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SkyrimとFallout4・76の二次創作メインブログです。 たまにMODの紹介も。
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04.24.17:48

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  • 04/24/17:48

01.21.23:47

We Need Each Other(2/2)

※Fallout4二次創作小説チャプター5(最終話の2/2)です。その手の部類が苦手な方はブラウザバックでお帰りを。
(ここから読むのではなく前回の記事(1/2)から読んでくださいね)



 ……静かだ。
 何も……聞こえない。
 けど、瞼の裏からでも分かる。何かが……煌いている。
 瞬いていると言ってもいいだろうか。ちか、ちか、と明滅が瞼を閉じた瞳にも伝わってくるのだ。……目を開けば何が光っているか見る事が出来るだろうか。
 重たい瞼を開く。───何かが空中を舞っていた。
 おかしいな、と思う。さっきアマリと話していた時、世界はノイズだらけだった。無音のノイズに俺は飲まれて、気づいたらこんなところに来ている。……ここは何処だろう?
 アマリ、と呼びかけてみるも何の返事もない。
 瞳を開けた世界はノイズではなく、暗いようで、明るい世界だった。……言ってておかしいという事は俺だってわかっている。けどこう、暗いところをじっと見ていると目が明るくなった感じがして目を逸らしてしまう、そんな場所だった……先程まで居たマクレディの記憶の世界とも違う。
 そして、その暗く明るい世界と俺の間に舞っている、きらきらとしたものは何処からか落ちてきては、空中を漂うようにふわふわと浮いていた。
「何だろう」
 浮いているものに手を伸ばそうとした時はっとした。掴もうとする手が最早原型がないどころか、腕の殆どが消えていたのだ。
 視線を下げ、足を見ると足のほうは大腿部の半分以上が消えている。胴体部分はうっすらと消えた半透明状態だった。傍から見れば顔も半透明状態かもしれない。マクレディの記憶に溶け込んでいるってことか。
 全く落ち着き払っている自分が不思議だった。普通なら泣いたりわめいたりしてもいいはずなのに、それをすんなり受け入れてる自分に笑いそうになる。遣り残した事だってまだ沢山あるだろうに、ショーンの事、ミニッツメンの事。そして……マクレディの事も。
 でも、もうどうすることも出来ない。そういう諦めの気持ちがあるのも事実だった。せめて、俺が俺じゃなくなる前に、目覚めたマクレディに会いたかったな、それだけが気がかりだった。彼が助かってくれてるなら、俺は報われただろうに、と。
 頭を振って変な考えを追い払う仕草をし、俺は伸ばした手できらきらしたそれを一つつまんで目前に持ってくる。見てみると、四角形に切り取られた薄っぺらい板状のものだった。何とはなしにそれをじっと見ると──マクレディの姿が目に飛び込んできたので思わずおっと声を出してしまう。
 彼は何人かの男と行動を共にしていた。……すぐにその連中がガンナー一派の連中と察しがつく。何処かの居住地を襲ったのか、殺戮と略奪を楽しむ連中とはうって変わって辟易した様子でマクレディは彼らを見ている。忌々しい、そういう感情が欠片を手にした自分にも伝わってきた。
「これ、記憶の……」
 マクレディの記憶の世界を行き来する際に何度も自分の周りを渦を巻くように舞っていた記憶の欠片だ。あの時はセクター間を移動する時しか見えなかったため触れる事すら出来なかったものが、今はこうしてその一部が俺の指につままれている。別の欠片を手にしてみても、やはり記憶の一場面を目にする事が出来た。……マクレディがキャラバンと旅をしている。恐らくこれは、キャピタル・ウェイストランドからコモンウェルスへ向かう道中──
 見ているとふふっと笑ってしまう記憶もあったりと、あれこれ欠片を覗き込むのは楽しかった。が、ある一つの欠片を覗き込んだとき──背筋がぞわっとしたのだ。
 それはマクレディと彼の妻がフェラルに襲われている記憶だった。震える彼を鼓舞しようと彼自身の名前を呼び、現われたのは──俺。マクレディの手を掴み、地下鉄から脱出している──
 自分が本来居る筈のない時間軸で彼を助けた事が、記憶に埋め込まれてしまった……結果、俺はこうなってる訳だ。
「でも……俺は後悔なんかしてないさ」
 ほんの少しの干渉だった。そう思っていた。
 けどマクレディにはその存在は強すぎたのだ──まして、彼はあの時俺のことをVault101のジュリアンと思い込んでいた。その時点で違うと否定すればもしかしたら俺は助かっていたかもしれない。
 掌を見る。……確かに目前に手を突き出しているのに、それは輪郭を持たずその先の、暗く明るい世界に舞い落ちる記憶の欠片が見えているだけだった。俺もやがてあの欠片の一片になってしまうのか。もう自らの行動や意思で、記憶や思い出を作る事もできない、過去の一部分に。
 欠片はきらきらと明るく暗い部屋の光をその身に反射させながら、俺の周りを漂うようにしていた。最初受けたような渦状になったり、纏わりつくような感触もない。優しく、ゆっくりと俺の周りに漂っているだけ。……それが妙に心地よかった。
 おかげでついうとうととしてしまう。眠ったら駄目だと本能が訴えてくる。……けど、もう助かる手はなさそうだぜ。とも別の自分が本能を諭す。十分がんばったじゃないか、休んだって誰も文句は言わないさ、と。
 正直なところ、俺は疲れていた。だから本能の訴えを退けて眠りたかった。眠れば嫌な事も忘れるだろう。眠るように消えて行く方が……少なくとも心に負担はかからないだろうさ。
 再び目を閉じ、俺は意識を委ねた。さっきまで立っていたような気もするのが今は横になっているような……気もする。少しずつ自分の肉体と精神が分離しているって事なのだろうか。
 眠ろうとする前、俺はマクレディの事を思った。残された彼は今どうしているだろう。
 目覚めてから俺のことをアマリに聞いていたりするだろうか。
 泣いていたり……するだろうか。

