトの記憶は瞬時には破壊されないと踏んで、さっき自己紹介したアマリがジュリアンに提案したんだ。……あんたの頭の中に入って薬の影響を打ち破れば、助けられるかもしれない、と。
 あそこに眠ってるうちのエージェントは即座に行くと言ったそうだよ。そして、あいつはそれをやっつけた。だからあんたは目覚める事が出来たんだ……ここまで理解できる?」
 ぶっきらぼうな説明だったが、注射を打たれた後からの記憶がさっぱり無いため、その間の経緯を話してくれたのはぼんやりと理解できた。……けどジュリアンは、どこに行ったって?
「ジュリアンは……そこに居るじゃないか」
 目線で彼の方に向けると、グローリーははぁとため息をついてから「アマリ……私には荷が重過ぎる」と見た目に反して泣き言のような言葉を放った。にわかにマクレディの心はざわつく。……荷が重いって?
 急にこんな所で座っているのももどかしくなり、マクレディは腰を動かして装置から足を投げ出した。探るように足を動かすと爪先が床につく。僅かに動くだけで頭にべたべたくっついている何かの装置が引っかかりそうでひやひやしたが、とりあえず立ち上がる事はできた。……まだ足がふらつく。
「マクレディ君、まだ立ち上がらなくていいのよ、というより頭についてる装置を絶対に外さないで頂戴。あなたと彼を繋ぐものなのだから」
「俺の事はいいから、ジュリアンに何が起きてるのか教えてくれ。今そこに居るあんたが荷が重過ぎるって言った意味はなんだ?」
 顎でしゃくるようにグローリーを指しながら声高に言うと、グローリーとDr.アマリは互いに目配せするようにした後──アマリがぽつりと言った。
「……さっき彼女が話してくれたこと理解できたかしら。ジュリアンは、あなたを助けるためにあなたの脳内に入った。そこにいる彼は──眠っているように見えるけど、意識はそこには無いわ。
 結果を言えば、あなたはジュリアンの助けによって薬の影響を体内から除去し、長い悪夢から目覚める事が出来た。……でも、まだジュリアンはあなたの脳内に居る。連れ戻そうと試みてるけど、何処に居るのか分からない……あなたが目覚める少し前から反応が無いの。今は昏睡状態に陥っている。
 どうやら、少々マクレディ君の記憶の中で彼が取った行動の一部分が、結果としてあなたの脳内に取り込まれてしまう事態になってしまったみたいでね。……それがどういう記憶なのかは分からない、ジュリアンは語ってくれなかったから。
 けど、間違いなく彼は何らかの記憶の一部に干渉した。──マクレディ君はさほど混乱した様子も見受けられないから、それはほんの僅かな記憶の一部分に干渉しただけだったのかもしれない。でも、脳はそうは思わなかったみたいね。結果、脳は彼を記憶の一部と認識し、自らの中に取り込もうとした。──それに私と彼が気づいたのはあなたが目覚める直前だった。通信が取れない以上、もう彼はあなたの記憶の中に取り込まれている可能性も否定できない。
 ジュリアンの事は……私はまだ諦めてない、必ず見つけてみせる。だから──」
 話し続けるアマリの言葉は後半、マクレディの耳に入っていなかった。
 ジュリアンが俺を助けに……俺の脳内に入った? 薬を除去して俺は助かった? けど……彼は、こうしてる今も俺の中に居るという。俺の記憶の一部に干渉して俺が彼を取り込もうとした? 俺の頭の中の何処かにいるだって? ちっとも理解できない……それなのに、何でか胸がぎゅっと潰される位苦しかった。
 ──どうして? どうしてあいつはいつもこう……
「なんで……」
「え?」
 ぽつりとマクレディが漏らした言葉を神経質そうにアマリが聞きつけた。聞き返してこなければいいのに、と思ったのは感情が口を突いて飛び出てしまった後だった。
「なんであいつはこう……身勝手なんだ。なんで俺を助けになんか……勝手に一人で決めやがって、俺の事なんていつも意見を聞こうとしないし、今だって──なんだよ、即座に行くって決めたって、おかしいだろ? どうして赤の他人にそんな事出来るんだよ」
 後先考えずまくしたてるマクレディの悪態めいた言葉に、さすがに聞き捨てならないとでも思ったのか、アマリの隣で聞いていたグローリーの片眉がくいと持ち上がり、「おい、いくらなんでもその言い方は──」彼に詰め寄ろうとするも、Dr.アマリが慌ててそれを静止した。
「アマリ、何するんだ──」抱え込むように掴むアマリの腕を引き剥がそうとするグローリー。
「落ち着いてグローリー。マクレディ君は混乱してるのよ。……無理も無いわ。こんな話聞かされてすぐ信じるなんて出来やしないもの。……けどね」
 グローリーの肩を両手で掴むポーズのまま、アマリはマクレディの方へ顔を向け、
「ジュリアンはあなたを助けてほしいって、はっきり私に言ったの。自分の危険を顧みる余裕も時間も無かった。それなのにすぐ即断をしたの、それがどういう意味か分かるでしょう? 今あなたがここで会話できるのも、彼のおかげなのよ。そうでなければあなたは今頃アンハッピーターンによって脳を破壊され、死んでてもおかしくなかった。
 それにね……マクレディ君、本当は言いたくはなかったし、言うなんて考えてもいなかったけど……あなたに言伝があるの。ジュリアンから。
 あなたの脳内に入る前、私に言ってきたの。もし自分に何かあった時、あなたに伝えて欲しいって頼まれたのよ。
 彼がどういう気持ちでそれを言ったか、理解して欲しいから言うわ。彼はこう言ったのよ──」

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(2/2)に続きます。

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