「……は?」
 それしか思い当たる言葉がなかったかのように、マクレディは驚愕の表情を浮かべ──口から漏れたのはそれだけだった。……無理も無いわ、とアマリは思う。私だって聞いたときは目を疑ったんだから。
 ジュリアンはあの時こう言ったのだ──

『……でももし、万が一、マクレディが目覚めても俺が戻らなかったりしたら──彼に一言、伝えて欲しい事があるんだ。さっき申し訳ないと言ったばかりで失礼とは思うんだが、頼まれてくれないか』
 真剣な表情で言う彼の剣幕に圧され、Dr.アマリは渋々了承した。ありがとう、と付けたしてから彼が放った言葉は、彼女の予想を反してあっさりしたものだった。
『俺の……ここ、111のジャンプスーツと、コンバットアーマーの間に隠れた部分に』彼は言いながら、大腿部を覆うコンバットアーマーをくい、と開くように持ち上げてその裏側をアマリに見せた。『俺の全財産のキャップが入ってる。財布に入れてるのはここから取り出したごく一部ってわけだ。荷袋とかに入れてるといつ誰かに掏られるか分かったもんじゃないからな、こうやって身に着けていつも感触が分かる場所に隠しているんだ』
 アマリが覗き込む。……確かに、平べったく潰された、しかしかなり分厚い袋がコンバットアーマーの大腿部を覆う箇所に貼り付けられてあった。大体10万キャップはあるんじゃないかな、と彼は言う。ちょっとした財産だった。
『もし俺が戻らなかったら、これをマクレディに渡して欲しいんだ。……俺が居なくなったせいで、彼を一文無しで連邦に一人放り出すのは辛すぎるだろ? 
 これだけあれば少し位贅沢も出来るし、元気になったダンカンに会いに故郷のキャピタル・ウェイストランドへ戻る事だって出来る。何不自由ない生活がしばらく送れる位の額だ。戻らない俺には無用の長物さ、これを渡してやってくれ、それだけでいい』
 本当にそれだけでいいのか、とアマリが問いただす。彼は何も言わず黙って頷いただけだった。あいつはキャップが大好きだからな、とだけ付け足すように、ぽつりと言って、笑ったのだ──

「……そう言伝を頼まれたの。内容は今話した通りよ。
 彼はどうしてそんな事を言ったか分かる? あなたの事をそこまで考えて、自分に何かがあっても不自由しないようにしてくれた事も、理解できるかしら?」
 それ以上続けようとしたが、アマリは口を噤んだ。マクレディの身体がわなわなと震えていたからだ。
 彼はジュリアンを見ていた。記憶シミュレーターの中で目を閉じ、眠るようにして椅子にもたれかかる彼を。いつ目が覚めてもおかしくないようで、顔だって血色はいいし、呼吸も乱れていない。けど──彼はそこに居ない。
 ふと、マクレディは思い出していた。……つい半日ほど前。あの事件が起きる前のサード・レールの中だ。
 ホワイトチャペルに話しかけたジュリアンが、彼からキャップと引き換えにビール瓶を二つ受け取り、一つを俺に投げて寄越してくれた。ジュリアンはマグノリアに目を奪われていて、そんなあいつを俺はじっと見ていた。
 面白くない、そう思いながら彼を見ているとあっさりビールを飲み干してしまい、もう一つ買おうにも俺の財布にはキャップが一枚も無くて。
 その時俺はこう思ったんだった、『ジュリアンが居なければ俺は無一文で連邦を彷徨うのか、考えただけでも末恐ろしいな』──と。
 でも、それは違う。無一文で連邦を彷徨う事が恐ろしいんじゃない。
 彼が俺の目の前から居なくなるのが恐ろしいのだ。
 あれほど沢山欲しいと希ったキャップよりも、彼がこの世界から──俺の傍から、居なくなる方が、怖い。けど、俺はそれに気づいていなかった。
 当然さ、今まで一緒に居た人が突然居なくなるなんて想像も出来ないだろう? こんな事になるなんて。……自分だけが助かって、結果、ジュリアンが……居なくなってしまうなんて。
 しかも、俺の脳の中に取り込まれてしまうとかいう。記憶の一部として。
 それがどういう事か、足りない頭を使わなくたって分かる。──二度と会う事が出来ない──という事実。
 身体はそこに在るのに、彼は居ない。もう、呼びかけても返事をしてくれない。──突然、ぱたっ、と何かが手に落ちた気がして、マクレディは自分のそれを見た。……光る雫が一つ、手に落ちている。何だろう、と目線を下げるだけで、再び目からぱたぱたっ、と雫が数滴、手と服の袖に落ちて染みを作った。……それが涙の粒だと気づくまで、彼は泣いている事も気づいていないようだった。
 袖の染みがじわり、とにじむのを見ているだけで、彼は無性に悲しくなり、呼応するように涙が再び手に落ちた。染みの上に幾つも涙の粒が落ち、色を変えてどんどんそれは広がっていく。
「どうして……どうして、そんな事を、そんな事しか……」
 もっと伝えたい事はなかったのかよ、と悪態をつきたい気分なのに、それに反して涙がぼろぼろ落ちた。おかしいな、おかしいな、と思うだけで涙が頬を伝い落ちていく。
 Dr.アマリとグローリーは黙っていた。茶化しも口も挟まず、涙を流すマクレディから目を逸らしているのは、力及ばずだった自らも責めているのかもしれない。キャリントンも黙ったまま、離れた場所でターミナルを操作しつつ彼ら三人をじっと見ていた。
「もっと他に言う事は無かったのか? 息子を探す事とか、他にも……どうしてそんな事しか言い残さないんだ。どうして……そこまで俺を助けようとしたんだ。俺だけ生きて居たって仕方ないじゃないか。あんたが」
 居なければ、と口から出す寸前、マクレディは悟った。
 一人で居るなんて恐ろしくて仕方がないと素直に告白した時、ジュリアンは笑いもしなければ黙ってこちらの話を聞いていた。こいつは俺の事をからかったりしない奴だ、と思った。だから頼ったんだ。ガンナー連中の事も、ダンカンの事も。
 頼っていいんだ、と言わせる何かが彼にはあった。それにずっと甘えていた。甘えながら俺はそれがずっと続くと思っていた。だから──気づけなかったんだ。もっと早く気づいているべきだった。自分の中でそこまで存在が大きくなっていただなんて。
 涙の雫が落ちるたびに、素直じゃない部分──いつもは照れ隠ししたり、悪態をついたり、そういう部分が剥がれ落ちるように零れ落ちた。頬を伝う涙を手で拭おうと、思わず左手を顔に近づけたときだった。──指の間に何かがきらりと瞬いた。
「…………何だ、これ」
 見慣れないものが左手の指に嵌っている。……よく見ると、金色の輪っかのようなものが左手の薬指にあった。こんなもの、見た覚えがない。いつ何処で自分の指に嵌められたものなのだろう──と考えている時、あっと大きな声が部屋中にこだました。──Dr.アマリの声だった。
「マクレディ君! それを」
 えっ、と言い返す暇なく彼女はマクレディに近づき、涙で濡れた左手とその輪っかを見ると一言「──出来るかもしれない」とだけ言ってぱたぱたと狭い部屋の端に並べるように複雑な機械の並んでいる場所に戻っていく。マクレディとグローリーはそんな様子を気が抜けた表情で見ていたが、次の一言でにわかに表情が変わった。
「マクレディ君、最後の手段があったわ。これが駄目ならジュリアンはもう──あなたの記憶に取り込まれてしまったと思うしかない。けど試してみる価値はある。
 その指輪を通して信号を送るの。彼の意識に向けて。──指輪を外せ、と」
 流していた涙がぴたりと止まる。慌ててごしごしと涙の跡がついた頬を両手で擦ると、「何をすればいいんだ。俺にできる事ならなんでもする」マクレディはまっすぐ彼女を見て言った。
「……その指輪には絶えず微弱な静電気が流れているの。指輪を通して、赤の他人同士であるあなた方二人の道を一時的に繋いでいるわ。それでジュリアンはマクレディ君の脳内へ侵入できたのよ。
 指輪の電圧を上げて、彼に信号を送る。そうすればこちらから脳に直接通信が届かなくても分かるかもしれない。
 肉体から流れる電流が、肉体を通じて意識体のジュリアンに通じる事が出来たなら、それを外せばあなたとジュリアンの繋がる道が絶たれる。即ち──彼の意識があなたの中からはじき出される可能性があるってこと。それに賭けるしかない。……身体の中に電気が通るから少しつらいかもしれないけど、出来る?」
「彼の身体から直接指輪を外しても意味が無いのか?」それのほうが楽な気がしたのでマクレディは提案してみるも、それは逆効果だという。肉体同士には指輪を嵌めておかないと、意識が戻る際に身体に通じる道がなく意味が無い……という説明を受けてもマクレディには到底理解できなかった。駄目ならしょうがない。
「キャリントン、ジュリアンのバイタルを見てて頂戴。グローリーはマクレディ君を見てて。彼に何かあったら意味がないから。……マクレディ君、いいわね?」
 マクレディは再度記憶シミュレーターに座った。深くは座らず、普通に座るくらいまで腰をずらし、上背を立てた上体を保つ。「いいぞDr.アマリ! やってくれ」
 アマリの位置からマクレディを見る事は出来ないため、グローリーが彼の体調を見張る番になったわけだが、じっと見られているのは正直好きじゃないな、と彼は内心舌打ちした。ジュリアンなら別かもしれない、と思うと同時に、彼が俺の為にしてくれた事に比べたらこの位──
 考えている最中に左手の薬指がびくっと震えた。……徐々にその震えは強くなっていく。
身体の中を電気が通っているのか、雷に打たれた時はこんな感触なのかと場違いな考えが浮かんだ。
「ぐっ……ぅ」
 手の震えは収まったものの、身体が小刻みに震え始めた。収まれと思っても自分の意思で震えてる訳じゃないため、身体がぶるぶる震えるに任せるしかなかった。
「マクレディ君、もう少し電圧を上げるわ。……ああお願い、ジュリアン、気づいて」
 アマリの祈りを捧げるよりも先に、全身を貫くような電流に耐えながらマクレディは必死で呼びかけていた。
 ジュリアン、行かないでくれ。俺はまだあんたの近くに居たいんだ。あんたと一緒に居たいんだ。

 ふっ、と何かが耳に届いた気がした。
 何だろう? ……もう、身体もだるくて仕方がない。動きたくない。──という身体の意思に反して、俺は閉じていた瞼を開けた。
 いつの間にか俺は横たわっていたらしい。きらきらと輝く記憶の欠片は先程と変わらず、瞬くように空中をふわふわ舞っている。暗く明るい空間に、実体があるのは俺だけ……いや、その身体ももうほとんど消えている。
 身を起こそうにも、肩から伸びているであろう両腕は完全に消えている。けど腕は確かにそこにある……なのに見えないのが今では逆に奇妙だった。俺の目はまだ俺の意識として繋がっているのだろう、全てが終わればこの身体が再び目で確認する事が出来るのだろうか。
 などとぼんやり考えていると、──まただ。何かが耳に響いてくる。音か? いや、音じゃない。……何かが震動して、それが俺に伝わってきているのだ。それが音のように感じただけか。
「……震動?」
 言ってる自分が変だと思った。……だって、俺の身体は消えているのだ、消え行く身体が──いや、これは俺の身体じゃない。意識だ。俺は外の世界──俺の身体から離れて、マクレディの脳内へと侵入したんじゃないか──そんな事まで忘れてしまったのか、俺?
 頭を振る。震動音は徐々に強くなってきていた。殆ど消えかけてる身体を首を回しながら、何処か音を発している場所が分かるんじゃないだろうか、と見ていると──それはすぐ見つかった。
 左手の指の一部が光っている。金色の輝きだった。鈍く光っていたものがどんどん強くなっていく。自分の目前に左手を突き出しているのに、よくよく見なくても何も無い場所の一部が金色に光っているだけなのだが。
 こんなところに何かあったっけか? と思うより先に口から言葉が出ていた。
「指輪……そうだ、俺はここに、左手の薬指に指輪を嵌めてた」
 確か、アマリ……Dr.アマリが俺に渡してくれた指輪。
 溶け込むように自らの身体が消え行くのと同様、俺は自分に起きた記憶そのものすら徐々に忘れている事実に今頃気づかされた。マクレディの記憶に取り込まれるというのは、俺が俺じゃない記憶の欠片の一部分になるということ。意思も、行動も何一つ自分から作り出せない、枠にとらわれた世界の一部分に入ってしまう事に。
 ──けど、今まで何も起きなかった指輪が今更どうして光ったりしているのだろう?
 右手で触れようとした時、指先にびくっと震動が伝わった。それと同時にきぃん、と全身を貫く甲高い音。間違いなくこれが震動を放っているのだ。触れるだけでじりじりと痛みも感じる。──意識なのに痛みが感じるって、おかしいな、と思ったとき、あれ? と疑問に思った。何で意識なのに痛みを感じるんだ?
 その時アマリが、この指輪を俺に渡したときの台詞を思い出した。確か彼女はこう言っていた──

『……その指輪には微弱な静電気を発する装置が組み込まれてあるわ。その静電気があなたとマクレディに一時的な“道”を作る標になる。ジュリアンはマクレディと血縁関係でもなければ婚姻してる訳でもない。その為マクレディの記憶があなたを拒否する可能性も出てくる。それを防ぐものだと思っていればいいわ』

「静電気──道……まさか」
 輪郭はなくとも、左手の薬指に嵌っていたその指輪は輝きを放っていた。──これを外せ、はずせば道が外れる……そういう事か。俺とマクレディを繋げる一時的な道が外れると言う事は、自分の身体に戻れるかもしれない──と。
 その輝きはDr.アマリの、そして──マクレディからのメッセージだった。本来微弱な静電気が通るだけのものを、こうして消えかけている俺の意識のなかでも震動となって伝わって輝いているのだから、今俺の身体とマクレディのそれには相当負担がかかる電流が流れているのだろう。
 無茶しやがって、と俺は内心呟いた。本当は嬉しかった。言葉では言い表せないくらい、俺の事を諦めてくれないDr.アマリとマクレディに感謝していた。
 なぁ、マクレディ? ……また会えるなら、話が出来るなら。俺は今まで辿って来た話をしたい。お前は過去の話なんて、と嫌がるかもしれないけど、俺はお前の記憶を辿ってきたんだ、絡み合わない時間軸を巻き戻して、年の割りに密度の濃い経験ばっかりしてきたお前を、ずっと見てきたのだから。
「帰ろう。……在るべき所に」
 右手を再度輝く指輪のある場所に触れてみた。ばちっ、と弾く感触に思わず右手ごとびくっと痙攣する。……が、諦めない。再度ぐっと右手の親指と人差し指でそれをつまみ、力を込めた。左手薬指の根元に嵌っていた指輪が少しずつではあるがその身をずらしていく。
 本来ならすっと抜けるはずなのに力が入らないせいなのか、それとも電気が体中を貫いているせいか、なかなか外れようとしない。──いや、違う。肉体はこれが嵌ったままなのに意識がそれを外そうとしているのだから、うまくいかないのだろう。無意識に認識している服やPip-boyを外そうとしても意識下では出来ないのと同じ感覚かもしれない。けど、これを外さないと俺は帰れないんだ。俺の身体に、彼らの居る場所に──
「はず、れ……ろぉっ!」
 右手の指が電流によって痙攣しながらも何とか力を込めて引っ張ると──ピィィィン! と音を立てて左手の指から一気に指輪が抜けた。引き抜こうと勢いづいていた右手の指からそれは離れていくと虚空へと姿を消してしまう。
 と同時に──本当に瞬時の事だった。指輪が抜けたと同時に俺の身体がふわっと現われたのだ。手も、足も、輪郭がはっきりどころか透けてもおらず、しっかりと血の通った身体に戻っていた。
「身体が──」
 その様子に驚いている暇はなかった。
 ついさっきまで暗く明るい世界の中を、きらきらと舞うようにしていたマクレディの記憶の欠片が、狂ったように俺を中心にして回り始めたのだ。それはどんどんスピンをかけて早く、強く、強固な渦となっていく。
「何が、何が起きるんだ?」
 口から声が漏れたと同時に思い出した。──記憶シミュレーターから俺の意識が肉体と分離した直後、俺はこの渦の中に身を投じていた。欠片が舞う渦の中をもみくちゃにされて俺は彼の記憶の中へと入っていったのだ。しかし今はもみくちゃにされないどころか、身体の回りをぐるぐると円状に回っているだけだった。
 渦はどんどん強固になっていくうち、俺はふわっと身体が浮いたのを感じた。自分では帰り道なんて分からないのに、さほど動揺していない自分が居る。この渦が導いてくれる、そんな気がしたからだ。
 どんどん上昇していくにつれ、見上げるその先、暗く明るい世界の一端に一筋の光が見える。もしかして、あれが俺の戻る道だろうか? 思うと同時に回っていた記憶の渦はふわっと俺の身体から離れていく。
 その時俺の意識はマクレディの脳内から出ていたのだろう。光に包まれた瞬間、自分の意識はそこで……途切れているから。

「……これ以上続けていてはマクレディ君もジュリアンも危険だわ。一旦電流を弱くするしかない」
「駄目だ! このままでいい。弱めないでくれ。弱めたら彼に伝わらなくなるかもしれないじゃないか。俺は大丈夫だ。だから続けてくれ」
 アマリの声に重なるように、マクレディが怒声を放った。既に20分以上、身体にあまりよろしくない程度の電流を流し続けている。マクレディの身体はもちろん、ジュリアンの身体も幾度と無く痙攣するため、その度にシミュレーターがぐらぐらと小刻みに揺れた。
 アマリは駄目よ、と言ってから「一度正常値に戻して、休憩したらまた再度やりましょう。そうじゃないとあなたの身体が──特に心臓が持たなくなる。そんな無茶させられないのよ。分かって頂戴」
 ターミナルを操作し、流している電流を少しずつ弱くしていくが、マクレディは再度叫んだ。「俺はどうなったっていいんだ。だから続けてくれ。ジュリアンに指輪を外せと伝えてやらなくちゃいけないんだろう? 頼む」
 アマリはマクレディの発言を無視して傍らに居るDr.キャリントンに「マクレディのバイタルは正常?」と問うと、呼ばれた彼は顔をしかめ、
「心臓に相当負担が掛かってる。殊勝な事を言っているが身体の方はもう限界だろう。たとえ心臓がよくても血管が破裂でもしたらそれだけでお陀仏だ。
 ジュリアンのほうは……相変わらずだ。脳波は脳死状態の人間と変わらず平坦脳波の状態を維持。昏睡状態のまま……脳波が一定になってからもうすぐ2時間になるな。おかげで然程電流に対する負担は見受けられないが、まぁ、こっちも同様だろう」
 と返すキャリントン。はぁ、とアマリは大きくため息をついて、電流ゲージをくい、と回して流す電量を下げた。……遅かった。もう少し早く気づいていればよかった。私が指輪の存在をすっかり忘れていたせいで、
 シミュレーターからマクレディが「おい! 何で電流を下げた! 俺は大丈夫だって言っただろう!」と声高に叫んでいる。……納得できない、だからむきになっている。分かっているのだ。事実を受け入れたくないから、自分が納得するまでやってもらいたい、そういう気持ちなのだと痛い程アマリは理解できた。
 彼女はターミナルから離れ、シミュレーターの傍に近づいた。マクレディを見張っていたグローリーは無表情のままだったが、どこと無く物悲しげだ。黙ってアマリに自分の居た場所を譲り、グローリーは部屋の端、壁に疲れた様子で凭れ掛かる。
 マクレディはアマリが近づいてきたのに気づき、座りながらきっ、と彼女を睨み付け、
「何で電気を流すの止めたんだよ。ジュリアンが助かるかもしれないなら流し続けたほうがいいに決まってるじゃないか? 何故止める?」
「分かって頂戴って言ったでしょう。あなたの身体が悪くなったら元も子も無いわ。微弱な静電気は流れ続けているから、指輪に気づけばもしかしたら……」
「気づかなかったら? ……頼むよ、あんただけが頼りなんだ。ジュリアンが戻るなら俺はどんな事だってするって言っただろう? お願いだ」
 同じだ、とアマリはぼんやり思っていた。彼も、そしてジュリアンも。助かるならどんな事でも厭わないと言っていた。失いたくない、その気持ちは分かる──けど、彼らは赤の他人同士だ。どうしてそこまで互いを求める? 恋人同士や男女ならその理由は明白だろう。けど、彼らは男性同士だ。どちらも傭兵。一人で生きていく事だって出来る能力と腕前を持っている。それなのに、どうしてこうもお互いがお互いを失う事を恐れているのだ? それほど強固な結びつきが、彼らの中にはあるのだろうか?
 その時──キャリントンが叫んだ。後にアマリは生涯、この一日を忘れないだろうと思った。奇跡と言う言葉があるのなら、この日を於いて他はないだろう、と。
「アマリ! 脳波だ、ジュリアンの脳波が戻ったぞ! なんということだ、昏睡状態から目覚めようとしている。意識が戻ったのか?」
 キャリントンを見るアマリとは対照的に、マクレディはすっと足を上げてシミュレーターから足を出すと、再度床について立ち上がった。そのまま一歩、ジュリアンの眠るそれに近づこうとするが、頭中いたるところにべたべた貼ってある装置が忌々しかった。
 一瞬、躊躇うもそれをべりっ、と額から外し、何枚も何枚も細い線が幾重に巻きついたそのシートをはがしていく。何をするんだとアマリに引き止められるかと思ったが、全くそんな事はなく──全て剥がし終えると、黙ったまま無言で、よたつく足でジュリアンの眠るシミュレーターに近づく。ほんの数歩歩いただけなのに、マクレディの身体はぜいぜいと息を弾ませ苦しがっていた。
 アマリとキャリントン、グローリーもマクレディに近づき、シミュレーターのプラスチックの覆い越しにジュリアンを覗き込む。……じっと見ていると、彼の瞼がぴくっ、と動いた。
 何度か同じように瞼を動かしたのち──すっ、と瞳が開く。寝起きで目がぼやけているのか、焦点が合ってなさそうだったが、
「………マクレディ」
 彼の名を呼んだ。彼の姿はぼやけた世界でも認識できているのだ。やはり自分には窺い知れない何かが二人の間にはあるのだとアマリは確信した。
 グローリーがハッチを開けるボタンを押し、ハッチが開く。……と、ジュリアンの手がすっと伸びて、マクレディの頬にそっと触れた。涙の跡を見ているのだ──そう思うとマクレディは急に恥ずかしくなったのか、
「寝ぼすけ。……いつまで寝てるんだ。心配かけさせやがって」
 これだけ言うのが精一杯だった。堪えた心が再び涙となって瞼から落ちそうで、そうなったら恥ずかしいどころか、もう外を大手を振って歩けなくなるかもしれないなどと場違いな考えまで沸いてしまう始末。
 そう返事を返すマクレディに、ジュリアンはふっと笑うと──頬に当てていた手が力なくぱたり、と落ちて再び目を閉じてしまう。かくん、と首が頭を支えきれなくなったようにうつむくような姿勢になった。
 まるでそれが死んだ姿にも見えて、えっとマクレディは声を出す。アマリ達も同じだったのだろう。慌ててキャリントンが聴診器を持ってジュリアンの心臓部に押し当て、
「……大丈夫だ。寝ているだけだよ。身体もそうだが意識も相当消耗したに違いない。まぁ、我々には与り知れない世界を渡って、これまた与り知れない敵と闘ってきたんだものな」
 ぽつりと付け足したキャリントンの言葉で、マクレディは不意に思い出した──俺が長い悪夢を見ていたと彼らは言っていたが、実際何を見ていたのかまでは起きたときも覚えていなかったし、覚えている訳がないとさえ思っていた。
 けど俺は確かにそこに居た。サード・レールで──ジュリアンに会った。そうだ、確かに彼を見たんだ。──ずっと待っていたんだ。助けに来る彼の姿を。そして、その姿を模した悪夢が現われた事も。
 アマリがグローリーと抱き合いながらきゃあきゃあ言っている。奇跡よ、とか、二人とも助かるなんて、とかそんな事を言いながら抱きつくアマリを他所に、グローリーはそうだなと努めて冷静に対応していた。その表情はにわかに微笑んでいる。キャリントンはターミナルに戻ってジュリアンのバイタルを確認している様子の中、マクレディはジュリアンを覗き込み、先程自分の頬に当てた手を握り、ぽつりと言った。
「……無茶しやがって」
 その目には再び涙が光っていた。

 ぐぅ、と音が鳴る。
 何だろう、と思いつつ無視していると、再びぐぅ、という音。身体のどこから鳴っているのかと思う前に、目を閉じながらも頭が訴えてきた。──腹が減ったと言っているのだ。
 さすがに無視できず俺は目を開けた。──薄暗い室内だった。古ぼけた天井、窓にはブラインドの代わりなのか、無味乾燥した板が窓框に無作為に打ち付けられ、そこから差し込む僅かな光が室内をぼんやり照らしている。……昼か。今何時だろう。どんくらい俺は眠っていたのだろうか。
 しかもこの場所。Dr.アマリの居るメモリー・デンではない。一ブロック先にあるホテル・レクスフォードの室内だと気づく。何度か泊まった事があるから覚えていたのだ。
 けどどうやって俺はここまで移動したのだろうか、アマリは居るのか、と思いながら身を起こそうとすると、下半身の一部、左太腿付近がなぜか重い。よじるように身を起こし、上半身を起こすとその原因がすぐ分かった。
 ベッドに上半身だけ投げ出すようにして、うつ伏せで寝ている人物が居る。被った帽子は外れかけて毛布の上に転がっている。腕を顔の上にあてがい、こちら側に顔を向け、すぅすぅと穏やかな寝息を立てていたのは──マクレディだった。
 表情は穏やかで、悪夢も見ている様子なく眠っている様子に驚きつつも……思わず笑ってしまう。右手を伸ばして彼の頬に触れると、ひんやりとした肌が眠っていたおかげで体温が上がっている指先に心地よかった。
「……誰のおかげでこんな風に穏やかに眠っていられるんだか」
 思わず頬の肉をむに、とつねってみる。痛みに反応してんん、と声を出したので慌てて手を引っ込めると、マクレディは目を覚ましたのか、あくびを一つし、身体を捻るようにして伸ばしながら、眠ってたのかと一人ごちてから俺の方を見た瞬間──その表情が固まった。
「よぅ、すっかり元気そうだな、マクレディ」
 軽く声をかけるも、マクレディはこちらを凝視したまま固まっている。おい、いくらなんでも命の恩人に向かってその態度はないだろ、と言おうとした時彼は音も無くすっと立ち上がった。
 何をするのかと思うと、俺の方へ一歩近づき、次の瞬間──ぱん、と音を立てて俺の頬を手で叩いていた。
 突然頬を打たれた事に俺はぽかんとしてしまう。ひりひりと痛みを訴える頬を片手で押さえ、叩いてきた当人の顔を見ると──なんともいえない表情を浮かべていた。口はわなわなと震え、目はぎらぎらと光っている──けど怒っているのではなく、何かを必死に堪えている様子だった。……前にもこんな顔を見た覚えがあるな。
「ば……っ、馬鹿野郎! なんで俺に勝手に黙って危険な場所に行ったりするんだ! 一つ間違えればあんたは死んでたかもしれないんだぞ! 勝手に一人で決めて、俺の意見なんて聞こうともしないで……」
 聞くも何も。「死にかけてたお前に意見も何も無理だろ。勝手に決めたのはまぁ、悪かったにしても、死んでいくお前を黙って見てろとでも?」
 そうじゃないとばかりに頭を振るマクレディ。自分でも何を言っているか分からない様子だった。ただ、言わずにはいられないのだろう。そういう性格だというのも知っている。黙って人の優しさを受け取るような奴じゃないと。
「俺は、俺はもっと……一緒に居るんじゃないか。一緒に居るのに独断で判断してもらいたくないんだ。大事な事を。何でも一人で決め付けないでさ、俺に相談してくれたって……」
 最後の方は照れくさいのか何なのか、消え入るような声で終わっていた。頬を染めてぷいとそっぽを向いてしまう。
 さっきまで威勢のいい声はどうしたと言おうとした時、こちらに近づくぱたぱたとした足音が止まると同時に扉をノックもせずに開けて入ってきたのは──Dr.アマリだった。
「マクレディ君、これジュリアンの薬。キャリントンが──って」
 そこで声を止め、俺とマクレディを交互に見た。何か話していた空気を読み取りながらも彼女は敢えてそれ無視し、
「ジュリアン! 目覚めたのね。何処もおかしなところはない? 体調はどう?」
「あ、ああ、俺は大丈夫だ。ただ……腹が減ったな」
 腹の虫の音で目が覚めたくらいだからな。……ちら、とベッド脇を見ると、マクレディが所在なさげに突っ立っていた。話の腰を折られて気分を害した様子はないが、何処と無く落ち着きがない気もする。
「ああ、もう何日も何も食べてないものね。すぐに下に行って何か買ってくる。……あれから三日も経ってるんですもの。無理ないわ」
 三日?! 我が耳を疑った。「俺は三日も寝てたのか?」
「ええ、そうよ。ホテルには一週間分宿泊代を出しておいたから心配ないわ。私はメモリー・デンと行き来してあなたの様子を見ていたのよ。Dr.キャリントンとグローリーが来てくれたおかげで、ここまであなたを運んでくれたのよ。その後はずっとマクレディ君がつきっきりであなたの看病をしてくれてたから、助かったわ」
「おい、アマリ、そんな事言わなくていいから」慌てた様子で言うマクレディ。頬を赤らめて明らかに動揺しているのは自明の理だった。
「あらいいじゃない? 実際ずっと離れなかったのよ、ジュリアン。ずーっとあなたの寝ている傍から離れずに三日も居たんだもの。Dr.キャリントンも私も助かったわ。
 ああ、先に言っておくけど、マクレディ君は目覚めてからはどこも変わったところはない。健康そのものよ。アンハッピーターンの影響は完全に抜けたみたいね。何もかもあなたのおかげだわ、ジュリアン。……本当に無事に戻ってきてくれてよかった」
 言いながら涙ぐんだのか目尻を押さえるアマリ。泣くなよ、と言いながら「あんたとマクレディが俺にメッセージを送ってくれたおかげだ。……この指輪、まだ嵌ってたんだな」
 左手を見ると、血の通った指の一つに金色の指輪が嵌っていた。ちらり、とマクレディの手を見ると、彼の指にもまた同じものが嵌っている。ああ、それね、とアマリは言いながら、
「それはあげるわ。試作品だったし、もう静電気は流れてないからただの指輪よ。今回の記念にあげる。次はもっと改良して、しっかりしたものを作って見せるわ。……でも、もう今回のような事は起きてほしくないわね」
 違いない、と言いながら俺とアマリは笑った。しかしマクレディはにこりともしない。そんな様子にただならぬ気配を察したのか、
「……何か話してたみたいだから、私は退散するわ。あとで食料持ってくるから待っててね、じゃマクレディ君、邪魔したわね」
 そう言ってアマリは部屋を辞していった。……再び部屋に俺とマクレディが取り残される。……何か話しかけてくるかと思いきや、マクレディはじっと黙っていた。
「俺の事、ずっと看病してくれていたんだってな、ありがとう」
 水を向けてやっても、マクレディは何も言ってこない。見上げると、そっぽを向いてこっちを見ようともしない。本来なら、俺は怒っていいはずだった。助けてやったのにその態度はなんだ、と。
 でも、怒る気なんてなかった──考えもしなかった。ベッドから起き上がると、俺はマクレディの隣に立った。それでもなお、彼は目を合わせようとしない。
 だから……言葉の変わりに、俺は彼の身体をぎゅっと抱きしめた。
「えっ、……えっ?」
 突然の事に動揺したマクレディの声を他所に、俺は彼の暖かさと、はっきりとした感触に浸っていた。
「生きていてよかった。お前が……生きていてよかった」
 そう言われてさすがに黙っているのは分が悪いと判断したのか、やや逡巡した様子の後、マクレディが発した言葉は俺の予想を超えるどころか外れていた。
「……思い出したよ。あんたが俺を、悪夢の中から俺を救ってくれた事を」
 今度は俺の方がえっと言う番だった。腕をほどいてマクレディの顔を見ると、彼は顔を真っ赤に染めている。さっきまでそっぽを向いていたのに、今はまっすぐと俺の方を見ているその目は涙をいっぱいに溜めていた。
「悪夢の中で……俺はジュリアンを待ってたんだ。俺の記憶を辿ってきて、あんたが悪夢を退治しているのを、俺は悪夢の中で必死に耐えていたのを。
 目が覚めてからは……覚えてなかった。どんな夢を見ていたかなんて、全く。だけどあんたが一度目覚めてから──思い出したんだ。もし覚えていたら、俺はあんたに言わなくちゃいけない言葉があるって。
 でも、俺をおいて自分勝手に危険な場所に行くなんて事がどうしても許せなかった。やむを得ない事だったと分かってても……それに、なんだよ。俺への向けた言伝がキャップの在り処だけって。おかしいだろ。……それだけしか俺に言う事はなかったのかよ」
 言いながら涙がつっと尾を引いて頬を流れ落ちた。やれやれ、泣き虫だな──なんて言う代わりに、俺はそっと涙を指で拭ってやった。触れた指に反応したのかますます彼の顔が赤くなっていく。
「だって、お前キャップが好きだろう?」笑って言ってみせたが、マクレディは憮然とした表情を浮かべた。
「そりゃ、……キャップは好きだ。けど……だからって、もっと言う事はなかったのかよって俺は言いたいんだ! 俺の、事とか……」
 また口ごもる。……まぁ、確かに本当にそれだけだったら、そう思われても仕方ないだろうな。と俺も思った。
「まぁ、……言伝なんてしたけど、俺は最初からお前と一緒に戻るつもりだったし。結果としてお互いこうして無事だから、いいじゃないか。
 悪かったよ、自分勝手に行動したことは謝る。一緒に行動してる以上、もうお前を置いていったりなんかしないよ。約束する」
 しっかり伝わるよう、ゆっくりと噛み締めるように言って聞かせる。マクレディは納得してくれたのか、僅かに首肯して見せた。
「……目覚めた時、覚えていたら、俺はあんたに言う言葉があったよな。……助けてくれて、ありがとう」
 青い瞳は涙を帯びたせいで光り、泣いているのに口元は笑っていた。本当に覚えているんだな──そう思うと一つだけ確かめたい事があった。
「なぁ、18歳のお前とその家族がフェラルに襲われたとき、誰か助けに来てくれたりしたか?」
 言っただけで察したのか、ああと返事を返しながら俺をじっと見据え、
「──あんたが助けにきてくれた。……もちろんそれが事実とは異なってるのは知ってる。けど、俺はこの記憶を大事にしていきたい。だって、ジュリアンはその場にいながら、俺とダンカンを見捨てようとしなかったんだろ? 実際はそうじゃなくても、俺は嬉しかった。だから……俺は忘れないよ」
 ふふっと笑ってみせた。それが結果として俺がお前の脳内に取り込まれる原因になったんだよ、と言うのはやめた。気づいているかもしれないし、知らないかもしれない、けど今となってはもう──どうでもいい。
 アマリが部屋にやってきた。先程とはうってかわった空気に、彼女はぽかんとしていた。俺とマクレディは互いに笑っていた。

 五日目に俺達はホテル・レクスフォードを出た。
 足取りはすっかり五日前のそれと変わらない。もちろん俺の傍らにはマクレディが立っている。きらきらと輝く陽光が、廃墟としたビル街の一角にあるこぢんまりとしたグッドネイバーの町並みを照らしている。
 アマリから聞いたが、例のマクレディを襲った一般人風の男は、やはりガンナー連中の一人だと判明した。グローリーがレイルロードの連中を使って調べさせたらしい。それらの情報はアマリを通してグッドネイバーの市長、ハンコックへ届けられ、サード・レールで起きた事件はガンナー連中の暴走と言う事で片付けられた。結果、マクレディには何のお咎めも無し。俺も勿論無実と言う事で──というか俺達の名前なぞ伏せられていたのは当然だが──こうしてグッドネイバーの街中を大手を振って歩いているという訳だ。
 俺達が悪夢と闘っていたことなぞ、知っているのはほんの僅かな人しか知らない。仮に知ったとしても、悪夢などという姿形もよくわからない、夢の中の世界で闘ったことなぞ御伽噺でもしているか、もしくはジェットやサイコのキメすぎだと笑われるのがおちだ。だからこれらの記憶はほんの僅かな人だけが知っているだけでいい。例の薬は未だにガンナーの連中が持っているようだが、それもいずれ入手ルートが見つかり次第、レイルロードが動くのは間違いないだろう。
 そんな暗い話とは他所に久しぶりの外は新鮮で、声を掛けてくる自警団の連中やならず者の声が、生きている実感をかみ締めさせてくれた。そのまま町を出ようとはせず、俺はマクレディを伴いながらサード・レールに入る。地下へ伸びる階段を降りると、いつもと同じ静かな空間に響くマグノリアの美声が演奏と共に流れていた。勿論、ホワイトチャペルもマグノリアも、めいめい座って酒を嗜んでいる連中も動いており、マクレディの悪夢の中で見たような世界ではない。
 階段を折りきってかつてのプラットフォームに立つ、カウンターへ近づき、
「よっ、久しぶりだな」
 声をかけるとホワイトチャペルが「ああ、あんた達か。あれから処理とか色々あって本当に参ったぜ。まぁ結果、あいつが悪いって事で片付けられたようでよかったな。──で、何か飲むか?」
 ああ、と言いながらビール瓶二本を頼むと、ホワイトチャペルはいつもと変わらぬ常温のビール瓶を二つ差し出してきた。代金を支払い、片方は俺が、そしてもう片方を──マクレディに投げて寄越す。おっと、と慌てて伸ばした手にビール瓶を受け取りしな、
「危ないって前にも言っただろう、ジュリアン……ったく」
 そんな悪態をつきつつ、キャップを指で弾き飛ばしながら笑っている。ははっと笑いながら俺も同様、キャップを外して瓶の中の液体を口に流し込んだ。いつもと変わらぬ味、いつもと変わらない場所。
 互いに笑っている俺とマクレディを怪訝そうにアイセンサーを動かすホワイトチャペルを他所に、サード・レールはいつもと変わらない緩やかな時間に包まれていた。



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後書きは別の記事にて。読了お疲れ様でした。

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